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つるにのってフランスへ

カテゴリー:ヨーロッパ

著者  美帆 シボ 、 出版  本の泉社
 フランス人男性と結婚した日本人女性による、元気のでる話が満載の本です。
 著者は、反核・平和運動に取り組んでいることでも有名です。フランスの国防大臣をつとめた人が、今では反核運動に参加して、声をあげているそうです。その人は、アメリカのスターウォーズ計画は実現性がないと批判していました。すると、フランスの兵器産業界の大物が次のように言って批判した。
 「大もうけできる良い機会なのに、反対するなんて、とんでもない」
 そうなんです。兵器(軍需)産業にとって、世界の平和は望ましくないのです。危機をあおり、戦争を仕掛けることで、肥え太っていく死の商人が世界中に、もちろん日本にもいるのです。たとえば、それは三菱工業であり、コマツであり、IHIなのです・・・。
 フランスでは核兵器は生命保険なのかどうか、論争があった。
 「核抑止は生命保険である。だから、保険の節約はできない」
 「核兵器は死亡保険だ。本当に生命保険なら、なぜ他の国に核保有を禁じるのか。核兵器をもつことで国を敵から守れるのなら、なぜ高額な対ミサイル防衛が必要なのか。これは、核抑止が成り立たないことを証明している」
 本当にそうですよね.核抑止論なんて、インチキそのものです。
フランスは出生率が高い。それは、子育てがしやすいように国が手厚くしているから。
 フランスでは、出産はタダ。教育費も、大学まで公立、国立はタダ。授業料はなく、奨学金は返済する必要がない。 三人以上の子どもを産んだ母親には優遇策がある。
育児支援が充実しており、母親でも安心して働ける環境がある。
 フランスは農業国です。また、食を大切にしている国です。
大学生のときから、今なおフランス語を勉強していますので、フランス大好き人間として、一度は著者に会ってみたいものだと思いました。
(2014年2月刊。1600円+税)

スコールの夜

カテゴリー:社会

著者  芦崎 笙 、 出版  日本経済新聞出版社
 現役の財務省キャリア官僚の小説です。日経新聞で賞をとったということと、若いころに福岡県内で財務署長をつとめていたという縁から、早速、読んでみました。
東大法学部卒の女性が大手銀行に総合職として入ってエリート・コースを歩いているのですが、リストラ最前線に立たされて苦悩するというストーリーです。
さすがに賞をとったというだけあって、人物描写は読ませますし、銀行内部のリストラをめぐる攻防戦、そして人事攻争も読みごたえ十分です。なにより、主人公のエリート女性への感情移入がスムースなのは見事だというしかありません。私も、こんな小説を描いてみたいと思い、ついつい反省させられました。私なんか、いつも、読み手から、感情移入しにくいとか、情景描写がなっていないという、耳の痛いコメントばかりなのですから・・・。
それでも、あえて著者に注文をつけるとすれば、やっぱりキャリア官僚のナマの生態を小説として描いてほしいです。官僚ではなく銀行員とするのもいいけれど、ぜひとも本家本元のキャリア官僚を主人公とした小説に挑戦してください。大いに期待しています。
銀行内部には、いつも汚れ仕事がある。それは総会屋対策であり、暴力団対策である。それ相応のお金をつかませて、お引きとり願う。そして、頭取を初めとする役員の女性スキャンダルのもみ消しも総務部の重要な仕事だ。
うひゃあ、たまりませんね、こんな仕事・・・。宮仕えの辛さですね。
リストラになると、もっとすさまじいことになります。心神症にならないほうが不思議ですね。リストラされるのは中堅幹部以下の社員です。トップと、その周辺は安泰。ただ、派閥抗争には巻き込まれる。
いやはや、銀行内部の人事抗争はひどいものがあるようです。今後の健筆を大いに期待しています。
(2014年3月刊。1500円+税)

角栄のお庭番・朝賀昭

カテゴリー:社会

著者  中澤 雄大 、 出版  講談社
 朝賀昭は、田中角栄の秘書として、その「お庭番」として23年間も仕えた。
 「田中軍国」の最盛期には、議員143人、秘書1000人をこえた。
 田中角栄が今も生きていたら、94歳。
「戸別訪問3万軒、辻説法を5万回やれ」と、角栄は口酸っぱく言っていた。
 朝賀昭が角栄に初めて出会ったのは、まだ日比谷高校3年生のとき。このとき、角栄は自民党政調会長、43歳だった。
 当時から、33歳の佐藤昭(あき)と特別な関係にあることは、公然の秘密だった。
 田中角栄は小学校高等科卒業。学歴はない。怖いものはないようで、実は、外国人恐怖症だった。
 越山会の会員は最盛時9万3000人。地元の建設業者の大半が越山会系となった。自民党の政調会長、大蔵大臣、党の幹部と出世していく角栄の鶴の一声で決まる多大な公共事業費をあてこんだもの。
 鳩山邦夫は、まったく面識はありませんけれど私と大学同期生ですが、祖母の頼みで角栄の秘書にもぐり込んでいます。
 田中事務所では、入学あっせんと交通違反のもみ消しの二つは禁止されていた。その反対に、入社斡旋はいいわけです。
 佐藤昭との子について、角栄は、それなりに可愛かったようですが、娘のほうは屈折した心境のまま育っていったようです。たしかに、有名人の父をもち、また、日陰の身として辛かったことでしょうね。
 田中角栄は東京都内全区にゴルフ場をつくれと提唱した。そんなバカなと一瞬、思いましたが、すぐに考え直しました。大地震のときの避難場所になるし、畑にもなる、というのです。東京直下型地震の心配があるだけに、実は、今からでも生かすべきグッドアイデアなのではないでしょうか・・・。
 田中角栄が首相になったのは昭和47年(1972年)夏のこと、私は大学を卒業して、司法修習生でした。『日本列島改造論』が売れ、上野動物園にパンダのペアが到着したころです。
 ところが、石油ショックがあり、日中の国交を回復したものの、アメリカからは冷たくされ、角栄は金権政治と批判されるようになったのです。
 昭和49年12月、田中内閣は総辞職し、三木内閣は発足した。
 そして、ロッキード事件が始まるのです。「よっしゃ、よっしゃ」のピーナツ、5億円です。角栄がアメリカから嫌われて、はめられたという説は、かなり信憑性があるように思います。
 とは言っても、安倍政権はアメリカから「失望した」と言われても、今のところ、しぶとく開き直っています・・・。いったい、いつまで、もつのでしょうか。早く退場してくれることを心から願っています。
 角栄を擁護する立場からの話ですが、日本政治の裏面の動きを知るうえでは、かなり面白い本だと思いました。
(2014年1月刊。1800円+税)

イエロー・バード

カテゴリー:アメリカ

著者  ケヴィン・パワーズ 、 出版  早川書房
 アメリカの若者がイラクへ派兵された。21歳の3年兵バートルは、18歳の初年兵マーフィーを無事に故郷に連れ帰ると約束していた。しかし、戦場の現実は苛酷だった・・・。
 この本を読みながら、どうしてアメリカ人がイラクでこんな苦しみを味わわなければいけないのか、つくづく疑問に思いました。
自分が通ったゲートの空いた席を霊たちが埋めていた。迫撃砲やロケットや弾丸や即製爆弾でやられた兵士たち。救急ヘリに担ぎ込もうとしたときには、皮膚が滑り落ち、四肢は本来の位置に辛うじてくっついているという状態だった。
 彼らはまだ若く、故郷には恋人がいて、人生を意味あるものにしてくれる夢を抱いていたのだろう。彼らは進路を間違ったのだ。死んだら、もう夢は見ない。
 自分は顔を背けた。打ちのめされて、くらくらした。体内に何も残らなくなるまで吐いた。それでもなお、胆汁が気味悪い黄色のリボンのようになって出てきた。それから、やっと上体を起こし、口のあたりを拭った。
 自分らは、ある角で止まった。ネズミの行列が破片の山を縫って、通りを横切っていった。ネズミは数の力で、死体に食らいついていたみすぼらしい犬を追いはらった。見まもるうちに、犬は切りさいなまれた腕をしっかりくわえて路地へ走りこんでいった。
 自分らは、沈黙のなかで、彼の人生最後の瞬間を脳裏に浮かべていた。彼が苦悶し、アラーに開放してくれるよう懇願しているのが見えた。だが、助けてもらえないと悟ったときには、のどを切られて首から血を噴いていた。そして、窒息して死んでいったのだ。
 その男は、自ら望みもしなかった武器に仕立てられた。敵は彼を捕らえて、殺し、内臓を抜き、腹腔に爆薬を詰め、こちらが彼に気づいたと思った瞬間に爆発させ、そして攻撃してきたのだった。
自分らは、もう自らの凶暴性に気づかなくなっていた。人を殴打したり、犬を蹴飛ばしたり、手荒い捜索をしたり、ゆく先々で発揮する残忍さに。行動の一つひとつが、機械的に実践される練習帳の一頁のようだった。だが、自分は気にもしなかった。
 イラクに兵士として派遣されて生活しているうちに、人間らしさをどんどん失い、感覚が鈍磨してく様子が生々しく語られています。恐ろしい現実です。そんな人々(若者です)をアメリカ社会は何十万人とかかえているのですね。まさしく、双方にとって不幸のきわみです。
 著者は17歳でアメリカ陸軍に入隊し、2004年から1年間、イラクに派遣され、機関銃士として転戦しました。その体験にもとづく小説ですので、迫力が違います。
 アメリカの野蛮さの原因を知ることのできる本でもあります。
 安倍首相の集団的自衛権の行使容認というのは、日本の青年をこのような状況に追い込もうということです。絶対にあってはならないことだと私は思います。
(2013年11月刊。2100円+税)

日韓・歴史問題をどう解くか

カテゴリー:朝鮮・韓国

著者  和田 春樹・金 泳鎬 ほか 、 出版  岩波書店
 1965年の日韓条約には、批判されるべき重大な欠陥があった。日本側に植民地支配に対する反省がなく、それがもたらした損害と苦痛に対する謝罪がなく、補償をおこなう考えがなかったことである。
 日韓条約は、歴史認識の対立をそのままにして、併合条約の無効に関する条約第2条を日韓が都合のいいように訳し、解釈することを認めることで成立した。
残されている、解決を必要とする問題は四つある。第一に、強制された併合条約は当初から無効であったと解釈すること、第二に、日本側は自発的に、道義的に追加的な償いの行動を補完的にとること。第三に、日韓請求権協定で解決されていない深刻な問題があること、たとえば慰安婦問題や在韓被爆者への援護問題、サハリン残留韓国人の帰国問題などについて、日韓首脳会談で協議すること、第四に、独島・竹島問題についての合意。
 なーるほど、いろいろの問題がまだまだ未解決のまま残っているのですね・・・。
 併合条約の有効性の問題を政治家や官僚たちにまかせることはできない。そうではなく、市民社会が乗り出すべき問題である。これは、過去からの要請というより、未来からの要請なのである。
 韓国併合条約には、形式上も手続き上も、重大な欠陥が認められる。大韓帝国の宝印奪取、皇帝の署名偽造、公表勅諭の捏造など。そして、韓国では、国内手続を経ておらず、皇帝が裁可することもなかった。
 したがって、韓国併合条約は、「締結されてもいなかった」のである。
日本の敗色が濃くなっていた1944年12月、朝鮮・台湾の居住者への参政権付与案が検討され、翌45年4月に、選挙法が改正された。しかし、朝鮮の衆議院定数はわずか23人。有権者も直接国税15円以上納付に限定された。
 それまで、朝鮮人は立法にも予算の審議にも関与できなかった。
 「韓国併合」100年を記念して日韓知識人の共同声明が出された(2010年5月10日)。翌11日の韓国各紙は、この共同声明を大きく報道した。ところが、日本では、朝日、東京そして共同通信のみが報道するだけ、しかも小さな記事でしかなかった。
 2010年8月10日、菅直人首相は、談話を発表した。
 「日韓併合条約が締結され、・・・・植民地支配が始まった」
 「政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反しておこなわれた植民地支配によって、国と文化を奪われた」
 いま、本屋の店頭には、韓国と韓国人をバカにするような本が平積みになって大々的に宣伝され、売られているようです。まさしく「ヘイト・スピーチ」が公然と大手を振って、まかりとおっています。恐ろしいことです。隣国とは、たとえ意見の違いが大きくても、仲良くしなければいけません。「敵」ではないのです。
 先日、私は娘の結婚式のためにソウルに初めて行ってきました。みんな平和に生きています。それが、私たちの願いです。戦争に駆り立てて金もうけしようなんている連中に乗せられてはいけません。
 植民地になって朝鮮はかえって良かったとか反映していたと主張する日本人がいます。残念でなりません。自由と独立のないところで、どうして「繁栄」があるというのでしょうか。日本人は開き直ってはいけないと私は思います。
 反省すべきところは反省し、償うべきは、きちんと償うべきなのです。それが未来への道を切りひらいていくことになります。
(2013年12月刊。2900円+税)

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