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生活保護リアル

カテゴリー:社会

著者  みわ よしこ 、 出版  日本評論社
先日、私の住むまちで、市役所の保護課に市民課に市民からの通報(告発)がありました。生活保護を受けている隣人がうどん屋でうどんを食べているのを見かけた。国から保護を受けているくせに、外食などしてうどんを食べるなんて、けしからん、というものです。
 それを聞いて、本当にびっくりしました。これまで、生活保護を受けている人がパチンコ店に出入りしているのを見かけるが、とんでもない、けしからんという叫び声を聞いたことはありましたが、まさか、うどん屋でうどんを食べていてもぜいたくだ、いけないなんて、信じられない「告発」です。「告発」した隣人は、恐らく外食もせず、せいぜいコンビニ弁当で我慢しているのでしょうね。
 そこには、恐るべき妬み心を認めることができます。
 生活保護を受けている障害者は、嫌がらせにあいやすい。
 生活保護は、あくまで申請主義である。福祉事務所は基本的に生活保護の申請を拒むことはできない。
 だから、「水際作戦」と称して申請自体がないようにしていた北九州市のような自治体があったわけです。
 生活保護は世帯単位で申請する。生活保護受給者の11%は15歳未満の子どもたち。
 生活保護の不正受給はしばしば問題とされるのに対して、必要とする人が保護を受けられない(漏給)ほうは問題とされることがない。日本の相対的貧困率は、16.0%(2009年)。1920万人が生活保護水準より低い生活を強いられている。つまり、日本の生活保護は、必要とする人の20%しか対象としていない。これをさらに減らそうというのがいまの安倍内閣が進めている福祉切り捨て政策である。
 生活保護を受けると、世論に攻められ、遊び半分でネタにされる。しかし、好きで生活保護を受けているわけではない・・・。
生活保護たたきに走る人には、生活の苦しい人が多い。本来なら生活保護を受けられるような人が、受けずにがんばっている人。恥の意識が強くて、自己責任を内面化している。自分は必死でがんばっているから、生活保護を受けている人に対して、「なぜ、あいつは」と思ってしまう。でも、結局、生活保護たたきをしている人は自分の首を締めているだけ。そのことを自覚していない。
 弱いもの同士が「いじめ」あう変な世の中です。その一方で、スーパーリッチは高見の見物をしているわけです。それに乗っかって弱者切り捨ての政治をすすめているアベノミクスって、絶対に許せませんよね。
(2013年7月刊。1400円+税)

戦後史の汚点、レッド・パージ

カテゴリー:日本史(戦後)

著者  明神 勲 、 出版  大月書店
レッド・パージとは何だったのか、誰が何のためにやったのか、くっきり明らかにした画期的な労作です。
 GHQの指示という「神話」を検証する。こんなサブ・タイトルがついていますが、そんな「神話」が事実に反していることが鮮やかに論証されていくのです。小気味よさすら感じます。
 日弁連は、レッド・パージについて、今から60年も前に起きたものではあるが、現在においても依然として職場における思想差別が解消されたわけではない。現在も形を変えて類似の被害が繰り返されている。職場における思想・良心の自由、法の下の平等が保障されるべきことは、過去の問題ではなく現代的な人権課題である、と指摘した。
まことに、そのとおりですよね。
 最高裁に対するGHQの「解釈指示」なるものは、政治的虚構であり、その存在は認められないこと。1950年のレッド・パージがGHQの指示によるものとする従来の通説は誤りである。
 GHQ文書を読めば、レッド・パージにおいて日本政府と最高裁、企業経営者が果たした役割は、単なる「指示」の実行者、加担者という控え目なものではなく、積極的なものであり、ときにはマッカーサーやGHQの動きを上回るものであった。彼らはGHQとの「共同正犯」と呼ぶべきである。
レッド・パージに対して抵抗すべき労働組合のほとんどが、これを黙認し、事実上の「共犯者」となった。なかには、電産のように、これに積極的に荷担する「共犯者」の役割を果たした恥ずべきケースもあった。
 1949年から51年にかけてのレッド・パージによって追放された人は3~4万名と推定される。レッド・パージされた人の多くは、青年であった。彼らは二度と帰らぬ青春をレッド・パージによって奪われた。
 1949年1月の総選挙で日本共産党は10%近い得票率で35議席を得た。しかし、レッド・パージ後の1952年10月には2.5%に落ち、議席はゼロとなった。
 1949年7月、吉田茂首相の政府は閣議で、公務員のレッド・パージ方針を決定した。
田中耕太郎・最高裁長官は、マッカーサー書簡によってだけではレッド・パージを遂行するための法的根拠が与えられていないことを認識していた。
 GHQ(ホイットニー)は、指示を出さなかった。それは、あくまで田中最高裁長官の「助言」の求めに応じたホイットニーの「助言」に過ぎなかった。田中長官は、マッカーサー書簡とGHQの権力にもとづきレッド・パージを実施したいと要請したが、ホイットニーは、これに同意せず、GHQの権力に頼らず日本側から自ら工夫して有効な策を考えるべきだと応じた。
 田中耕太郎長官は、裁判の秘密をかなぐり捨てて、駐日アメリカ大使に最高裁判所の内情をぶちまけていたのです。なんて破廉恥な裁判官でしょうか。当然、厳しく弾刻して罷免すべきものです。今からでも、決して遅くはありません。日本の最高裁の恥を隠してはいけません。
 GHQがレッド・パージの指示を出さなかったのは、なぜか?
 それは、レッド・パージが、憲法違反・違法な措置を指示した責任者という非難」を受けるのを回避したかったことにある。自らが必要とする違憲・違法の非難を受ける可能性のある政策を、示唆や勧告によって日本側に実施させ、その責任を転嫁するというのは、GHQの常奪手段であった。それは、責任を回避しつつ、目的を達成するという狡猾な奸計だった。
 そして、日本側は、レッド・パージの単なる被害者、犠牲者というのでもなかった。政府も司法当局も、ともに違憲・違法を十分に認識したうえで、GHQの示唆を「占領軍の指示」とか「絶対的至上命令」として利用し、責任をGHQに転嫁しつつ、あらゆる抵抗を無力化させて年来の念願を果たした。
 このように、責任を相互に転嫁しあい、相互に相手を利用しつつ、両者の密接に連携した共同作業という形でレッド・パージの実施は強行された。
 なるほど、そうだったのか、よく分かりました。戦後史を語るうえでは欠かせない本だと思います。
(2013年10月刊。3200円+税)

人体探求の歴史

カテゴリー:人間

著者  笹山 雄一 、 出版  築地書館
二重まぶたの日本人は、先祖が東南アジア経由。北方アジアを経由して日本列島に入った祖先は、なかなり寒い環境に適応した人たち。眼球は水分が多いため、それを保護するため、まぶたに脂肪を蓄積させ、その結果、一重になった。
 まばたきするのは眼を保護するため。人間は、1分あたり20回程度まばたきをする。イヌやネコは2回ほど。新生児は、まばたきしない。乳幼児は1分間に3~13回。上司や知らない人と話すと、まばたきの回数は増える。
 統合失調症の患者は、まばたきの回数が多い。
 生まれつきまったく目が見えないヒトは、手術で「見える」ようになっても、「見る」という学習をしなければ、物の形は分からない。人間は、見る学習をしてきたからこそ、見える。日本人の鼻は、縄文人は高く、弥生人はそれよりやや低い。古墳時代は低く、古代・中世・近代とどんどん低くなった。江戸時代に少し高くなり、明治以降、現代まで、どんどん高くなっている。
 北方モンゴロイドの人々の鼻は小さく、低い。これは凍傷から逃れるための適応である。
 がん患者の吐く息の臭いには共通のものがある。そこで、イヌにかぎ分けさせることができる。
 血液型と性格は、いつも話題になるが、まったく根拠がない。
肝臓には、血液量の4分の1が常に流れ込んで、浄化されている。
 人の尿に最近はいないので、遭難して水に困ったときには1回くらいなら自分の尿を飲むことができる。
 昔、朝一番の自分の尿を飲むという健康法がしきりに紹介されていたことがあります。さすがに私はやれませんでした・・・。
 夜、寝ているときには、肝臓は尿をつくらない。
 ええーっ、そ、そうなんですか。私は、よく夜中に尿意のため目が覚めるのですけど・・・。
 毎日5時間以下しか睡眠をとらない人は、7時間眠る人に比べて、糖尿病にかかるリスクが5倍以上になる。これは、睡眠不足の人では、眠っているあいだに少しずつ分泌されるインスリンの基礎分泌が落ちることによる。やっぱり、きちっと眠っていることは大切なんですよね。
人間の身体の不思議さを縦横に語っている、興味深い本でした。
(2013年7月刊。2600円+税)
 きのうの日曜日、フランス語検定試験(準一級)を受けました。自己採点で68点(120点満点)でした。このところずっと準一級に合格してきたのですが、今回は厳しい状況です。
 毎朝聞きとり、書きとり(NHKラジオ講座を聞いて、CDを利用しています)をやり、16年間の過去問をあたりに、直前2日間は集中してフランス語漬け状態にしたのですが・・・。
 文法問題の出来がよくないのは昔からなのですが、今回は聞きとりがうまくいきませんでした、今回は聞き取りがうまくいきませんでした。聴力低下もあるようです。
 残念ですが、くじけずにフランス語は続けるつもりです。実は最近、フランス語が少し理解し話せるようになったという実感があり、喜んでいたのでした。慢心したというわけでもありませんが・・・。
 会場になった大学では入試試験があっていました。推薦入試のようです。元気な高校生たちを大勢見かけました。

湖上の命

カテゴリー:アジア

著者  高橋 智史 、 出版  窓社
カンボジア・トンレサップの人々。こんなサブ・タイトルのついた写真集です。私はベトナムには一度だけ行ったことがありますが、カンボジアには行ったことがありません。アンコール・ワットとかアンコール・トムにはぜひ行ってみたいと思っているのですが・・・。
 カンボジアというと、私にとっては平和な国というより、キリング・フィールド。つまり、ポル・ポト政権(クメール・ルージュ)による大虐殺の国というイメージです。
 そして、カンボジアは、ベトナムと昔からあまり仲が良くないと聞いています。
 そんなカンボジアの中央部にある広大なトンレサップ湖に、そこでの水上生活者としてベトナム人がたくさん住んでいるというのです。驚きました。
 日本人の若きフォト・ジャーナリストが、そんな水上部落に住み込んでとった迫真の写真集です。水上生活者の小船で朝食を売ってまわるおばさん。そして、散髪屋もあります。
 仏教徒だけでなく、キリスト教信者もいます。
 水上生活者に赤ん坊が生まれ、また、年寄りが亡くなっていきます。
子ども、そして若者たちは、ここでも元気一杯です。
 生活の糧は湖の魚たち。
くっきり鮮明な写真で、ベトナム人水上生活の日常生活を知ることができます。貴重な写真記録だと思いました。
(2013年4月刊。2200円+税)

真珠湾収容所の捕虜たち

カテゴリー:日本史

著者  オーテス・ケーリ 、 出版  ちくま学芸文庫
北海道生まれのアメリカ人です。父親は教会の仕事をしていました。20年も日本で生活していたため、もちろん日本語はぺらぺらです。
 戦争が始まると、日本語のできるアメリカ兵として活躍することになりました。捕虜収容所の担当です。
日本人は抑えられることには慣れている。だから、抑えられながら、表面的に抑えられたと見せて逃げまわる術を心得ている。抑えないで人間扱いすると、勝手が違うので、ある意味では陸に上がった河童のように抵抗力を失う。
 殴られた方が精神的には楽だったかもしれない。捕虜を不名誉と卑下していた者が、虐待を受けたことによって、自分を合理化する理由を見つけるだろう。
 日本兵の捕虜は、情報官の合理的な質問に対してはまったく歯が立たない。一つの事実を総合的に積み重ねていくと、一致点と穴が現れる。その穴を指摘すると、相手はカブトを脱いでしまう。隠しても、「敵」は何もかも知っていると観念する。
捕まった当初は、どんな捕らわれ方をしようとも、誰でも一様に生の歓喜を素っ裸で感じる。傷の手当てをしてくれ、食料もくれる。ところが、体力が回復し、気持ちが落ち着いてくると、一つしかない「日本人」が頭をもたげ、いろんな衣をまとい始める。
外観だけみると、アメリカの軍隊のほうが反将校意識は格段に強い。しかし、内情をみると、日本の軍隊のほうが、もっともっと熾烈だった。
 日本人同士だと将校をこきおろし、憤まんをぶちまけあう。しかし、そこに外部の人間がいると、そのふりさえ見せない。
日本兵捕虜の実態をつまびらかに明らかにしてくれる貴重な本だと思いました。
(2013年7月刊。1400円+税)

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