(霧山昴)
著者 石川義夫 、 出版 れんが書房新社
私が司法研修所で司法修習生(26期)をしていたときの教官の一人です。私は直接教えてもらっていませんが、名物教官として噂の高い人でした。
倉田卓次元判事とは旧制一高で同室の仲だったそうで、学徒出陣も一緒でした。そして、この倉田さんが、著者のことを「オネスト・ジョン」と呼ぶのです。オネスト・ジョンとは、アメリカ軍が開発した一段式原子ロケットで、標的に正確に命中することからつけられた愛称です。
ともかくウソのつけない真っ正直な男だということを意味しています。
そのオネスト・ジョンが矢口洪一元最高裁長官について正直に語っています。
著者は、司法研修所で次席教官だったとき、田宮重男上席教官と二人して最高裁に呼び出された。矢口洪一人事局長は、青法協所属の修習生が裁判官を志望したときの対策として、こう言った。
「研修所教官のほうで、疑わしい連中の試験の成績を悪くしておいてくれれば、問題は解決するじゃないか。何とか考えてくれ」
これは、要するに、青法協所属の修習生の任官を人事局の責任で拒否するというのをしたくないので、研修所教官の責任で拒否しようということ。いかにも卑劣な責任転嫁です。
田宮上席教官は、「教官には、そんなことは出来ません」ときっぱり断った。
著者は、矢口洪一の名誉をおもんぱかって、今日まで他言しなかったが、目的のためには選ばない矢口の手法を思うと、こんなことがあった、ともっと早い時期に公にすべきであったと後悔している。このように書いています。いやあ、これはひどい話です。おぞましいやり方です。青法協会員の司法修習生がまだ任官していたころのことです。
そして、オネスト・ジョンは矢口洪一について、次のようなことも書いています。
著者が司法研修所の教官をしているとき、矢口洪一人事局長と雑談をする機会があった。全国新任地家裁所長の研修のあったホテルのロビーでのこと。
「裁判所の諸悪の根源は、歴代事務総長が最高裁判事に栄転することにある。事務総長には、長く事務総局に籍を置いて行政事務に慣れているかわりに裁判官として経験の少ない者が任命されている。歴代の事務総長が練達の裁判官をさしおいて最高裁判事になることは、裁判に専心している裁判官たちに不満を醸成し、事務総局と現場の裁判官との間に抜きがたい不信感を生んでいる。それ故、事務総長には総局メンバー以外の者を充てるか、いったん事務総長となった者は最高裁入りをあきらめるかにすべきである」
オネスト・ジョンは、これをきわめて説得力のある正しい考え方だと受け取った。
ところが、矢口洪一は、その舌の根も乾かないうちに、事務次長、事務総長を経て、最高裁判事となり、ついには最高裁長官の席を冒すに至った。
矢口洪一は、裁判官としての実務経験は、わずか6年あまりに過ぎない。なので、矢口洪一は、事務総長への就任を断るか、事務総長の任期を終えたあと最高裁判事への任命を断るべきだった。
まさしく、これこそオネスト・ジョンの真骨頂ですね。
そして、矢口洪一について、もう一つ。
矢口洪一は、事務総長になるころ、現場の裁判官、裁判事務オンリーの裁判官たちについて、「座し難い愚かな者ども」とあざけっていた。オネスト・ジョンは、何度もこの言葉を聞いたとのこと。そんな矢口洪一に対して、いったい裁判所を愛する気持ちなんてあるのか、あるのは自分自身に対する自己愛ではないのかと疑ったとのこと。当然の疑問です。
オネスト・ジョンの証言は歴史的なものだと思い、ここに紹介します。残念なことは、これらが古い過去の歴史的事実だということにとどまらず、今も裁判所の体質に深く根ざしているということです。
(2006年12月刊。1650円)


