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紛争地の看護師

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 白川 優子 、 出版  小学館
「国境なき医師団」というものがあり、世界各地の紛争地で人道的見地から地道な活動を展開していることは知識として知っていましたが、日本人の女性看護師が活躍していたことは知りませんでした。シリア、イラク、イエメン、南スーダンほかに8年間で17回も派遣されたというのです。砲弾が頭上を飛び交うなかの医療活動です。その勇気と心意気に心から拍手を送ります。
小心者で臆病な私には、とてもできません。せめて、ささやかなカンパを捧げたいと思います。アフガニスタンでがんばっている中村哲医師をつい思い出しました。こういう人たちによって平和憲法をもつニッポンが高く評価されているのですよね、本当にありがたいことだと思います。
行けば自分も危険にさらされるかもしれない。活動中の生活環境は厳しく、戦時下での医療がスムースにおこなえるとも限らない。苦しんでいる人たちがたくさんいるのに、医療すら自由に施せない戦争とは、本当に残酷なものだ。
「何もあなたが行くことはない」
「日本でだって救える命はある」
では、誰が彼らの命を救うのだろう。彼らの悲しみと怒りに、誰が注目するのだろう。
医療に国境はない。国、国籍、人種をこえた、同じ、人間としての思い、報道にもならない場所で、医療を求めて、また医療が届かずに泣いている人との痛みや苦しみを見過ごすことはできない・・・。
外国人の女の子が患者として運ばれてきた。モスルで外国人の子どもといえば、身元は明らか。ISの戦闘員の子どもだ。両親は自爆テロで亡くなり、その女の子だけが残された。
モスルを3年間も恐怖に陥れたIS戦闘員の子どもに、スタッフたちは心から優しく接した。
戒律を課し、ときに残酷な処刑も辞さない。市民の多くが、自分の家族や親戚の誰かを殺されていた。生活から自由を奪われ、みなが傷ついていた。当然、モスル市民にとってIS戦闘員は憎い相手であるに違いない。その憎き相手であろうISの子どもの世話に、モスル市民が一生懸命になっている。
そうなんですが、そういうこともあるんですよね、大変な仕事ですね。でも、必要なんですよね、こういうことって・・・。
ラッカで収容する患者の地雷被害には、いくつかの特徴がある。
一度に運ばれてくる患者は、みな同じ一族だ。脱出するときは、家族、親戚ぐるみで決行するから。亡くなるのは、先頭を歩く一家の主(あるじ)。そのうしろを行く2人目も亡くなるか、四肢切断などの重傷を負う。列の後方になるにしたがって、傷が浅くなっていく。うひゃあ、地雷原の脱出行って、そんな痛ましい状況に陥るのですね・・・。
ラッカの外気温は50度。ところが、宿舎には冷房がない。不眠不休で仕事をしていても、猛暑が眠りにつかせてくれない。夜になると、蚊やダニに刺された箇所が気が遠くなるほど痒くなる。身体中、200ヶ所は刺されていた。47キロあった体重が41キロになった。
著者は7歳のとき「国境なき医師団」の存在を知り、あこがれたとのこと。それを30年かかって実現したのです。すごいですね、偉いです。
銃創のときには爆傷とちがって、手術にならない可能性がある。ところが、空爆や砲撃などの爆弾による患者だと、問答無用で手術が必要になる、しかも、負傷箇所は銃創とちがって多数のことが多く、損傷も激しい。無数の破片物が身体中に突き刺さっていることも多い。
紛争地では、酸素ボンベを決して保持してはいけないという鉄則がある。万が一の攻撃によって酸素に引火したら爆発するからだ。
規則正しい連続した銃声だと祝砲だ。不規則に続く銃声は争いの可能性がある。
MSFが支援する医療施設では、一切の武器の持ち込みを禁止している。しかし、銃は、イエメン社会では男性の象徴とされている。
いやはや、本当に頭の下がる大変な活動です。生き甲斐を見失っている日本の若者に、もっと広めたいものです。
(2018年10月刊。1400円+税)

長篠合戦の史料学

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴)
著者 金子 拓 、 出版  勉誠出版
1575年(天正3年)というと1600年の関ヶ原の戦いの25年前です。織田・徳川連合軍と武田軍が激突し、武田軍が惨敗しました。武田軍は織田信長の3千挺の鉄砲の3段撃ちの前に次々に騎馬の将兵が戦死していったとされています。つまり、武田勝頼は強がりだけの若(馬鹿)武者だったという評価が定着している気がします。
ところが、織田軍が本当に3千挺もの鉄砲をもっていたのか、火縄銃の3段撃ちなんて現実に可能だったのかという疑問が出され、一時は全否定されていました。ところが、最近では、3千挺というのはありうるという説もあるようですし、3段撃ちは可能なんだという反論もそれなりに説得力があります。
また、武田軍にしても、鉄砲隊はそこそこ備えていた、また勝頼は決して若(馬鹿)殿ではなく、信長は敵として高く評価していたことも明らかにされています。本書は、いくつもある「長篠合戦図屏風」などの史料もふまえて真相解明に迫っています。
長篠合戦は、織田信長が当面の敵と考えていた浄土真宗本願寺とのたたかい(石上合戦)の過程で副次的に生じた出来事だった。信長は勝頼と戦う状況は想定していなかった。
長篠の戦いにおいて、織田・徳川の連合軍のうち、いくさの中心はあくまで徳川軍であり、織田軍は援軍の立場にあった。そして、本願寺との戦いのため、できるかぎり自軍の損害を抑えたいと信長は考えていた。そこで、織田軍は窪地に隠れるように配置され、前に馬防柵を構え、大勢が決するまで、柵の外でできるだけ戦わないようにした。
決戦場となった設楽原(しだらがはら)は、ぬかるんだ水田であり、腰のあたりまで水に浸かったため、武田軍の機動が大きく封じ込められた。東西400メートル、南北2キロの、非常に南北に長い地域で決戦が行われた。
織田・徳川の連合軍は3万8千人。火縄銃3500挺を用意した。
火縄銃の有効射程距離は50メートル。
長篠合戦の実際を、さらに一歩ふかく知ることができました。
長篠・長久手の合戦を画題とする合戦図屏風は現在17件が見つかっているとのことです。すごい迫力のある画面です。
(2018年10月刊。5000円+税)

安倍官邸vs.NHK

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 相澤 冬樹 、 出版  文芸春秋
森友事件をスクープしたNHKの記者が、なぜNHKを辞めたのか、その事情が本人の口から語られています。NHKは、著者に対して「事実無根」だとか、反撃しようとしているようです。言論の自由を拡大する方向での食い違い(論争)であってほしいものです。
著者はラ・サール高から東大に入り、法学部を卒業してNHKに入って31年間の記者生活を送っています。森友事件と出会ったのは、大阪司法担当キャップになったことから。
森友学園の土地払下げ問題の核心は、開設される新しい小学校の名誉校長に安倍昭恵総理夫人が就任していること。要するに、安倍首相が公私ともに国有地の不当払い下げに直接かどうかを問わず関わっている疑いはきわめて濃厚なのです。
したがって、安倍首相は国会で再三明言したとおり首相を辞めるだけでなく、国会議員も辞めなければいけません。それなのに今日なお、首地の地位に恋々としがみついているのです。醜状をさらすもほどがあります。こんな首相をトップに据えておいて、子どもたちに道徳教育の押し付けを強化しようとしているのですから、開いた口がふさがりません。
著者は安倍首相夫人とのかかわりを記事の冒頭においた原稿をつくった。しかし、デスクが削ってしまった。あたりさわりのない原稿にデスクは書き換えたのです。
NHKの小池報道局長は、安倍首相と近く、安倍政権に不都合なネタを歓迎するはずがない。部下は、当然のように上司たちの意向を機敏に察知する。
忖度(そんたく)しない記事を電波にのせたとき、NHKの上層部から言われる言葉は次のようなもの。
「あなたの将来はないと思え」
いやあ、これって恐ろしい言葉ですよね・・・。
なぜ、国有地が格安で販売されたのか。国と大阪府は、なぜ無理に認可してまで、この小学校をつくろうとしたのか。
森友事件とは、実は森友学園の事件ではない。国と大阪府の事件だ。責任があるのは、国と大阪府なのだ。この謎を解明しないと、森友事件は終わったことにはならない。
NHKが報道機関としていったいどうなっているのか、その内実を知りたい人には超おすすめの本です。
(2018年12月刊。1500円+税)

人体は、こうしてつくられる

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 ジェイミー・A・ディヴィス 、 出版  紀伊國屋書店
もっとも身近な驚異の世界、ワンダーランド、それは私たちの人体です。
人間は体内で病気を治す薬まで合成しているのですから、本当に不思議な存在です。
生物が自らを構築するとき、発生に必要な情報は胚(はい)のなかにあり、それを胚自身が読みとって自らをつくりあげていく。外部の図面にもとづくものではなく、外からの指示によるものでもない。
生物構造の場合は、構築にかかわる全要素が責任を共有する。DNAは、いわゆる設計図ではない。そこには詳細な設計図はなく、現場監督もいない。ましてや既存の機械や工具を使えるわけでもない。
生物の材料は三つ。タンパク質、メッセンジャーRNA(mRNA)、DNAの三つだ。
成人の細胞は、数十兆の単位で(37兆個か・・・)、これは銀河系の星の数の10倍以上だ。
細胞には厳密に定められた形がない。ほとんどの細胞は、周囲の環境に応じて形が決まる。ヒトの典型的な体細胞は直径が0.01ミリ。
当初の細胞は、どれも同じ能力をもっていて、人体のどの部分にでもなりうる。たとえば頭部となると決められた細胞が初めからあるわけではないし、指令塔のような細胞が最初からあるわけでもない。
細胞はとても小さいが、細胞内の反応を担うタンパク質はもっと小さく、10万分の1ミリメートルほど。そのタンパク質が溶け込んでいる液体の水分子は、さらに小さい。
胚は、最初の血液細胞を大動脈の壁だった細胞からつくる。これは血管のなかにいる細胞なので、どうやって血管のなかに血液細胞を入れるのかという「難問」は考える必要がない。
人が学習するとは、脳のニューロン同士がシグナルのやりとりを介して結合を変えること。大脳には、数百億のニューロンがあり、成人では一つのニューロンが1000ほどのシナプスをもつので(子ども時代はもっと多い)、大脳全体のシナプスはまさに無数にあると言える。
健康な腸には、組織1グラムあたり10億から100億の微生物がいる。
腸内細菌は、酵素を分泌して、消化や代謝を助けてくれる。
腸内細菌は、毒素あるいは発癌物資になりうる食物分子を細菌酵素によって攻撃してくれるので、食物を安全なものにする役割も果たしている。
人体に有益な菌が豊富な環境として女性の膣もあげられる。
共生細菌は、ヒト細胞とシグナル伝達による会話をする。
腸の共生細菌は、シグナルを出すことで、自らの生存を確保する。
ヒトと腸内寄生虫は、長いあいだ、ともに進化してきた関係にある。
ぜん息は、免疫系のバランスが崩れ、ほこり、動物の毛、花粉といった無害な物質に過剰に反応してしまうのが原因だ。
目のレンズ機能の3分の2は角膜が担っていて、「目のレンズ」と呼ばれる水晶体は3分の1でしかない。
どの動物も、メンテナンス重視で長生きするか、それとも精力的に短く生きるかという選択肢のあいだでバランスをとっている。たとえば、マウスは捕食されるリスクが非常に高いので、短期間で繁殖することに注力する。
ヒトの活力と長寿への投資配分は、祖先がアフリカの平原でさらされていた捕食リスクによって決まったもの。ヒトが生まれながらにもつメンテナンスシステムは、100歳をこえる人はごく一部という仕様だ。
人体の不思議な仕組みの一端を知ることのできる興味深い本です。
(2018年11月刊。2500円+税)

男たちの船出

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 伊東 潤 、 出版  光文社
圧倒的な迫力があります。喫茶店で、いつものように原稿を書いていて、ちょっと頭休めのつもりで読みはじめたら、もう止まりませんでした。いえ、この先どういう展開になるのか、それを知りたくて、ついつい頁をめくってしまうのです。ついに、トイレに行くのまでガマンして、身動きすらせずに読みふけって読了してしまいました。
千石船づくりに果敢に挑戦する船大工の父子の話です。ところが荒波にもまれて、船は次々に難破して、手だれの船大工たちが亡くなっていくのです。
佐渡ヶ島に渡って、そこで荒波とたたかいながら千石船づくりに挑戦します。ようやく成功したかと思うと、荒波の脅威の前に船は沈没し、命がけで挑んだ若き船大工は命を落とすのです。さあ、次は、父親の出番。もう引退しようと思っていた父親がカムバックして、見事に千石船を誕生することができるのか・・・。手に汗握る、息もつかさない展開です。
同じ著者の『巨鯨の海』もすごい迫力の漁師の話でしたが、負けるとも劣りません。思わず数えてみると、書棚に著者の本が13冊並んでいます。ですから、この本は14冊目に読んだ本でした。プロの筆力のすごさを実感させられます。
「神仏には病魔退散を願うだけにしろ。船づくり(船大工)は神仏に頼ったら駄目だ。頼ったら最後、詰めが甘くなり、いい船は造れなくなる」
なるほどですね。苦しいときの神頼みもほどほどにすべきのようです。
弁財船とは物資の輸送に使われる大型の木造帆船のこと。北前船(きたまえぶね)、菱垣廻船(ひがきかいせん)、樽廻船(たるかいせん)は、それぞれ航路、形態、積み荷からそう呼ばれていっただけで、すべて弁財船。
弁財船が抱えるもっとも大きな問題は、舵(かじ)やそれを収納する外艫(そとども)にあった。弁財船の本体はきわめて堅牢な構造で、岩礁にでも衝突しない限り壊れるものではない。だが、舵と外艫だけでは弱かった。舵は船尾から直下に長く延びており、複雑な構造をしているので、海が荒れると壊れやすく、また流木や鯨が直撃しただけで折れることもある。これまで難破した弁財船の大半は、舵と外艫に何らかの損傷を受けたことが原因だった。
「つかし」とは、航行もままならないほどの暴風に出あったとき、帆を下げて「垂らし錨(いかり)」を下ろし、大きな船首を風上に向けて暴風が去るのを待つという暴風圏での対処法のこと。
塩飽(しあく)には死米定(しにまいさだめ)がある。海の事故で亡くなった者の遺族に、定期的に米が支給されるという一種の保障制度のこと。
元禄時代、塩飽所属の船は427隻、船手衆は3460人を数え、3万石の大名と同等の動員力をもっていた。
和船造りは、航の設置から始まる。航は洋船の竜骨と同じ役割を果たす船の大黒柱のようなもので、和船の航は幅広の厚板となる。工程は、主に大板を組み合わせていくことですすむので、これを「大板造り」と呼ぶ。そのなかでもとくに重要なのは、「はぎ合わせ」と「摺合せ」で、ここに大工の技量が問われる。
「はぎ合わせ」とは、何枚もの板をはぎ合わせて大板を造り出す技術のこと。船の需要が増して巨材の入手が困難となったために発達してきた。
「摺合せ」とは、航、根棚、中棚、上棚などの大板どうしを組み上げていく際に、縫釘を打つ前に隙間なく調整する作業のこと。
この小説には異例なあとがきがあります。次のように書かれています。
「本作は、事前に読書会を開催し、ご参加いただいた方々のご意見をできる限り反映しました」
そのうえで参考文献も明記されています。
まあ、それにしても登場人物の性格描写といい、情景の書きあらわしかたといい、頁をめくる手に思わず力が入ってしまうほどのすごさです。新年早々、心おどる小説に出会えたことに感謝します。
(2018年10月刊。1800円+税)

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