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新世界ザル(上)

カテゴリー:生物

                                (霧山昴)
著者  伊沢 紘生 、 出版  東京大学出版会
 学者って、本当に偉いと思います。南アメリカのジャングルの中に入って、毎日、サルをじっと観察し続けるのです。すごいです。その大変な苦労のおかげで、居ながらにしてサルのことを知り、人間とは何者なのかを少しずつ理解できるのです。
 アマゾンのジャングルでの調査を30年も続けてきたということに、まず感嘆します。私も、いつのまにか弁護士生活40年を過ぎてしまいました。私も現役ですので、判決も勝ったり負けたり悲喜こもごも毎日を過ごしています。人間相手の仕事ですので、アマゾンのジャングルではありませんが、人間ジャングルの中でもがいているという実感はあります。
 新世界ザルは、熱帯雨林の樹上をもっぱらの棲みかとして、ゆっくり進化していった。ないし、長い時間をかけて森林の樹上になじみきってしまったサルたちだ。
 熱帯雨林こそ、サル類を誕生させ、進化させた元々の環境なのである。
ホエザルは、新世界ザルのなかでは、とりわけ神経質なサルである。人への警戒心も強い。林床からは決して見えない樹々の茂みに逃げ込んだら、1時間でも2時間でも隠れ続け、出て来ない。
 そのホエザルを著者は追い続けるのです。
 水平に延びるツタの中ほどで止まる。ホエザル8頭全員が身体を寄せあって、来た順に横一列に並ぶ。そして、次の瞬間、一斉に大量の小便をし、続いて大量の糞を排泄する。
 ホエザルは、早寝遅起のサル。朝8時過ぎに起き、夕方は、まだ森の中が明るい午後4時ころには寝てしまう。
 まさか、一日のうち16時間も寝ているなんて・・・。おどろきです。
 ホエザルは、移動ルートを3日から5日で一周する。かなり規則正しい生活を送る。
 ホエザルは大声で吠える。しかし、それ以外は、めったに鳴かない。お互いの毛づくろいをほとんどしない。
 ホエザルに表情の変化はほとんど見られない。喜怒哀楽が、表情から伝わってこない。
 ホエザルは葉っぱ食いの道を選んだ。葉を食べて生きるには、直接消化できないセルロースをバクテリアによって発酵させなければならず、そのぶん休む時間が長くなる。それに発酵によって熱が発生するため、体温調節からいっても、できるだけ緩慢に動くほうがいい。
 ホエザルのオスの寿命は、20年ほど。オスにとっては、生きのびるのも大変、中心オスになるにも大変、子孫を残すのも大変な社会だ。
 フサオマキザルは、新世界のなかで、これほど表情豊かなサルはいない。
 フサオマキザルは、介護サルとしても活躍している。手足が不自由で、車いす生活を送る人の日常生活を手助けする。フサオマキザルは、動物園では、最長47年も生きる。
 すごいですね。ずっとずっとアマゾンのジャングルで寝泊まりしていたなんて・・・。
(2014年11月刊。3600円+税)

星砂物語

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者  ロジャー・パルバース 、 出版  講談社
 アメリカ人による戦争中の沖縄は、鳩間島で起きた戦争体験記と称する小説です。
 すごいです。登場人物になりきった思いで読みふけってしまいました。
 ハトマ島は、沖縄本島ではないので、直接の戦闘行為はありません。ところが、そこに、日本の脱走兵とアメリカの負傷兵が同じ小さな洞窟に隠れているのです。さすがに昼間からうろうろするわけにはいきません。そこに16歳の日本人少女が登場します。アメリカで暮らしていて日本へ戻ってきたので、英語が話せます。負傷したアメリカ兵はこう言います。
 人を殺すと、人間の性格は変わる。そのため兵隊がアメリカに帰って、母親や妻や姉たちとまた一緒に暮らすようになったとしても、彼自身が故郷へ実際に帰ることはできない。つまり、帰ったのはそれまでの彼ではないのだ・・・。
 井上ひさしも亡くなる前に読んで絶賛したとされていますが、たしかに戦争の悲惨さを読み手が実感できる形で再現した小説だと思いました。しかも、それを「敵国」アメリカ人が日本語で書いたというのですから、驚嘆するしかありません。
 自民党や公明党の幹部連中に読んでほしいと思いますが、恐らく彼らは見向きもしないのでしょうね。戦争の悲惨さなんて語ってほしくないでしょうから・・・。
 でも、戦争になったら、いつ殺されるのか分からないのですよ。そして、いま自民・公明の安倍政権がすすめているのは、まさしく戦前への「回帰」なのです。本当に恐ろしい、怖い世の中です。
(2015年3月刊。1400円+税)

御松葺騒動

カテゴリー:日本史(江戸)

                              (霧山昴)
著者  朝井まかて 、 出版  徳間書店
 尾張徳川藩を舞台とする話です。作家の想像力とは、すごいものです。たっぷり朝井ワールドに浸って楽しませていただきました。
 尾張藩は徳川宗春時代の放漫政治が今なおたたっていて、借金を抱えて四苦八苦しているというのに、藩士たちの生活には緊張感が認められない。それを主人公が一人で改革しようと躍起になるのですが・・・。
 空回りしてしまって、ついには御松茸同心(おまつたけどうしん)を命じられて、都落ちさせられます。要するに、江戸屋敷づとめからの左遷です。
 才能ある自分がなぜ左遷させられるのか納得できないまま尾張へ出向き、山の中の仕事に向かうのでした・・・。
 松茸ができるのは黒松ではなく、赤松。その生成過程が紹介されます。
 松茸が四、五分開きまでの物が御松茸になる。地表に出たものは傘が開ききっているので上納できない。地表から半寸ほど頭を出したときに掘りとなる。手を差し入れて根元から押し上げるように採取する。
 軸が肉厚で白く、太く、かつ湿り気を帯びていなければ、風味は格段に落ちる。松茸でさらに肝要なのは香りと芳しさだ。匂いは傘にある。早採りしても匂いが足りないので、上納品にはならない。このように、松茸の収穫はごく短期間に限られる。
松茸の収穫をどうやって確実にするのかということが、次第に才能ある若き武士の挑戦すべき人生の課題となっていくのでした。
 主人公を取り巻く人々も魅力的な個性あふれる人物に描かれていて、しっかり朝井ワールドを楽しむことができます。
(2014年12月刊。1650円+税)

日本はなぜ基地と原発を止められないのか

カテゴリー:社会

                                (霧山昴)
著者  矢部 宏治 、 出版  集英社
 憲法論のところでは、疑問も感じましたが、本書の指摘は日ごろの私の実感によくあっていましたので、つい、うんうんと大きくうなずきながら、どんどん読みすすめていきました。
 まずは沖縄です。安倍首相が、沖縄県民が選んだ翁長知事を無視しているのは、とんでもないことです。
 アメリカ軍の飛行機は、日本の上空をどんな高さで飛んでもよい。日本政府は、そのことについて文句は言えない。
 もちろん、私たち国民は文句が言えるわけですが・・・。
 アメリカ軍の飛行機は、アメリカの棲んでいる住宅の上空では、絶対に低空飛行訓練はしない。なぜか? それは、危険だから。では、それ以外の土地で低空飛行しているのはなぜか? 日本人は、アメリカ人ではないから。つまり、日本人は保護する必要がないからなのです。
 アメリカ軍の飛行機は、沖縄という同じ島のなかで、アメリカ人の家は危ないから飛ばないけれど、日本人の家の上は平気で低空飛行する。ところが、アメリカ本土ではアメリカ軍がアメリカ人の住む家の上を低空飛行することは、厳重に規制されている。これは当然のことです。要するに、日本人の生命がアメリカ人とは比較にならないほど軽んじられているのです。
 アメリカべったりの右翼・保守陣営は、このような現実を見ようとはしません。アメリカにタテつくなどということは、恐ろしくて出来ないのです。そのくせ、愛国心を、ことさら強調するのですから、矛盾過ぎますよね・・・。
 鳩山由紀夫首相(当時)が、アメリカに独自姿勢を示そうとしたとき、外務防衛官僚は、真正面から堂々と鳩山首相に反旗をひるがえした。日本の高級官僚はアメリカべったりの思考にこり固まっているからです。
 沖縄のアメリカ軍基地には、最大で1300発もの核兵器が貯蔵されていた。そして、日本からソ連や中国を核攻撃できるようになっていた。三沢基地では、連日、すごい訓練が実施されていたようです。
日米合同委員会のなかで、日本側は、アメリカの言いなりになるのだが、その日本側の委員はみな各省庁で大出世していった。
 次に、福島原発事故について取りあげています。
 私は前にも書きましたが、東電の当時の会長や社長たちが刑事訴追されることなく、のうのうとしていることを許すことができません。彼らこそ、日本をダメにした元凶です。少なくとも有罪を宣告され、無期懲役刑が相当だと思います。なにしろ、15万人もの日本人の住む家を奪ったのです。その罪責は途方もなく大きいと思います。許せません。
 先日の鹿児島地裁における原発差止仮処分の却下決定は、3.11福島第一原発事故の教訓をまったく学んでいない裁判官による、とんでもなく勇気の欠如したものでした。残念です。東大工学部出身の裁判官だということですが、人間としての勇気がないと、目まで曇ってしまうのですね・・・。困ったものです。
(2014年11月刊。840円+税)

平安時代の死刑

カテゴリー:日本史(平安)

                               (霧山昴)
著者  戸川 点 、 出版  吉川弘文館
 日本では平安時代に死刑制度が廃止され、それ以後、ながく保元の乱までの350年間、死刑執行はなかったと言われるのを聞くことがあります。本当なのだろうか・・・、と疑っていました。この本を読んで、ようやく真相を知ることができました。
 著者は、団塊世代の私より10歳若く、今は高校の教員をしています。名前は、ともると読みます。
 死刑の執行については、天皇に3度も奏聞(そうもん)することになっていた。それだけ慎重に扱っていた。
 唐の玄宗皇帝は治世の最初より死刑を避けた。中国においても死刑廃止の動きがあり、それが遣唐使を通じて日本にも伝えられた。それが唐文化に傾倒した嵯峨天皇によって日本でも実施されたのではないか。
 しかし、日本では、律の条文を改編して死刑制度を廃止したのではなかった。あくまで死刑を停止したというのにとどまる。
 聖武天皇は、仏教思考や徳治思想の影響から死刑を減刑しようという発想を強くもった天皇だった。聖武天皇の出した恩赦は32例であり、歴代の天皇のなかで一番多く発令している。次に多いのが持統天皇の16例である。
 嵯峨天皇が聖君と扱われたことから、嵯峨天皇が死刑を廃止したというイメージが定着していったのだろう。
 薬子(くすこ)の変は、嵯峨天皇の王権に大きな影響を与えるものだった。この危機を乗り切った嵯峨天皇は権威と求心性を高める必要があった。死刑の停止により、自身の徳をアピールしようとした。
 死刑を停止したといわれる嵯峨朝以降も、合戦や群盗との争いのなかの処刑や国司、検非違使別当の判断で死刑が実施されることはあった。
中央政府の死刑忌避は、秩序・治安維持のために太政官の預からぬところでの死刑や肉刑を生み出していった。こうして太政官のタテマエとしての死刑忌避と実態としての死刑というダブルスタンダードが生まれた。
保元の乱のあと死刑が復活したといっても、実際に処刑されたのは、「合戦の輩」のみだった。このときも、貴族は死刑を忌避し、死刑復活に反発した。そして、貴族を除く武士などには実態としての死刑が実態されていた。
 なーるほど、ここでも日本人お得意の、ホンネとタテマエの違いがあったのですね。
(2015年3月刊。1700円+税)

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