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地面師たち

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 新庄 耕 、 出版 集英社文庫
 毎日毎日、特殊サギにひっかかった、危くひっかかりそうになったというニュースを目にします。そのとき、警察官を名乗り、また弁護士が登場します。弁護士が現金1千万円を受け取りに来るので、玄関のところで渡すように言われたので、郵便局で1千万円を引き出そうとして、危ないところでストップがかかった。こんな記事を読むと、たまりません。
ホンモノの弁護士を長くやっている身として、現金を取りに個人宅にまで出向くなんて、そんなヒマなんかありませんよ、そう叫びたくなります。
なんで、弁護士だとか警察官だとか、会ったこともないのに肩書きだけで信じ込んでしまうのか、不思議でなりません。
地面師というサギ集団になると、欺く方法がより高度です。なりすましなので、みんなの前で、それらしい演技が必要です。舞台度胸のない私なんか、とても出来そうもありません。
 なりすましの第一歩は年齢ですが、なにより干支(えと)です。ネズミ年の私は、寅年の奥様に睨まれて、いつも小さくなっています。それはともかく、他人の干支を自分のものかのようにパッと、ためらいなく言うには、練習を重ね、度胸もいります。
生年月日も、西暦とともに和暦も言えないといけません。これも案外に難しいのです。
 そして、訊かれてもいないことをペラペラ話してもダメ。余計なことを言うと、すぐにボロが出る。たとえば、どこの町には有名なラーメン屋が向かい合わせにあるなんて、地域の話になったら、話を合わせるのは簡単なことではありません。
 そして指紋。指の腹や手のひらに、アメリカの専門業者から取り寄せた超極藩の人工フィルムを貼っておく。海外の諜報機関で採用されているという特殊フィルム。このフィルムに指紋や手のひらの凹凸があるうえ、人間と同じ皮脂成分の油膜が塗られている。いやあ、そんな特殊フィルムもあるのですね…。知りませんでした。
 不動産売買には、銀行の応接室などが利用されることが多い。しかし、銀行員から値踏みされたくないし、行内の監視・防犯カメラに自分たちの姿を残したくない。そこで、弁護士事務所を利用する。舞台装置として利用されるなんて、嫌ですよね。
 サギ師集団は分業を徹底させている。なりすまし役を手配する係もいる。
 免許証の偽造も簡単ではない。透(す)かしの印刷技術ではなく、ICチップのスキミングと複製も必要になる。ICチップ入りの免許証を端までスキミングすると、券面に印刷された生年月日や顔画像などの免許証情報はもちろん、IC化で記載されなくなった本籍や暗証番号などの情報も取得できる。
抜きとった情報をそっくり別のICカードに書き写せるうえ、ICカードを専用の免許証チェッカーで検証しても偽造とは判定されない。顔写真だけを他人のそれに変えて書き写したICカードに透かしと表面の情報を印刷すれば精巧な偽造免許証ができあがる。
東京は五反田の廃旅館を舞台とした地面師たちに手玉にとられて、かの天下の積水ハウスが55億円という巨額のサギ(詐欺)被害にあったのは有名な話です。それをドラマ化したものはテレビ・映画でもヒットしました。そのドラマの土台となった小説です。
 事実は小説より奇なり、なんですよね。幸いにも、弁護士生活50年以上のなかで、なりすまし事件の被害にあったことは、まだありません。でも、これから先は分かりませんよね。気をつけましょう。
(2024年12月刊。740円+税)

ハチは心をもっている

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 ラース・チットカ 、 出版 みすず書房
 ハチは、1匹1匹が「心」を持っている。決して本能に従って反射的に動く機械なんかじゃない。これを徹底的に明らかにした本です。
今や、ハチの背中に電波発信機を取りつけて行動経路を探索できる(する)状況なんです。それが出来るの前の行動観察は本当に大変だったようです。その苦労も語られています。
あんなに小さいハチの身体を、それも脳の内部構造を調べあげ、ニューロンの樹状分岐パターンまで究明した学者がいるなんて、驚きそのものです。
 私たち人間は、ハチから多大な恩を受けている。これは間違いなく本当です。イチゴも梨もハチがいないと受粉できず、実がなりません。
脳内の糸球体密度の高いハチは、学習速度が速いだけでなく、記憶が長く保持された。ところが賢いハチは寿命が短く、採餌活動に関わる日数が少ない。すると、むしろ「のろい」個体のほうが、コロニーの採餌成績への貢献度が高い。学習速度の遅い「のろま」なハチのほうがハチの種族の生存に貢献しているというわけです。なーるほど、自然はよく出来ています。
 ハチの個体間にも、コロニー間にも、感覚系、行動、学習面において非常に大きな差がある。
ハチは温血動物。飛行中の正常体温は40度Cもある。
 ハチは、温かい蜜を出す花のほうを好む。
 マハハナバチは、ミツバチの花選択をまねている。
 ハチの脳を研究した成果として、たとえ微小な脳であっても、その神経配線しだいで高い認知能力を発達させ、周囲の状況を探って規則性を見つけたり、未来を予測したり、情報を効率的に蓄積したり、引き出したりできるようになることが明らかとなった。
 ハチの背中に取りつけるトランスポンダーは、重さが15ミリグラムしかない。これは、運搬可能な花蜜の重さよりも、はるかに軽い。
 ハチは飛んで上空に舞い上がると、巣の外観や近くのランドマークを記憶する。
 ハチに全身麻酔剤を投与して人工的に眠らせ、時差ボケになったミツバチをつくりあげて観察した。すると、自分が予想外の場所にいることを気づいたハチは、見なれたランドマークを探して輪を描くように飛んだあと、やがて巣に向かって一直線に飛んでいった。
 ミツバチの巣に敵が出現したら、警報ホルモンを分泌するが、これは、内因性鎮痛物質を大量に分泌させ、戦闘による外傷に気づかせないようになっている。こうやって番兵バチを敵を恐れ知らずの自爆攻撃者にしてしまうというわけ。
ハチの世界をじっくり観察した研究成果が示されています。
 ハチが絶滅危惧種になったら、人間の生存も難しくなりますよね…。そうならないよう、人間は農薬を使うのもほどほどにしたいものです。
(2025年2月刊。3600円+税)

エッシャー完全解読

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 近藤 滋 、 出版 みすず書房
 なぜ不可能が可能に見えるのか、こんなサブタイトルがついています。なるほど、エッシャーの絵って不思議ですよね。一見すると、何の変哲もない精密画なのですが、よくよく見ると、不思議だらけです。どんどん階段を上にのぼっているかと思うと、いつのまにか下に進んでいます。そして、川の水が滝のように流れ落ちているのですが、その落ちた水が、どんどん上にあがっていて、再び滝になって落ちていきます。まったくありえません。
 人間の眼は、いかに錯覚にとらわれているか、それを何より証明するものです。
 エッシャーのだまし絵は見飽きることがありません。著者は、それがなぜなのか、科学的に究めています。すごいです。
著者がエッシャーのだまし絵に出会ったのは中学生のとき。少年マガジンの表紙(1970年2月8日号)に「物見の塔」があったそうです。この「塔」の絵も不思議なものです。建物のなかにあった梯子(はしご)を人間がのぼっていますが、いつのまにか建物の外に出ているのです。ありえません。
 そして、1階と3(2?)階の向きがまるで違うのに、違和感がありません。
 エッシャーの絵は自然で写真的に見えるのに、全体としては不可能建築になっている。
エッシャーはアメリカの雑誌「タイム」に取りあげられ、一躍、人気作家になった。1954年のこと。
 エッシャー自身は学校では数学が苦手で、いつも落第点をとっていた。今と違ってコンピューターを活用できるわけではないので、エッシャーは手作業でトリック絵を描きあげていった。
 エッシャーの風景画は、その対象をきわめて正確に写しとっている。
 エッシャーは、どう考えても存在しえない構造の建築物を、限りなく自然に描くことで、実在しうるものと錯覚させることを狙ったのだろう。
 エッシャーのトリックは次の三つから成る。
 ①原則として、線遠近法の決まりごとは厳格に順守する。
 ②見る人が錯覚を起こすように建物の構造を変える。
 ③違和感の原因になる構造を、建物以外のアイテムでごまかす。
 エッシャーは、自分では「デッサンが下手だ」と言ったが、それは、存在しないものを空想で描くことは出来ないという意味。
 エッシャーの絵を一人で黙って見つめているだけで、画面中にたくさんトリックがあることに気付かせない。でも、どこか変だなと思って、よくよく見ていると、トリックがあることが分かってくる。
 エッシャーの絵をもう一度よくよく見ることにしましょう。楽しい本でした。
(2025年1月刊。2700円+税)

ひろい海にぼくたちは生きている

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 長倉 洋海 、 出版 ありす館
 この著者(写真家)の写真と文章には、いつも感服しています。子どもたちの目がキラキラ輝いているのに心が惹かれます。
 今回の子どもたちは基本的に一日中、海上で生活しています。東南アジアにスールー海というのがあるそうです。初めて知りました。インドネシアでしょうか、ボルネオでしょうか…。フィリピンではなさそうです。
陸に上がるのは、とった魚を売りに行くときだけ。固い地面を歩くのは不思議な感じがするというほど、海上生活が中心です。舟の上にすべてがある。料理も食事も、みんな舟の上。
 赤ん坊が生まれると、すぐ海に入れる。まず、泳ぎを覚えるため。とれた魚を町で売って、また海に戻っていく。
 島に生えるヤシの木と魚で、自給自足の生活を営む人々。ヤシの木は、実だけでなく、殻も葉も幹も、すべて役に立つ。ヤシ殻からロープをつくる。とった魚は、みんなで分けあう。
島には、電気もガスも、水道もない。冷蔵庫もない。足りなくなったら魚もヤシもまた取ればいい。水は、雨水を水槽に貯めておく。
 子どもたちは、学校に通う。ヤシガニは青色で、手の平よりも大きい。ヤシの実は、ラグビーボールの大きさだ。
 青い空と広い海のなかで、子どもたちが屈託のない笑顔を見せている。この素敵な笑顔がずっとずっと続いていくことを願うばかりです。
 今回も素晴らしい写真を見せてもらって、ありがとうと著者に声をかけたい気持ちで一杯になりました。
(2024年12月刊。1980円)

罪名、1万年愛す

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 吉田 修一 、 出版 角川書店
 ミステリー小説なんですが、戦後の混乱状況に生きた人々の戦後をたどる話として読ませます。
 「1万年愛す」というのは、ルビーのペンダントの名前。今の価値だと35億円にもなろうかという、とんでも高貴な至宝です。なぜ、そんなものが、この本のタイトルなのか…。そんな至宝を島に住む招待主が所持しているというのです。でも、それがホンモノなのかは、最後まで分かりません。
そもそもの事件が起きたのは、なんと45年前の1978年、多摩ニュータウンの団地に暮らしていた主婦が突然、失踪してしまったこと。
 そのとき、ひょんなことから、この超大金持ちが容疑者の一人となった。そして、その容疑者に対する捜査にあたっていた元警察官も、この島に招待された。なんだか不思議な話ですよね…。
 そして、話はさらにさかのぼって、日本敗戦後の上野駅にたむろしていた戦災孤児の話になるのです。そこでともに生きていた仲間から、成功した人間も出たのです。そして、死んだ人の戸籍をもらって生きていったのでした。
 そんな孤児が社会的に成功して今があるわけです。主婦失踪事件も意味のある行為であって、殺人事件ではなかったのでした(ネタバレ、ごめんなさい)。
 まあ、さすがに手慣れた様子で話が展開していきますので、いったい、この先どうなるんだろうと思って一気読みしてしまいました。
(2024年10月刊。1980円)

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