(霧山昴)
著者 松本 清張 、 出版 東都書房
松本清張の時代小説を読んでみました。タイトルは「しゅうしゅうぎん」と読みます。
主人公は幕末に肥前佐賀において、鍋島藩家老の倅(せがれ)として出生。この同じ日に藩主の嫡男、そして御徒(おかち)衆の息子が生まれている。
御徒衆の子として生まれた嘉門は人並み以上に優れているが、世間のつきあいが苦手で、他人から何となく疎(うと)まれる存在。それに対して、主人公は順調に出世していく。
佐賀藩の藩主直正は隠居して閑叟と称して、佐賀藩の近代化を進める。その嫡男が藩主となり、直大(なおひろ)と名を改めた。そして明治となり、藩主は知事に、主人公は権(ごん)大参事となった。知事となった直大は英国に留学し、主人公も直大とは入れ違いに英国留学した。
いま、私は幕末から明治維新の状況を調べています。佐賀藩はフェートン号で大失敗したしたあと、急速に西洋式軍制をすすめます。アームストロング砲という最新式の大砲を自前でつくってもいます。江戸湾の砲台に備える大砲を幕府の求めに応じて提供してもいます。
明治維新にあたっては、上野寛永寺に立て襲った彰義隊をアームストロング砲で散々に打ち破り、東北地方を転戦して大活躍しました。ただし、江藤新平を巻き込んだ佐賀戦争の敗北により、肥前出身者は明治新政府から排除されてしまいます。薩摩藩の出身者も西南戦争によって多くが放逐されて、山縣有朋のような長州閥ひとりが幅を利かしたのでした。
そして、久留米藩です。藩内に勤王党と佐幕党の紛争があり、ずっと佐幕党が藩政を握っていました。
戊辰戦争では、久留米藩からも明治新政府軍を支えて出兵し、東北地方を転戦しています。しかし、政府の要職にのぼりつめることは出来ませんでした。
藩主が朝廷出身であり将軍の養女と結婚しようとすると、お金がかかり過ぎることを理由に反対する藩士たちが公然と声を上げました。絶対封建制ではなかったということです。
この本に戻ります。明治時が進むにつれ、苦しい生活を営む庶民から反揆が生まれ、国会解放を求める自由民権運動が生まれます。主人公と同年同日に生まれた嘉門はその活動家になり、主人公を舌峰鋭し攻撃するのでした。ところが、その内実は……。
筑後地方は自由民権運動が盛んなところでした。その伝統が多くの代言人、そして弁護士を生み出していきました。福岡や北九州とほぼ同数の弁護士が久留米にいたのです。
改めて、いろいろ考えさせてくれる時代小説でした。どうやって、この史実を小説に出来たのか、それが不思議でした。
(1959年5月刊。280円(古本で8千円))


