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蛍の航跡

カテゴリー:日本史

著者   帚木 蓬生 、 出版   新潮社
 『蠅の帝国』の続編です。
 軍医から見た太平洋戦争の悲惨な戦場の実相が語られています。とりわけ印象的だったのは、ビルマにおけるインパール作戦について、牟田口司令官の無暴きわまりない命令に反抗した師団長が精神異常かどうかという鑑定させられることになった話です。
 食料も弾薬の補給もないまま、攻撃せよ、前進せよというだけの軍司令官の命令に師団長が従わなかった。精神状態が正常なら軍法会議にかけられ、直ちに死刑に処せられる。呼び出された51歳の師団長はありのままを軍医に語った。軍医も嘘は書けない。作戦中も現在も、精神状態はまったく正常であるという鑑定書を作成した。ところが、軍法会議は開かれず、うやむやになってしまった。そのうち、軍医のほうが転進して、それどころではなくなった。
 異常な司令官の下で突撃させられ、無為に死ななければならなかった将兵こそ哀れです。戦争の不条理さを痛感させられました。
 シベリアに抑留された軍医もいます。何もないなかで、日本兵たちがマンドリンのオーケストラをつくって演奏したというのです。そして、収容所から解放されたとき、収容所で亡くなった2000人の死亡患者名簿をこっそり日本に持ち帰ったのでした。見つかれば生命の危険がありました。たいした勇気です。
 軍の慰安所を軍医として管理していた話もあります。日本政府は慰安所の存在を否定したり、軍とは関係ないものとしらばっくれていますが、このように日本軍が慰安所を管理していたことは歴史的な事実です。日本政府はきちんと責任を認めるべきだと思います。
 前著の『蠅の帝国』と本書で30人の軍医の姿を描き終えた著者の感想を紹介します。
 戦争の実相とは、つまるところ、傷つきながら地を這う将兵と逃げまどう住民、そして累々と横たわる屍ではないのだろうか。軍医は、その前で立ちすくみ、医療に死力をふりしぼりながら、ついには将兵や住民と運命を共にしたのだ。
 巻末の資料にたくさんの日本医事新報がのっています。これらの記事をもとに一つ一つ、丹念にまとまったストーリーを組み立てていった著者の力量に改めて敬服します。
 決して面白くはなく、読んで楽しい本でもありませんが、それでも、先人の苦労をしのぶためには読まなければいけない本です。読み終えると、気持ちがずんと重く沈んでしまいますが、ご一読をすすめます。
(2011年12月刊。2000円+税)

宇宙で最初の星はどうやって生まれたのか

カテゴリー:宇宙

著者  吉田直記 、 出版  宝島社新書
宇宙誕生から38万年後、宇宙の温度が3000度Cに下がったとき、原子核と電子が結合し、原子が出来た。水素原子とヘリウム原子である。これが最初の星の材料となった。
 最初の星が生まれたのは、宇宙が誕生して3億年たったとき。
 宇宙にあるダークマターという物質のもとに、水素やヘリウムのガスが集まってきた。次第に凝縮していき、濃密なガスの魂となり、その中心部で核融合反応が起き、いくつもの重い原子を合成しはじめる。この核融合が始まると、ガスの魂は明るく光り輝き出し、宇宙を照らす量となる。
 1万光年立方の空間に1個の割合でファーストスターは誕生した。現在、10万光年サイズの銀河の中に星は1000億個もある。それに比べると、ファーストスターはずい分と少ない。
 ファーストスターの寿命は300万年ほど。寿命を終えると、超新星爆発を起こす。そのとき、星の内部の核融合で作られた元素、酸素や炭素や窒素を宇宙にばらまく。
 このファーストスターの超新星爆発によって、はじめて宇宙に水素とヘリウム以外の元素が存在し、広がるようになった。そして、それが次の世代の星の材料となり、やがて人間の生命を形づくる素となっていった。
 私たちの宇宙には、金や銀、銅、ウランなど鉄より重い重元素にあふれている。これらは、第2世代の星の内部で作られ、第2世代の星が超新星爆発を起こした時に宇宙にばらまかれたと考えられる。
 重元素を吐き出す星の寿命は長くて1000万年。1000万年を10回くり返すと1億年。宇宙の歴史は137億年なので、1000世代は交代しているということになる。
 宇宙には果てもなく、形もない。無限に平坦な空間が広がっているとしか言いようがない。
 たまには無限の宇宙空間に思いをはせてみるのもいいものですね。
(2011年10月刊。667円+税)

勾留120日

カテゴリー:司法

著者   大坪 弘道 、 出版   文芸春秋
 大阪地検特捜部で証拠改ざん事件が起きて、特捜部長が逮捕されました。この本は、その元特捜部長が書いたものです。無実を訴え、最高検察庁および古巣の検察庁を激しく糾弾しています。
 検察官による証拠改ざんが前代未聞と言えるものなのかどうか、実は疑問があります。警察と検察による証拠隠しは弁護士にとって日常茶飯事、いつものことという感覚です。被告人に有利な重要証拠を検察官が手にしていても隠して出してこないというのは、これまで無数といってよいほどありました。今回の証拠改ざんは、このような証拠隠しの延長線上にあるものではなかったでしょうか。
 それはともかくとして、取り調べる側が取り調べを受け側に転落したことの苦しさ、悔しさが本書を貫いています。同時に、逮捕・勾留された身の辛さを初めて実感したことも正直に書かれています。
 大阪拘置所で過ごした120日間、著者は3畳の独房で自らの胸に去来する事柄を日々ノートに書きつづったのでした。ちなみに、著者の逮捕罪名は、犯人隠避(いんぴ)容疑です。
取り調べのはじめに有無を言わせない形で相手の弱点をせめて萎縮させ、一気に有利な立場に立ち、その動揺に乗じて自白をとる。これは取り調べのテクニックの一つ。ただし、弱い相手にだけ通用する取り調べ方法である。
 今回の逮捕はマスコミの風圧に検察が扇動されたようなものであり、結果的にマスコミに殺された。著者はこのように自分の気持ちを吐露しています。
 ホワイトカラーは、勾留生活に入るとき下着を脱いで裸にされたうえで屈辱的な手続を受けるが、これによって、それまでの地位から転落した現実に直面させられ、絶望感と苦痛の心理状態に陥る。
拘束される立場に置かれることによって、初めて拘束させることの厳しさと辛さをこの身をもって思い知った。自分がかつてここに送り込んだ多くの人たちも、今の自分同様の苦しみの中にあったことを思った。
 知らず知らずの間に多くの罪を重ねてきたという罪悪感を心の中で感じるようになった。司法というものは恐い。これが偽らざる気持ちであった。
 あれほど、熱い気持ちを抱き続けてきた検察という組織は、これまでの著者の努力といささかの貢献を一顧だにせず、内部調査と称して完全な被疑者扱いをし、無理筋の容疑で逮捕するに至った。
 そして、これまで親しい関係にあった検察官たちは、ひとたび組織が「大坪を切り捨てて、逮捕する」と決定すると、忠実に「一捜査官」になり切った。
 27年前、若い血をたぎらせ、検察は国民の最期の拠り所であると憧れて任官した検察の組織が、かくも冷酷非情で脆弱な組織であったことを思い知らされた。
「私が知っているすべての秘密をバラして、検察をがたがたにしてやる」と著者は大声で怒鳴った。
 この本には、その「すべての秘密」が何かは明らかにされていません。例の裏金のことなのでしょうか、それとも他にも検察がガタガタになるような秘密があるのでしょうか。
 司法というものは、まことに恐ろしい権力である。人を極限に追い詰める権力である。人の生身を切りきざむ物理的な権力である。
 いつしか自分自身が権力の魔力に取りつかれていたのかもしれない。
 若いころは、おののきの気持ちをもって恐る恐るその権力を行使していたのが、いつのまにかその権力行使に慣れ、習熟するなかで権力の側からしか相手を見なくなっていたのかもしれない。
 まことに権力というのは恐ろしいものだと実感させる本でした。現在、無罪を主張して公判中です。判決はどうなるのでしょうか・・・?
(2011年12月刊。1400円+税)

国家と情勢

カテゴリー:警察

著者   青木理・梓澤和幸ほか 、 出版   現代書館
この本を読むと、警察って罪なき人々を無用に関しして、「犯罪」をつくりあげるところなんだなという感想と同時に、こんなマル秘のデータが外部に流出するなんて、日本の警察もたいしたことない役所だね、そんな哀れみすら覚えます。
後者のきわめつけは、国際テロリズム緊急展開班の班員名簿として13人の現職警察官の個人情報が詳細に記載されたものが外部に公表されていることです。なにしろ、公安機動捜査隊第三公安捜査班所属で警部補とか、自宅の住所、家族全員の氏名・年齢、職業、同居の有無、健康状態まで記載されています(2008年9月12日現在)。この本では黒塗りしてありますが、どうやら顔写真もついているようです。先日のアメリカ映画『フェア・ゲーム』じゃありませんけど、当局がCIA捜査官を自ら暴露したのとまるで同じです。
 今回流出した警察資料の大半は日本のイスラム教徒関係の監視状況をまとめたレポートです。何も犯罪とは関係ないのに、イスラム教徒だからというだけで監視対象として尾行・監視していたというのは許せませんし、まったく税金の無駄づかいの典型です。400頁もある分厚い本ですが、その半分以上は流出した資料です。黒塗りしてありますので、「面白さ」は半減しますが、これが自分のことだったらぞっとしますよね。ですから黒塗りするのは当然です。ところが、黒塗りしないまま公刊しようとした出版社があるというのですから驚きました。さすがに裁判所は出版差止を命じたようです。
 情報が流出したのは、2010年10月30日のこと。流出した資料は114点、1000頁ほど。警察は、流出した情報が警察由来のものだとなかなか認めず、2ヶ月後にようやく認めた。この差によって、被害拡大を防止する措置が遅れた。
 警視庁では、1995年当時、刑事部の捜査第1課に300人の捜査員がいた。ところが、公安部公安第1課は、それより多い350人もいた。刑事より公安が多いだなんて・・・。
 ながく警察官僚のエリートコース、出世コースは警備・公安部内とされてきた。警察庁長官は、ずっと警備・公安部門の要職を歴任した人物で独占されてきた。
 ところが、今や公安警察はジリ貧状態にある。公安部公安第1課も230人になっている。そして、2002年、警視庁公安部に新設された外事第3課は、34年ぶりに新しくもうけられた課である。公安警察がじり貧状態から抜け出し、反転させられるかもしれない期待の課が新設された。この外事第3課は当初70人から今では150人もの捜査員をかかえる大世帯となった。
警視庁は都内に16あるモスクの全部について、人の出入状況、出入車両その他をことこまかく情報を収集している。そして、イスラム周辺支援組織として39団体が情報収集の対象となっている。そのなかには、国境なき医師団や、ユネスコ・アジア文化センター、はてはJICAまで監視対象団体とされている。JICAって、準政府機関ですよね。ここまで監視する警視庁って、一体何なのでしょうね・・・?
 ジャーナリストは、外事第3課がなぜできたのかという理由を、それは公安がヒマだからだと断言しています。これは、公安調査庁と同じですよね。日本共産党を監視するということで存在価値があるかのように見せてきた公安調査庁は共産党が国会でそれなりに定着して、一定の支持を得てしまうと無用の長物視され、あやうく廃止寸前にまで追い込まれてしまいました。それを救ったのが、かのオウム真理教でした。でも、オウム真理教の監視って、なにも捜査能力もない公安調査庁がやらなくたっていいのですよね。それなのに、まだ居座ったままです。公務員減らしをやるとすれば、まっ先に公安調査庁を対象とすべきだと私は思います。
 同じジャーナリストは、150人の捜査員のいる外事第3課の生き残り策として、イスラム教関係者の監視をするという「仕事」をつくり出したのだと断言しています。
 あーあ、やんなっちゃいますね。無用の仕事、まったくの税金のムダづかい、そして、罪なき人を危うく「犯罪」者に仕立てあげ、世間の誤解をかきたてる。自分の子どもに、お父ちゃんの仕事は何をしているんだと胸をはって言えるものではありませんよね。これって・・・。哀れです。そして、こうやって情報が流出していき、個人情報が広く流出してしまうと、それが一人歩きして、あたかもテロリストと関係あるかのように世間から誤解されてしまうのですから、たまったものではありません。
 アメリカでも似たようなことが起きていると聞きましたが、日本でもこんなことが起きているのですね。恐ろしい世の中です。
(2011年10月刊。2200円+税)

プレニテュード

カテゴリー:アメリカ

著者  ジュリエット・B・ショア 、 出版  岩波書店
この本を読んで一番おどろいたのは、次の一節です。
衣料品は、今や一着いくらではなく、一ポンド(450グラム)の山が1ドルといった低価格で購入される。ええーっ、そうなんですか・・・。そう言えば、私の町にもアメリカの古着を安く、大量に売っている倉庫のような大型店舗があります。
西洋では、衣料品は生産が高くつき、何世紀にもわたって高価で基調な商品だった。いったん作られると、衣服はさまざまに用途を変えながら、長期間つかわれてきた。
 今のアメリカでは、事実上無価値な衣料品を文字どおり山積みにしている。消費システムは、作られた製品をほとんど瞬間時に不要にする。衣料品の山ができたのは価格の急速な下落があったから。頻繁に買うことは、衣料品全体のあり方を変えることになった。数年単位で比較的ゆっくりと変化するデザインから、刻々と変化する流行を特徴とするファッションへの転換があった。
今や、おしゃれではなくなっているという理由だけでモノを捨てることが出来る。そういう浪費する余裕があることを顕示するために、私たちはファッションを喜んで受け入れている。ファッションは、ある程度は軽率さへの受であり、少なくとも必要からの逃走である。
 私自身は衣料品を店で買うことがほとんどありませんが、衣料品を一山いくらで買うという発想にはショックを受けました。現代の浪費はここまで来ているのですね・・・。
 衣料品の廃棄物が劇的に増加している。古着産業は10億ドルをこえる。
 コンピューターはペーパーレス社会を実現すると考えられていたが、現実には、アメリカの1人あたりの紙の消費量は1980年から増加し、2005年には300キロ近くになって世界最大となった。世界人口の4.5%を占めるアメリカが紙消費の3分の1を占めている。
 私たちは、ただならぬ時代に生きている。現代の消費ブームは歴史的に異常である。減少すると予測されていたモノの移動は、加速された。これほど多くの人が、これほど短期間に、これだけたくさん買ったことはなかった。しかし、どんなドンチャン騒ぎにも終わりがある。
アメリカの平均的な労働者は2006年には1979年より180時間も多く働いている。働き過ぎている労働者は、ストレスレベルがとても高く、身体的な健康状態も悪く、うつ病にかかる割合も高く、身の回りのことを自分でできる能力も低い。
 アメリカの、あまりにも営利を追求する民間会社主導の健康保険制度は崩壊しつつある。アメリカ企業は、めまいがしそうな勢いで労働者を削減している。2009年10月までに800万人の雇用が失われ、勤労者の6人に1人が失業者か半失業者と化した。私たちは生産性の伸びを利用し、各仕事にともなう労働時間を削減する必要がある。こうすることで、企業は人員をレイオフすることなしに革新を行い、売り上げ減を緩和し、需要が拡大したときには仕事を増やすことが出来る。
 時短は富を生み出し、富を共有する解決策なのである。時短の前進に再び取り組まなければ、少なすぎる仕事に労働者が押し寄せて、失業が増えるだろう。
 いったい何が幸福度を高めるのか。より多くの時間を家族や友人たちとともに過ごすこと、より多くの時間を親しい人との関係のために使うこと、食事やエクササイズにもっと時間をかけること。自然そのものも幸福の源泉である。
 この本のタイトルであるプレニテュードとは聞き慣れない言葉ですが、豊かさのことです。
 豊かさには4つの原理がある。第一は、新たな時間の配分。第二は、自分のために何かを作ったり、育たり、行ったりすること。第三は、消費について環境を意識したアプローチをすること。第四は、お互い同士と私たちのコミュニティの投資を回復させる必要性。
 豊かさに関する個人の原理は、労働と消費を減らし、創造と絆を増やすことである。これは、エコロジー的利益と、楽しみと健康を増やすと言う人間的利益を生み出すものでもある。
 この本のあとがきに、本のタイトルをどうするか悩んだと書いてあります。たしかにプレニテュードなんて書かれても何の本だか、まるで見当もつきません。内容がとてもいい本なので、やっぱりタイトルは変えてほしいものだと思いました。むしろ、サブタイトルである「新しい〈豊かさ〉の経済学」というほうが、私をふくめて一般にピンとくるし、読んでみようかなと思わせると思います。やっぱり本は読まれなくてはどうにも仕方ありません。本のタイトルは大切です。
この本も訳者の一人である川人博弁護士より贈呈を受けました。いい本をありがとうございました。
(2011年11月刊。2000円+税)

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