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貧困と地域

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 白波瀬 達也 、 出版  中公新書
昔は釜ヶ崎と呼ばれていましたが、今ではあいりん地区と呼ばれている地域の状況を歴史的変遷を追って分析した本です。
この地域に、今では外国人旅行客向けのホテルが続々と立地しているなんて信じられません。新今宮駅付近は外国人旅行客であふれ、簡易宿泊所の稼働率は上がっている。
中国人の経営するカラオケ居酒屋も100店ほどあり、若い中国人女性が接客している。
では、旧来の住民はどうしているか、どうなっているか・・・。
西成(にしなり)区における一人暮らし高齢者は1995年に43%、2000年に50%、2005年に60%、2010年に66%となっている。近年は、元日雇労働者たちの高齢化だけでなく、他地域から生活に困窮した中高年男性が新たに流入したこともあいまって、あいりん地区を含む西成区は著しい高齢社会となっている。2014年10月、高齢者は4万5千人、高齢化率は38%となっている(あいりん地区だけなら40%)。
あいりん地区の女性は1975年に30%いたのが、2010年には15%と半減している。
あいりん地区に暮らす単身男性は、長期にわたって親族との関係を絶っている場合が少なくない。互いの過去に踏み込まないという不文律が存在する。自分たちの過去を隠匿しようとする。
あいりん地区では、生活保護を受給するようになって10%が開始後5年以内に死亡している。孤立死が増え、無縁仏となるケースが増えている。そこで、慰霊祭がおこなわれている。
今日、あいりん地区に暮らす人々の大半は、地縁・血縁・社縁が希薄な単身の中高年男性である。
取り組みが進んだため、大阪市の野宿者は、1998年の8700人をピークに、2015年には1500人となった。ただ、そのとき、同時に公園からの締め出しも進んでいる。
あいりん地区に自ら入りこんでした調査も踏まえていますので、実践的ですし、説得力のあるレポートになっています。「釜ヶ崎」の昔と今、そんなタイトルにしてほしかったです。あまりに一般的すぎるタイトルです。
(2017年2月刊。800円+税)

日本のタクシー産業

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 太田 和博・青木 亮・後藤 孝夫 、 出版  慶應義塾大学出版会
私も毎日のように利用しているタクシーについての総合的な研究書です。
タクシーの利用者が減っていること、タクシー運転手の減少はその低賃金が原因であること、65歳以上の運転手が増えていて、事故もそれに伴って増えていることなどを知ることができました。
私の知っているタクシー運転手の多くは月収(手取り)10万円台であり、20万円をこえる人は多くありません。その変則勤務は苛酷なものだと思うのですが、それに見合うだけの給料にはなっていません。
タクシー会社は果たしてもうけているのか、全国展開している会社はもうかっているのか、自動車事故に備えて任意保険には加入しているのか、事故処理はどうなっているのか、いろいろ知りたいことが生まれてきます。
タクシー利用者数は、1990年度の32億2300万人から、2009年度は19億4800万人へと4割も減っている。1987年度の33億4200万人がピーク。営業収入も1991年度の2兆7570億円をピークに減少しており、2013年度は1兆7357億円と4割減になっている。個人タクシーは4万7077台から3万6962台へ2割以上も減っている。
タクシー業界には小規模事業者が多い。車両数10両までの事業者が1万1001社(70.3%)、30両までの事業者が2540社(16.2%)で、86.5%という圧倒的多数が車両数30両までの事業者で占められている。84.6%が資本金1000万円までの事業者である。
過去には、ハンカチタクシー、書籍タクシー、共済組合タクシー、赤帽タクシーというものが存在した。私は知らないことです。
東京のタクシーについてみると、輸送人員はピーク時の1987年に4億4500万人だったのが、2014年には2億8300万人とピーク時の3分の2にまで減少している。そして、運送収入はピーク時の2007年の4770億円から2014年位3870億円と2割ほど減った。
東京では流し営業が90%と、圧倒的に多い。
戦前の1983年に8000台のタクシーがいたのが、空襲に焼け出されて、1944年には4700台になっていた。
タクシー運転手に女性は少なく、2.5%でしかない。タクシー運転手の高齢化は著しい。60歳以上が3分の2を占め、全体の4割は65歳以上となっている。
タクシー運転手の賃金水準は低く、月に24万円、年収にして310万円。これは、全産業の平均年収548万円と比べて、238万円も低い。
単純オール歩合制のタクシー会社が増えている。
タクシーでは労働時間が長いことを見逃してはならない。
かつてのタクシー業界は失業した人の受け皿として機能していた。今では、そうなってはいない。何でも規制緩和だなんて、とんでもないことです。
タクシー料金の決め方についても触れられています。
タクシーの社会経済的な実態を明るみに出した画期的な本だと思いました。タクシー業界に関心をもっている人には一読をおすすめします。
(2017年7月刊。4000円+税)

「空白の五マイル」

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 角幡 唯介 、 出版  集英社文庫
命がけの冒険とは、こういうのを言うんだろうなと、つくづく思いました。
読んでいるほうの私まで、遭難して命を落としてしまいそうな気分になってくる本です。
早稲田大学探検部のOBである著者は、2002年12月、一人でチベットのツァンボー峡谷の探検に挑戦した。ツァンボー川はチベットの母なる川。ツァンボー川は、チベット高原を西から東に流れたあと、ヒマラヤ山脈の東端に位置する二つの大きな山にはさまれた峡谷部で円弧を描き、その流れを大きく南に旋回させる。そこはツァンボー川大屈曲部と呼ばれる。
山で一番こわいのは毒ヘビ。夏には、ヘビにかまれて死ぬ村人もいる。冬ならヘビは冬眠している。だから雪が積もっていても、冬のほうが探検には適している。
密林に足を踏み入れると、日本の山とはまるで勝手が異なることを知った。地面の土は柔らかく、傾斜が強いので、一歩足を踏み込むたびに半歩ずるっと滑る。灌木はつかむとメキっと柔らかい音を立てて折れてしまう。滑落の原因になる。障害となる岩場が頻繁にあらわれる。
ツァンボー川で1993年9月に遭難死した日本人青年の相棒で生き残った人が、いま東京で弁護士をしているという話も紹介されます(只野靖弁護士)。そんな経歴の弁護士もいるのですね、驚きました。
著者の場合は、15メートルほども滑落したけれど、幸いなことに途中のマツの木にひっかかって、運良く助かります。2時間あまりに到達できると予測した沢を渡るのに、実際には20時間以上もかかったのでした。
川に温泉があるのを見つけて、衣服を脱ぐと、自分の体に不気味な異変が生じていた。手の指先から足のつま先に至るまで、全身が赤いぶつぶつで覆われている。手のひらで触れてみると、ハ虫類のうろこのようにぼこぼこしている。数え切れないほどのダニが体に群がっていたのだ。ダニの咬傷はどんどん増え、表面からすき間がなくなてしまうくらいに、体はかゆいぶつぶつに覆われた。
こりゃあ、ヘビも怖いけれど、ダニも怖いっていうこうとですね・・・。ようやく3日後、なんとか村にたどり着くことができたのです。
そして、2009年12月に再び著者は挑戦するのです。
せっかく就職できた朝日新聞記者の職を投げうってからの挑戦です。そして、再び最悪の死の危険に直面します。
体の状態は疲労を通り越して、衰弱の域に入った。すでに出発してから20日がたっている。朝食をとって出発して1時間半くらいは普通に動けるのだが、それから急に疲れが襲ってくる。疲れというより、エネルギーが足りなくて体を動かせないという感じだ。斜面に傾斜があると、四つんばいにならないと登れない。倒木に足先がひっかかったら、手で足をもちあげなければならなかった。しかも大きな声で気合いを入れながら。その大声を逃すにも疲労を感じた。体内に蓄えられていた脂肪がついに完全に燃え尽きたのかもしれない・・・。たくましかったはずの太ももはモデルのように細くなり、肋骨は見事に浮き出て、なでるとカタカタと乾いた感触が手に残る。
すさまじいばかりの探検記です。真夏の夜にゾクゾクさせる涼味あふれる本だと言えましょうか・・・。
(2012年9月刊。600円+税)

発光する生物の謎

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 マーク・ジマー 、 出版  西村書店
私が発光する生物を初めて見たのは、ホタルを別にすると、伊豆諸島の戸田(へた)の海岸での夜行虫でした。夜の海岸で怪しげに光っているのを見て、その美しさに驚きました。
ノーベル化学賞をもらった下村脩氏はオワンクラゲをアメリカの海岸で大量に集めたのでしたよね。
自然に発光するダンゴイカ、チョウチンアンコウ、クラゲなどのほか、人工的に発光させて病理研究に役立てている話も紹介されています。
チョウチンアンコウは、口の前方に生物発光するアンテナをもっている。アンテナの先には、何万匹もの発光バクテリアが棲息し、その光に犠牲となる魚が惹き寄せられる。
オワンクラゲの傘の部分には緑色の光を発する数百の発光器がある。その光の点滅がどのように制御されているのか、まだ分かっていない。
蛍光タンパク質をつかってマラリア原虫の動きを探り、ガンとのたたかいに役立てようとしています。
蛍光タンパク質によって鳥インフルエンザの感染もすぐに判明するようになりました。
遺伝子操作は怖いものですが、こうやっていろんな生理現象の解明に役立っているというのはすばらしいことです。
蛍光タンパク質をつかった地道でカラフルな探究がさらにすすむことを願っています。
(2017年8月刊。1800円+税)

忘れらないひと、杉村春子

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 川良 浩和 、 出版  新朝社
「姿の水谷八重子、科白回しの杉村春子」
これは三島由紀夫の言葉。それほど、杉村春子の科白(セリフ)回しは、演劇界の至宝ともいうべきものだった。団塊世代の私は、幸運にも、水谷八重子も杉村春子も、テレビですが、みています。残念ながらこの二人の舞台はみたことがありません。
杉村春子の主な芝居の上演回数は、「女の一生」947回、「華岡青洲の妻」634回、「欲望という名の電車」594回、「ふるあめりカに袖はぬらさじ」365回、「華々しき一族」309回。これに加えて、数多くの映画に出演した。
その杉村春子は、平成7年秋の文化勲章を辞退した。「演劇の賞は喜んでいただきますが、勲章は私に似合わない気がします。ただ、自由に芝居をしたいから」。偉いものですね。たいしたものです。
それにしても、三島由紀夫って、とんでもない男です。三島の「喜びの琴」という作品は松川事件を連想させる列車転覆事件が描かれて、首謀者は右翼の仕業に見せかけた共産党員になっているというのです。ひどい話です。松川事件がアメリカ軍(占領軍)と日本当局による謀略事件であることは明らかになっていますが、その歴史的事実をひっくり返そうとしたのです。文学座は、臨時総会を開いて三島の作品を上演しないことを決めたのでした。当然ですよね。
山田洋次監督は、杉村春子を次のように評価しています。
「ワンカットだけ出演していても映画が落ち着く。つまり、錨(いかり)のような俳優なんだよ。映画の芝居というものは、どうしても空々しくなるものなんだ。その中で、杉村春子が登場してくることで、画面にぐっとリアリティを与え、観客に人間的な共感を抱かせる」
小津安二郎監督は杉村春子を多くつかった。「小津は下手な役者だけを使った。皆が下手だけど誠実に、懸命に演じる中で、桁違いにうまい杉村がその間を縫って、自由自在に動きまわる」
なーるほど、そういうことなんですか・・・。
杉村春子は2回、夫と死別している。その後は、生涯結婚せず、独身で過ごす。杉村春子を慕った森光子も43歳のときに離婚している。二人とも家庭をもたず、人生のすべてを賭けて舞台に生きた。うむむ、まあ仕方のないことなんでしょうが・・・。
団塊世代でNHKに長年つとめていた著者が杉村春子の女優としての生き方にとことん迫った本です。大変勉強にもなりました。
(2017年6月刊。1800円+税)

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