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痲酔をめぐるミステリー

カテゴリー:人間

著者   廣田 弘毅 、 出版   同人選書 
 全身麻酔は単なる眠りではない。呼吸や心循環系も抑制されている。つまり、眠っているだけではなく、息が止まって、血圧も下がっている。麻酔薬は、一般的な医薬品に比べて、安全域がきわめて狭い。麻酔機などの設備が整った場所で、熟練した麻酔医が使用してはじめて麻酔薬は「安全」と言える。
 全身麻酔のプロポフォールは鎮静目的。その投与中は血管痛といって、点滴の刺入部位が痛むことが多い。その血管痛をやわらげるために、局所麻酔薬リドカインを混ぜる。これは業界で常識となっている裏技だ。そこで、マイケルジャクソンの死は局所麻酔薬中毒による心停止の可能性がある。
麻酔薬には呼吸・循環抑制作用があるし、その作用には個人差がある。患者Aに効いた濃度が患者Bに効くとは限らない。吸入麻酔薬による眠りは、患者にとって、一瞬の出来事に感じられる。麻酔薬を投与されて「眠った」と思った次の瞬間に、「手術は終わりましたよ」という言葉を聞かされる。眠っていたという感覚がまったくない。これは30分の小手術でも、10時間の大手術でも同じで、患者は麻酔をかけられた瞬間に、手術終了後の世界にタイムスリップする。
 吸入麻酔薬は、興奮性シナプス伝達を抑制し、抑制性シナプス伝達を促進することにより、海馬の機能を完全にシャットダウンしてしまう。つまり、海馬における記憶の形成が起こらない。
 私が人間ドックに入って胃カメラを呑み込むときの状態が、まさにこれです。静脈に麻酔薬を注射されると、すとんと眠りに入り、胃カメラが抜かれたとたん目が覚めるのです。
 静脈麻酔薬プロフォール。チオペンタールからの覚醒は、「あー、よく寝た」という印象で、生理的な睡眠からの目覚めに似ている。静脈麻酔薬により、抑制性の神経伝達物質であるGABAが脳内で大量に放出されるためと考えられている。
 この静脈麻酔薬は麻酔ではない。しかし、投与された人は、スッキリ爽やかな目覚めが忘れられなくなる。吸入麻酔薬ハロタン、セボフルランでかける麻酔は安定感がある。興奮性シナプス伝達を抑制し、抑制性シナプス伝達を促進することで、ニューロンの興奮性をダブルブロックするからだ。十分な濃度の麻酔薬を投与していれば、不意な行動で手術に支障を来す心配がない。
 静脈麻酔薬プロポフォール、チオペンタールによる麻酔では強い刺激によって患者が覚醒する可能性があるので、注意が必要である。抑制性シナプスの亢進だけでは、不意な興奮性入力を抑えきれなくなる。
 安定な麻酔をとるか、眠りの質をとるか、麻酔科医は、臨床状況に応じて麻酔薬を使い分ける。
麻酔薬にもいろいろなものがあること、人間の身体とりわけ脳と眠りの関係について知らないことが盛りだくさんの本でした。
(2012年7月刊。1600円+税)

ヘルプマン vol.8

カテゴリー:人間

著者   くさか 里樹 、 出版   講談社 
 マンガ本です。とても勉強になりました。介護現場の実情を知るための格好のテキストです。
申し訳ありませんが、私は介護の苦労をしていません。姉に全部やってもらいました。姉夫婦は大変だったと思います。それでも、介護問題については、弁護士として成年後見人になったりもしますし、依頼者には介護ヘルパーも多いので、このマンガ本によって認識を深めました。
認知症になった母親の介護を弟が放りだしてしまいます。そして、突然、母親を運んできてサラリーマン夫婦の兄一家に押しつけるのです。徘徊症の母親は大変です。どうにも扱いかねて、一家中がひっかきまわされるのです。
夫婦とも大切な勤めがあるので、簡単には会社を休めません。そこでヘルパーに助けを求めます。すると、登場してきたのは、なんとフィリピン人の若い女性。
フィリピン人は親を大切にします。でも、日本人とは生活習慣が異なるので、あつれきが生じて直ちにクビ。でも、次に来た日本人よりは、実はよほど良かったのでした。
 マンガなので、臭いのする汚れの場面もきれいな絵となり鼻をつまむ必要もなくさっと読めます。
 21巻シリーズですが、全巻読み通すつもりです。
(2011年12月刊。514円+税)

いま、憲法は「時代遅れ」か

カテゴリー:司法

著者  樋口  陽一  、  出版   平凡社
 大日本帝国憲法を制定する前、当時の首相・伊藤博文が会議の席上、次のように述べた。
 「そもそも憲法を設くる趣旨は、第一、君権を制限し、第二、臣民の権利を保全することにある」
 これに対して森有礼文部大臣が次のように反論した。
 「およそ権利なるものは、人民の天然所持するところにして、憲法により初めて与うられるものにあらず」
 両者とも、なかなかに鋭い指摘ですよね。どちらも間違いではないと私は思います。
 「君が代・日の丸」というシンボルは、それが国歌・国旗として扱われるのは、明治国家成立以降の人為の事柄である。ところが、それが、人為のものとして意識されずに、あたかも民族のアイデンティティの表現であるかのような、したがって、およそ変更不可能なものと扱われてきた。
 明治維新を担った政治家たちは、宗教が頼りにならないから、皇室を宗教のかわりに使おうというリアリズムがあった。
 アメリカでは、リベラルとは左派を指し、ヨーロッパではリベラルというと右派を指す。
 つまり、ヨーロッパでは、リベラルとは、もっぱら経済活動領域についての自由放任主義を指している。
 第一次世界大戦のあとのドイツでワイマール憲法末期に、議会が妥協と政治的な駆け引きの場となり、国民意思を統合できない状態に陥った。そこで、議会でやっているのは何のことか分からん、強力な行政権の長に運命をゆだねよう。それがヒットラーへの選挙民の喝采となった。いろいろな議論を切り捨てて強力な政治を遂行するという意味で、ポピュリズムと決断主義的との結合は、一般的な傾向となっている。
 これって、いま大阪で起きている「橋下」現象ですよね。
 「ねじれ」という表現は、正常でないというニュアンスがある。しかし、両院制を置いている以上、それは当然に起こりうる事態の一つであって、非正常ということでは決してない。
うむむ、なるほど、たしかにそうですよね。「ねじれ」イコール悪だと、いつのまにかマスコミに思い込まされてしまっていました。大いに反省します。
 「ねじれ」が悪いというのは、とにかくさっさと決めろということ。その意味で決断主義的である。プロフェッショナル攻撃と、素人を全面に立てた諮問会議、審議会支配が、政治過程を漂流させてきた。
 憲法制定権力ということで、人民が主権者なのだから、その人民が絶えず憲法を書き改める機能はだれによっても制限されないはずだという主張がある。しかし、硬性憲法の考え方は、国民といえども、自分の意のままに法秩序をその時々に変えるものではないのだという説明によって初めて理由づけられるのである。
 法科大学院(ロースクール)での講義をもとにしていますので、わずか200頁あまりで大変読みやすい憲法の本になっています。
(2011年5月刊。1500円+税)

心に入り込む技術

カテゴリー:ヨーロッパ

著者   レオ・マルティン 、 出版   阪急コミュニケーションズ 
 元ドイツの情報局がドイツ・マフィアにスパイを潜入させる工夫を語っています。人間の弱点を巧みについた心理作戦が駆使されていて、大変勉強になりました。
コミュニケーションには、必ず意図がある。何かを言う、または何かをするのは、相手にそれを伝えるためだ。思考は必ず身体に表れる。
人と出会うとき、人は、とても繊細なアンテナを使って、相手の内面と外面が一致しているかどうかをチェックする。言葉や表情がうわべだけではないかどうかを感じとる。思考と行動が一致していれば、その人は調和を発散する。それは相手に好感を与え、信頼感につながる。この人なら信頼して大丈夫。そう、青信号に変わるのだ。
 犯罪学における成功の秘訣の第一は、相手に対する心からの興味である。
 圧力や脅しや強要によって、実りのある長期的な関係を築くことは出来ない。おカネは動機としては、あまり効果がなく、長期的な動機にはなりえない。おカネで情報を買えば、むしろ害になる可能性が大きい。
 安心感、愛情、称賛・・・、これが、誰もが望む基本的な欲求だ。
接触の段階は、初めて視線が出会ったときに始まる。細部の細部まで計画された接触の瞬間に、自然で無意識な印象を与えるのが肝心だ。そして、気持ち楽にして、ほほ笑む。そうすれば楽しい会話がもっと魅力的になる。屈託のない誠実な笑顔を見れば、相手は警戒を解くだろう。
 会話の初めに避けたほうがいいのは、陳腐な決まり文句、笑顔、政治である。無味乾燥で、退屈で、ぎこちないので、気楽で軽い接触に向かない。
 あれこれ質問すると、相手はいぶかしく感じる。
 なるべく人の名前は記憶する。そして、会話をうまく進めるポイントの一つは、共通の体験だ。身体をやや前に乗り出し、視線を相手に向け、適宜うなずく。相手の言った内容をときどき自分の言葉で要約したり、質問を入れたりして、理解していることを表明する。
 人間関係の根底にある前提は責任だ。自分は頼りになるパートナーだと最初から示すこと。一度だけ、これ見よがしに見せるのではなく、繰り返し示す。
 信頼関係を築くためには、やると言ったことは必ず実行する、要求されなくても、進んで約束し、それを必ず守る。
 組織犯罪の世界にいる人間には感情の動きを失ってしまった人間が多い。この世界で暮らそうとすると、そうなってしまう。結果として、顕著なエゴイズムと権力欲、冷淡と無情につながる。大切なのはビジネスだけ。何を犠牲にしようとかまわない。商売の邪魔になるなら。人命すら価値をもたない。
 価値体系は一夜にしてできたのではない。経験とともに生育し、徐々に適応してきた。社会的な境界をこえるたびに、境界の壁は低くなる。
マフィアから復帰した人たちは、心を揺さぶる体験がその価値体系を根底から変えたことによる。子どもの誕生、重い病気、親しい人の死など・・・。これらが方向転換を促し、その結果として思いがけず再び犯罪組織の外で生活することになる。
 相手が嘘を言っているのではないかと薄々感じても、相手の面目をつぶさないように気をつける。相手を面と向かって非難して、袋小路に追いつめられたように感じさせても、得るものは何もない。
 情報局と協働する情報提供者は、緊張度が極度に高い領域で活動している。
 犯罪組織の波にもまれた筋金入りの人間ですら、裏切りは身にこたえるのだ。その罪悪感を理性で追い払うことはできない。そして、罪悪感には大きな不安が伴う。
 そこで、相手に質問を投げかけて、その後しばらく、そっとしておくのが、もっとも効果的な方法だ。
 信頼関係は一方通行では成立しない。互いに相手をよく知り、相手が何を保障してくれるかを理解することが前提となる。
スパイ獲得大作戦の手法なのでしょうが、人間心理をよく衝いていると驚嘆したことでした。
(2012年9月刊。1600円+税)

兄・かぞくのくに

カテゴリー:朝鮮・韓国

著者   ヤン ヨンヒ 、 出版   小学館 
 切ない話です。映画は残念ながら見ていません。近くて遠い国、北朝鮮と日本とは案外、身近な関係にあります。
 戦後、朝鮮総連は地上の楽園の地である北朝鮮への帰国をすすめました。そして、日本政府は、「厄介者扱い」として、それを後押ししたのです。
 そして、北朝鮮は、実は地上の楽園どころか、今もって国民が腹一杯食べられるのが理想の国のままというのです。飽食の国、日本では想像もできない事態です。
 でも、そんな北朝鮮にも人々は真剣に生きているのです。
北朝鮮の国民は3つの階層に分けられる。一つ目は、北朝鮮の建国当時に労働者や貧農、愛国烈土の家族だったものや、朝鮮労働党員からなる「核心階層」。二つ目は、知識人、民族資本家、中農、商人からなる「動揺分子」。彼らは、「要監視対象者」として当局よりマークされる。三つ目は、「敵対分子」。解放前の地主やキリスト教信者、親日家や親米家がこれに入る。彼らは「特別監視対象者」だ。
 日本からの帰国者は、長く「動揺分子」と見なされてきた。自らも望み、祖国も望んでいると信じていた「帰国者」は、北朝鮮から見れば、資本主義の思想や堕落した生活を持ち込む反乱分子だった。ちょっとでもおかしな行動をとれば、即「敵対分子」のレッテルを貼られた。相互を監視しあわせることで、北朝鮮の人々のあいだでは、常に疑心暗鬼の感情がはびこっていた。
 出身成分が低い帰国者は結婚相手として人気がなかったが、経済的には激しい貧富の格差がある状況のなかで生きのびていかなくてはならないため、「日本から定期的な仕送りのある帰国者」は縁談に困らない。
 そして、キム・ジョンイルが帰国者である高英姫(コウ・ヨンヒ)を正妻に迎えたことはセンセーションを巻き起こした。
帰国者を帰国同胞といい、略して、「帰胞」、キポ。朝鮮語で「キポ」というと泡という意味。帰国者は泡のようにすぐ消える。すぐ消せる存在だ。自分たちが見下し、蔑むために「キポ」と呼んだ。そして、帰国者のほうは、北朝鮮より進んだ国から来たという自負がある。だから、現地の人のことを原住民の「原」といって、「ゲンちゃん」と呼んでバカにした。
 うむむ、なかなか人間感情というのは複雑で、錯綜していますよね。
北朝鮮に持ち込む品物に「メイド・イン・コリア」のタグがついていると即没収される。ところが、メイド・イン・USAもメイド・イン・ジャパンも許される。公式には韓国は最貧国ということになっていて、質のいい工業製品をつくっていることが、メイド・イン・コリアの品物を通じて公然の事実となることを北朝鮮当局が恐れての措置。もちろん、北朝鮮の人々も韓国が裕福な国であることは誰でも知っていること。
 日本から北朝鮮に行くには、朝鮮総連の許可がいる。少なくとも渡航希望の1ヵ月前に総連に申請を出さないといけない。費用は20~30万円、北朝鮮に家族のいる訪問者は1回、1人あたり総計100万円をもっていくのが相場だ。家族に渡すお金のほか、担当幹部に渡す袖の下(賄賂)がいる。万景峰号に100人乗っていくとして、1人段ボールを20個もっていくので、2000個の段ボールとなる。そして、荷物検査で一日つぶされる。
 北朝鮮では、住居は政府から支給される建物になっている。アパートが足りないため、独り暮らしは基本的に認められない。毎日、水が出るアパートはほとんど不可能に近い。
三人の兄たちが北朝鮮に渡り、妹だけが日本に残った。
 そのとき、兄たちは、歯向かえなかった。父に歯向かえなかった。あのとき、学校にも、組織にも、親にも歯向かえなかったばかりに、もはや絶対に歯向かうことが許されない地で生きていくことになった兄たち・・・。その兄は、決して愚痴らない。
本当に胸の締めつけられる思いです。妹の感じる切なさがじわーんと読み手の胸に迫ってきます。
 エリート校に入った子どもは、マスゲームの動員対象から外され勉学に専念できるというのをはじめて知りました。
(2012年7月刊。1600円+税)

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