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あきらめない弁護術

カテゴリー:司法

(霧山昴)

著者 神山 啓史 、 出版 現代人文社

 この本のタイトルには、実は「神山啓史流」というのが頭についています。司法研修所で刑事弁護教官にもなった神山啓史弁護士の弁護の技(わざ)を若手弁護士に継承してもらうことを目ざして、神山弁護士にインタビューした内容が中心になっている本なのです。ですから、話しコトバですし、裁判所に提出した手書きの書面のコピーとか、現場に行って再現実験したときの写真も紹介されていて、とても読みやすい本になっています。

 再審事件は辛い。辛いと弁護士もダメになる。弁護士がダメになったら、誰が冤罪を晴らすんだ。だから楽しくやらなきゃダメ。仲間いて、楽しくやって、あきらめず……、いつも、ワイワイ、ガヤガヤ。「元気のある弁護団」が事件を動かす。

 神山弁護士の弁護活動は、要するに、全部やる、普通にやる、ということ。

神山弁護士は弁護団会議のときホワイトボードを活用する。書き出して議論を整理する。だから、神山弁護士が会議中に座っていたことはほとんどない。分担した書面の内容を担当者まかせにせず、皆でしっかり勉強して、そのうえで起案するという手順を守る。全員がホワイトボードを見ながら発言を積み重ねていくから、議論は外れないし、深まっていく。

 証拠物を収集したときには封緘(ふうかん)するだけでなく、回収してから封緘するまでを動画撮影しておく。これによって検察官から関連性を争われないようにする。

神山弁護士には「証拠を創る」という発想がある。新証拠を準備するため、次回の会議まで一つずつアイデアを持ち寄ることにする。

鑑定結果は、誰が鑑定人になるかによって大きな影響がある。

 刑事手続のあらゆる場面において、弁護人から先に「いつまでに何をするので、こうしてくれ」言うべき。

ムダをムダと考えずに、やってみる。思いつく、すぐに、自由に、大胆に。検察官に会って交渉することは大事なこと。その結果として、起訴前に神山弁護士は検察官から証拠を見せてもらえたことがあるとのこと。すごいことです。

 神山弁護士は、被告人の供述調書にあるような窓をくぐり抜けることは無理だという再現実現を試みた。それをやっているときの写真の神山弁護士の笑顔は楽しそうです。ところが、検察官側の証人として登場した警察官は2人とも、軽々と窓をくぐり抜けた。それで裁判は負けた(有罪になった)。実は、警察官たちは必死の練習を積んでいたことがあとで判明した。いやあ、さすが警察です。裁判所を騙したわけですよね。

神山弁護士は法廷傍聴もしています。裁判員裁判が始まったので、刑事裁判は少しは良くなったかと期待していたのに、完全に裏切られたと言います。そして、弁護人が罪情認否のとき、「被告人と同じです」というのは明らかに手抜きだと、厳しく批判します。

 「公訴事実に争いはありません。被告人には刑の執行を猶予するのが相当です」

こう言うべきだとしています。私にとって、耳の痛いコトバでした。

 神山弁護士の肉声が聞こえてくるような本です。弁護士生活50年をこえた私にもとても勉強になりました。

(2025年3月刊。2970円)

落とされなかった原爆

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)

著者 鈴木 裕貴 、 出版 人文書院

 ヒロシマとナガサキ、もちろんアメリカが原爆を投下した都市です。今、朝鮮人の被爆者がいると言うと、朝鮮半島にも原爆が落とされたのかと質問する若い人がいるそうです。原爆投下のことが意外に知られていないのですね……。

 アメリカは、原爆投下の対象として、まず17都市をあげた。次に5都市にしぼった。京都、広島、横浜、小倉、新潟。最終的には、京都について陸軍長官のヘンリー・スチムソンが反対して除外され、新潟は距離的に遠いので外された。代わりに、広島、長崎、小倉が対象地となった。広島に次ぐ2発目の第一目標は小倉造兵廠と市街地だった。第二目標が長崎中心部。

ボックスカーが小倉の上空に到達したとき、一面の雲に覆われていて、目視確認ができなかった。1時間ほど上空をウロウロしたあげく、長崎に向かった。それで、広島が8時台なのに、長崎は11時台になった。帰りの燃料が心配となって、ボックスカーは沖縄に立ち寄ってテニアン島に戻った。

広島が原爆でやられた直後、「次は小倉だそうだ」という噂がとんだ。どうして、こんなことが言えたのでしょうか……。

小倉が狙われたのは、風船爆弾をつくる工場があったからという話が紹介されています。アメリカは、そんなことまで知っていたのですね。日本人スパイがいたとは思えませんが……。

新潟も原爆投下の対象地でした。それで、大規模な空爆を受けていません。逆にいうと、大規模な空襲を受けていないのは、かえって危ないというわけです。京都もそうでした。広島、京都、新潟は、アメリカ側は通常爆撃禁止地域としていたのです。

そこで、広島に原爆が投下されたあと、新潟県の畠田昌福知事は8月10日、新潟市民に疎開するよう布告しました。国による指示はなく、独自の判断でした。新潟市はたちまち全市が空っぽになったとのこと。知りませんでした。

横浜は5月29日、3月10日の東京大空襲に匹敵する、いやそれ以上の精密じゅうたん爆撃を受け、全市が壊滅した。これは原爆投下予定地から解除されたから。

京都は原爆投下対象都市として「AA級」とされていた。AA級は、ほかに広島だけ。四方を山に囲まれた盆地であり、木造建築が多かったから。

 長崎は、京都が外されたことから、その身代わりとなった。京都を除外したのはアメリカ陸軍長官のヘンリー・スチムソン。弁護士であり、京都を訪れたこともあった。戦後の日本占領政策も考慮したうえのことなので、トルーマン大統領の同意も得ていた。

ところが、マンハッタン計画の総指揮官のレスリー・グローブズはなんとしても京都に原爆を投下しようとしていた。そこで、最後まで、京都を通常爆撃禁止区域としていた。3発目の原爆は京都に投下するつもりだった。

京都が原爆投下対象地から外されたことについては、いくつかの伝説があるようですが、スチムソン長官の尽力があったからだと本書はしています。

興味深い内容が盛り沢山の本でした。

(2025年11月刊。2200円)

「考える腸」が脳を動かす

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 菊池 志乃 、 出版 集英社新書

 脳と腸は神経系、内分泌(ホルモン)系、免疫系を通じてつながっていて、そこに腸内細菌がかかわって、体にさまざまに影響している。

過敏性腸症候群は日本人の10人に1人がかかっている私も、かつてそうでした。便秘と下痢を繰り返すのです。東京にいたときは列車のなかで便意があり、駅のトイレによく駆け込んでいました。そうかと思うと、何日も通じがなく、腹が張って苦しい思いをしました。戦国時代の石田三成にも、この症状があったそうです。

 今では、この症状は立派な病気だと認識されています。著者は、「個人のこころの問題」による病気ではなく、「体の病気」として考える必要があると強調しています。ストレスに弱いのではなく、ストレスに対して脳と腸の反応が過敏でその結果として体の症状が現れると考えるのです。

そこで、脳(こころ)と腸のバッドコミュニケーションを断ち切る療法がすすめられています。たとえば、おなかへの過度な注意をそらすトレーニングを実践するのです。楽しいことを集中してやっているときにはおなかの調子がどうなのかなんて気にしません。それを実践するのです。自分にあった「注意のそらしかた」を見つけるのです。

脳と腸は自律神経でつながっている。

 脳腸回線では、休息時やリラックス時に働いて、消化、排便、排尿を促す副交感神経の働きが重要。腸は、脳の指令にただ従うだけの存在ではない。

 ストレスホルモンは、脳とせき髄を通して胃腸の不調を引き起こす。ストレスホルモンは免疫細胞の働きをおさえる。つまり、ストレスが続くと、免疫の機能が低下する。

腸には、免疫細胞の過半数(70%とも)が集まっている。腸内細菌において、善と悪は、どちらかに固定的に分類できるものではない。むしろ全体のバランスが重要。

幸せ物質であるセロトニンの90%以上は腸でつくられる。腸は本当に大事だと実感します。朝、すっきりした通じがあると、さぁ今日もがんばろうとなりますよね。

(2025年10月刊。1100円)

ポルトガル限界集落日記

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)

著者 浅井 晶子 、 出版 集英社

 ドイツ文学翻訳者の日本人女性がドイツ人の夫と2人して、ポルトガルの山深い限界集落に移住した体験記です。とても面白く、一気に読みふけりました。

ポルトガル人は怠け者とコメントされることも多いけれど、実際には働き者なんだそうです。労働時間は短くないし、時間外労働もいとわない。

 ところが、予定通りに仕事が進まないのはよくあること。そんなとき、ポルトガル人は、あっさり明るく謝罪する。ときには、ビールをおごってくれたりもする。頼まれた仕事をすべて断らずに受けてしまって、対応しきれなくなったから仕事が進まないだけなのだ。

 ポルトガルの田舎では、ある世代より上の女性は、夫を亡くすと黒い服しか着ない。

ポルトガルの田舎では、ワインはほとんど水と同じ。日常生活の一部として、欠かせない存在。どの家にも「アデガ」と呼ばれるワイン蔵がある。

ポルトガル人にとって、昼食は聖なる時間。昼休みに入る時間は正確で、たいてい2時間ほど、ゆっくりたっぷり食べる。ワインは欠かせないお供だ。午後から仕事があっても、車を運転していても、かまわない。自家製ワインに防腐剤など一切入っていないので、悪酔いしない。店でワインを飲んでも料金はとられない。このマカ不思議だ。

ところが、多くの女性がワインを飲まない。ワインによる死亡事故、DVなどがあるため・・・。ワインには、人の愛も憎しみも恨みもこもっている。

うむむ、これは、なんということでしょう・・・。

ポルトガルで山火事は人災。育つのが早く、薪(たきぎ)や製紙の原料とするユーカリは、非常に燃えやすく、地下水を吸い上げ、土壌を乾燥させる。

ポルトガル料理は日本人の口によくあう。なんといっても魚介類が豊富だ。

塩タラは、ポルトガルでは特別な存在。バカリャウと呼ばれる。そしてポルトガル人は、よく米を食べる。豆や菜の花、そして、ニンジンの炊き込みご飯は、とても美味しい。

ポルトガル人はスープ好き。メインの食事の前に、必ずスープを飲む。スープは、日本人にとっての味噌汁のような、欠くことのできない食事の一部だ。

田舎生活は健康的だというのは必ずしも真実ではない。田舎には、都会にない多くの危険が潜んでいる。

ポルトガルで「移民」というと、国を出ていったポルトガル人同胞をさす。ポルトガル語は、2億人のブラジル人が話すものが世界標準になっている。

ポルトガル人の生活に欠かせないのがオリーブオイル。自家製オリーブオイルを何にでもかけて食べる。オリーブオイルは傷にも火傷(やけど)にも、肌の手入れにも使う、万能薬。ランプの明かりもオリーブオイルだった。

最後に、外国暮らしのために、もっとも大切なのは、滞在許可証とお金だとのこと。

ポルトガル人の収入は、ヨーロッパ平均より、ずっと低い。そして、物価は高い。ところが、みんな生活を楽しんでいる。現金収入の額だけでは貧富では測れない。ポルトガルの山奥での暮らしは、お金では買えない価値がある。

一緒にワインを飲んで笑いあう、なにげない「いま」を大切にしたい・・・。よく分かります。

でも、山奥の暮らしは、私には無理です。本に囲まれていないと私はダメなんです。

(2026年1月刊。1870円)

日本の馬

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 近藤 誠司(編) 、 出版 東京大学出版会

 馬って、日本列島に昔からずっといたかと思っていました、違うようです。そして、馬というのも外来語であって、固有語はないそうです。

 日本にいる馬について、過去・現在・未来を語っている本です。

 3世紀の「魏志倭人(ぎしわじん)伝」では、邪馬台国に馬はいないとされていて、古墳時代中期以降に馬が登場する。4世紀以降のこと。

 鎌倉時代から戦国時代にかけての武将が乗った馬は、体高148センチから135センチと、非常に大きな馬格をもっていた。戦場に使う軍馬は大きかった。

 農村地帯の馬は四尺(120センチ)ほどの小型が好まれた。飼料が少なくてすみ、荷を積みやすいから…。

 日清・日露戦争のころ、日本の軍馬について、諸外国の軍人から「日本の馬は馬ではない。馬の皮をかぶった野獣だ」と酷評された。それほど、かみつき、けとばし、扱いにくかった。それで、日本政府は、在来馬をすべて去勢し、西洋馬におき換えることにした。

日本の在来馬は、すべてモンゴル在来馬に由来する。

 宮崎県の都井(とい)岬にいる御崎馬は、半野生の馬。江戸時代、高鍋藩には5000~8000頭の馬がいた。ここでは、周年自由放牧している。現在は111頭(2020年末)がいる。春にはオス1頭、メス2~3頭のハレム群が形成され、毎年15~20頭の子馬が生まれる。

 ビジターセンターがあり、観光客がガイド付き御崎馬を観察できる。

 大牟田市にあった三池炭鉱では、坑内運搬のため対州馬を使役していたことがある。一度坑内に下げられた馬は、死ぬまで坑外に出されることはなく、平均2年10ヶ月しか生きることができなかった。それだけ過酷な労働(衛生)環境だったわけです。

野生馬の寿命は長くて32歳で、30歳ほど。

 日本の在来馬は側対歩(そくたいほ)をする。側対歩とは、2拍子のリズムを刻む対称歩法。同側の前後肢がほぼ同期して動くところが速歩と異なる。側対歩は重心を左右に移動する必要があるため、キリンやラクダなど重心が高い位置にある四肢の長い動物で見られる歩法。

 側対歩するモンゴル馬はそれをしない馬の2倍の高値がつく。それは、長時間馬にのって移動するとき、騎乗者は、上下動の小さな側対歩をする馬に乗るほうが疲れが少ないから。

 在来馬はタフであり、粗食にもよく耐えることを学問的に裏付けています。さすが学者ですね。馬のことをいろいろ知ることが出来ました。引退したサラブレッド馬に観光牧場で乗ったことがありますが、意外に高いので、怖いくらいでした。

(2021年10月刊。4950円)

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