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テレビは原発事故をどう伝えたのか

カテゴリー:社会

著者   伊藤 守 、 出版   平凡社新書  
 ふだん、リアルタイムでテレビを見ることはまったくない私ですが、さすがに去年の3.11のときには、日本はこれからどうなるのかという不安とともにテレビを注視していました。
この本は、テレビが原発事故をきちんと国民に伝えていたのかどうか、それを検証しています。
 結論としては、ノーと言われざるをえません。「大本営発表」と同じで、心配ないと根拠なく繰り返した政府発表をなぞっただけでした。
 政府の「ただちに人体に影響のあるものではない」との発表をただ繰り返すだけのテレビ報道に対して、多くの人が不安や苛立ちをいだいた。
 NHKの解説は、政府の会見内容をより詳しく説明し、解説することに終始した。
だから、NHKって、本当に公共放送なのか、政府を唯一のスポンサーとする民法なのではないかと思ってしまうのです。
福島第一原発から飛散する放射性物質の量がはっきりしていないのに、放出される放射能は微量だと断定的に主張され、かつ、健康への被害はないと断定された。ところが、政府の中枢も、警察も、すでに放射能が飛散していることを承知していた。メディアは、その事実を把握できていなかった。
3月11日の15時30分に1号機が爆発した。日本テレビ系列の副島中央テレビのカメラがとらえていた。ところが、この映像が日本テレビ系列の全国ネットで放映されたのは、爆発から1時間14分も過ごした16時50分だった。
テレビは、政府や保安院の発表に依拠して、事態をむしろ楽観視する方向にリードしていった。政府発表にのみ依拠して、傍観者的に事態を説明するだけ。
 「即、人体に影響が出る値ではない」
 私たちは、3.11のあと、何度となくこのセリフを聞かされました。でも、本当でしょうか・・・???即死しなくても緩慢死というものがありますよね。本当に心配です。
(2012年6月刊。780円+税)

続・アメリカ医療の光と影

カテゴリー:アメリカ

著者   李 啓充 、 出版   医学書院 
 アメリカで、なんら医療保険を有しない無保険者が年々増え続けているのも、「負担の逆進性」が医療保険制度の隅々に張りめぐらされていることが大きな原因。
 つとめていた企業をレイオフされたり病気で失職すると、収入が減るだけでなく、保険料負担に耐えかねて、無保険者になってしまう。
 医療保険制度を市場原理で運営したとき、弱者が容易に切り捨てられ、無保険者となってしまう事態は避けられない。弱者の典型は、高齢者・障害者・低所得者であるが、これらの弱者が医療へのアクセスを拒否される事態を放置したら、社会そのものの存立が危うくなりかねない。
 「アメリカの医療は世界一」というイメージとは裏腹に、ことアクセスに関しては、アメリカは先進国中で最悪である。無保険者が国民の7人に1人(4600万人)という現実は、それだけで悲惨だ。
 国民の6人に1人といわれるメディケイド被保険者(5000人)を潜在的無保険者として数えると、アメリカでは実に国民の3人に1人が無保険者あるいは潜在的無保険者になっている。
 アメリカが公的医療保険の運営に投じている税額は国民1人あたり年額2306ドルに上り、これだけで日本の一人あたり医療費総額2130ドルを上回る。
 アメリカの「2階建て」医療保険制度は、社会全体としてべらぼうに高くつく制度となっている。医療保険制度を市場原理に委ねることの愚かさは明らかである。
 1970年の段階では、カナダもアメリカも医療費支出はGDPの7%ほどで同じだった。しかし、国家として「公」の医療保険制度を整えてきたカナダが、現在、GDPの9%しか医療費に支出していないのに対し、頑迷に「民」の医療保険制度を保持しているアメリカはGDPの15%を支出するまでになった。しかも、カナダでは、国民の医療へのアクセスが完全に保証されているのに対し、アメリカでは国民の7人に1人が無保険者であり、「公」と「民」の医療保険制度は、21世紀の今、完全に明暗を分けている。
だから、GMなどアメリカの大企業のホンネは、ヨーロッパやカナダ、日本のような「公」の医療保険制度をアメリカにもつくりたいというところにある。
 しかし、それを拒んでいるのがアメリカの保険会社である。市場原理の下で、アメリカの保険会社は、健常者を優先的に保険加入させる一方、医療サービスの質と量に厳しい制限を課す「利用審査」とか、患者の受療意欲を削ぐためのあの手、この手によって「医療にお金を使わない」ことに全力を傾涙している。
 アメリカの民間保険に個人で加入したときの保険料は、たとえば年間160万円と、日本では考えられないような高額なものとなる。それでも、保険料が高くても加入できればまだいいほうで、既住疾患を理由に保険会社が加入を断ることを認めている州のほうが多い。たとえば、子どもがニキビで高価な抗生物質を使用したことが「既住疾患」にあたるとして、家庭全体の保険加入を断られる例が続出している。
 ところが、その一方で、保険会社のCEO(経営者)には、220万ドル(2億2000万円)のボーナスを払っている。日本の財界も同じシステム、超高給とりを実現しつつありますよね。労働者の非正規雇用を増やして、自分だけはいい思いをしようというのです。
 アメリカの50歳以上の壮・高年層は全人口の4分の1を占め、その半数3500万人がAARR会員である。このAARRが巨大なパワーをもって医療や年金を守っているアメリカの団塊世代に比べて、学生時代をヘルメットをかぶってゲバ棒をもって暴れ回っていた日本の団塊世代は、自分たちの命を守るべき医療がおかしな方向へ向かっていることに、なんでこんなにおとなしくしていられるのか、不思議でならない。
そうなんです。今こそ私たち団塊世代は怒りをもって声をあげ、行動に移すべきです。かつてのように首相官邸を大きく取り囲むべきでしょう。
 最後は、池永満弁護士との対談でしめくくられています。アメリカのように日本はなってはいけないと痛切に思いました。
(2009年4月刊。2200円+税)

地方都市のホームレス

カテゴリー:社会

著者   垣田 裕介 、 出版    法律文化社 
 ホームレスの人々がいるのは、決して大都会である東京そして福岡市だけではありません。福岡県内の小都市にも少なからず存在しています。この本は大分市のホームレスの実情を聞きとりしつつ究明しています。
日本の野宿生活者は、1990年代に著しく増えた。2002年8月ホームレス自立支援法が制定、実施された。
 ホームレスのうち野宿生活をしていないものを、「野宿状態にないホームレス」と呼ぶ。厚生労働省によるホームレスの目視による概数調査の結果、全国には2003年に2万5千人、2007年に1万8千人、2008年に1万6千人を割るといった減少傾向にある。
野宿生活者は50~60代に集中している。野宿が5年以上の者が4割強。
 生活保護を野宿生活者が申請したとき、路上、公園のままでも開始決定するのは、自治体の2割にすぎない。
野宿生活者のなかで女性が1割を占める。
野宿生活の7割は収入のある仕事をしていて、その7割はアルミ缶などの廃品回収する都市雑業である。1割は建設日雇。仕事をしている者の平均月収は4万円。
年金を受給しながら野宿生活している人の年金月額は3万円、8万円、10万円そして14万円となっている。借金をかかえているため、その取立から逃れるため、野宿をしている。
 収入としては、自動販売機やコインパーキングのおつり拾いもある。食事としては、パン屋が廃棄する売れ残りのパンがある。コンビニの賞味期限切れ弁当は、以前と違って食べられなくなった。コンビニ側が食べられないようにしているから。
 野宿生活者の4分の1が、ひとり親世帯に生まれ育っている。
野宿生活者の最終学歴は、中学卒業が5割強、高校卒業(大学中退をふくむ)が4割強。
刑務所から出所した者が、野宿生活をすることも少なくない。
地方都市でもホームレスが増えているということは、それだけ家族の絆が弱まっているということですよね。人と人とのつながりをもっともっと強めたいものです。
(2011年6月刊。3000円+税)

挑戦する脳

カテゴリー:人間

著者   茂木 健一郎 、 出版   集英社新書  
 人間の脳の成り立ちは複雑で、多様である。脳の100億の神経細胞がお互いにどのような結合し、パターンを作るのか。その組み合わせの数は、無数にある。
天才とは、すなわち世間の既成概念にとらわれずに物事をなす人のことである。高度な創造性を示した人は、物理世界に提示される情報に支えられた視覚的一覧性に拘束されずに考え、感じるということを実行していたケースが多い。
 人生は続く。なんとか生きていかねばならない。ながらえる術(すべ)を見出さなければならない。そのとき助けになる「認知的技術」の一つが「笑い」である。
 「笑い」の背後には厳しい人生の現実がある。不安がある。恐怖さえある。「笑い」は、存在を脅かす事態に対して脳が機能不全に陥らないための、一つの安全弁である。そして、「笑い」は私たちが生きるエネルギーを引き出すことのできる、尽きることのない源泉なのだ。人は、笑うことができるからこそ挑戦し続けることができる。
大らかに笑うことができる人が、結局のところもっとも深く人生の「不確実性」というものの恵みを熟知している。杓子定規な真剣さは、往々にして臆病さの裏返しでしかない。
 本来、人間の脳のもっともすぐれた能力は、何が起こるか分からないという生の偶有性に適応し、そこから学ぶことである。予想できることばかりではなく、思いもかけぬことがあるからこそ、脳は学習することができる。
 今の時代、日本人は、「挑戦する」気持ちが足りないとされている。なぜ、日本人は「挑戦しない脳」になっているのか?
 脳は、自分の置かれた環境に「適応」する驚くべき能力を持っている。この世に生まれ落ち、育っていく中で、周囲の環境に合わせて脳の回路が形成されていく。日本人が「挑戦しない脳」になっているとすれば、挑戦しないことの方が適応的であるという、そんな因子があるのに違いない。
人間の脳は、本当に不思議です。たとえば、人前で話すとき、あらかじめ思っていたこととかなり違う話を自然と口にすることがあって、我ながら驚くことがしばしばあります。そんなとき、いったい、この思考回路は誰に指示されているのかと不思議に思えてなりません。
 これも100億個の細胞と無数の回路の組み合わせのなせる技(わざ)なのでしょうね。
 脳への関心は尽きることがありません。
(2012年7月刊。740円+税)

大往生したけりや医療とかかわるな

カテゴリー:人間

著者   中村 仁 、 出版   幻冬舎新書  
 40歳になってから20年以上年に2回、1泊ドッグを続けています。でも、幸いなことに病欠したことは弁護士生活40年近くの今日までありません。1泊ドッグは私にとって読書タイムなのです。分厚い本を6冊もち込み、読了してきます。
風邪で寝込むということもありませんが、風邪気味になることはあります。そんなときは、卵酒を飲んで早々に布団にもぐり込みます。西洋医学には頼りたくありませんので、薬を飲むことはありません。いえ、皮膚科は別です。自然に近い生活をしているので、虫さされなどは避けられません。それにハゼマケにもなります。そんなときには皮膚科からもらった軟膏の効き目が抜群です。
 この本は、れっきとした医師が、西洋医学に頼りきるのは考えものだというのですから、説得力があります。
 そうだ、そうだ、そうだよねと思いつつ読みすすめていきました。そして、「がん検診」とか「人間ドッグ」に疑問を投げかけています。最近、私の身内にがんが見つかって手術をした人がいます。目下、抗がん剤の投与を受けています。
 果たして抗がん剤を受けたほうがいいのか、私には疑問があります(使いたくないということです)。でも実際に、自分がそう診断されたらどうするか、まったく自信はありません。
 この本で、そこまでやるかと思ったのは、自分の葬儀をリハーサルのようにやってみるというところです。
 私などは、死後は「無」というか「空(くう)」の世界に同一化するだけ、意識はないと考えていますので、そんなリハーサルは本当に必要なの?・・・と思うだけです。
 いずれにしても、西洋医学だけ、薬漬けだけにはなりたくありません。
(2012年5月刊。760円+税)

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