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ピッケルの神様、山内東一郎物語

(霧山昴)

著者 工藤 隆雄 、 出版 山と渓谷社

 私は本格的登山はしたことがありませんし、しようとも思いませんので、ピッケルなるものの実物を手にとったこともありません。でも、山に登るならピッケルが欠かせない道具だということくらいは、もちろん知っています。

 ピッケルとは、雪山に登るときになくてはならない道具の一つで、突風が吹いたとき雪に突き刺して飛ばされないように体を預けたり、滑落したときにピックという尖った部分を雪面に噛ませて停止させるなど、命をも左右するとりわけ重要なもの。そのため、ピッケルは「雪山にのぼる登山者のシンボル」として大切に扱われてきた。

ピッケルはヘッドとシャフトを合体させる。シャフトは北海道産のアオダモ(モクセイ科トネリコ属)。

仙台に住む山内東一郎は、そのピッケルをつくり続けた類にまれなる鍛冶職人。ところが、山内はコスパが悪く、いつも貧乏だったので、息子は愛想を尽かして、後を継がないどころか、逃げていった。

 山内は注文した人と実際に会い身長などを確認して、その人の体形にあったピッケルをつくる。山内は昭和41年に亡くなるまでの50年間に2千本のピッケルをつくった。

 山内No1が言成したのは昭和4年、山内が39歳のとき。山内40歳のとき、ニッケル・クローム鋼のピッケルを年間20本つくった。昭和8年ころ、輸入もののピッケル20円以下では買えないとき、山内のピッケルは16円ほどした。

 憲法学者の樋口陽一(昭和9年生まれ)も山内のピッケルを愛用した。

 ピッケルを手抜きしてつくったものは、ヘッドとシャフトを溶接したもの。だからピッケルが折れて事故を起こした。

鉄を極めるには機械より鉄の心を聞く。鉄の心を知ること、鉄から、「今だ、叩いてくれ」と言ってくる。その声を聞いて、火床から引き上げる。なかでも大変なのは火加減。金属を火床に入れ、フイゴで炭の火力を強くし、金属が赤色から柿色になったとき、焼き入れ(素早く取り出して急冷する熱処理)をする。

それは、ほんのわずかな時間。瞬間といってもよい。すべては勘。焼き入れが熱すぎても低すぎても、硬くならず使いものにならなくなる。 

鉄と話をしながら鍛錬しないとうまくいかない。鉄の心を知ることが大切だ。鉄は一見すると同じように見えるが、人が一人ひとり違うように同じものは何ひとつない。しかも、天候や火加減などによって、叩いているうちに質が変わってくることもある。そんなときは、焼き入れの時間を早めたり、水をかけて調節したりする。それでもダメなら、惜しげもなくスクラップにする。ピッケル作りは、それほど手間のかかる仕事だ。

職人技のすごさを少しだけ知(識)ることのできる本でした。

(2026年2月刊。2420円)

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