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カテゴリー: 人間

心  愛さんへ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  寺脇 研 、 出版  ㈱ぎょうせい
 文部省(今は文科省)のキャリア官僚としてがんばった河野愛さんの追悼集です。20年前に発刊されたものを最近になって手に入れて読みましたので紹介します。キャリア官僚のハードな日常生活、そして彼らが毎日何をしているのか、その情景をまざまざと思い浮かべることができました。
愛さんは文化庁伝統文化課長として、太宰府の国立博物館の建立、小鹿田(おんだ)焼きの重文指定そして唐津くんち保存など、九州の文化保存にも大いに貢献していることを初めて知りました。
原爆ドームが平成7年6月、史跡に指定され、翌8年12月に厳島神社とともに世界遺産に登録された。これにも愛さんは関わっています。
 本省の課長職のときには、連日、10組、20組という訪問客に対応します。1組30分から長いと2時間の対応です。机の前は人でごったがえして、休む暇もない、同時に2組ということもある。夕方6時や7時には、のどはガラガラ。ときどきせきをすると、べっとり血のかたまりが出たりする。昼間とにかく聞いた話も、時間に追われてゆっくりとは聞いていないので、指示が不足していたり、軌道修正が必要なものが出て、夜に思い出して眠れなくなり、寝汗をびっしょりかいて、うなされて起きることもしばしば・・・。
こんな生活を愛さんは20年以上も続けたようです。たまりませんね。私も官僚を漠然と志向したこともありましたが、ならなくて良かったです。
愛さんはリクルート事件に直面します。文部省全体が巻き込まれました。愛さんは「不正に対して自分の生き方でたたかっていく」と書きしるしました。その正義感が許さなかったのです。
愛さんは、文部省労働組合の中央執行委員にもなっています。愛さんはカラオケでは「カスバの女」をうたいました。飲む場では盛り上がるのです。
愛さんは、仕事には厳しく、部下たちの手抜き仕事を見つけると、「このいい加減なやり方は許せない」とすさまじい形相で怒鳴り込んでいった。また、「仕事でしょ。いつから自分の好き嫌いで仕事を選ぶほど偉くなったの・・・」と叱りつけた。
そして、愛さんは「サロン・ド・愛」を主宰していました。キャリア官僚のほか、新聞記者、教授その他の10人前後がワイワイガヤガヤ・・・。昭和の終わりから平成にかけてのころのことです。
愛さんは40歳前後で働きざかり。こんな、「河野学校」とも呼ばれる場があり、後輩たちを引っぱっていました。そのなかに若き寺脇研氏がいて、前川喜平氏がいたのです。
「文部省も変わっていかなくてはいけない。従来の文部省のタイプの人間ばかり利用しているようではダメ。斬新な発想を文部行政に反映させていかなくては」と、愛さんは熱っぽく語っていたのでした。
私にとって、愛さんは東大駒場時代の同じ川崎セツルメントのセツラー仲間です。彼女のセツラーネームはアイちゃん。大柄で、明朗闊達、物怖じせず、いつもズケズケものを言うので、私たち男どもは恐れをなしていたものです。この本では東大では水泳部に所属していたと紹介されています。彼女は私と同じ年に東大に入学し、2年生の6月からは東大闘争に突入して一緒に試練をくぐり抜けたことになります。東大闘争たけなわの1968年9月、セツルメントの秋合宿に彼女も参加していることが写真で確認できます。私たちは、民主的なインテリとして社会に関わりながら、大学を出てからどう生きていくのかを真剣に議論していました。
アイちゃんは20年前に47歳で亡くなりました。お葬式には文部省の一課長なのに1500人もの参列者があったとのことです。それだけ人望があり、別れを惜しむ人が多かったというわけです。
今回、佐高信氏が「河野学校」の卒業生として前川喜平氏をFBで紹介したことから、アイちゃんの追悼集があることを知り、同じくキャリア官僚だった知人に頼んで入手して読みました。本文343頁の追悼集を全文読み通して、久々に学生時代のセツルメント合宿での熱い議論をまざまざと思い出しました。それにしても早すぎる死が惜しまれます。アイちゃん本人も残念なことだったと思います。
追悼集はよく編集されています。アイちゃんの生前の仕事上の活躍ぶりだけでなく、カラオケ、グルメを愛していた私生活も伝わってきて、アイちゃんの飾らない人柄がにじみ出ていました。本当に残念です。
(1998年2月刊。非売品)

スクリプトドクターのプレゼンテーション術

カテゴリー:人間

著者  三宅 隆太 、 出版  スモール出版
 著者は映画監督、脚本家、脚本のお医者さん(スクリプトドクター)、心理カウンセラーです。効果的なプレゼンテーションをするために必要なことを伝授してくれました。
 プレゼンは、人数に関係なく、対話である。プレゼンは一方通行のものではない。
 プレゼンが苦手なひとは、緊張するあまり、相手に伝えたいという想いが減ったり欠落してしまう。それでは、残念ながら聴き手の心には響かない。聴いている側も集中力を失い、退屈してしまう。
プレゼンでは、ウソをつかない、フリをしないことが大切。
 ミステムより、共感を重視する。
聴衆が大勢いる会場で話すときに、聴衆をジャガイモと思えば気が軽くなっていいという考え方があるが、それはまちがい、むしろ逆効果だ、逆に、会場を、聴衆ひとりひとりの顔をよく見ないといけない。
 そうなんですね。私は1万人大集会だったら知りませんが、100人くらいの会場だったら1人ひとりの参加者の目を見ながら「対話」するようにしています。
 小説は、内面の描写が描ける点が最大の魅力である。
 人前で話すことの難しさ、苦しさ、そしてやり甲斐が率直に語られていて参考になります。
(2017年10月刊。1600円+税)

すごい進化

カテゴリー:人間

著者  鈴木 紀之 、 出版  中公新書
 一見すると不合理の謎を解くというサブタイトルがついています。
つわり。妊娠初期に妊娠が特定の匂いに対して過敏に反応してしまう。このつわりには、それなりの効用、すなわち進化的な合理性がある。実は、胎児を守るために機能している。つわりのときに反応しやすい匂いの中には、胎児によくない影響を支える物質が含まれている可能性があり、とくに外的な刺激が胎児の成長に影響を与えやすい時期にだけ、こうした反応が出やすい。つわりが起きれば妊婦はそうした匂いをもたらす物質を遠ざけようとし、結果として流産などのリスクを抑える効果がある。
 なーるほど...、人間の体はうまく出来ているのですね。
カフェインは、コーヒーの木やお茶の原料となるツバキの仲間やチョコレートの原料になるカカオ、そしてオレンジやガラナといった植物にも含まれる化学物質。これは、本来は葉を食べる昆虫から身を守るために植物が生産しているもの。
 オスの目的は自分の子を残すこと。たとえ別種に似ていようが、同種のメスである可能性が少しでもあるなら、ためらわずにアタックすべし。同種のメスへ求愛したところで、交尾までたどり着ける可能性は少ないのだから、他種のメスかもしれないというリスクがあったとしても、同種と交尾できたときのリターンがとてつもなく大きいので、オスのみさかいのなさはなくならない。なんせ、生涯に1回でも交尾できれば御の字なのだから。これが、別種を識別する能力がいつまでたっても進化しない背景だ。
 なるほど、生物の世界には、もちろん人間様も同じですが、一見すると不合理な行動のように見えていても、実はそれだけの理由があることがほとんどなのですね。だったら、失恋しても、そんなに嘆き悲しむ必要はないのですが...。
 一味ちがった角度から生物の実際を眺めることができるようになる本です。
(2017年5月刊。860円+税)

哲学の誕生

カテゴリー:人間

著者 納富 信留 、 出版 ちくま学芸文庫
 ソクラテスとは何者か、というサブタイトルのついた文庫本です。ソクラテスというのは、自分では何ひとつ書き残していない哲学者なんですね。知りませんでした。
 ソクラテスが哲学者であったのではない。ソクラテスの死後、その生を「哲学者」として誕生させたのは、ソクラテスをめぐる人々だった。
 ソクラテスは、告発されて不敬神の罪で法廷に引き出され、アテネの民衆は有罪、次いで死刑の判決を受けた。
 その罪状は二つ。一はポリスの伴ずる神々を信ぜず、別の新奇な神霊のようなものを導入するという不正を犯している。二は、若者を堕落させるという不正を犯している。
 では、ソクラテスは、これに対して何と弁明したのか、、、。ソクラテスは、自身も石工であった。ええっ、そ、そうなんですか、、、。初めて知りました。
 プラトンは、ソクラテスの死後、ソクラテスを主たる登場人物とする「対話篇」を執筆した。この対話篇では、ソクラテスがいろんな人と対話するが、プラントン自身は登場してこない。
 生涯を通じて人々と言葉をかわし、人々に問いを投げかけたソクラテスは、自身では何ひとつ書き残すことはなかった。ソクラテスは、その死とともにこの世界から立ち去り、ただ人々の魂の記憶においてだけ存在し続けた。
 ソクラテスは学校や学派をつくっていない。常に街角で、さまざまな人々と対話するだけだった。
 プラントンは、愛しの弟子の一人でしかなく、ソクラテスの死のとき28歳の若者であり、ソクラテスの唯一の後継者とはみなされていなかった。
 ソクラテスは貧乏と変行で知られていた。
 ソクラテスという一変人に向けられた裁判は、アテネ社会の影を背負っている。裁判は思いがけず大差の死刑判決で終った。ソクラテスは、自身をもって、自らが「もっとも知恵ある者」と語り、裁判員たちの騒擾と憤激をひき起こした。
 「釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの4人を世界の四聖と呼ぶ」。和辻哲郎の書にある。
ソクラテスは貧乏ではあったが体格は頑丈で、やせたとは言い難い。
出来事のすぐあとでなければ「記憶」が新鮮を失うといった想定は、現実の重みを無視した、あまりに素朴な理屈にすぎない。「記憶」は時の経過を必要とする。言葉にして示すことで人々は出来事を整理し衝撃をやわらげて自分の経験として理解する。そして、それそこ「真実」として一人ひとりの心の中に言葉として結晶していく。
 大いに考えさせられた文庫本でした。
(2017年4月刊。1200円+税)

ウンベルト・エーコの小説講座

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  ウンベルト・エーコ 、 出版  筑摩書房
 『薔薇の名前』は驚嘆して読みました。中世の教会の馬鹿馬鹿しくも、おどろおどろしい雰囲気があまりにも真に迫っていて、背筋の寒くなるほど不気味な雰囲気のストーリー展開でした。ですから、画期的な名著であり、圧倒されてしまう傑作だと思いますが、もう一度よく読んでみようとは思わない本です。それはともかくとして、そんな偉大な傑作をどうやって書いたのか、そこはぜひ知りたいところです。なぜなら、私もモノカキを自称していますし、小説に挑戦したことがありますし、いまも挑戦中だからです。
 『薔薇の名前』を書く前に、登場する修道士全員の肖像画を作成した。そうなんですよね。私も、登場人物が10人をこえる小説を書いたときには、それぞれのキャラクターを区分けして書いたメモをつくっていました。肖像画を描く才能はありませんので、メモだけでしたが・・・。これは矛盾なく話をころがしていくためには不可欠なのですが、ストーリーが進展するなかで、どんどん人物像がふくらんでいくので、前後そして関連人物との矛盾をきたさないようにするのが大変でした。
 小説とは、何よりもまず、ひとつの「世界」に関するもの。何かを物語るために、作者はまず、世界を生み出す創造神になる必要がある。その世界は、作者が自信をもって、そのなかを動き回れるような、可能なかぎり精密な世界でなくてはならない。
書き手にとって、小説の世界の構造、つまり出来事の舞台や物語の登場人物は重要なもの。しかし、その正確な構造を読者に伝えたほうがよいとは言えない。むしろ、多くの場合、読者に対してはあいまいにすべきものである。矛盾があって、読者に探究心を呼びおこすのがいい。
 作家がひとたび特定の物語世界を構想したら、言葉はあとからついてくる。そのとき出てくる言葉は、その特定の世界が必要としている言葉なのだ。なるほど、たしかにそうなのです。ストーリー展開は、書いているうちに次々にふくらんでくのですが、それは自分の意識していない方向にペンが走っていくこともしばしばなのです。そんなことがあるから、小説の世界に意外性が生まれ、耳目を惹きつけるのかもしれません。
(2017年9月刊。2300円+税)

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