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東アジア共同体

カテゴリー:アジア

著者  山本 吉宣・羽場 久美子ほか 、 出版  ミネルヴァ書房
国際政治から考える東アジア共同体。というのが正式なタイトルです。「東アジア共同体と朝鮮半島」(李鍾元論文)を中心に紹介します。
朴正熙政権は、経済の立て直しのため、日韓国交正常化を強行し、ベトナムへ派兵したが、その実績を足場としてアジアの反共諸国を束ねるASPACの創設を主導した(1966年)。ASPACは韓国の主導で実現した初めての地域機構だった。しかし、短命に終わり、冷戦的な反共主義の色彩が強かったため、日本ではそれほど注目されなかった。
 盧泰愚政権は、一方ではAPECの創設に積極的に加わりつつ、中ソおよび北朝鮮との関係改善を視野に入れた「北方外交」を展開した。
 金大中政権から「東アジア共同体」構想を本格的に打ち出しはじめた。
 金大中大統領が東アジア地域外交に力を入れたのは、通貨危機に直撃され、国際通貨基金(IMF)の管理下に入った韓国経済にとって、日中を中心とした域内協力体制の構築が重要であるという経済的要因に加えて、国際舞台での活躍を通して、南北関係の改善に弾みをつけたいという思惑があった。
 「東アジア共同体」構想を牽引した金大中外交のつまずきは、韓国にとって、北朝鮮問題を中心とした「北東アジア」の地域協力が同時に推進すべき重要な課題であることを改めて突きつけるものであった。
 2011年11月、インドネシア(バリ)で開かれた第6回東アジア首脳会議にアメリカとロシアが初めて正式メンバーとして参加した。
 当初、ASEAN+3の12ヶ国で始まった「東アジア」がアメリカからインドにいたる18ヶ国体制に拡大した。直接的には、増大する一方の中国の影響力を牽制するため、ASEANとオーストラリアが勧めたバランス外交だった。
 世界的な冷戦が終結した1990年代以来、韓国は「アジア太平洋」と「東アジア」「北東アジア」の間を揺れつつ、経済的な地位統合と朝鮮半島の脱冷戦という二つの課題を視野に入れ、さまざまな地域戦略を模索してきた。
 民主党・鳩山政権の「東アジア共同体」とその後の著しい鳩山たたきは、アメリカをアジア外交戦略から外せば、日本のどの政権であれ生き残ることはできないことを白日の下にさらした。鳩山民主党政権は、国民やメディアの支持基盤を固めることもないまま、米国外交から離反しようとして、アメリカと日本国内の双方から総攻撃を受けて沈没することを余儀なくされた。
 アメリカはアジアの国ではない。しかし、アメリカはアジアと中途を支配することによって世界大国となったといってよい。
 アメリカの戦略は、アメリカが政策に関与し続けることが第一目標であり、中国を排除するのではなく、むしろ連携しようとしている。ただし、それはアメリカの圧倒的な優先性の下にである。
 EUのように東アジア共同体をつくる試みがあること、それは平和の確保のための努力でもあることを学ぶことができました。
(2012年4月刊。3200円+税)

鉄道遊撃隊

カテゴリー:中国

著者  知 侠 、 出版  龍渓書舎
日中戦争のさなか、日本軍が占領している山東省南部で鉄道線路をめぐる戦いを描いた小説です。訳者(日本人)も、そのころ山東省済南鉄路局などに勤務していたのです。
鉄道沿線民衆の福祉工作に従事していた。頻発する貨車の盗難、駅舎の襲撃、線路の破壊、電線や電柱の切断などの被害に、共通したある方式があり、内部に連絡者があることを感じつつも、その正体を的確に把握しえなかった。
 部落を巡回して知先住民と親しくなってみると、部落住民は、みな敵側と何らかの関係、ことに血縁関係にある者が多いことを知った。そして、この本を一読して、当時の疑問が一挙に解明され、煙霧が晴れた気がする。
 中国にいながら中国人の真の姿を知らず、いたずらに蔑視の念をもっていた日本人、権力を頼りに中国人を威圧していた日本人、中国には負けなかったなどと誤解している日本人に、この本を読んで謙虚に反省してもらいたいと思った。異民族が強大な武力で侵攻して暴虐を尽くすことが、いかにむなしいかを知ってもらいたいと念願し、本書を訳出した。
 鉄道沿線の民族は、一番悪いのは保安隊(日本軍につかわれた中国人)、次に日軍(日本軍のこと。皇軍と自称した)、その次は国民党軍兵士、一番よいのは八路軍兵士。どれか一つの治下に入るとしたら、八路軍の天下になってもらいたいと語った。
 日本軍の前に現れて迎合していたムラの指導者は、土豪劣紳に類する地主や富農で、日軍の命令で実施させた一切のことにあたり、その一部をピンハネしていた。
 敵の裏をかいて地元住民に密着して行動し、鉄道路線をときに破壊し、走ってくる貨物車から荷物を奪い、奇襲して敵兵を殺すなど、大変小気味のいい小説です。ところが、その敵兵とは、日本軍なのですから、少々複雑な気持ちになってしまいます。
 しかも、日本軍(日軍)は、まさしく残虐の限りを尽くすのです。実際にやっていたことなので、目をそらすわけにもいきません。
 少し前の映画『鬼が来た』(香川照之が熱演し、まさしく日本軍は鬼だと思いました)を思い出しながら読みすすめました。この本を読もうとしてネットで探しましたが、結局、近くのみやま市図書館から借りて読むことができました。福岡の図書館にあったようです。
(1980年4月刊。2500円+税)

アメリカの国防政策

カテゴリー:アメリカ

著者  福田 毅 、 出版  昭和堂
アメリカの国防政策の継続性を考慮するうえで避けては通れないのが、ベトナム戦争の影響である。科学技術信仰や戦争の合理化といった傾向は、ベトナム戦争にも明確に見出すことができる、ベトナム戦争後には、二度と第三世界の泥沼の内戦には関与すべきではないという風潮が強まり、米軍は戦略の焦点をソ連との大規模通常戦争へと回帰させた。この結果、技術重視や非対称戦の忌避という傾向が助長された。冷戦後に顕著となった米兵死傷者に対するアメリカの敏感さも、ベトナム戦争の影響によるところが大きい。
 アメリカ軍は、アフガニスタとイラクでは迅速な「レジーム・チェンジ」(政権変更)に成功した。しかし、政権打倒後の治安維持には失敗し、軍事における革命(RMA)の限界が露呈された。
 冷戦後のアメリカの軍事的優越は、その経済力に大きく依存している。
 兵員1人あたりにして、アメリカはヨーロッパ装備庁(EDA)参加国の5倍の金額を装備調達と研究開発に費やしている。先端軍事技術の領域で、ヨーロッパ諸国がアメリカに太刀打ちできない一因はここにある。アメリカが兵士1人あたりに投入する資金の額は、年を追うごとに増大している。
アメリカ軍の最大の特徴は、遠隔地への兵力投射能力にある。
 アメリカ軍と他の軍隊との最大の相違点は、兵力を海外に無期限に展開し、作戦を継続する能力にある。この能力の核心は、戦闘部隊の迅速な展開能力、グローバルな基地ネットワーク、大量の物資を調達し前線部隊に輸送する兵站能力があげられる。
 「招かれた帝国」という言葉が示唆するように、アメリカ軍の前方展開を望んだのは、アメリカよりも、むしろヨーロッパ諸国や日本であった。
ベトナム戦争と異なり、1991年1月に始まったイラクとの湾岸戦争(砂漠の嵐作戦)は、典型的な正規戦であり、この戦いにアメリカ軍は圧倒的な兵力を投入して勝利した。アメリカ軍内に存在していた非正規戦や限定戦争を軽視あるいは嫌悪する風潮は、湾岸戦争後に強化された。そして、兵器のハイテク化の重要性が再確認された。
 湾岸戦争の成功によって、航空作戦の可能性に対する楽観的見解が広まった。アメリカは「世界の警察官になることはできない」が、唯一の大国として世界に関与し続けるとブッシュ政権は断言した。
 クリントン政権は、ソマリアでの失敗の責任を国連に転嫁しようとした。クリントンがブッシュと異なるのは、アメリカ軍の優位を維持しつつも、国防費をさらに削減することは可能だと主張した点にある。
 ワインバーガーもパウエルと同じく、アメリカ兵の命はきわめて重視していたが、他国民の命の保護を強調することはあまりなかった。
 1993年ハイチや1994年のルワンダで軍事介入をアメリカに躊躇させたのは、1993年のソマリアの記憶であった。ボスニアの内戦でも、アメリカは地上戦への関与を避けた。
 1990年代後半になると、アメリカ軍の海外展開能力が低下しつつあるのではないかとの懸念が広まった。主として二つの要因による。第一は、同盟国や友好国がアメリカ軍への基地提供を拒むケースが増加したこと。第二に敵対的勢力がアメリカ軍の接近を拒否する能力を向上させつつあること。
 アメリカ軍の位置づけの経過を系統的にたどることのできる本です。それにしても、戦後68年たってもアメリ軍基地が国内いたるところにあって、それを不思議と思わない日本人って変ですよね。これで本当に独立国なのでしょうか。そして、右翼・保守の人々がこんな日本国を愛せと押しつけるのって、何なんでしょうか。不思議でなりませんね。この本は大変な労作だと思いました。
(2011年6月刊。3800円+税)

縄文土器ガイドブック

カテゴリー:日本史(古代史)

著者  井口 直司 、 出版  新泉社
縄文土器は、なんといっても燃えあがる炎のような見事な形が印象的ですよね。ところが、この本を読むと、いえ写真もあります、いろんな形の土器があり、しかも、地域によって形状は大きく違うというのです。見て楽しいガイドブックでもあります。
 九州の縄文土器には豪快な隆起性に富んだ装飾文様は見られない。
 西日本の縄文土器は、文様が簡素化、省略化している。容器づくりの点で技術的に優れていて、これは実用性を優先させた合理的な思考による。薄く作ることに比重をおき、容器としての機能を高めることに労力をかけている。
 これに比して、東日本では技巧をこらし、精緻さを増しながら文様が発達する。東北地方の縄文土器は美と実用性とが一体化し、洗練された装飾文土器として完成する。
 関東地方の縄文土器は大陸文化の影響がもっとも伝わりにくい地域の土器群だった。日本列島ではじめて誕生した土器は、深鉢形をしていた。中期になると、浅鉢が増え、後期には、皿・注口付・壺が増えて弥生式との差が少なくなる。
 縄文時代には、茶わんや皿に類する小形の食器類の土器が存在しない。土器類であった可能性が考えられる日常雑器としての茶わんや皿が深鉢形土器とセットで普通に存在することはなかった。
 土器がまず創造され、それを使ううちに煮炊きにも使用されたのではないか。煮炊きのために土器が誕生したのではないと考えるべき。
 たくさんの写真と解説によって、楽しく縄文土器について学ぶことができました。
(2012年12月刊。2200円+税)

バルザックと19世紀パリの食卓

カテゴリー:ヨーロッパ

著者  アンカ・シュルシュタイン 、 出版  白水社
フランス大革命はレストランを流行させたのですね。
 「食卓」の重要性を意識していたバルサックは、偉大なる食通ではなかった。エキセントリックな「食べる人」だった。バルサックは、ほとんど食事をとらずに長時間にわたって執筆に没頭した。そして原稿を書き終えると、そのお祝いに、はかり知れぬほどのワインやカキ、肉料理やヴォライユの料理に身をゆだねた。
 バルサックは、8歳から6年間を寄宿舎で過ごした。幼い生徒にとって、食事は喜びではなく、屈辱だった。バルサックは親からプレゼントをもらえず、孤独を感じていた。寄宿舎で過ごした数年間、バルサック少年は食事のかわりに読書に情熱を傾けていた。
 バルサックは17歳で代訴人(弁護士)事務所の見習いとなった。この事務所で、バルサックは家庭内の悲喜こもごもに出会い、それが、あとで小説のネタとなった。
バルサックにとって不幸なことに、使う金額以上に稼げたことが一度もなかった。この大作家は最期まで、借金のために牢屋に入れられるのではないかと心配しながら生活していた。
バルサックは書くのが早かった。債務者たちにせつかれ、豊かな想像力に駆り立てられ、仕事に取りかかるやいなや扉を閉ざす。日に18時間も働き、2ヶ月には名作の原稿が完成していた。
創作に打ち込んでいるあいだは水しか飲まず、果物で栄養をとっていた。バルサックは、かなり濃いコーヒーを大量に飲んでいた。眠気を追い払い、自身を興奮状態に保ち想像力を増すためだった。
 バルサックは借金のためではなく、国民衛兵として使えるという義務を何度も繰り返し怠ったため、牢獄生活を余儀なくされた。
フランス大革命の前、上流階級の人々は1日に3回の食事をしていた。朝6時から8時のあいだに何か詰め込み、午後2時にディネをとり、夜9時以降に夜食をとっていた。
 これに対して、農民や職人は一日2回の食事ですませていた。夜食は、夜会や感激に行く特権階級に限られたものだった。
当時の人々は膨大な量の酒を飲み、水を飲むのはまれであった。
 夕食会は3時間をこえてはならなかった。さっさと片づけることがとても重要だった。
 フランスでシャンパンへの趣向が高まったのは非常に遅い。イギリスよりも、はるかに後のこと。ポンパードール夫人はシャンパンを高くし評価した女性の一人であり、彼女がワインを流行らせた。
夕食のとき、料理を次から次に給仕するのを、バルサックは好まなかった。というのも、この方式だと食べることが大好きな人々にとって、ものすごく食べることを強いるし、最初の料理で食欲が収まってしまう小食の人たちには、もっとよいものをなおざりにさせてしまう欠点があった。
 フランス大革命のころの食習慣を知ることができました。バルサックの奔放な生き方には圧倒されます。
  (2013年2月刊。2200円+税)

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