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カテゴリー: 社会

いま、どうしても伝えておきたいこと

カテゴリー:社会

著者  肥田 舜太郎 、 出版  日本評論社
広島で被爆しながらも長寿であり、放射能の恐ろしさを語り広めている医師の話です。
 聞き手は私の親しい知人でもある埼玉の大久保賢一弁護士です。憲法そして反核・平和のために奮闘している弁護士ですので、話がうまく展開していって、すっきり胸に落ちる内容となっています。
 なにより被爆当時、28歳の軍医だった肥田さんは、今や96歳なのです。そして、その表情が実に素晴らしい。この本の表紙写真は温厚な知性があふれている表情で、強く惹きつけられます。
 考えてみたら60億の人間というのは、生きていることは六つしかない。寝る。食べる。排泄する。仕事をする。遊ぶ(休養)。あとセックス。いろいろ言うけれど、考えてみたら、どれかに入ってしまう。そうなんですよね・・・。
強烈な放射線を浴びると、いちばん最初にやられるのは頭の毛の根元の毛根細胞。これは人間の体の細胞のなかで一番元気がよくて、生命が強くて、細胞の分裂活動が早くて毛が伸びていくわけなので、反応もいちばん早い。そういうところが放射線で先にやられる。
 毛根細胞が強い放射線で瞬間に即死する。毛が毛穴に突ったっているだけで、下が離れている。それを触るから、毛がごっそり取れる。
 口の中が腐敗臭がするのは、白血球がなくなってしまうから。白血球はばい菌とたたかう兵隊だ。口の中に不断から雑菌がたくさんいる。白血球のほうが死んでしまっているから、瞬間に口の中の腐敗が始まる。
 子どもの細胞は発達が早いから、子どものほうがやられやすい。死ぬときには、血を吹く。内臓から出血したものが全部出てくる。
 これが急性放射能症の5つの特徴。高熱と出血と腐敗。それから紫斑、頭の毛が抜ける。これがみなそろうと、1時間たたないうちに死んでしまう。
 放射能は血液の止血能力を奪ってしまう。怖いのはストロンチウム。これは骨だけに沈着する性質があるから、骨に集まると、骨の側が放射性を帯びてしまう。骨の中のリンという分子が放射性リンに変わる。自分自身が放射線を出すようになる。骨の中で血液をつくっているわけだから、新しくできてくる本当に弱々しい造血幹細胞はみなやられてしまう。
 赤ん坊の死亡率は、核実験のあった年は上がっている。ある年に生まれた兵隊は粗暴で、しょっちゅう犯罪を起こす。その兵士が生まれた年は、必ず核実験があっている。
いちばん大切なことは、これから生まれてくる孫やひ孫が汚いところに生まれて生命がなくなっていくというのが、将来の日本にとっていちばんの心配だ。だから、孫やひ孫のために地球をきれいにして死んでください。
 これは肥田さんの呼びかけです。私も本当にそうだと思います。自分のためというのではありません。子や孫や、その子たちのために原発再稼働なんて、とんでもないと言う声を叫んでいくつもりです。それにしても安倍首相は原発再稼働に向けて突っ走ろうとしています。許せませんよね。
 いい本でした。わずか180頁の本ですが、いい装丁ですし、ずっしり重たい本でした。大久保先生、ありがとうございました。
(2013年2月刊。1400円+税)

仲代達矢が語る日本映画黄金時代

カテゴリー:社会

著者  春日 太一 、 出版  PHP新書
仲代達矢は今の日本の状況を真剣に心配しています。原発を今なお推進し、金持ち優遇をすすめる政治ではまずいと本気で考えているのです。たいした役者だと改めて見直しました。
 その仲代達矢が自分の俳優生活を振り返り、若い映画研究者に思う存分に語っています。ですから、この本が面白くないはずがありません。
 とりわけ映画『人間の條件』の製作過程の話は壮絶の一言に尽きます。まだ20代の若さだったから、そんな無茶がやれたのでしょうね。
 なにしろ、1週間で6キロやせるため、メシを食べない、また寝てもいけないというのです。そのうえ、氷のはっている川に落ちる、戦車の下をくぐらされる、底なし沼のような湿地帯の中に入ってバチャバチャやらされたというのです。監督が悲惨な戦争体験者なので、その実感がリアルに再現されていったというわけです。改めて、『人間の條件』を見てみたいと思いました。
 『椿三十郎』のラストに、決闘シーンがある。一瞬の居合いで斬りあった瞬間、仲代の心臓から大量の血糊(ちのり)が噴き出す。
 衣装の胸元に管を付けられる。小道具さんが地面に埋め、その先にはボンベが並んでいる。このボンベから管を通して血糊がワッと出る。周囲の人には、その仕掛けは事前に知らされていないので、呆然と驚いている。リアリティーがあった。いやはや、すごい仕掛けですね、これって。驚きますよ。
 各女優と言われる人は、小さな幸せ、小さな家族、そういうものを求めない。だから、名女優の人生はそれだけ壮烈なものになる。本当の女優はいい意味でわがまま放題、これだけ自己主張したら、みんなに迷惑がかかるとか、角(カド)が立つなんて考えない。
 山本薩夫監督は社会正義の人。しかし、イデオロギーを抱えながらも、エンターテイメントの部分も非常にうまい。そして、仲代に対しては、ほとんど注文をつけずに、思うとおりにやらせた。
 小沢栄太郎は、おしゃべりになれと教えた。役者は軽薄とみられてもいいから、ふだんからおしゃべりになれというのだ。
 六本木にある俳優座に通う電車のなかで、仲代は、恥ずかしいけれど、「私はこういう俳優の卵なので、これからセリフを言うので、聞いてください」と叫んだ。それを2年ほど続けた。そうすると、口の周りが速くなって、小沢さんから、5年目にして、「ようやくしゃべるようになったな」と認められた。
 役者稼業の大変さが実感でひしひしと伝わってくる本でした。
(2013年2月刊。780円+税)

原発とメディア

カテゴリー:社会

著者  上丸 洋一 、 出版  朝日新聞出版
メディアは、こぞって「安全神話」の形成にかかわりました。そして今なお、原発の危険性にメスを入れようとしません。だから安倍首相が「安全な原発」の再稼働を推進しようとしているのに、疑問を投げかけようとしません。あの「3.11」の教訓は、「安全な原発」なんてないことが証明されたということです。それを少なくない日本人が忘れているように思えるのが残念でなりません。
 朝鮮戦争のころ(1950年)、朝日、毎日、読売は、アメリカが原発を実戦に使用しようとしたとき、一言の意義も反対も唱えなかった。
 1956年、中曽根康弘は、「原子力をこわがるのはバカですよ」と高言した。
 1958年、岸信介は、「平和利用」の顔をした「兵器としての原子力」へ期待した。潜在的な核保有国としてのパワーを保持しておきたいという願望だった。核兵器保有への道を開いておきたいという思いも強かった。
 関西原子炉について、1959年11月の朝日新聞は社説で有益だとして、「むやみに危険を恐れる必要はあるまい」とし、建設容認論をぶった。
 1961年に東海村で原子炉が起工されたとき、朝日新聞は「注意して取り扱うかぎり、原子炉は少しも危険ではなくなっている」とした。
 1964年、朝日の連載記事は、原子炉について「放射線は怖いけれど、管理さえ十分にやれば絶対に安全ですよ」と断言した。
 1966年9月の朝日の社説は、「原発の危険性は、技術がここまで来た現在では、まず考えられない」とした。
 1972年、朝日新聞の内部でデスクと記者が言い争った。
 「政府の原子力政策を指示するのが朝日の編集方針だ」
 「社の編集方針に反する記事を書くのは、編集権の侵害にあたる。原子力を批判することは会社から編集権をまかされている私が許さない。編集権には、人事権もふくまれる」
 このようにデスクは記者を脅した。
 朝日新聞が、手放しの推進ではないにせよ、原子力しかない、原子力開発を前進させよ、と前から主張し続けてきたことは間違いない。
 1977年、朝日の記者だった大熊由紀子は連載をまとめた本のなかで、次のように語った。
 「原発に反対するのは、原発について無知だからだ。南極や海底などに、高レベル放射性廃棄物を安全に捨てる技術が開発されたら、子孫に迷惑をかけることはない。しかし、安全に捨てる技術はいまだに開発されていない」
 1979年、朝日新聞社から月給をもらっているかぎり、記者は基本的に原発には反対だという立場で記事を書いてはいけないということ。記者は、自分も反対という立場で報道記事を書いてはいけない。
メディアもまた「原子力村」の一員であったこと、いまでもそうであることを、内部告発のように明らかにしている本です
(2012年9月刊。2000円+税)

政治学入門

カテゴリー:社会

著者  渡辺 治 、 出版  新日本出版社
いまの日本の政治をどうみたらよいのか。的確な分析に目を開かせられます。
 鳩山由紀夫は、岡田克也や菅直人らと比べると、支配階級としての自覚が薄い。そのため、鳩山は構造改革政治を止めてほしいという国民の期待に応え、さしたる自覚もないままに保守政党の枠を踏み破り、民主党への熱狂を生んだ。ところが、これに焦った財界やアメリカが猛烈な圧力をかけてきた。
 鳩山は、他の政治家に比べて人一倍、事態に対する甘い見通しにもとづいて行動し、アメリカの「善意」にも甘い期待を寄せ続けた。
 鳩山が「無自覚に」保守の枠を踏み出したのは、選挙めあてにつくられたマニフェストの実現に向けてこだわったこと、運動の声にある程度は向きあう感性をもっていたから。
アメリカと財界の猛反発を受けて、鳩山政権は動揺し、ジグザグの道を歩みはじめた。人々は、当然のことながら鳩山の動揺に怒り、あるいは嘲笑した。しかし、のちの菅直人や野田義彦のすばやい新自由主義復帰、軍事同盟回帰より、鳩山の動揺・逡巡のほうが、はるかに「良質」だった。
 この点は、私もまったく同感です。いつだってアメリカと財界のいいなりの政権って、あまりにも情けないでしょう・・・。
菅直人は言葉の正確な意味で「権力主義者」である。これに対して、小沢一郎は権力主義者ではない。中曽根康弘も小泉純一郎も同じように権力主義者ではない。彼らには、支配階級の政治的代表として実現すべきかなり明確な政治目標があり、権力奪取と維持は、その手段とみなしている。
 これに対して菅直人は、権力の地位、つまり首相の獲得・維持が一貫した目標となり、政策やイデオロギーは、その手段でしかない。
 みんなの党の得票増をもたらしたものは、民主党支持者であった大都市の大企業中間管理職層、ホワイトカラー層を吸収したことによる。
自民と民主という保守に大政党の地盤沈下が始まっている。この二大政党あわせて7割というお風呂が揺らいでいる。しかし、その不信層は、まだ共産党や社民党のお風呂にはいけない。それを新党が吸収し、保守のお風呂をこわさないという役割を果たした。
現代の巨大メディアは、言論機関であると同時に、巨大企業体としての性格をもっていて、この二つが矛盾したときには、経営体の論理が優先することが多い。
 マスコミ幹部には、構造改革と軍事大国化を通じて、大企業本位の日本を構築しなければ日本の浮上はあり得ないという合意が保守支配層内で強固に形成されており、「常識」として根づいている。
 マスコミの記者たちは、昇進・昇格していくなかで、言論人である前に企業人となり、企業指導部の報道方針を忖度(そんたく)し、それに反しない報道を心がけるようになる。
 野田政権になったとき、民主党の変質は完了した。野田は、鳩山のように、国民の期待に応えたいという野望も、菅のように権力に固執し、そのために「国民世論」に乗っかることを辞さないという執念もない、この二人と比べた野田の特徴は、保守支配層とくに財界の意向にひたすら忠実という点にある。その点では、菅と同じように何らかの思想など持ちあわせていない。このような人を首相にしてしまった日本は不幸だったと言うしかありませんね。
 橋下徹は本能的に新自由主義の2つの手法を駆使している。一つは、ねたみの組織化による分断の政治。新自由主義は、その被害者を相互に対立させることで矛盾の爆発を抑えようとするが、橋本は、この点について「天才」である。もう一つは、国民投票型権威主義というべき手法。「参加による同意」の調達。選挙で勝って「自紙委任」を取りつけたとして新自由主義を強行するやり方。この二つの手法によって、橋本はいま全国政治に打って出ようとしている。
 許せませんね。ひどいものです。小泉のときと同じです。
一度目は悲劇として、二度目は茶番として・・・。これはマルクスの有名な言葉です。寸鉄、人を刺すという言葉を思い出しました。
 政治学入門となっていますが、本当に目を開かされるところの多い本として、一読をおすすめします。
(2013年2月刊。1500円+税)

死の淵を見た男

カテゴリー:社会

著者   角田 隆将、 出版  PHP
あの3.11のとき、福島第一原発の所長として死を覚悟した吉田昌郎氏のインタビューが本になりました。そのすさまじさに圧倒されます。吉田所長たちが死を覚悟したとき、日本は3分割される危機が間近に迫っていたのです。それを今の私たちは早くも忘却の彼方に押しやっている気がしてなりません。
日本は、あのとき、3つに分かれるぎりぎりの状態だった。汚染によって住めなくなった地域と、それ以外の北海道そして西日本の三つである。
 このとき、東京は汚染によって住めなくなった地域に入っています。ということは、日本は中枢がなくなるというわけですから、北海道と四国・九州の2つしかないということですよね。中部・関西だって汚染地域に入っているんじゃないでしょうか・・・。いえ、これって単なる架空の絵空事ではありませんよ。もっと原発事故の恐ろしさを私たちは改めて再認識すべきです。
 そして、もう一つ。北朝鮮「脅威」論を右翼・保守があおりたてています。しかし、彼らは決して、原発がテロのターゲットになったらどうなるかということは言いませんよね。
 日本だけは「テロの対象」になりえない。あるいは、日本では原発がミサイル攻撃を受けるはずがないという、幼児的とも言える楽観的志向にみちみちている。しかし、それは原子力行政にある指導者(為政者)として、あるいは実際の原子力事業にあたるトップとして「失格」である。
 ホント、そうですよね。「電力不足」どころの話しではありませんよ。
 吉田前所長は、3.11のあとがんを患い、また脳内出血をして病気入院中(のようです)。やはり3.11からの尋常ならざるストレスが身体をボロボロにしてしまったのでしょうね。
 日本列島の3分割を救った人として(東電幹部として原発推進した責任はあるにしても・・・)、顕彰の対象になる人物だと私は考えています。
 3.11のあと免震重要棟には600人もの人が残っていた。技術系以外の人を対比させたあとも60人ほどが残った。東電本社が「全員退避」の方針をうち出した(東電は否定)のを知って、菅首相(当時)は烈火のごとく怒った。
菅首相は日本がダメになるという危機感を抱いていたのでしょうね。ヘリコプターで福島第一原発に乗り込んで、怒鳴りまくったようです。焦りは分かりますが、一生けん命に身を挺して働けている人たちに怒鳴ってもしょうがありませんよね。菅首相(当時)の人間としての幅の狭さを如実にあらわしているエピソードです。
 決して忘れてはいけない原発の怖さを後から追体験した気分でした。
(2012年12月刊。1700円+税)

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