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松本清張の昭和

(霧山昴)

著者 酒井 信 、 出版 講談社現代新書

 井上ひさしもすごい作家ですが、松本清張もまた、まさしく巨匠ですよね。

 私は、松本清張の書いたものはそれなりに読んでいますし、北九州にある記念館にも数回は行きました。映画「砂の器」なんて、傑作中の傑作ですよね。

 40歳を過ぎて文壇にデビューし、49歳にはベストセラー作家になったのです。学歴は高等小学校。いわゆる高校・大学には行っていません。ところが、英語の勉強はずっと続けていて、海外へ取材に行ったときには、通訳なくして現地の人と話しています。いやあ、すばらしいことです。私がずっとずっとフランス語を勉強しているのも、巨匠を目ざすという魂胆があるからなのです(嘘です)。

 松本清張にはゴーストライターがいると信じられたことがあります。少なくとも常勤の取材チームがいて、下原稿をつくっていると、まことしやかに言う人もいました。でも、ゴーストライターなんていませんし、下原稿を書く取材チームもいないのです。もちろん、取材に協力した人は何人もいるようです。

 松本清張の武器は口述筆記できることでした。それこそ専属の速記者がいたのです。私は、その人の書いた本も読みました。ともかくすごいのです。1日に30枚もの原稿を口述しています。しかも、同時に2つか3つの本を交互にやっていくのです。信じられません。

 文壇バーに飲みに行くこともなく、午前10時から夜10時まで、毎日、ひたすら口述していったのです。そのとき、話しコトバがそのまま文章(書きコトバ)になるよう自らを訓練していました。これは簡単なようで、実はかなり難しいことなんです。

10日で単行本が1冊できあがるというペースだったと聞くと、モノカキ志向の私でも腰を抜かしそうになります。

清張の小説には「悪女」が登場します。それを生々しく描けるほど、清張にも浮いた話はあったのです。

この本ではA子とC子が紹介されています。瀬戸内寂聴は両方とも知っているようで、A子については高く評価していて、C子については本気で悪女だと想っていたとのこと。そして、清張もC子との交際によって、「悪女というものを初めて識(し)った。それ以来、小説に悪女を書けるようになった」と書いています。C子との苦労を作家として小説に生かしているのです。残念なことに、私は、この方面の経験が圧倒的に不足しています。

 清張にとって、小説は満たされない旅情を埋めあわせる「現実逃避」の手段だった。思春期に本を読みあさり、見識を深めることで、独自の人生観を築き、作家となったあとの創作に生かした。その着想そして下調べ、文章構成、本当にどうやって自分のものにしたのか、不思議でなりません。

 それなりに知られていることですが、清張は戦前、治安維持法違反で特高警察につかまりブタ箱に入れられています。共産党の活動をしたということではありません。知人から雑誌(合法の左翼誌です)を借りて読んでいただけで、芋ヅル式に検挙されたのでした。

 十数日間、留置場に入れられ臭いメシを食べた経験は、江戸時代に無宿人が佐渡島で強制的に働かされるという「無宿人別帳」に生かされている。これまた、たいしたものです。

 松本清張は作家生活40年を送り、82歳で亡くなりました。

(2025年12月刊。1210円)

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