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カテゴリー: 司法

続々・千曲川の岸辺

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 伊藤 眞 、 出版 有斐閣
 民事訴訟法学者として高名な著者は、私にとっては破産法の学者として関わりがありました。著者が名古屋大学の教授のころです。なので、同じく破産法の学者として走り出し中の宮川知法教授の業続を偲ぶ論述に触れてなつかしさがこみあげてきました。といっても、私は宮川教授ご本人とは直接の面識がありません。それでも、熊本大学にいた宮川教授の論稿は、当時の私にとって実に援軍来たるという思いがしていました。というのも、当時、クレジット・サラ金問題対策に取り組む弁護士の多数派は多重債務の原因は生活苦なのだから、一刻も早く破産・免責して苦悩から解放してやるべきだという大合唱だったのです。いやいや、多重債務の原因は「生活苦」だけではなく、ギャンブルも浪費も相当あるし、免責が早ければいいなんていうことではないと主張し、対抗していたからです。宮川教授は、私の意見にストレートに賛成していたということではありませんが、債務者更生手続を新設する必要があるという点では一致していました。これに対して、「多数派」はそんなことは必要ないと切り捨てるばかりでした(と思います)。私は、そんな「多数派」に対して、そんなのは「一丁あがり方式」だと反発していました。すると、自ら「一丁あがり方式」を実践していた弁護士から、「反省した」という声もいくらか聞こえてきましたが、多くは感情的な反発を受けました。そんなわけで「クレサラ対協」のなかで、私は一貫して「少数・強力派」にとどまったのです。それでも実践と豊富なデータ分析に裏づけられた私の主張を、「多数派」といえども無視することはできませんでした。
 著者に対して、私は自費出版した冊子をふくめて、何冊もの本を送り届けましたが、その都度、必ず自筆のお礼状が届いて恐縮しました。この本には、その点について、次のように記述されています。
 いただいた書物については、礼状はできる限り稚拙な手書きによることにしている。
 ここは「知拙な手書き」とありますが、決してそうではなく、味わい深い「手書き」なので、捨てるのがもったいなくて私は全部をファイルに保存しています。
 ついでにいうと、著者は日本人なら、欧米の教養人にとってラテン語が必須であるのと同様に最低限の漢語文読解力は備えた方がいいと思うとしています。
 いやあ、これにはまいりましたね。漢語文読解力なんて、私は考えたこともありません。なので、この本には、時折、私の見知らぬ漢語が登場します。たとえば、「燃犀之明」です。物事の本質を見抜く明知。犀(さい)の角を燃やすと、その火は非常に明るくて、水の中まで透き通ってよく見えるという意味だそうです。まったく知りませんでした。
 著者が、労働委員会の公益委員をしていたとき、主張書面の要旨を口頭で述べるように求めると、代理人が「書面を読んでもらえれば分かる」と答えたのに対して、「要旨を述べられないような書面を読むつもりはない」と言い返したというのは、衝撃的でした。
 私なら、待ってましたとばかり、口頭で何か言ったと思います。通常の民事訴訟で、「書面のとおりです」としか言わないことに著者は大変不満なのですが、それも当然です。もっと「口頭弁論」は実質化されるべきだと私も思います。
 しかし、それには、裁判官が、双方の主張書面をじっくり読んでいて、争点をそれなり把握していることが不可欠です。ところが、現実には、それをしっかりやっている裁判官は実のところ少数派なのではないでしょうか。
 著者は大学教授を卒業したあと、「五大事務所」に入って弁護士として活動していますが、その事務所では月1回の昼食講演会があり、著者も年1回は登壇しているとのこと。なるほど、このような所内研修の機会があれば、質的向上は確保されることだろうと思い、とてもうらやましく思いました。
 いろいろ勉強になる本でした。
(2022年4月刊。2800円+税)

法律事務所「総合力」経営の実務

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  長井 友之・仁本 恒夫 ほか 、 出版  日本加除出版
 法律事務所で事務職員を活用しているか、できているか、というのは、とても大切です。事務職員がやる気があって、明るく前向きに働いているところは、法律事務所の雰囲気が良いので、相談に来た人は安心して相談できますし、事件解決を一緒にたってくれそうだと依頼され、新規の受任にもつながっていきます。
 事務職員の能力向上に主体的に取り組む組織として一般社団法人日本弁護士補助職協会(JALAP)が存在します。
 日弁連は2009年から、毎年1回、能力認定試験を実施しています。15科目の基本応用研修が出題範囲で4択60問を2時間で回答します。合格には7割の正答が必要で、合格率は受験者の5割前後です。2022年5月までに4695人の合格者を出しています。
 ただ、この認定試験に合格したからといって、直ちに給与が上がったり、仕事が質的に拡大する(できる)というものではありません。今のところは、あくまで事務職員の質の向上に姿するというものでしかありません。
 そこで著者たちは、一つの提案をしています。それが「弁護助手」です。「弁護士の助手」を体現したものですよね。ただし、弁護助手でなく法律事務職員が、ここからは関与できないとか、そんなものをつくってはいけないともしています。ここらあたりが実に悩ましく、難しいところです。
アメリカではパラリーガル職がすっかり定着していますし、日本でも大手の法律事務所ではパラリーガルと名乗って働いている人たちが多数いて、それなりの処遇も受けているようです。私は20年前に「一級秘書」という名称はどうかと提案しましたが、受けは良くありませんでした。
この本によると、アメリカの大規模法律事務所では、経営者弁護士に依頼したら、時給で400~800ドル。「イソ弁」だと時給225~400ドル。パラリーガルだと時給100~300ドルだとのこと。
 ちなみに、ニューヨークでは、スタッフをもっていない「一人弁護士」も珍しくないそうです。日本でも、最近は、事務所(オフィス)をもたず、パソコンとケータイだけで仕事をしているという若手の弁護士が少しずつ増えていると聞きます。
 この本は、事務職員の採用面接についても手の内を明かしています。3回の面接で、向上心のある人、明るい人を選ぶ。最後は、なんといっても、一緒に働きたいと思えるかどうかに尽きる。まったく、そのとおりです。
 「法律事務職員活用のバイブル」というのがサブタイトルになっています。この本を読んで大いに「総合力」をアップさせ、経営と生活を安定させましょう。この分野に関心のある方には強く一読をおすすめします。
(2023年2月刊。3300円+税)

犯罪の証明なき有罪判決

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  吉弘 光男・宗岡 嗣郎 、 出版  九州大学出版舎
 この本のタイトルって変ですよね。有罪判決というのは、犯罪が証明されたから宣告されるもののはずです。なんで犯罪の証明がされないのに有罪判決が出せるんですか、おかしいでしょ。いったい、誰が書いたの、この本は・・・。どうせ、ネットで注目を集めたいというだけの人騒がせな連中でしょう。
 いやいや、ところがところが、予想に反して、実は九大の刑法学の先生たちが集まって問題ある判決を集め、研究して世に送り出した警世の書なんです。
 サブタイトルに「23件の暗黒裁判」とあります。犯罪の証明がないのに有罪判決が出た23件を徹底分析しています。読んでいると、背筋が氷ってきます。寒気がして気分まで悪くなります。
 日本の最高裁判所について、実は「最高」ではなく、「最低裁判所」というほかないと残念ながら私は確信し、断言します。その根拠は、本書でも紹介されている砂川事件判決です。このとき、最高裁は全員一致で、日米安保条約が違憲であると認めて被告人7人を無罪とした一審判決(伊達和雄裁判長)を棄却し、有罪の方向へ引っ張りました。問題は、その論理ではありません。長官の田中耕太郎(軽蔑するしかない男ですので、敬称なんかつけません)は、なんと最高裁の評議内容をアメリカ大使を通じて実質的な裁判の当事者であるアメリカ政府に伝え、しかも、その指示を受けて行動していたのです。私が勝手に言っているのではありません。アメリカ政府の正式文書に記載されていることなのです。最高裁長官が自ら司法権の独立を踏みにじっていたわけです。これが明らかになっているのに、今まで日本の最高裁はコメントすらしていません。同類だというわけです。
 この田中耕太郎は戦後最大のクレームアップ(冤罪事件)と言われる松川事件のとき、「木を見て森を見失しなわないこと」が必要だと言いました。被告人のアリバイを立証する諏訪メモが発見されたので、当然に無罪とすべきなのに、捜査官が作成した大量の「調書」に書かれた事実を「森」として、有罪にしていいと主張するのです。
 捜査官の調書なんて、実のところ作文でしかありません。客観的な裏付けがあって初めて意味があるのです。
 「ことばだけが、どんなに相互に補強しあったところで、それが事実を証明するものだとはいえない」つまり「ことばとことば」ではなく「ことばと事実」の一致だけが「事実の真相を明らかにする」(岡村辰雄弁護士)。まったくそのとおりです。
 事実を直視しないで、どうして事実の認識(事実認定)ができるものかと著者は強調しています。まったく同感です。
 田中耕太郎は、戦前に思想係検事(共産党弾圧の先兵)だった池田克が戦後、公職追放されたのに、最高裁判事に任命しました。これまた、ひどいものです。いえ、ひどすきます。
 戦前の特高警察は、容疑(証拠)があって逮捕するのではなく、逮捕してから容疑をつくった。池田克は典型的な冤罪事件である横浜事件について、自ら「でっち上げ」をしながら、検察官が犯罪を「でっち上げ」ることはないと厚顔にもインタビューを受けて答えたのでした。
裁判官は、検察官に対してあたかも同僚のような信頼感をもち、「判検一体」となった訴訟指揮をすることが多い。そして、被告人に対しては法廷では嘘をついて罪を免れようとしているという偏見をもち、「おれは騙されないぞ」と、捜査官のような予断をもっている。
「裁判官は証拠で認定するのが本来ですが、なかには証拠が薄くても本当に被告人が犯人だと確信してしまえば、多少判決の説明が苦しくても有罪判決する裁判官がいる」(木谷明元判事)。しかし、たとえ裁判官がどれほど強く有罪への確信をもって心証を形成しても、証拠の薄さに由来する「疑わしさ」が残るかぎり、「犯罪の証明があった」とは言えず、有罪判決は書けないはず。有罪の「心証」ではなく、有罪の「証明」が必要なのである。
 ところが、裁判官は有罪の証明ができないときに「事実を創作」してしまう。もちろん、こんなことはあってはならないことですが、ときどき起きているのが現実です。
「そこに・あった・事実」を直視(直観)することなく、内容が現実と一致しない自白であっても、「論理的な可能性」すなわち「思考上の可能性」の観点に立脚したり、事実を抽象化して自白内容と現実との矛盾を解消したり、事実の有無を記憶の問題にすりかえる。
 50年近く弁護士をしていると、ときどき、すばらしい裁判官に出会うことがあり、いやいやまだ日本の裁判官も捨てたもんじゃないなと思い直すことがあります。でも、そんなことはめったになく、ホント、たまに・・・です。残念ながら、それでもルーティンとして流れていくのは、ふだんは、それほどの対決点がない事件が多いからです。
 300頁の本ですが、大変勉強になりました。一生懸命、大事な指摘だと思ったところは赤えんぴつでアンダーラインを引きながら久しぶりに精読しました。一読を強くおすすめします。こんな硬派の本って、いったい、どれくらい売れているのでしょうか。心配にもなりました。
(2023年1月刊。3200円+税)

福島第一原発事故中通り訴訟

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 野村 吉太郎 、 出版 作品社
 「中通り訴訟」とは、2011年3月11日の福島第一原発事故のあと、避難せずに福島市等で暮らす市民52人が東電に対して合計1億円の慰謝料を請求した訴訟。代理人は東京の著者一人で、被告は東電のみで国は被告としていない。
 東電は裁判所の和解勧告を蹴り、一審で住民側が勝訴すると控訴し、さらに上告もした。もちろん上告棄却となって高裁判決が確定した。高裁判決は基本的に慰謝料30万円を認め、既払金8万円を差し引き、弁護士費用2万2000円を加算した。
 原告52人のうち、男性は5人のみで、女性が47人と圧倒的に多い。世代としては事故時に60代22人、50代15人と、この二つの世代が多い。
 3.11から3年後の2014年3月に弁護士と原告予定者の第1回目の話し合いがもたれた。その後、弁護士と原告予定者が個別面談を重ねて、陳述書づくりをすすめた。
 2年後の2016年4月に福島地裁に提訴し、8月に第1回口頭弁論。2年後の2018年2月から原告本人尋問がはじまり、7回の本人尋問で、ほぼ原告全員が法廷で陳述した。
 2020年2月に福島地裁で原告側一部勝訴判決。9月に仙台高裁は1回で結審し、2021年1月に判決。2022年3月、最高裁が上告受理申立を認めず確定。
 当初の原告予定者は100人ほどだったが、陳述書がまとまらずに断念した人も多く、結局、原告は52人となった。著者は、それぞれ3200字以上の陳述書を書いて、1人100万円の慰謝料を求めてたたかおうと原告団を励ました。陳述書を完成させるまでに、最低3回、多い人は10回以上も弁護士である著者の指導を受けて書き直した
 著者は原告に「ヌードになれ。せめてセミヌードに」と言い、「自分をさらけ出すこと」を迫った。そして、原告本人尋問の前には2回、そして前日もリハーサルをやった。つまり3回もリハーサルして、原告は本番の法廷にのぞんだ。
 本文470頁の大著である本の中には、52人の原告の陳述書が2段組で紹介されています。その全部に目を通しましたが、本当に大変な状況に追い込まれたことを改めて知りました。
放射線被爆の下で、家族を避難させるのかどうか、家族の分断が生まれ、気まずい状況も生まれます。
子どもたちは福島にいる限り、室内に閉じ込めておくしかありません。東京に出て、子どもたちが地面の上を駆けまわっているのを見て涙が出てきます。そして、甲状腺検査をすると、結果はA2。20ミリ以下ののう胞があることが判明。再検査の必要はないというけれど、本当にそうなのか。
自宅周辺を自ら除染する。行政はすぐには動かないし、業者に頼んだらいつになるか分からないというので、自分たちでやってみる、庭に穴を掘って、汚染土を埋め込む。身体のあちこちにガタが来る。
放射能のせいとは断言できないが、子どもたちが鼻血を出す。大人も病気になる。そうでなくてもストレスから体調不良になる。
小学生の子どもから、「自分の命は40万円なの?」と尋ねられ、何と返事してよいか分からない…。
庭の花、畑の野菜そして柿やシイタケなどの自然の恵みに触れて豊かな老後生活を楽しんでいたのが突然断ち切られ、孫たちとも離ればなれにさせられた。これで慰謝料4万円ですまそうという東電は絶対に許せない。
身につまされる陳述書ばかりでした。いま、岸田政権は12年前の大事故を忘れたかのように原発再稼働をすすめようとしています。信じられません。3.11の原発事故が日本社会にもたらした深刻な打撃の実情をまざまざと認識させられる本です。著者は日弁連で調査室の室長をしていましたので、私も面識があります。大分県竹田市の出身です。
(2022年12月刊。税込4290円)

あの日々

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 髙木 國雄 、 出版 作品社
 ベテラン弁護士が活写する迫真の法廷小説。これがオビのフレーズです。なるほど、です。前に『やつらはどこから』(作品社)を読み、このコーナーで紹介しましたが、今回もなかなか読ませます。
 まずは、若き司法修習生が直面した法曹界の実態が描かれています。司法研修所に入って4ヶ月間の前期研修のあと、全国各地に散らばって、実務修習として、裁判所、検察庁そして弁護士のもとで見習いをすることになります(今は違います。この本は50年前の話です)。
 主人公の司法修習生は同じ刑事事件を裁判所と担当弁護士のところで扱うことになりました。裁判官同士の会話は、もちろんフィクションですが、大いにありうる内容です。
 ただ、検事正を「長官」と呼び、慣られるという記述には、とても違和感を覚えました。福岡には福岡高等検察庁があり、また地方検察庁ももちろんありますので、検事正を「長官」と呼ぶことは絶対にありえません。混乱するからです。長野の特殊性なんでしょうね。
 もう一つ違和感があったのは、弁護修習のとき修習先を司法修習生にまかせていることです。もちろん、これはありうることでしょうが、福岡では原則として司法修習委員会が決定します。地元の有力弁護士を希望する人が多く、「左翼」弁護士には希望者がいないというのではまずいからです。
 主人公の修習先の福森啓太弁護士(長野の富森啓児弁護士を思わせます)は超多忙。
 「権力や大企業とことを構えないのが、平穏で賢明な生き方…」
 多くの弁護士が「高みへ逃げて」いるのに反し、福森弁護士は情熱の塊のような若くて有能な弁護士として東奔西走している。一般民・刑事事件のほか、地元の労使対立紛争の労働者側代理人を一手に引き受け、さらに国や地方自治体、税務署など行政相手の折衝、裁判をになっている。そして地方労働委員会の事件が多く、夜7時から10時まで、多いときは週に2日も公聴会に出席。
 いやあ、これはたまりませんね…。でも、そんな弁護士の下で修習できる弁護士は幸せそのものです。
 そして、裁判官。
 「微妙な見方の違いに目をつむれば、地方廻りより中央で活躍できて、早く地裁所長にもなれる。それに満足する人生もある」
 「それはおかしい。出世を望むのなら、行政官僚を目ざせ。司法は、それに距離を置いて、正義や平穏な秩序づくりを目ざすべきだ」
 こんな青臭い議論を私も司法修習生のころ、していました。青法協(青年法律家協会)の憲法擁護活動の一環として、公害現地の見学・視察や学者や事件当事者を招いて勉強会・セミナーを開催するなどです。
 この本に登場する定年間近の裁判官は司法修習生に向かって、法曹として何がもっとも大事な資質なのか…と問いかけ、自らの答えを披瀝します。
 それは豊かな想像力だ。豊かな想像力を生む、その人の豊かな経験に勝るものはない。
 なるほど、たしかに想像力は大切だと思います。でも、これが口で言うほど簡単ではありません。ついありきたりの、「枠」思考にとらわれてしまいがちになります…。
 この本では、刑事事件において裁判官が無罪判決を書くことがいかに勇気のいることなのか、裁判官同士の会話として語られています。
 「この注目されている事件、しかも権力に立ち向かっている運動の中核をなす事件で無罪判決を出したら、その後の裁判官生活が無事ですむ保障はない…」
 いやはや、本当にそこを心配している裁判官が実は少なくない。それが私の実感です。そして、それは口にするレベルではなく、心の奥底に共有されているものなので、それこそ奥深いものになっている。私はそう思います。
 この本には、あと二つ、娘の強姦事件の「処理」、そして離婚事件のドロドロとした話も小説になって紹介されています。今回もまた、大変勉強になる司法小説をありがとうございました。次の作品を期待しています。
 私の『弁護士のしごと』(花伝社)もぜひ、ご一読ください。
(2022年11月刊。税込1980円)

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