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カテゴリー: 人間

最後の秘境・東京藝大

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 二宮 敦人 、 出版  新潮社
天才ぞろいの大学です。奇人・変人ばかりと言っては失礼にあたります。安易な常識では理解できるはずもありません。こんな人たちがいるおかげで、世の中は楽しく心豊かに生きていられるのかなと思いました。やっぱり、世の中は、カネ、カネ、カネではないのです。
ここは、芸術界の東大とも言われていますが、実は、東大なんて目じゃないのです。なにしろ競争率が違います。絵画科80人の枠に1500人が志願する。18倍。昔は60倍をこえていた。だから、三浪して入るなんてあたりまえ、珍しくはない。専門の予備校がある。
音楽系だと、ある程度の資金力があって、親が本気じゃないとダメ。ピアノとかバイオリンだと、2歳とか3歳から始めるのが当たり前。
美校の現役合格率が2割なのに対して、音校は浪人は少ない。演奏家は体力勝負だから、早く大学に入って、早くプロとして活動しはじめたほうがいい。
センター試験は重視されていない。三割でも、場合によっては一割でも、実技さえよければ合格する。
絵画科の実技試験は、たとえば2日間で人間を描くこと。
そして卒業すると、その半分くらいは行方不明になる。
活躍している出身者はたくさんいる。しかし、それは、ほんの一握り。何人もの人間がそこを目ざし、何年かに一人の作家を生み出す。残りはフリーターになってしまう。それが当たり前の世界だ。
この大学は、全部で2千人。学科ごとに分けてみてみると、たとえば、指揮科の定員は2人。作曲家は15人。器楽科の定員98人は、楽器ごとの専攻なので21種類に分けたら、たとえばファゴット専攻は4人しかいない。少人数教育なのですね。
国際口笛大会でグランドチャンピオンの学生もいる。
音楽は一過性の芸術だ。その場限りの一発勝負。そして、音楽は競争。音校では順位を競うのが当たりまえ。それが前提となっている世界。
工芸科の陶芸専攻では、一緒に泊まって、一緒にご飯を食べて、一緒に寝る。窯(かま)番があるから。
人間の社会が実は奥深いものだということを少しだけ実感させてくれる本でもあります。音楽系と美術系が、これほどまでに異なるものだというのを初めて識りました。面白いです。読んで損をしたと思うことは絶対にありません。東大法学部はロースクール不振から定員割れしているとのことですが、こちらはそんなことは考えられませんね。万一、そうなったときは、日本社会が壊滅してしまったということでしょうね。
ベストセラーになっていますが、社会の視野を広げる本として、ご一読をおすすめします。
(2016年11月刊。1400円+税)

へんろみち

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 あいち あきら、 出版  編集工房ノア
四国遍路というと、ロマンを感じますが、現実はかなりの難行苦行のようです。お遍路さんとして歩いた体験が、よくぞここまでと思うほど刻明に再現されています。
もちろん、道々に記録していたのではないでしょう。かといって宿に入ってからも、詳しい日記をつける余裕があったとは、とても思えません。いったい、この道中記はいつ、どうやって書かれたのでしょうか・・・。
お遍路さんといえば、私が親しい仲間と一緒に貸切バスに乗って四国路を走っていると、なんと菅直人元首相が歩いているのを目撃しました。同行取材を受けていたので、遠くから見て気がつきました。3.11の直後、原発から完全撤退しようとする東電に激怒したということですが、私は真実なのではないかと考えています。
テクテク歩いていると、慣れないものだから足がひきつってくる、足の指にマメが出来て、血が出てくる。まあ、いろんな身体の不具合いにとらわれます。
山の嵐にさらされながら急な坂をおりていく。厚くふり積もった落ち葉の道。雨水を吸いこんで、すべりやすい。気をつけようと思ったそのとき、木の根っこを踏んでしまった。ツルリと足がすべって、体がふわりと浮き上がり斜面に落下してドスンと尻もちをついた。左の腰と右ひじをしたたか打った。声が出ないくらい痛くて唸った。すぐには立ち上がれず、斜面にへたり込んで、じっと痛みをこらえた。ようやく参道に戻ると、お遍路の団体がやってきた。先頭を歩く先達さんが声をかけてきた。
先達さんは、お遍路の案内人で、四国を何周もしたことのある経験と知識のある人がつとめている。その資格を得るのは容易ではない。
先達さんが言った。
「あなた、それは良かった」
「それは、泥に汚れたのではなくて、神の峯の泥にお清めされたのですよ」
「泥だらけになって良かったのですよ・・・」
何事も、考えようなのですよね・・・。著者は私と同じ団塊世代です。これは、5年前の5月から6月にかけて、四国88ヶ所巡礼、49日間を歩き通した苦闘の体験記なのです。すごいです。
札所にお参りすることを「打つ」という。巷のへんろは、小さな木の札に名前、出身地、願いごとを記し、札所のお堂に木釘で札を打ちつけていった。札所を「打つ」というのは、その名残だ。今は、木の札に代わって紙の「納め札」をお堂に置かれた箱に納めていく。
橋を渡るとときに杖をついてはいけない。橋の下でお大師さんが休んでずられると、礼を失するから。歩き遍路のルールだ。カンカンと杖をつく音がいけない。
お接待を受けるにも作法(ルール)がある。お接待してくれた方には「納め札」に名前や住所を書いて手渡し、手を合わせる。これが礼儀だ。
四国88ヶ所の遍路みちは、総距離1270キロ。昔から、1200年も前から続いている。
著者は、両足に17個のマメをつくった。足をひきずり、顔をしかめながら、ともかく歩き通したのです。えらいですね。私にはとても出来そうもありません。無理です。この本を読んで、歩いた気分に浸るだけにしておきます。
(2016年8月刊。1800円+税)

海ちゃんの天気、今日は晴れ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 大和久 勝、 出版  山岡 小麦  クリエイツかもがわ
発達障害の子どもは、どんな状況にあるのか、その子を受けいれたときにはどう対応したらよいのか、絵(マンガ)で示され、親切な解説がありますので、門外漢の私にも状況がよく分かりました(もちろん、本当のことは分かっていないのでしょうが、その大変な状況を推測する手がかりは得られました)。
海田(かいた)くんは発達障害の子です。小学3年生。
ADHDとアスペルガーの診断を受けています。
学校で気にいらない状況に直面すると、すぐにキレてしまいます。
友だちのシャツをバケツに入れたり、叩いたり、みんなと別に一人で紙ヒコーキを飛ばしていたり、教師はなにかと大変です。
海(かい)くんは、すごいこだわりがあります。
子どもの行動には、わけがある。そのわけが分からなくても、抱きしめたり、うなずいたりして、困惑や苦悩を受けとめるようにする。どんな行動にも理由があると考えて、子どもと対話をする。その聴きとる姿勢が子どもの心を開いていく。
暴力をふるったり、キレたり、パニックを起こしたりするのは、困っていることの訴え、叫びなのだ。このことを理解するには、一定の時間が必要。自分の感情や行動を自分で思うようにコントロールできない苦しさが子どもにはある。
発達障害の傾向の子は、安心した居場所がもちにくく、活躍して認められる出番がないなど、自己肯定感や自信がもてない子が多い。
発達障害といっても、実は発達上のアンバランスだということ。それは障害というより、特性や個性として見ることができる。そのためには、周囲の理解が何より大切だ。
とてもよく出来たマンガでした。大変さと希望がズンズン伝わってくるマンガです。
(2012年4月刊。1500円+税)

強父論

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  阿川 佐和子 、 出版  文芸春秋
書かれている文字どおり読んだら、それこそとんでもない父親ですよね・・・。なにしろ、テレビを見ていても、何をするにしても、「女はバカだ。だからダメなんだ」なんて口癖のように言っていたというのですから。
でも、本当に、そういう親子関係なのかなと、モノカキ志向の私は大いに疑っています。これはサワコー流の父親礼賛(れいさん、ではなく、らいさん)じゃないのかな・・・。
というのは、表紙の写真です。
3歳くらいのサワコが、にこやかにほほえんでいる「怖い父親」に抱っこされて幸せそうな様子と、今のサワコの笑顔は、まるで同じなのです。
いじめ、いじめで、こんな素敵な笑顔の美人になれるはずがないと私は思うのです。
そして、遠藤周作、壇一雄、北杜夫の家庭が、それぞれ
「嘘つけ、冗談じゃない。娘までおかしくなってきたぞ。もう疲れた。オレは帰る」
「あいつらより、俺はずっとマシ」
と言っていた。
そうなんですよね。世の中には、うちよりもっとひどい暴君の父親がいる。それで、親も子どもも、じっとガマンしているということがあるのです。
まあ、笑いながら気楽に読める、ちょっと変わった父親論として、おすすめします。
(2016年7月刊。1300円+税)

姉・米原万理

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  井上 ユリ 、 出版  文芸春秋
 私は米原万里のファンです。彼女の本のすべてとは言いませんが、かなり読みました。
 毒舌に近い、舌鋒鋭い文章に何度となくしびれました。私よりいくらか年下ですが、尊敬していました。まだ56歳という若さでなくなってしまったのが残念でなりません。本人も本当に心残りだったと思います。
 ロシア語通訳として「荒稼ぎ」もして、「グラスノチス御殿」を建てて鎌倉にすんでいたようです。結婚願望がなかったわけでないようですが、「終生、ヒトのオスは飼わな」かったというのも、男の一人としてなんとなく分かる気がしています。
 妹から見た姉・万里の実像が惜しげもなく紹介されていますので、読みごたえがありました。父親の米原いたるは鳥取の素封家に生まれ、共産党の代議士にもなった大人物です。 
両親とともにチェコに渡って苦労した話から始まります。両親は、どちらもかなりおおらかな人柄で、娘たちを伸び伸び、自由奔放に育てたようです。
 米原家は、みんな大食い、早食いだったとのことです。そして、食べ物に目がなく、食べ物を愛したようです。料理研究家である著者は、まさしく、その趣向を一生の職業としたわけです。
 タルタルステーキの話が出てきます。私が初めてフランスに行ったとき、マルセイユで同行してくれたフランス人が目の前でいかにも美味しそうにタルタルステーキを食べました。生の牛肉に生卵をのせた料理です。私も食べたかったのですが、旅行中なのでお腹をこわしたらいけないと思って、なんとか我慢しました。日本に帰ってから探しても、タルタルステーキを食べさせてくれるところはなかなか見つかりませんでした。魚のカルパッチョはあるのですが・・・。ついに東京のホテルでメニューを見つけたとき、すぐに注文しました。
 怖いもの知らずの万里は、実は、知らないもの、食べなれていない物はダメだった。食べ物に限らず、新しい事態にぶつかると、ちょっと怖じけて、二つの足を踏んだ。
 ええっ、これは意外でした。そして、万里はアルコールコーヒーもたしなまなかったというのです。ウォッカなんて何杯のんでもへっちゃら、そんなイメージのある万里なのですが、意外や意外でした。そして、万里は抹茶をたしなんでいたとのこと。びっくりします。
 そして、米原万里はモノカキになる前、詩人だったのですね。なかなか味わいのある詩が初公開されています。たいしたものですよ・・・。
 トルコあたりのリルヴァというお菓子が世界一おいしいとのこと。私もぜひ食べてみたいと思いました。
 米原万里ファンの人なら必読の本です。
(2015年6月刊。1500円+税)

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