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イスラーム国の黒旗のもとに

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 サーミー・ムバイヤド 、 出版  青土社
2014年夏、ISISがシリアとイラクの広大な領土を制圧したとき、大半の人はこれが短期的な現象で、そのうち消え去ると考えた。しかし、このテロリスト集団は支配を強化し、2014年9月以来のアメリカ主導の大規模な空爆作戦下で生きのびている。
ISISは、裁判制度や機能的な警察部隊、強い軍隊、洗練された諜報機関、国歌そしてアルカイダの黒い幕を基にした国旗といった、国家としての象徴をもうけることで政府を完成させた。石油収入により国庫を満たし、一国家にふさわしい機能を完成させている。
ワッハーブ主義の存在なしにサウジアラビアは誕生しなかったし、ISISが今日、シリアの町ラッカを支配することもなかった。
「サウジアラビアは、依然として、アルカイダや他のテロリスト集団にとって決定的な財政援助の拠点である」(2009年12月、アメリカのヒラリー・クリントン国務長官)
2014年半ばにアブー・バクル・バグダーディーが一躍有名になった背景には、そもそもアラブ世界のスンニー派共同体に傑出した指導者がいないことによる。スンニー派の世界には、自分たちが弱体化し、リーダーもおらず、犠牲となり、見放されたのだという雰囲気がある。
今日、シリアで活動しているジハード主義のグループは、決して新興の勢力などではない。彼らの思想的なルーツは、1940年代半ばに設立されたムスリム同胞国シリア支部にさかのぼることができる。
2011年に戦争が始まったとき、反体制運動を起こした若者の多くは、1982年に犠牲となった人々の子どもや孫たちである。
シリア政府としては、アメリカ軍を標的とする限りにおいて、ジハード主義者がイラクに渡航することにやぶさかではなく、むしろこれを奨励した。このとき、シリア政府は、フセイン政権の崩壊10年後に、ジハード戦士たちが自国を戦場にして戻ってくるとは想像していなかった。
ヌスラ戦線が兵士に支払っていた給料は最大で月400米ドル。これに対してISISは800ドルを支給した。2013年半ばまでに、ヌスラ戦線の兵士の7割がISISに移った。
ISISは、2015年半ば、シリアとイラクに3万5千人から5万人の兵士をかかえ、9万平方キロの領土と600万人を支配している。これはイギリスと同等の領土の所有、フィンランドやデンマークの人口よりも多い。
2010年5月、バグダーディーは、39歳にしてイスラーム国の新しい元首となった。
2011年初めまでに、旧バース党出身者は、バグダーディーの勢力の上位25人の司令官のうち3分の1を占めた。旧バース党の将校は、戦争、コミュニケーション、規律の点で経験を積んだ兵士であった。
ISISが支配する領土では、ヌスラ戦線以上に苛酷だった。
ISISの戦略は、テロリストの戦略と正規軍の歩兵作戦とを結合させた、高度に多角化したものだった。
キリスト教の文化と違って、ISISにとって黒は死や喪服ではない。黒は日常の色である。
ISISの警察の重要な職務は、パン屋が十分に営業し、日々の小麦を供給されているか、ということを確かめることにある。そして、DVDはISISにより厳しく禁止されている。公共の場での刑罰と斬首はISISの領土では一般的である。
ISISの旗の下に、シリアの戦場へ来た外国人は2万5千人前後。外国人戦闘員の平均年齢は25歳。60%が到着時には独身だった。生活基盤ができてから、地元社会の者と結婚する。ヨーロッパ人戦闘員は、シリアのジハードに多数参加している。1万6千人と見積もられている。ISISに参加する若者が週平均5人はいる。
ISISには女性もやって来る。全員がジハードを経験するために、戦うために来たのではない。その多くは、だまされて、やって来ている。多くは、結婚して子どもをうむために来た。
これらの人々がISISに参加した理由は、単にお金のためや、アブー・バクル・バグダーディーの長い剣の脅しのためではなかった。以前の社会がバラバラになって、彼らを振るい落し、腐敗した貧困と無知になかに放置しておいたために参加した。
ISIS(イスラーム国)の実態に迫った本です。とても参考になりました。著者はシリア人です。
(2016年10月刊。2600円+税)

君たちが知っておくべきこと

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 佐藤 優 、 出版  新潮社
かの有名な佐藤優が灘高校の生徒たちと3年にわたって(それぞれ別人)対話した記録集です。生徒会の主催する先輩訪問行事の一環だったそうです。とてもいい企画だと私は思いました。
同じような本として、『それでも日本人は戦争を選んだ』(加藤陽子)というのがあります。東大教授が高校生を相手に講義したもので、大変刺激的な本でした。このコーナーでも前に取り上げました。
著者は受験勉強は非常に役立つものだと再三強調しています。実は、私も同感なのです。何のために勉強しているのか、受験勉強なんて何の役にも立たないんじゃないか・・・、そう考えたこともありましたが、それから40年以上たつと、いやいやそんなことはないと痛感します。
ただし、そのためには、大学に入ったあと、受験勉強で頭に詰め込んで記憶した物事をきちんと見つめ直して、なぜ、どんなカラクリでその答えにたどり着くのかというプロセスを丁寧に理解しておく必要がある。
受験勉強に意味がない、嫌いだと思っていると、人間は長期間記憶することが出来ない。
東大医学部(理Ⅲ)、慶応の医学部は、特別な記憶力と反射神経の良さにおいて才能が必要とされる。また、東京芸術大学と日本体育大学は、特殊な才能が必要とされる。それ以外の入試は、いかに合理的に勉強して知識を正確に定着させ、それをもとにちょっとした運用をできるようにすること、これが基本。これを守って勉強すれば、司法試験にだって合格できる。
この点についても、私は著者と同意見です。
現在、安倍首相のブレーンになっている兼原信克という人物の本の誤りが厳しく指弾されていますが、本当に呆れる内容です。信じられないレベルの低さなのですが、外務省の超出世頭だというので、まさにびっくりポンです。
良い小説を読んで、さまざまな状況を疑似体験し、代理経験を重ねることで自分を客観視できるし、いろんなタイプの人間を知ることができる。他人の気持ちになって考える訓練が必要だ。
これも、まったく同感です。小説を読んで涙を流すのは心を豊かにしてくれます。
著者は日本の弁護士って、つまらないと切り捨てています。
弁護士は基本的に金持ちの味方だ。怪しげな会社の顧問をやって、脱税をいかにして適法にするかを仕事にしている。
これには大いに異論があります。著者の交際している弁護士は、そのような人ばかりかもしれませんが、金持ちの味方という弁護士ばかりではありません。地道に弱者の権利を守ってがんばっている弁護士は多いし、私をふくめて、そのことにやり甲斐を感じているものです。
弁護士の仕事の面白さが若者によく伝わっていない気はしています・・・。反省です。
著者の読書範囲の広さと深さには脱帽です。大変な知的刺激を受けました。
(2016年11月刊。1300円+税)

テレジン収容所の小さな画家・詩人たち

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 野村 路子 、 出版  ルック
アウシュヴィッツに消えた1万5000人の小さな生命(いのち)というサブタイトルのついた絵本です。
アウシュヴィッツをはじめとする絶滅収容所で殺された子どもは1万5000人どころか、150万人といわれている。そんな子どもたちの怒り、悲しみ、夢、祈り、そして、生きたいという叫び・・・。生命のメッセージが伝わってくる。
ユダヤ人の子どもたちは、学校へ行くことを禁じられ、遊園地やプールからも締め出された。もちろん、これはヒトラーが叫び、権力を握って推進した政策ですが、それを支援したドイツ人大衆がいたわけです。いまの日本で、ヘイトスピーチをし、それに沈黙して、実は手を貸しているという人たちが少なくないことを考えると、おかしいことを権力者がしていると思ったら、すぐに抗議の声を上げないと大変なことになるということです。
いまの日本のアベ首相の手口はあまりにも恐ろしいと私は思うのですが、不思議なことに、年金を切り下げられている年寄りに支持する人がいて、非正規でしか働けず、明日への希望を失っている人が解雇の自由を促進しているアベ政権を支持しています。まさしく矛盾です。
収容所の食事。朝はコーヒーと呼ばれる茶色い水が1杯だけ。昼はピンポン球くらいの大きさの小麦粉の団子の入った、うすい塩味のスープ。夜は、同じスープと小さな腐りかけのジャガイモが一つか、かたいパンが1かけ。それが子どもたちの食事だった。
テレジン収容所の「子どもの家」にいた10歳から15歳までの子どもたち1万5000人のうち、戦後まで生き残っていたのは、わずか100人だけだった。
12歳の男の子の描いた絵があります。首を吊られた男性が描かれています。その男性の胸にはユダヤ人の印であるダビデの星が色濃く描かれています。
どうしてなのか、幼い彼にはその理由は理解できなかった。でも、胸にこの黄色い星のマークをつけさせられた日から、辛いこと、悲しいことが多くなったことだけは分かっていた。
この絵は、少年の大好きな父親が処刑される場面だったのかもしれない・・・。
テレジン収容所が1945年5月8日に解放されたとき、ドイツ軍が自分たちの蛮行を証明する書類を焼却していった焼け残りの書類の下に、子どもたちの絵があった。それを見つけた人が、トランク2つに詰めてプラハへ持ち帰った。子どもたちの絵が4000枚、詩が数十編・・・。それは、子どもたちがこの世に生きていた証だ。
今も、プラハの博物館に残されているそうです。ぜひ、現物をじっくり見てみたいと思いました。年齢(とし)とって涙もろくなった私は、涙なしには絵を見ることも、詩を読むことも出来ませんでした。私たちみんな、この事実を忘れてはいけないと何度も思ったのです。ヘイトスピーチなんて、許せません。
(1997年6月刊。2200円+税)
 土曜日は午前中のフランス語教室を終えて、午後から天神の映画館でフランス映画『アルジェの戦い』をみました。「アタンシオン、アタンシオン」(注意して下さい、注意)という有名なフランス語のセリフが流れてきます。アルジェリアが戦後、フランスから独立するまでにおきたテロや暴動、そしてフランス軍による拷問、弾圧を生々しく再現した映画です。
 実は、私は1967年(昭和42年)4月、渋谷の大きな映画館でこの映画をみたのです。大学に入ってすぐのことです。それまで九州の片田舎に住んでいて大東京に出て、何もかも目新しい生活を始めたとき、世界ではこんなことが起きているのかと、目を大きく見開かされました。
 この映画は前年(1966年)にベネチア国際映画祭でグランプリを受賞したのですが、「反仏映画」だという批判も受けました。フランス軍による活動家への拷問シーンはたしかに凄惨です。
 そして、昨年のパリ同時多発テロを思い出させる映画でもあります。相次ぐ爆弾テロ、車から連射して路上の罪なき市民を倒していくシーンなど、50年前の出来事が今よみがえってきます。
 暴力に暴力で対処してはダメなんだと独立運動の指導者の一人が語ります。革命を始めるより、続けることが難しいし、成功したあとが、さらに難しいともいます。アルジェリアは独立後、実際にそのような経過をたどります。 
 一見に値する貴重な映画です。ぜひ、時間の都合がつけば、ご覧ください。

山谷ヤマの男

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 多田 裕美子 、 出版  筑摩書房
かつてドヤ街として有名だった山谷(さんや)と釜ケ崎。私は、そのいずれにも行ったことがありません。名前を聞いていただけです。
今、その山谷は若くて勇ましかった「労働者の街」から老いと病で苦しむ「福祉の街」に変わってしまった。かつては高給とりだった鳶(トビ)でさえ、今では仕事がなくなってしまった。ドヤにも住めず、路上生活が長くなれば、心身ともに疲弊していく。やっと生活保護を受給できたとしても、若いときの勢いはなく、高齢で慢性疾患者とのつきあい。ドヤの利用者の9割が生活保護の受給者。
ドヤとは簡易宿泊所のこと。ドヤ暮らしは、住民票や保証人がなくても、その日のドヤ代さえ払えば、過去を問われることもなかった。
ドヤに泊まれなければ、アオカン(外で寝ること。青空簡易宿泊)するしかない。
著者は、山谷にある丸善食堂の娘として育ち、山谷にある玉姫公園で、1999年から2年間、山谷の男たちの肖像写真を撮った。
この本には、その男たちの肖像写真の一部が紹介されています。皆さん、なかなか魅力的な、味わい深い顔つき、表情です。
丸善食堂の客は、だいたい一人で吞みにきていて、愚痴をこぼすことはなかった。
ここでは、誰もが過去を語らないし、聞きたがらない。いや訊いてはいけないのが、ここの暗黙のルールだ。
カウンターはコの字型。ひとりで吞んでいても淋しくなく、向かいあっていても、ほどよい距離感があって、実によくできているカウンターだ。
許せないことがあれば、ささいなことでも暴力手になり、暴動がおこる。何も守るものがなく、身一つの人生なので、火がついたら激しい。いまの山谷に必要とされているのは、食事や健康面のケア、寝る場所などのきめ細かい支援。
山谷の絶頂期は昭和40年代。私が大学生のころです。この当時、日雇い仕事は、いくらでもあった。立ちん坊という呼び名がありました。早朝から手配師が人を求め、トラックに乗せて日雇いの人々を工事現場に連れていくのです。
現代に生きる日本人をうつし撮った貴重な写真集だと思いました。
(2016年8月刊。1900円+税)

最後の秘境・東京藝大

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 二宮 敦人 、 出版  新潮社
天才ぞろいの大学です。奇人・変人ばかりと言っては失礼にあたります。安易な常識では理解できるはずもありません。こんな人たちがいるおかげで、世の中は楽しく心豊かに生きていられるのかなと思いました。やっぱり、世の中は、カネ、カネ、カネではないのです。
ここは、芸術界の東大とも言われていますが、実は、東大なんて目じゃないのです。なにしろ競争率が違います。絵画科80人の枠に1500人が志願する。18倍。昔は60倍をこえていた。だから、三浪して入るなんてあたりまえ、珍しくはない。専門の予備校がある。
音楽系だと、ある程度の資金力があって、親が本気じゃないとダメ。ピアノとかバイオリンだと、2歳とか3歳から始めるのが当たり前。
美校の現役合格率が2割なのに対して、音校は浪人は少ない。演奏家は体力勝負だから、早く大学に入って、早くプロとして活動しはじめたほうがいい。
センター試験は重視されていない。三割でも、場合によっては一割でも、実技さえよければ合格する。
絵画科の実技試験は、たとえば2日間で人間を描くこと。
そして卒業すると、その半分くらいは行方不明になる。
活躍している出身者はたくさんいる。しかし、それは、ほんの一握り。何人もの人間がそこを目ざし、何年かに一人の作家を生み出す。残りはフリーターになってしまう。それが当たり前の世界だ。
この大学は、全部で2千人。学科ごとに分けてみてみると、たとえば、指揮科の定員は2人。作曲家は15人。器楽科の定員98人は、楽器ごとの専攻なので21種類に分けたら、たとえばファゴット専攻は4人しかいない。少人数教育なのですね。
国際口笛大会でグランドチャンピオンの学生もいる。
音楽は一過性の芸術だ。その場限りの一発勝負。そして、音楽は競争。音校では順位を競うのが当たりまえ。それが前提となっている世界。
工芸科の陶芸専攻では、一緒に泊まって、一緒にご飯を食べて、一緒に寝る。窯(かま)番があるから。
人間の社会が実は奥深いものだということを少しだけ実感させてくれる本でもあります。音楽系と美術系が、これほどまでに異なるものだというのを初めて識りました。面白いです。読んで損をしたと思うことは絶対にありません。東大法学部はロースクール不振から定員割れしているとのことですが、こちらはそんなことは考えられませんね。万一、そうなったときは、日本社会が壊滅してしまったということでしょうね。
ベストセラーになっていますが、社会の視野を広げる本として、ご一読をおすすめします。
(2016年11月刊。1400円+税)

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