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ちえもん

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 松尾 清貴 、 出版 小学館
この本の始まりと終わりはオランダ交易船の沈没、そしてその引き上げです。ときは1798(寛政10)年11月から翌年2月のこと。つまり、松平定信の寛政の改革のころの話です。
長崎・出島のオランダ商館を拠点とするオランダとの交易は、ひそかに密貿易(抜け荷)も横行していたようです。しかも、幕府の禁止をかいくぐって藩当局の黙認のもとに…。もちろん、見つかれば処刑されます。実際にも、見せしめのために処刑された商人や通詞(通訳)がいたようです。
オランダ交易船は、全長42メートル、幅11メートル、総積載高1万石、鋼鉄張り、大帆柱3本の巨大な船。海中に沈没してしまっているのではなく、座礁している。このオランダ交易船を地元の香焼(こうやぎ)島の島民とともに、引き上げる。その先頭に立ったのが山口県徳山湾に面した漁村で育った漁民だった。
村の青年は若衆宿に属する。そして、夜這いをかける。寝ている娘の枕元に忍び寄る。娘に誰何(すいか)され、拒絶されると、夜這いは中止。男は黙って帰り、その夜のことを忘れなければならない。それが宿の掟だ。強姦者は若衆宿からも村からも制裁を受け、ろくな人生を送れない。死ぬまで負の烙印を押される恐怖から、どんな乱暴者も夜這いの作法だけはかたくなに遵守した。
若衆組は、下から順に小若勢(わかぜ)、並若勢、大若勢、年寄若勢と格付けされ、年次ごとに昇進する。新入りの指導は並若勢の役目だ。新入りは小若勢ですらない。宿の上下関係は絶対で、年次の差は埋まらない。
官途成(かんとなり)。名を改めるとき、特別な儀式が催された。官途名、大夫、兵衛、左衛門、右衛門など昔は武家が名乗った官名を百姓が名乗る。それ自体は珍しいことではないが、それへの改名は段取りを踏まなければならない。神職から名を授かるのに、相応の寄進が求められた。なので、官途成ができるのは有力百姓に限られ、そして、たいては跡取り息子だけだった。
瀬戸内は廻船の通り道。北陸や山陰などの日本海側から出発した船は、赤間関(今の下関)を超えて瀬戸内に入り、さらに大坂へ出て太平洋沿岸を経由して江戸に向かった。西廻り航路と呼ばれる開運物流の主流の一つだった。
瀬戸内には、米を大坂や江戸に運ぶ米廻船だけでなく、木綿・油・しょう油などの日用品を運ぶ菱垣(ひがき)廻船や、上方の酒を諸国へ下らせる樽(たる)廻船も頻繁に往来した。
そして、これらの回船は、江戸、大坂の問屋どうしが組合仲間をつくり、扱う商品によって棲み分けした。
沈没して海中の泥に半ば埋まっているオランダ交易船の周囲に、幅2間(3.6メートル)の筏(いかだ)2組を並べた。大きな足場となる。この巨大筏を固定するための支柱を22本も用意した。また、筏の上に、50石、60石積みの漁船70艘を筏の上に引き上げ、網で結んだ。こうやって沈船の引き揚げについに成功したというわけです。
私には技術的に理解するのが困難ではありましたが、その大変な苦労は雰囲気として理解できました。
(2020年9月刊。税込2090円)

妻を帽子とまちがえた男

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 オリヴァー・サックス 、 出版 早川書房
人間とは、いかなる存在なのか、この本を読んで改めて考えさせられました。
大統領の演説を聞いていた失語症患者の病棟で、どっと笑い声が起きた…。失語症の患者は知能が高く、自然に話しかけられたら言われたことの大半は理解している。
失語症患者は言葉を理解できないので、言葉でだまされることはない。しかし、理解できることは確実に把握する。言葉の表情をつかむのだ。言葉の表情を感じとる。なので、嘘をついても見やぶってしまう。人間の声のあらゆる表情、すなわち調子、リズム、拍子、音楽性、微妙な抑揚、音調の変化、イントネーションを聞き分ける。なので、大統領の演説がけばけばしく、グロテスクで、饒舌(じょうぜつ)やいかさま、不誠実なことを見抜き、大統領の演説を笑った。
同じく、音感失認症の女性も大統領の演説に感動できなかった。説得力がない。文章がだめ。言葉づかいも不適当だし、頭がおかしいか、何か隠しごとがある…。
「健常者」は、心のどこかに騙されたいという気持ちがあるため、見事にだまされたが、失語症や音感失認症の人にはそれがなく、笑ってしまったり、感動させることができなかった。
いやあ、アベやスガの話を聞いてもらいたいですね。そして、その反応を知りたいものです。
固有感覚というものがあるそうです。初めて知りました。
からだの感覚は、三つのもので成り立っている。視覚、平衡器官そして固有感覚。通常は、この三つすべては協調して機能している。固有感覚というのは、からだのなかの目みたいなもので、からだが自分を見つめる道具。固有感覚を喪失すると、からだは感じられる実体ではなくなり、本人にとっては「失われて」しまう。たとえば、からだを動かすときには、まずからだの各部分をしっかりと見つめて、どうなっているのか目でたしかめなければならなかった。
この本は1985年に出版されたものです。それでも決して内容が古くなってしまった、今では通用しないというものではありません。いわば良き古典ですね…。
(2019年7月刊。税込968円)

生命海流

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 福岡 伸一 、 出版 朝日出版社
ええっ、このコロナ禍の下で、ガラパゴス諸島へ行ったのですか…。
『動的平衡』などの著者として有名な著者が、2020年3月、ガラパゴス諸島へ行き、船を一隻チャーターしてダーウィンの1ヶ月の航路を1週間でたどったのです。
実は、コロナ禍がひどくなる直前で、危機一髪だったのです。あと何日か遅れたら、エクアドルかどこかで缶詰めにされるところでした。
ガラパゴス諸島の航海図が本のはじめに添付されています。本当にたくさんの島から成っているのですね、初めて知りました。
島は全部で123島。主な島は13島ある。これが関東平野くらい広い範囲に分布している。この太平洋の島々は、プレートのせめぎ合いの上に生まれた。北側のココスプレート、南側のナスカプレート、この二つがぶつかり、地下からマグマを噴き上げる海底火山、ホットスポットが生み出された。そして、ナスカプレートの上に乗って島々は南東の方へゆっくりと動いていく。その速度は1年に5センチ。100万年の間隔で、次の火山活動が起きて新しい島の列ができる。
いやあ、ガラパゴスの島も生きているのですね。
このガラパゴス諸島は、エクアドルの領土。移民を送り込んで定住させたが、大変な困難をともなった。まあ、アメリカ領土になっていたら、観光資源として「利用」され、貴重な生態系が滅茶苦茶になっていたことだろうと著者は指摘しています。
ガラパゴスの生物も砂も、一切がもち出し禁止。そして、外部からの持ち込みがないよう、靴の底の泥まで洗浄させられるのです。
ときどき不心得の観光客(収集マニアなど)が持ち出しを試みて捕まっています。日本人もいるようです。泣いて謝罪したというのですが、そんなことで許されるはずもありません。世の中を甘くみてはいけません。エルサルバドルの刑務所に入れられた日本人は、果たして生きて出てこれるのでしょうか…。
ガラパゴスにすむゾウガメは、ふだんは高度1千メートルの火山のカルデラ内外にいる。ゾウガメは草食。高地からエサを求めて何日もかけて下りてくる。ゾウガメは一度エサをとると、水やエサを与えなくても1年近く生きている。
ダーウィンたちはゾウガメを食べた。「なかなかの味だった」と評している。
ゾウガメは、卵のとき、赤ちゃんガメのときには天敵に食べられる心配があるが、それを過ぎたら、もはや天敵はいない。サボテンやリンゴを食べながら、ゆっくり長生きする。ゾウガメの最大寿命は200年。体長1メートル、体重300キロにまで成長する。いやはや、途方もないことです。
そして、このゾウガメの祖先は南米大陸にすむリクガメ。でもリクガメは泳げない。なにかの自然災害が起きて、付近の植物がイカダの役割をしてリクガメがガラパゴス島に流れついたのではないかと想像されている。
ガラパゴス諸島の生き物たちは人間を恐れない。恐れないどころか、近くにやってきて、一緒に遊ぼうよと、ちょっかいをかけてきたり、好奇心旺盛だ。
著書は空を飛ぶグンカンドリの行動をみて、一緒につきあってくれたと解しました。
また、海中ではアシカが寄ってきて、足のフィンに甘がみしたりして、一緒に遊ぼうよと誘ってきた。小鳥だって、そうだ…。
ガラパゴス諸島をチャーター船で1週間かけて巡るなんて、これぞまさしく究極の理想の旅ですよね。船のトイレに苦労したり、真水シャワーが少なかったりの不便はあるものの、三度三度の豪華な食事、そして海を眺めながらのビールなど、これほどの極上の旅はないでしょう。プロのカメラマンによる写真もまたすばらしく、ガラパゴス諸島を紹介する決定版の一つです。いやあ、実にうらやましい限りです…。
(2021年6月刊。税込2090円)

星落ちて、なお

カテゴリー:日本史(明治)

(霧山昴)
著者 澤田 瞳子 、 出版 文芸春秋
江戸時代に生きた葛飾北斎、歌川国芳、そして明治まで生きた河鍋暁斎。いずれも著名な画家。
その暁斎のあとを継ぐべき兄の周三郎と妹のとよは、よそよそしい関係にあります。
いずれも父・暁斎に反発しながらも、画家としての道を歩んでいくのですが…。
いやあ、うまい展開です。さすが直木賞を受賞したというだけはあります。画家の道をきわめることの大変さ、偉大な父親をもった子どもたちの大変な苦労、そして兄と妹との葛藤…、家族って、いったいなんだ…と思わず我が身を振り返らされるストーリーです。
錦絵を得意とする歌川国芳を最初の師とし、その後、写生を重んじる狩野家で厳しい修行を積んだ暁斎は、やまと絵から漢画、墨画まで、さまざまな画風を自在に操った。風俗画に狂画(戯画)、動物画、…あげくに版画から引幕まで、暁斎は何でもこなした。
暁斎は画鬼と自称し、天下の絵師を百人集めたかと思うほど多彩な絵を描いた。
暁斎は、その体内の血の代わりに墨(すみ)が流れているのではないかと案じられるほど、絵のことしか考えない男だった。
娘のとよも、河鍋暁翠(きょうすい)として、世に歩み出した。
この本の表紙は暁翠の「五節句之内、文月」ですが、まったく江戸時代の絵そのものです。とても明治の半ば以降に描かれたものとは思えません。古臭いというのではありません。時代を超絶した江戸情緒たっぷりの絵に圧倒されてしまうのです。
暁翠は女子美大で女学生に絵を教えたようです。
よくぞ、一代記を小説にしたものです。驚嘆してしまいました。
(2021年7月刊。税込1925円)

きずな図鑑

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 中村 庸夫 、 出版 二見書房
海に生きる生き物の姿が見事にとらえられている写真集です。
親子、夫婦、群れ、そして異種の仲間たち…。これらの写真全部を一人で撮ったなんて、とても信じられません。
著者は私と同じ団塊世代(1949年生まれ)です。早稲田大学の大学院(理学研究科)を出たあと、プロの海洋写真の世界に飛び込んだようです。
いくつもの新しい発見がありました。人喰いザメの見分け方。サメには背ビレが2つあり、この2つの背ビレの大きさが大きく異なるときは危険ザメ。
たとえばネムリブカは、第2背ビレが大きく、第1背ビレの4分の3ほどの高さがあることで安全なサメとされている。好奇心が強く、慣れると人間の手からもエサを食べる。
オオカマスは、海中で集団を形成して泳ぐ。捕食されるのを、こうやって防ぐ。オオカマスの体の側面中央部にある「側線」と呼ばれる1本の線で、微細な水の流水を感じとることができ、光の届かない深海や濁った水のなかでも隣の魚の動きも感知できる。
なお、魚群には通常リーダーはいないので、もよりの魚の動きを感知して同一行動をとっている。
マナティー。ここではフロリダマナティは、海牛目の哺乳動物で、ゾウと同じ祖先から進化したと考えられている。大きな体ながら草食性。
貴重な写真集、眺めているだけで、心が洗われる気がしてくる見事な写真集です。
(2020年4月刊。税込2453円)

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