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カテゴリー: 社会

ロレンスになれなかった男

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 小倉 孝保 、 出版 角川書店
1970年にアラブに渡り、シリア、レバノン、エジプトで日本空手協会から派遣された指導員として空手の普及・指導につとめた岡本秀樹の生涯をたどった本です。
著者は毎日新聞社のカイロ特派員として岡本に出会い、2009年4月の岡本が67歳で病死するまで交流がありました。なので、その体験もふまえて岡本という表裏ある空手道の指導者の実像を描き出しています。
いま、中東・アフリカの空手人口は200万人を超えているそうですが、それは日本式というよりヨーロッパ式のスポーツ競技として普及しているとのこと。なるほど、と思いました。というのも、日本の空手は、いくつもの流派に分かれていて、柔道のような統一体がないとのことです。
岡本は、シリアやエジプトで秘密警察や治安部隊のメンバー相手に空手を指導し、その教え子たちを通じて治安機関に特殊なコネを築いていた。エジプトのサダトの護衛も教え子の一人だった。岡本は各地で政権幹部に近づき、貴重な一次情報を入手していた。
また、イラクではフセイン大統領の長男に取り入ろうとしたり、特別な立場を利用して密輸入して大もうけしたり、スーパーやカジノまで経営していた。しかし、結局、「恋敵」に足をひっぱられて事業に失敗し、「国外追放」寸前まで行った。そして、日本に戻ってきてからは別れた元妻に頼りつつ、生活保護を受けながらの闘病生活に入った。
岡本は日本の外交官や外務省からは徹底して嫌われていた。それでも、岡本はアラブ人からは慕われ、教え子からは信頼されていた。
最後に、岡本が生活保護を受ける生活をしていたのに、毎月3万円をカイロにある女子孤児院に寄付し続けていた事実を著者が知って驚いたことが紹介されています。
ロレンスに憧れた岡本は最後までアラブに失望することはなかった。騙され、陥れられても岡本はアラブを愛し、信じ、子どもたちを励まし続けた。
岡本はすべてを失いながらも、この地に200万人をこえる空手家を育てた。ロレンスになれなかった男は、ナイルの水となった。
小池百合子のカイロ大学卒業の怪(『女帝』)にも登場しますが、エジプトにとって日本の援助はきわめて大きかったことが、この本でも紹介されています。小池百合子と同じように岡本もその線で助かったことがあるようです。小池百合子も岡本も、アブドル・カーデル・ハーテム(2015年に97歳で死亡)というサダト大統領の右腕と言われた人物に面倒をみてもらっていたのでした。
こんな破天荒な生き方もあるんですね、思わず刮目(かつもく)してしまいました。
(2020年6月刊。2200円+税)

過労死しない働き方

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 川人 博 、 出版 岩波ジュニア新書
過労死とは、仕事上の過労やストレスで病気になり、死亡すること。
過労・ストレスによる死亡・病気で労災申請は年に2000~3000件(うち死亡500件)で、増加傾向にある。国(労基署)が労災認定しているのは800件(うち死亡200件)。10年間の累積では、病気8000人(うち死亡2000人)。仕事に関連する自殺は年2000人を上回るとみられている。その過労死防止法が2014年6月に成立し、同年11月から施行されている。
うつ病を発病すると、正常に物事を判断する能力は減退する。
早朝5時に家を出て、6時すぎには現場で仕事をはじめる。仕事が終わるのは夜11時。自宅に深夜12時とか1時に帰り、数時間ねたら、午前5時に家を出るというサイクル。いやはや、とんだ非人間的な生活です。
そして電通の過労自死事件(高橋まつりさん)では、上司の暴言(パワハラ)もすさまじいものがあります。
「キミの残業時間20時間は、会社にとってムダ」
「会議中に眠そうな顔をするのは、管理ができていない」
「髪ボサボサ、目が充血したままで出勤するな」
「今の業務量で辛いというのは、キャパがなさすぎる」
「女子力がない」
うひゃあ、こんなこと言う上司の顔が見てみたいものです。人間の顔の仮面をかぶった鬼なのでは…。
パワハラは、仕事のことを叱るだけでなく、人格まで攻撃する。そして、フォローすることはなく、他人と比較して、長時間ネチネチと叱り続ける。
心身ともに健康だった若者が、仕事上の過労・ストレスから急激に健康を損ない、死亡している。
だけど、若者だけではないのです。中高年の過労死も増えています。急逝大動脈解離による心停止で49歳の働きざかりが突然死…。
いのちと健康を第一とする価値観こそ大切。
実は、この本が届いた日、うつ病で働けなくなった男性から借金の相談を受けました。仕事を辞めて、もう5年になるんです。このところ寝てばかりで、精神科にかかったら、自殺する心配があるので、入院をすすめられたとのこと。私は借金の心配より、生命と健康のほうが先決。入院して、じっくり生活を立て直すこと、借金は親や妻にまかせてしまうことを強くすすめ、この本の「いのちと健康が第一」というところを示しました。
この本は、できるだけ早く休むこと、そして辞める勇気を出すこと、家族に相談することを繰り返しすすめています。
命があれば、やり直すことができる。まったく、そのとおりです。借金なんて、実は、どうにかなるものなんです。それより大切なのは、自分の命と健康、そして家族の団らんです。
こんな本は中学、高校生向けに必要だという日本社会は、やっぱりおかしいですよね。とはいえ、大切な本です。たくさんの若い人に読んでほしいものです。
著者は労災、カローシで日本有数の弁護士です。贈呈うけました。いつもありがとうございます。
(2020年9月刊。800円+税)

よこどり

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 小野 一起 、 出版 講談社
タイトルだけでは何のイメージも湧きませんが、サブタイトルは、小説メガバンク・人事抗争ですから、こちらは、ズバリそのものです。
この本を読むと、つくづく銀行とか証券会社なんかに入らなくて良かったと思います。
だって、人事派閥に巻き込まれたり、したくもない汚れ仕事をさせられたりするって、嫌じゃありませんか…。おっと、そんなことを言ったら、フツーにマジメに働いている多くの銀行員の皆さんには申し訳ありませんと、お詫びするしかありません。
でもでも、この本を読むと、銀行のトップにまでのし上がるには、単なる運だけでなく、ギラギラした出世欲、権力欲が必須なんだなと思わせるのです…。これって言い過ぎでしょうか。
主人公は、ある日、やり手の上司から、こう言われた。
「まず、キミの手柄は、すべて私の手柄にする。いいな」
「それから、私の失敗は、すべてキミのせいにする」
「ただ、心配する必要はない。キミも、キミの部下に同じようにやればいい。それが銀行だ」
うひゃあ、ギ、ギンコーって、そんなところだったんですか…、ちっとも知りませんでした。
「自己が担う責任の範囲で、リスクを慎重に取り除き、間違いなく仕事をこなすことが銀行員の基本だ。仕事に隙(スキ)をつくるな。辛いときは、仮面をかぶって組織を生き抜くんだ」
Yは、堅実な手腕とその時々の上司の意向を巧みに汲みとる配慮で、出世の階段を上ってきた。あまり野心のなさそうな振る舞いが、却ってYを高いポジションへと押し上げたのだ。
銀行の人事が、社長を頂点にきれいなピラミッド形を描く。50歳前後から徐々に、肩たたきが進み、グループ会長や取引先へと転出する。肩たたきにあった段階で、銀行内での出世競争は終わる。グループ会社や取引先での地位は、銀行内での最終ポストに連動する。いくらグループ会社や取引先で実績をあげても、最終ポストによって決まったコースが変化することはない。銀行での最終ポストが行った先の企業で逆転することもない。大切なのは、銀行内で、部長で終わったのか、執行役員で終わったのか、常務でおわったのか、という最終ポストの肩書だ。
あとは、銀行の看板を背負ったまま、おとなしく黙って日々を過ごすしか道はない。それが銀行の人事システムであり、秩序だ。
慇懃(いんぎん)な振る舞いは、取引先や行内で、腹の底を見せないために銀行員がよく使う技術の一つだ。ある種のつくりものの笑顔は、相手への不信感を伝える効果的なツールでもある。
銀行の広報担当者は、異動したら記者とのつきあいをやめるのが行内のルールだ。広報部時代の記者とのやりとりに使用するケータイは、銀行から貸与されている。担当が替われば、銀行に返す仕組みになっている。これまた、そうなんだ…と、ため息をもらします。
メガバンクが吸収合併したり、証券会社と合併したり、今や目まぐるしく変化している世の中です。本当に金もうけのことだけを考えて仕事していいのかという大切な問いが出てきませんが、それも寂しい限りだと思いました…。
(2020年4月刊。1600円+税)

私は真実が知りたい

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 赤木 雅子・相澤 冬樹 、 出版 文芸春秋
涙なくしては読めない本でした。読む前から、そうなるだろうとは予感していたのですが、実際にそうなってしまいました。
佐川局長らの改ざん指示を忠実に実行し、その悪事に良心がとがめ、うつ病になって自死してしまった赤木俊夫さんの妻・雅子さんの手記を中心とした本です。
赤木さんの遺書を「週刊文春」に載せるまでの経緯、そしてその後の経緯を元NHKの記者である相澤さんも雅子さんの手記を補足するかたちで書いています。
それにしても、この本を読んで、もっとも腹が立つのは、改ざんを指示した財務省の上司たちが、そろいもそろって出世していっていることです。これでは官僚の世界は当面こそ「安泰」かもしれませんが、根本から腐敗して崩れ去るだけです。ちらっと官僚の目ざしたこともある身としても本当に残念でなりません。公務員の皆さん、ぜひ声をあげてください。
財務省近畿財務局の上席国有財産管理官だった赤木さん(当時54歳)が、国有地の値引き売却について公文書の改ざんをさせられ、1年あまり苦しんだあげくの自死だった。
本当にお気の毒だとしか言いようがありません。根っから真面目な公務員だったのですね…。
不当な値引き事件が発覚したのは2017年(平成29年)2月8日。赤木さんが自死したのは翌2018年3月7日。すべては安倍首相の国会答弁(2017年2月17日)に起因する。
「私や妻が関係しているということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということは、はっきり申し上げておきたい。まったく関係ない」
安倍首相は「病気」を口実に総理大臣は辞めましたが、国会議員のほうは辞めていません。ぜひ今すぐ、辞めてほしいものです。
2018年3月2日、朝日新聞が公文書改ざんをスクープ報道し、3月7日に赤木さんが自死したあと、3月9日に佐川元局長が栄転していた国税庁長官を退官した。
そして、佐川元局長ら財務省の官僚たちについて、改ざん行為について刑事告発されていたのを、大阪地検特捜部は5月に不起訴にした。これについて、検察審査官は「不起訴不当」を議決したのに、大阪地検は不起訴処分を変えなかった。
2020年3月、赤木さんの妻・雅子さんは佐川元局長と国を相手に裁判を起こし、同時に「週刊文春」に赤木さんの遺書を全文公開した。この「週刊文春」は53万部が完売した。私も買って読みました。
2020年7月に赤木さんの妻・雅子さんは裁判の法廷で意見陳述した。
「私は真実が知りたい」
まったく、そのとおりです。でも、そこに至るまで、2年をかけて、ようやく夫の遺書を公表する決意ができたのです。それほど、社会の同調圧力は大きいものがあるのでした。
不謹慎かもしれませんが、この本で赤木さんの妻・雅子さんのたくましさに触れて、ついつい笑ってしまったことが二つあります。
その一つは、赤木さんと初対面でプロポーズされ、すぐに応じたら「女がすたる」と思って、少しはもったいつけなくっちゃ、と思ったというところです。そのとき赤木さん31歳、雅子さん23歳でした。
もう一つは、赤木さんは多趣味の人で、書道をふくめて、いろいろあった。ところが、雅子さんの趣味は、なんと夫の赤木さんだと、ノロけるのです。いやあ、これには、まいりました。トッちゃん(夫の俊夫さん)の好きなことにお付き合いする。これが雅子さんの趣味だと言うのです。恐れいります。ごちそうさまでした。
近畿財務局で働いたこともある中川勘太弁護士が財務局寄りの弁護士として批判的に紹介されています。本人の真意はともかくとして、苦しい状況だったのかな…と同情もしました。次に阪口徳雄弁護士が登場します。私も阪口弁護士とは少しだけ面識があります。
「あんた、一人でつらかったやろなあ」
77歳の阪口弁護士の言葉で、雅子さんは阪口弁護士に乗りかえたとのこと。正解でしたね。阪口弁護士なら、どこまでも正義を貫きます。そして、私もよく知る松丸正弁護士が加わり、さらに生越(おごし)照幸弁護士が入って、強力な代理人団が国相手の訴状を速やかに作成していくのです。
遺族が実名を明らかにして国に歯向かうことの大変さ、そして、官僚組織の自己保身の醜さ、いろいろ教えられることも多い本でした。
「悪いことをぬけぬけとやることのできる役人失格の職員」
このような赤木さんのつけたコメントに反して、そんな人たちが出世していく官僚の世界はおぞましいかぎりです。ぜひ、メスを入れて、本来の公僕の世界に立ち戻ってほしいと心から願います。
いま読まれるべき本として、強く一読をおすすめします。
(2020年7月刊。1500円+税)

少年と犬

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 馳 星周 、 出版 文芸春秋
著者のいつもの作品とは一味ちがっていて、ともかく最後までぐいぐい作中の世界にひきずり込まされ、読ませます。
タイトルからして、犬派の私を惹きつけますので、本屋で買い求めるや帰りの電車のなかで一気に読了しました。いつもなら途中でウトウトすることもあるのですげ、いつのまにか終着駅にいて驚いたのでした。
末尾の初出誌『オール読物』によると、最尾の「少年と犬」が実は真っ先に書かれたものだということです。人間のほうは6篇全部が異なるのですが、犬は同じですから、モノ言わぬ犬が主人公のようなものです。しかもこの犬はとても賢くて、人間のコトバも気持ちも全部お見通しで、迫りくる危険を察知(予知)する能力の持ち主です。小説とはいえ、犬の生態そして人間との深い関わりがよく描けています。
犬を取り巻く人間世界は総じて悲惨です。自己責任で社会から冷たく切り捨てられた家庭が次々に登場します。そこらあたりは、切ないというか、やるせない気分になってしまいます。
そして、この主人公の犬にはマイクロチップが埋められていて、それで素性が判明し、同時に、このストーリーの落ちが明かされるのでした。これ以上のネタバレは読者の読む楽しみを一つ奪ってしまいますので、やめておきます。
私も犬を飼いたい気持ちはありますが、年齢と旅行できなくなることを考え、あきらめています。犬派として、たっぷり犬を堪能できる小説でした。最新の直木賞受賞作品ですが、文句ありません。
(2020年8月刊。1600円+税)

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