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夢を食いつづけた男

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 植木 等 、 出版  ちくま文庫
私が大学生のころ、植木等(ひとし)は、日本一の無責任男だと評判を呼んでいました。いかにも軽薄そのもので、小心者で頭の固い田舎者のぼくはいささか鼻白んでいました。
ところが、この本を読むと、その内実は、とても真面目な人物だったようです。そして、それは父親譲りだったのです。
植木等の父親は植木徹誠。三重県にある小さな山寺の住職もしていました。そして、その前は東京にあった御木本(みきもと)の工場で働き、社会主義に目覚め、活動していたのです。おかげで特高に捕まり、子どもの植木等は警察署へ差し入れの弁当を毎日自転車で届けていました。だから、植木等は大きくなってからも共産党と聞くと怖いという思いがあり、好きになれなかったといいます。父親はあとで東京に出て新宿民商の会長になり、共産党員としても活動しました。
植木徹誠が東京で労働運動に没入していたころ、アナーキストの大杉栄(関東大震災のとき、憲兵隊の甘粕大尉などに虐殺されました)も講師としてやって来て話を聞いています。
その後、徹誠は山寺の住職となり、部落差別に怒りをもって運動し、昼間はお年寄りに地獄と極楽の話をし、夜になると青年たちに革命の話をしていた。
すごいね。讃美歌をうたい、労働歌をうたい、もっと若いころには義太夫もうなっていたのです。まことに芸達者です。植木等は、きっとその血をひいたのでしょう。
しかし、治安維持法違反で検挙されるのです。このころ、小学生の等に対して担任の教師はこう言って励ました。
「きみのお父さんは立派なんだ。ただ、今のご時世にあわないのだ。進みすぎているのだ」
なるほど、そういうことなんですよね・・・。それでも等少年には辛い体験だったようです。
そして、親子は、ついに郷里から石もて追われるようにして立ち去るのでした。
父・徹誠は3年ものあいだ、各地の警察署を転々としていたそうです。大変な目にあったのですね。住職として戻って、檀家の人が寺にやって来て、召集令状が来たというと、徹誠はこう言った。
「戦争というのは、集団殺人だ。それが加担させられることになったわけだから、なるべく戦地では、弾のこないような所を選ぶように。まわりから、あの野郎は卑怯だとかなんだとか言われたって、絶対、死んじゃダメだぞ。必ず、生きて帰ってこい。死んじゃったら、年とったおやじやおふくろはどうなる。それから、なるべく相手も殺すな」
偉いですね。戦争中にここまで、言えるなんて・・・。映画「二十四の瞳」の大石先生も、心の中はともかく、言葉に出しては言えないセリフでした。
植木等の父親を語る心のうちには、とても温かいものを感じました。無責任どころではありません。
(2018年2月刊。860円+税)

健康格差

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 NHKスペシャル取材班 、 出版  講談社現代新書
貧困家庭の子どもたちに肥満が増えている。
アメリカでは大人も子どもも、肥満しているということは貧困のあらわれです。食生活が十分でないことを意味しているからです。スリムな身体を維持するためにスポーツジムに通うようなことは、金銭的な余裕のない低所得層には不可能に等しいのです。
非正規雇用の人は正社員より糖尿病(網膜症)を悪化させる割合が1.5倍も高い。30代から40代の現役世代に糖尿病患者が増えている。歯周病の悪化がそれをもたらしている。
非正規雇用の人々は、炭水化物を多くとる食事に偏りがち。米、小麦、じゃがいもの3点セット。安くて、こってり味で、すぐに腹一杯になるものを好む。激安の牛丼は、その最たるもの。牛丼やラーメンを好む。逆に、野菜、魚、肉は高いので買えず、食べない。
50代の男性の5人に1人弱がひとり暮らし。30年前の3倍強に増えた。女性では、80歳以上の女性の4人に1人がひとり暮らし。30年前の9%が今では26%になっている。
肥満防止対策としては、先に野菜を食べ、10分おいて炭水化物をとること。ベジ・ファーストと呼ぶ。
カップラーメンには、1食あたり5グラムの食塩がふくまれている(大盛りサイズだと9グラム以上)。一食だけで、塩分のとりすぎになる。
健康対策で見落とされがちで、意外に有効なのは「歯磨き」。そうなんですよね。ですから私も、朝に3分間、夕に5分間、タニタの時計を目の前にして励行しています。
両親が生活に追われていて余裕のない世帯に低体重児が多い。
健康格差は、自己責任論では解決できない。日本では、健康格差は、雇用の問題が大きい。健康格差を放置すると医療費が増大し、国家支出が増えてしまう。その前に対策・予防すると、みんなが助かる。
自己責任論のマジックから一刻も早く脱却したいものです。
(2017年11月刊。780円+税)

黙殺

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  畠山 理仁 、 出版   集英社
選挙権を得てから私は棄権したことがありません。投票所で入れたい人がいないときは、わざわざ「余事記載」をして無効票を投じます。私にとって、投票するのは権利であって、義務でもあります。最高裁の裁判官の国民審査にしても、ムダなことだと分かっていても、ご丁寧に全員に×印をつけています。
みんなが投票なんてムダなことだと思っていたら、この社会には民主主義はないし、専制君主による独裁を甘んじて受けいれるしかなくなります。権利に甘えてはいけません。
ところで、誰が候補者になっているのか、その人は何を訴えようとしているのか、きちんと考えずに投票している人が少なくないのも現実です(少なくとも、私はそう考えています)。
初めから当選しそうもない候補者をマスコミは「泡末候補」と呼び、その政策をまともに紹介することはありません。著者は、その「泡末候補」にながく密着取材してきた。フリーの記者です。「泡末候補」と呼んではいけない、あえて呼ぶなら「無頼系独立候補」と呼ぶことを提案しています。
いまの選挙制度はおかしいことだらけです。その最大は死票続出の「小選挙区制」です。「政治改革」の美名のもとに、あれよあれよというまに実現してしまいました。「アベ一強」という、おかしな政治がまがり通っているのも、この小選挙区制の結果です。
もう一つは戸別訪問の禁止です。欧米の選挙運動では、テレビのCMとあわせて戸別訪問を活発に展開していますが、当然のことです。ところが、日本では戸別訪問は買収供応の温存になるとか、まるで客観的根拠のない不合理な理由で全面禁止のままです。これは現職有利にもつながります。
この本では、さらに供託金制度も問題視しています。フランス、ドイツ、イタリア、アメリカには供託金制度そのものがありません。供託金制度のあるイギリスでも7万5千円、カナダとオーストラリアは9万円。韓国は高くて150万円。ところが日本では、衆・参議員は300万円、政令指定都市については240万円。
かつてはフランスにも供託金制度があった。ただし、4千円から2万円ほど。それでもフランスでは高すぎる、必要ないという声があがり、1995年に供託金制度は廃止された。日本で供託金制度が出来たのは1925年のこと。普通選挙の施行とあわせて、供託金制度がスタートした。
「無頼系独立候補」の素顔を知ることができる本でした。
(2017年11月刊。1600円+税)

職場を変える秘密のレシピ47

カテゴリー:社会

著者 アレクサンドラ・ブラックベリーほか  、 出版  日本労働弁護団  
今や労働組合の存在感があまりに薄くて、連合と聞いても、有力な団体というイメージがありません。かつて、総評というと、医師会以上の力をもって社会を動かしていたと思うのですが、医師会も自民党の支持母体というだけで社会的に力がある団体とは思えません。
この本は、アメリカで労働運動に運動を取り戻すということで1979年に発足した「レイバー・ノーツ」が発行したものです。日本労働弁護団は、この本(英語版)をテキストとして2017年2月から月1回の読書会を開いてきたとのこと。なるほど、アメリカノ労働運動の実践をまとめた本ですが、日本でも大いに参考になるものだと読んで思いました。
「誰も会議に来てくれない」と嘆く前に、Eメールや掲示板での知らせでは不十分なので、個人的に会って一対一で勧誘する。そして、会議に来てくれたら、気持ちよく有意義な会議にする。事前にちゃんと準備しておき、参加してくれたことに敬意を示す。議題設定は参加したいと思うようなものにする。
組織化するためには、聴くのが8割、話すのが2割(多くとも3割にとどめる)とする。話すときに携帯電話はしまい、相手の目を見て話す。時間をかけて話を全部聴く。誘導せず共感する。
「私がリーダーです」と言ったり、リーダーに自ら名乗り出る人は、たいてい本当のリーダーではない。情報通になりたがったりするだけであったり、最後までやり通せないことが多い。仲間からあまり好かれていなかったりもする。本当のリーダーは、みんなが自分で行動するようにすることができる人。
仲間を増やすには、まず一つは勝利をあげる必要がある。それによって、懐疑的な人たちをその気にさせる。奥の手はいきなり出さず、小さく産んで育てていく。最初に大失敗してしまうと、キャンペーンは行き場を失い、打ち切るしかなくなる。
キャンペーンの勝利は、それまで築いてきたコミュニケーションのネットワークを通じた一対一の対話によって得られる。SNSもビラも新聞もいいけれど、一対一の面と向かった対話を何より優先させること。
アメリカのレイバー・ノーツの全国大会には2300人もの参加があり、日本からも多くの人が参加しているとのこと。なるほど、この本に書かれているような経験交流が全国規模でなされるのであれば、大きな意義があると思います。
憲法に定められた労働基本権がまったくないがしろにされているような日本の現状です。ストライキが死語になっている社会なんて絶対おかしいと私は思います。なんでも自己責任ですませてしまい、弱者をたたいて喜ぶ風情、流れは一刻も早く変えたいものです。とても実践的な、いい本です。大いに活用されることを心から願います。
(2018年1月刊。1389円+税)

5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 熊谷 徹 、 出版  SB新書
ドイツでは、1日に10時間をこえて働くことが法律で禁止されている。また、ドイツは、日曜・祝日の労働も法律で禁止している。
有給休暇は法律で最低24日としているが、実際には年30日の有給休暇を認める企業がほとんど。そして、有給休暇の100%消化は当然のことで、2~3週間のまとまった長期休暇もあたりまえにとっている。
電通の社員(高橋まつりさん)の過労自殺など、ドイツでは考えられもしないこと。
こんなに休んでいるドイツなのに、経済成長率は、2013年以降、右肩上がりになっている。そのうえ失業率がEUのなかで一番低い。
日本の残業規制は1年あるいは1ヶ月を単位としているので、ドイツに比べると、はるかに甘い。
日本政府の「働き方改革」は、ジェスチャーにすぎず、実際には、労働者のためではなく、使用者(資本)の利益優先、つまり「働かせ方改革」でしかない。
ドイツでは、病気やケガのために有給休暇を消化するなんて、ありえない。
ドイツは、日本とちがって労働組合は依然として強力な存在であり、徐々にストライキが増えている。
これに対して、日本はストライキが世界でもっとも少ない国になっている。1974年にストライキが9000件をこえていたのに、2011年にはわずか57件でしかない。今では、まったくの死語になってしまっている。
余裕があってこそ良質な仕事ができる。
日本人は勤勉だとよく言われますが、上からの命令で大人しく従っているだけでは、創意工夫もなく、過労死につながり、やがては企業社会自体が消滅してしまうこと必至です。
日本人に大いに反省を迫る本でした。ご一読をおすすめします。
(2017年10月刊。800円+税)

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