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日本の東南アジア外交

カテゴリー:アジア

著者  桂 誠 、 出版  かまくら春秋社
40年ぶりに大学のクラス同窓会に出席したところ、外務省に入って大使になった人がいることを知りました。その彼が退官して本を書いたとメールで知らせてきたので、早速、読んでみました。
 クラスの同窓会と言えば、かの有名な舛添要一議員もその一人ですが、彼は同窓会には参加していませんでした。
 著者はフィリピン大使をつとめました。日本は戦前フィリピンに侵攻し、支配していました。慰安婦問題をふくめてフィリピンの人々には大変な迷惑をかけています。
著者はフィリピン大使として、次のように挨拶した。
 「自分は戦後生まれであるが、第二次大戦中に旧日本軍が与えた損害に対して衷心から申し訳ないと考えている。これを毎年2回の公式行事のなかで表明している」
 そうなんです。加害者は忘れても、被害者はずっとずっと覚えているものなんです。戦前の日本人が何をしたのか、そのことにきちんと向きあってこそ、日本の未来は開かれるのです。これは決して「自虐史観」というようなものではありません。
 ですから、著者は村山総理の謝罪談話を必要なものとして評価しています。まったくそのとおりです。安倍首相の見直し発言は明らかに外交上マイナスです。
対フィリピン援助国のなかで、日本は圧倒的なシェアを占めている。ODAについてもそうです。
 私は、20年以上も前に、レイテ島に行って日本のODAの現状を視察したことがあります。山奥にたどりついた地熱発電所は三菱重工業のつくったもので、日本人も駐留していました。ところが、周辺の住民はその発電所の生み出す電気の恩恵を受けていなかったのでした。何のためのODAなのか、疑問も感じながら帰ってきました。
 2010年、日本はフィリピンの輸出先としてアメリカを抜いて一位となった。
フィリピンの財界は華僑系が多いことを再認識しました。
 現在のフィリピンの著名な富豪20家族のほとんどは華僑である。アキノ大統領はコファンコ家であり、曾祖父が福建省から移民してきた。華僑系でない富豪は、アヤラ家、ロペス家、アボイティス家くらいだ。
 そして、「フィリピン商工会議所」の幹部は、ほとんど華僑である。しかし、華僑系の人が財界に進出する例は多くはない。
 フィリピンは総人口の1割に相当する900万人以上が海外への出稼ぎ労働者として出している。これらの者の安全を図ることがフィリピン外交の柱の一つとなっている。
 このほか、ラオスやミャンマーについても触れられています。外交官としての実感から、平和外交の大切さが語られている本だと思いました。中国との領土紛争にしても、外交交渉でゆっくり解決すべきものです。軍事力に頼る発想は下策というほかありません。
(2013年5月刊。1500円+税)

白熱講義!日本国憲法改正

カテゴリー:司法

著者  小林 節 、 出版  ベスト新書
著者はごりごりの改憲派で有名な憲法学者です。それでも、安倍首相の96条改正先行論は許せないと高らかにぶちあげます。私もその限りで、大賛成です。著者が改憲論をぶつところは、あまりに俗論すぎて不思議に思えてきますが、ここでは私と一致する点にしぼって紹介します。誰だって、みんなが一致するはずもありませんからね・・・。
ところで、著者は私と同じ団塊世代です。アメリカのハーバード大学で学び、慶応大学で憲法を教えています。改憲論と党是とする自民党の有力ブレーンの一人でしたが、最近はあまり座敷に呼ばれていないそうです。
著者は30年来の改憲論者であるが、現状のままで自民党に憲法改正させるわけにはいかない。なぜなら、権力者の都合のいいような改悪がなされる恐れがあるからだ。
 そもそも憲法は、主権者である国民大衆が権力を託した者たち(政治家とその他の公務員)を規制し、権力を正しく行使させ、その濫用を防ごうとする法である。
 権利者(国民)には、権利の代価として義務が伴っているのではない。
 「改憲のハードルが高い」は嘘。アメリカの改憲手続は日本以上に厳しいが、それでも、30回近くも憲法が改正されている。条件が厳しいから改正できないというのは間違い(詭弁)である。
立憲主義とは、国家の統治を憲法にもとづいておこなうという原理である。国家は個人の基本的権利を保障するための機関であり、国家権力は権利保障と権力分立とを定めた憲法に従って行使される。それにより、政府は憲法の制約下に置かれることになる。
 日本国憲法は敗戦後、アメリカに押しつけられたということを問題とする人に対して、著者は、押し付け憲法だっていいと開き直っています。
 そこには押しつけられるべき事情があった。そして、押しつけられたとはいえ、結果として民主主義が浸透し、急速な経済成長を遂げることができたという意味においては押しつけられて良かったと言える。押しつけ憲法の無効性を論じること自体むなしいこと。
楽して殿様になった世襲議員たちは、いつも自分たちが造っている法律の立法と同様に、本来は自分たちに向けられる最高法規の憲法で、「国を愛せ」と国民大衆に命じる構えになる。傲慢さの結果である。
立憲主義とは何なのか、なぜ安倍首相の改憲論が間違いなのか、改憲論の立場から、とてもわかりやすく解説している貴重な新書本です。
(2013年6月刊。800円+税)

真珠湾からバグダッドへ

カテゴリー:アメリカ

著者  ドナルド・ラムズ・フェルド 、 出版  幻冬舎
アメリカの国防長官を2度もつとめた著者の自伝です。世界に冠たる帝国主義の中枢にも想像した以上に激しい競争、権力闘争そして嫉妬心がうずまいていることが分かりました。
 アメリカだって、いつまでも世界の憲兵を気取っておられるはずもありません。とりわけ、最近では例の無人機攻撃は卑怯としか言いようがありません。パキスタンやアフガニスタンの人々の怒りはもっともだと思います。これではテロリストと同レベルで、暴力の連鎖を続けるだけなのではないでしょうか・・・。
 ニクソン大統領についてのコメント。もともと打ち解けない性格のニクソンは、常に人目にさらされる政治の世界で20年以上も生きてきた。本来なら、のんびりくつろぐはずのフロリダの太陽の下でも、ニクソンはどこか堅苦しく事務的な態度だった。
 ニクソンには、いわば側近グループが二つ以上あり、大統領はそのときの関心事や気分に応じて、それらの間を行ったり来たりした。目的が変われば、利用するグループも違った。ニクソンは、しばしば秘密裡にことを進めた。
 ウォーターゲット事件によってニクソンが辞任し、フォード大統領になって、著者は首席補佐官に就任しました。
 たいてい立ったまま仕事をするスタンドアップ・デスクに向かう。その方が1日12~15時間の執務に集中しやすいからだ。手元には常にボイス・レコーダを用意し、口述の内容を秘書に書きとらせ、しかるべき相手に届けさせる。
フォードは人間として善良だが、一国の大統領としての能力に欠けるという評判があった。そしてホワイトハウスの運営は混乱していた。
 著者はブッシュをCIA長官の候補者として「水準以下」と評価しました。
 アメリカがベトナム侵略戦争で惨めに敗北したとき(1975年4月29日)、著者は大統領首席補佐官でした。このとき、私は弁護士になって2年目でした。
ベトナム戦争の不幸な終焉を目撃した大勢の軍関係者やアメリカ市民は、二度と熾烈で忌まわしい反乱型の戦争に足を突っ込まないと誓った。そして、内向きになり、ソ連やその代理国が仕掛ける戦争を見て見ぬふりをしていた。ベトナム撤退は、米国の弱さの象徴となり、さらなる攻撃を招くことになる。
 権力を握る帝国主義者というのは、このように自らの誤りを認めず、反省というものをしないのですね・・・。
我々の敵にとって、ベトナム戦争後の米国は弱体化した国に見え、それが相手側の挑発的な行動を許してしまった。
 このようにアメリカは、もっと軍事的に強くなれというのが教訓だというわけです。恐ろしい軍拡路線です。
 1975年に著者は国防長官に就任する。このころ、アメリカでは核攻撃に備えて死の灰を逃れるシェルター付きの家が多く建てられた。学校では、子どもたちに核攻撃に備えたサバイバル訓練を教えた。今から考えると、本当にバカげたことですよね。核戦争が起きたら、人類は死滅する死滅するしかありません。シェルターなんて、何の役にも立つはずがないのです。
 ところが、戦争の脅威をあおりたてる死の商人と、それに結びついた政治屋がアメリカにも日本にも存在します。
鉄のトライアングルがある。連邦議会と国防総省の軍人・文民官僚そして軍需産業という三者が既得権益で結び付いている。戦争でもうける連中が、今も昔も、そしてアメリカにも日本にもいるわけです。怖い連中ですが、表面的には狼の顔つきをしているわけではないので、見抜きにくく、タチが悪いですね。
 著者はカーター大統領をまるでバカにしています。あまりに弱腰に見えたからです。そして、著者自身が大統領選に打って出ようとしたこともあったのでした。しかし、お金が集まらなかったようで、早々に撤退してしまいました。
 そして、さしもの著者にも家庭の問題が発生します。二人の子どもがドラッグに溺れてしまったのです。
ブッシュ大統領について、著者はとても同情的で、高く評価しています。信じられないほどの持ち上げようです。
 ブッシュは英語の使い方を間違えて自分を自分で笑いものにするが、これは自分に満足し、自信を持っているからだ。その冗談は緊張をやわらげるためで、効果を発揮した。ブッシュは、すぐれた洞察力をもっていて、人間をよく分かっている。うひゃあ、ここまで高く持ち上げていいものですかね・・・。
 コンドリーザ・ライスについては辛口です。会議がきちんと準備されていないことが多かった・・・。
 9.11のとき国防長官だった著者は、これまでのテロリズムへの対応は有効ではなかった。アメリカは遠慮がちで、ときには無力だった、と総括します。これは怖いですね。力ずくでテロリズムを抑えこむことができるものと本気で信じているのです。
アメリカは世界規模の軍事作戦をとって、テロリストを守勢に追い込まなければいけない。
軍事力に頼ることしか頭にない権力者ほど、こわいものはありません。アメリカにとっても世界にとっても不幸をもたらす人物です。
イラク侵略作戦について次のように著者は自慢しています。
 フセインの暴政を排除したことで、より安定した安全な世界が実現したのだ。
本当にそう言えるのでしょうか。軍事力に頼るだけしかない。著者の怖い体質は、必ずや反動(リアクション)を招き、果てしない暴力の連鎖を招くと思います。
 私は、福岡出身の中村哲医師のアフガニスタンにおける地道な努力こそ世界と日本を救うものだと確信しています。暴力と軍隊に頼らない道を実践している中村医師の行動を日本は国家的に今こそ顕賞し、後押しすべきではないでしょうか。
 850頁もの大作です。飛ばし読みして、なんとか読了しました。
(2013年3月刊。2600円+税)

マタギとは山の恵みをいただく者なり

カテゴリー:生物

著者  田中 康弘 、 出版  枻出版社
東北地方には、今なおマタギが存在しているんですね。もちろん、昔ながらのマタギのままとはいかないようですが・・・。
 本書は食堂である。出てくるメニューは、実際にマタギたちが食べてきたものばかり。
 山の神から授かったマタギの食べものを、よくとれた写真でイメージをふくらませながら堪能することができます。
 でも、それにしても雪深い山中を2時間も3時間も、ひたすら歩きまわるなんて、私にはとても出来ません。せいぜい、こうやってマタギの写真を眺めて、その苦労を彼方のものとして少しばかりの実感をおすそ分けさせていただくだけです。それでも、腹ふくるる心地はしてきます。なにしろ、ナマの肉にあふれていますから・・・。
 マタギは、狩った熊をさばいて鍋料理で食べる。山菜を入れると鍋の味がひときわ引き立つ。
 昔は熊が捕れると、集落がわくわくした気分になった。子どもが小皿に熊の肉を入れて近所に配って歩いた。それくらい、昔は熊の肉は貴重品だった。熊の胆は今では薬品に指定されているそうです。
 金と同じ価値があるとされた熊の胆は、冬眠中にできる。冬眠しているときは何も食べない。だから、消化に必要な胆汁は使用されずに、たっぷりと貯めこまれる。これを加工して貴重品としての熊の胆ができあがる。
熊の肉はほとんど流通しない。並の肉でも、100グラム500円以上する。熊の肉は煮込み専門、味噌との相性がいい。ブナの実ばかりを食べた熊の肉がいちばん美味しい。
昔から熊はどこも捨てるところがないほど活用されてきた。肉は食用、熊の胆や血は薬になり、毛皮は敷物に利用されていた。ところが、今では、熊の皮は、山の中に捨てられるようになった。加工業者が減って、加工賃が値上がりしたのも理由の一つ。
 野ウサギを食べるときには、頭を半分に割って加える。そうすると、脳みそがウサギの味としてプラスされる。これって、本当に美味しいのでしょうか・・・。
このほか、山菜、バター餅、ヤマメやカジヤなどの川魚もあります。
 自然に恵まれた山深い森の自然の恵みを食する悦楽が写真で手にとるようにイメージできる楽しい本でした。
(2013年4月刊。1500円+税)
 日曜日にフランス語検定試験(1級)を受けました。この2週間ほど、必死にフランス語の書き取りをしていましたので、長文読解、書き取り、聞き取り試験はまあまあでした。分からない単語があっても、文脈から想像がつくほどにはなりました。でも、文法はまるで歯が立ちません。いつものように第1問から5問までは、ほとんど全滅でした。自己採点で68点(150点満点)。4割をこえたようです。当面の目標は5割をクリア―することです。(合格は6割)。
 やはり試験ですから、とても緊張します。昼食は結局、抜きました。お昼を食べる気分にならなかったのです。
 6月21日はフランスは全国で音楽祭をやったようです。ちょうどパリにいる娘が驚いて、ラインで知らせてくれました。街頭でもどこでも一日中、音楽をみんなで楽しむそうです。いい祭りですね。

マリ近現代史

カテゴリー:アフリカ

著者  内藤 陽介 、 出版  彩流社
マリ内戦にフランス軍が介入したとき、マリって、どこにあるの、どんな国なの・・・、と思いました。この本は、そんな疑問を絵葉書と切手をたっぷり載せて解明してくれます。
 フランスは17世紀、国王ルイ14世の時代にアフリカに進出し、西アフリカを拠点とした奴隷貿易を開始した。イギリスのリバプールやフランスのボルドーから積み出された銃器や繊維製品がアフリカにもたらされ、アフリカ諸国は奴隷と交換した。そして、ヨーロッパ商人は奴隷を西インド諸国やブラジルに売り渡し、タバコ、サトウ、綿花などをヨーロッパに持ち帰った。
 西アフリカは、今でも金や鉄鉱石などの鉱山資源が豊富にとれる。現在、マリはアフリカ大陸において、南アフリカ、ガーナに次ぐ第3位の金生産国となっている。金鉱山の総重量は4トンで、輸出先は、スイスとアラブ首長国連邦(ドバイ)が中心。そこには2万人の子どもが働いている。もちろん、学校へ通うこともない。
独立以降のマリの現代史は、旱魃や洪水、そして最近の北部紛争に至るまで、いずれも自分で解決できず、ひたすら政府と国民は諸外国の援助をあてにし続けた。
部族の対立、宗教の対立そして、汚職と権限濫用。アフリカ諸国の人々が平和に生きることは依然として難しいように思われます。でも、ここが安定しないことには地球上の戦争はきっとなくならないのだと思います。
 マリの過去および現在の状況をイメージをもって概観することのできる本でした。
(2013年3月刊。2500円+税)

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