著者:山本博文、出版社:講談社学術文庫
熊本藩主の細川忠興が、その子、忠利と相互に送りあった書状が2900通ほど残っているそうです。このほか幕府の老中や旗本そして他大名などにあてた書状もふくめると1万通をこえます。
この本は、その2900通の父子間の書状をもとに大名の生活の様子を紹介しています。
たとえば父(忠興)は、子(忠利)に対して、島津殿とあまり仲のよさそうな様子を他人に見せてはいけない。互いに並の関係であるようにふるまえと忠告しています。
島原の乱のとき、細川勢は奮闘していますが、それをねたむ勢力も多かったようです。ですから、父は子に対してあまり手柄話はするなといさめ、子は大いに不満を覚えました。
大名同士の足のひっぱりあいが絶えずあったなかで、生き残るために卑屈なほど徳川将軍の意向を先まわりする必要があったのです。細川家は、そうやって江戸時代をしぶとく生き残りました。
江戸城の宮廷政治
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