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カテゴリー: 中国

三国志談義

カテゴリー:中国

著者 安野 光雄・半藤 一利、 出版 平凡社
 私は「三国志」も「水滸伝」も大好きです。胸をワクワクさせながら読みふけりました。豪傑たちへのあこがれは、今もあります。
 魏の曹操は、徹底的に悪者になっている。しかし、『正史』を読むと、立派な人だということが分かる。人材の使い方にすぐれ、適材適所の登用により各人の能力を存分にふるわせた。感情を抑え、計算をしっかりとし、その人物の過去にこだわらなかった。戦略戦術は実に見事で、天下を大きく動かした。まさに絶賛に価する。
 しかも、曹操は大武将であるうえ、息子の曹丕(そうひ)、曹植の親子三人が、いずれもすぐれた詩を残している。そして、曹操は、いつも陣頭指揮の人であった。自分の部下もきちんとほめる。
 いやあ、知りませんでしたね、曹操って本当は偉い人物だったのですか……。かの魯迅が曹操を評価しているということも初めて知りました。
 曹操は非常に才幹のある人物であり、一個の英雄として、非常に敬服している。
 なーるほど、曹操って、実に偉い人なんですね。
 うむむ、なるほど、これもたいしたことですよね。
 曹操の詩に、人生というものは、日が出るとたちまち乾いて消える朝露のようにはかないものであるというものがある。なーるほど、そういうものなんでしょうか……。
 呉の孫権は、人をつかうとき、疑いがあるなら使ってはいけない。しかし、使った限りは疑うな、こう言った。孫権はずっとこれを守った。それで、孫権は19歳のときに王になってから、71歳までの52年間、トップに居続けることができた。
 「白浪五人男」の由来。「白浪」というのは盗賊を意味する。これは、「三国志」の冒頭、黄巾の乱で、大将の張角が戦死したあと、残党の白波(はくは)賊が、白波谷に籠って抵抗したことに由来している。つまり、白波を白浪に変えたのだ。
 危急存亡の秋(あきではなく、とき)。進退谷まる(たにではなく、きわ)。日本語の読み方はとても難しいですよね。
 『三国志』をめぐって、大家の放談を聞くと、いろんなことを知ることができます。
(2009年6月刊。1400円+税)

蘭陵王

カテゴリー:中国

著者:田中芳樹、出版社:文藝春秋
 時代は中国の6世紀後半、南北朝のころです。随が中国を統一する少し前のことになります。
 中国の歴史書である『資治通鑑』に「北斉の蘭陵王・長恭(ちょうきょう)は、才たけくして、貌(かんばせ)美しく、常に仮面をつけ、もって敵に対す」とあることをもとにした小説です。
 同じく中国の歴史小説を得意とする宮城谷昌光と似てはいますが、文体が少し異なります。何がどう違うのか、私の貧弱な言葉では言い表しにくいのですが、宮城谷昌光のほうが一日の長があって話の深みが優っている気がします。かといって、著者の本がダメということでは決してありません。よくぞここまで調べあげ、また、想像力をたくましくしたものだと感心しながら読みすすめました。
 「蘭陵王」というのは日本でも広く知られていて、古典的な舞楽として、国立劇場で上演されているとのことです。恥ずかしながら、私は知りませんでした。
 勇壮華麗で人気の高い作品なんだそうです。知っている人には申し訳ありません。
  蘭陵王は実在の人物であり、『アジア歴史事典』にも登場する。「蘭陵王高長恭、中国は北斉の皇族。文襄帝の第4子。容貌は柔和であったが、精神は勇敢で、武成帝、後主のもとで、しばしば戦功をたてた。北周の軍が洛陽を攻囲したとき、大将軍斛律光とともにこれを救い、邙山で激戦し、500騎を率いて2度までも北周軍に突入して、ついに金墉の城壁下に達したが、城上の斉兵は高長恭であることを知らず、彼は甲を脱いで顔を示し、城中に迎え入れられた。こうして周軍は囲みをといて退走したので、北斉の将士らは、蘭陵王入陣楽なるものを作って、その勇武を歌った。
 戦功により世の威望高く、ために後主の嫌疑を受け、ついに毒薬を賜り、没した」
 この本には、皇帝が疑心暗鬼となっていて、武勲大なる功臣を次々に謀殺していく情景が描かれています。きのうまで栄華の席にあった皇族や功臣が、たちまち逆賊として殺害されていったのでした。まことに封建主義、皇帝独裁制というのは怖いものです。
 著者は熊本県生まれで、私より少しだけ年下です。これまでも中国史関連の本をたくさん書いているようですが、私は初めて読むような気がします。
(2009年9月刊。1500円+税)

記憶に出会う

カテゴリー:中国

著者 大野 のり子、 出版 未来社
 中国黄土高原、紅棗(なつめ)が実る村から。こんなサブタイトルのついた写真集です。中国の辺地を紹介する写真集かなと思って手に取ると、そこはなんと、あの日本軍が三光作戦を展開した地域だったのでした。そこに、私と同じ団塊世代の女性が、単身、現地にでかけて生活しながら、地元の人々の生活と顔写真を撮り続けていたのです。いやはや、すごい勇気です。
 この村にも民兵がいた。民兵は10代後半から20歳くらいの青年で組織され、八路軍を支援した。民兵は武器をもたなかったので、日本軍が来ると隠れるしかなかった。民兵の主な任務は、村人の逃げ道を確保し、八路軍を支援すること。
 女性も婦女隊を結成した。主な仕事は、糸を紡ぎ布を織ること。八路軍が身に着けていたものは、すべて婦女隊が織った粗布だった。
 日本軍と戦って犠牲になった一人の農民兵士の生命の値段は、180元、わずか2700円でしかなかった。
 中国は公式には一人っ子政策をとっているが、農村ではだいたい2人か3人、多いと子どもが5人もいる。罰金を払ってでも子供をつくる。
 中国では子どもが2歳か3歳になって、言葉をしゃべるようになってから名前をつける(起名)のが普通。それまではドンドンとかバンバンとか適当な名前で呼ぶ。
 子どもが12歳になる前に死んだときには、棺にも入れず、服も着せず、裸のまま川に流すか、山や河原に放置して自然のままに任せる。これは、お金のあるなしとは関係ない。
 うむむ、果たして、本当にそうなんでしょうか……?
 日本軍がやってきていたとき、この村では7年間、まるまる7年間、隠れて住み続けた。
 日本人は2、3日に1回、この村にやってきた。その目的は、焼き、殺し、奪い、破壊することだった。
 日本軍は中国軍(八路軍)の倍以上いた。村を包囲し、機関銃で攻撃してきた。ある村人は、日本人と刀による白兵戦となって腕を斬り落とされた。足もやられた。日本軍は強く、八路軍の300人いた部隊は7,8人をのぞいて全滅してしまった。
 1945年夏、日本軍が投降したあと、閻鍚山はひそかに1000人の日本兵を残留させ、八路軍との戦いに参加させた。この中国軍に参加させられた日本兵が「自発的に」中国軍に参加したという不当な扱いを日本政府から受けていることは前に紹介しました。このときの八路軍兵士だった人からの貴重な聞き取りもあります。
 中国のお葬式は、にぎやかにすすめられる。お墓には墓碑というものはなく、土盛りは風雨にさらされて、やがて大地と一体化する。
 私も、敦煌の近くの砂漠地帯で、そのような墓地を見ました。人は土から生まれ、また土に還っていく存在なのですね。
 この村は、中国山西省中部にあります。北京から高速バスで7時間、そして乗り換えたあともバスに乗って、合計14時間ほどの行程のところです。
 焼き尽くし、奪いつくし、殺しつくす。残虐な三光作戦を繰り返した地に、日本人女性が一人で現れたわけですから、地元の拒絶反応はすごいものがありました。それも当然ですよね。自分の身内が殺されているのですからね。それでも次第に村の生活に溶け込んでいくのがすごいです。村の人々の生活と、おだやかな顔写真がよく撮れていました。
(2009年5月刊。1500円+税)

中国貧困絶望工場

カテゴリー:中国

著者 アレクサンドラ・ハーニー、 出版 日経BP社
 チャイナ・プライスはブランドと化している。そのブランド・イメージとは、安価な衣服、アメリカの流通大手ウォルマートの陳列棚に目いっぱい並べられている家電製品、職を失いつつあるアメリカ国内の工場労働者、工場で働く中国人女性などの断片を寄せ集めたもの。
 そして、このチャイナ・プライスに対してアメリカの経営者は、東方でたちあがった新興勢力としての脅威を覚える一方で、大幅なコスト削減を約束してくれる頼もしい味方のようにも感じている。ウォルマートは、中国から毎年少なくとも180億ドル相当の製品を仕入れている。韓国のサムスンは中国から150億ドル相当の部材を購入した。
 中国はアメリカ向けの輸出シェアを41分野で拡大した。2006年、アメリカの対世界貿易は、全体として1780億ドルもの輸出超過となった。
 製造業界に関しては、中国は1億400万人という世界最大の労働力を抱えており、これは、アメリカ・カナダ・日本・フランス・ドイツ・イタリアそしてイギリスの労働力を合計した人数の2倍である。
 中国には、「ガン村」と呼ばれる村が点在する。1600万社で働く2億人の中国人従業員は、危険な労働条件の下で働いている。2005年現在、中国には職業病にかかった人が66万5千人と記録されていた。そのうち9割、61万人ほどがじん肺症である。実際には、じん肺症患者は100万人をこえていると推定されている。
 中国は職業病の予防と処置に関する法律を2002年に施行している。だが、実際に法を執行するのは、地元の政府である。出稼ぎ労働者の働く工場を監視する人員は絶対的に不足している。2006年末で、7億6400万人の職場を監督するのに、フルタイムの労働検査官は2万2千人しかいない。たとえば、580万人もの人々が働く深圳に、検査官がわずか136人しかいない。
 労働争議は増加の一途をたどっている。2005年に、仲裁委員会は前年比20.5%増の31万4千件の申請を受理した。
 出稼ぎ労働者は3種類の書類を常時携帯することが求められている。身分証・暫住証・就業証である。これを持たない人は、「三無人員」と呼ばれる。「暫住証」のヤミ市場価格は3万元もする。
 1994年以来、深圳の居住者は、郵便局を通じて1600億元もの仕送りをしている。経済成長の早さは全国トップであり、1980年以降は、毎年平均28%もの伸びを示している。深圳の不動産価格は、2006年だけで30%の伸びを示すほど急騰した。
 中国の労働市場のすさまじい実情の一端を知ることができました。
浦上天主堂に行ってきました。久しぶりのことです。
 ひょっとしたら、中学生以来かもしれません。グラバー邸には何年か前に行きましたが……。浦上駅から歩いて15分。坂を登ったりおりたりして、いい運動になりました。
 天主堂の前の花壇に首の取れた聖人像があります。原爆の威力のすさまじさを感じます。聖人像のかたわらに紫陽花の青い花が咲いていました。
 天主堂のなかをのぞくと、暗い堂内にステンドグラスが怪しく輝いていました。
 オバマ大統領が原爆投下の道義的責任を認め、核廃絶への取り組みを呼びかけました。とても画期的なことです。まさしくチェンジの実践です。日本人として、拍手を送りたいと思います。ところが、なんと日本政府は核の傘をはずさないように申し入れたとのことです。明らかに逆行していると思います。
 それどころか、北朝鮮が衛星を打ち上げたり(失敗しました。アメリカはミサイルではなかったとしています)、核実験するなどひどい事をしているのに対して、自民党のなかに北朝鮮の基地を先制攻撃しろという声が出ているそうです。それって、戦争を始めろというのと変わりません。恐ろしいことです。
(2008年12月刊。2200円+税)

兄弟(下)

カテゴリー:中国

著者 余 華、 出版 文芸春秋
 猥雑極まりない本です。でも、現代中国の本質的断面を小説として戯画的に鋭く描き出したことから、中国人の共感を招いたのでしょう。上巻が40万部をこえるベストセラーになり、上下巻合わせて100万部をこえたといいます。しかし、失望や批判する声も少なくなく、賛否両論、中国内での議論が沸騰した。なるほど。読むと、それもうなずけます。
 この開放経済篇は、喜劇である。しかし、その中に悲劇の音符をさんざん飛び跳ねさせた。悲喜こもごもの物語を書きたかったから。
 そのとおりです。悲劇があるかと思うと、立身出世物語があり、その裏で悲劇が進行し、また、俗悪な現実が展開するのです。まさしく現代中国の病弊にみちみちた社会の断面を目の当たりに見ている実感にさせられます。
 440頁もの長編です。あまりにめくるめき展開なので、目が回り、吐き気まで催しそうです。
 秋田県熊代市には、海岸に面して風の松原という広大な松林があります。長さ14キロ、幅1キロと書かれています。そのなかに遊歩道があります。チップを敷き詰めた、とても歩きやすい道です。アスファルトとか合成の道ではなく、着地した感触が柔らかく、歩き心地のすばらしい遊歩道です。松の木は、どれもひょろひょろと長いのですが、風が強いせいでしょうか、内陸の方に向かって傾いています。雨上がりの朝、そこを30分ほどかけて歩きまわりました。姿の見えない小鳥が爽やかな鳴き声を響かせてくれるなか、たっぷり森林浴をすることができました。
 すぐ向こうに海があり、波の音も聞こえてきます。ケータイの万歩計に1万2000歩歩いたと表示されました。熊代は静かないい町です。福岡から熊代に移った中野俊徳弁護士の応援団の一人として、熊代に行って来たのです。弁護士過疎解消のため、東北の地で九州男児ががんばる。その決意は大したものです。少しスリムなボディーになって、秋田美人との出会いが実ることを期待しています。
(2008年6月刊。1905円+税)

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