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微生物世界の探求

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 山本 太郎 、 出版 岩波書店

 望遠鏡が発明されたのは1600年代初頭。オランダのメガネ製作者リッペルスハイによる。

顕微鏡を初めて科学的発見に応じたのは1660年、イタリアのマハチェロ・マルビーギ。

1600年というと、日本で関ヶ原合戦があった年ですので、戦国時代になります。

中世ヨーロッパではペストが大流行した。ところが、奇跡的に助かって回復した人は、その後、いくらペスト患者と接触しても、二度とペストでたおれることはなかった。当時の人々は、それを「神の加護」と考えた。そして、神のご加護を得たものに対して、ローマ法王は課役や課税を免除した。それが「免疫」という言葉の語源となった。

 森鴎外は、森林太郎という本名で陸軍軍医として軍医総監にまで昇進している。その森軍医は鈴木梅太郎の発見したオリザニンが脚気(かっけ)に効果的だという事実に強硬に反対し、日本軍は日露戦争のとき脚気患者と死亡者を続出させた。まことに森軍医の誤ちは責任重大なのです。格調高い文体の小説なので、私は好きな作家なのですが…。

ウィルスは、いくつかの点で、一般的な生物・生命とは異なっている。ウィルスは細胞質をもたず、基本的にはタンパク質と核酸によって構成される粒子である。ウィルスは、代謝系をもたず、自己増殖ができない。

地球は、それ自身が極端な気象や温暖化を防ぐ仕組みを備えている。人間活動が排出する二酸化炭素の一部は、森林や海が吸収し、その副作用である地球温暖化を和らげる。なかでも海は人間が排出する二酸化炭素の3割を吸収する。その量は毎年20億トンをこえる。その立役者の一つがシアノバクテリア。光合成のとき、多くの二酸化炭素を消費する。

人体のなかには、細菌やウィルスなど、多くの微生物が共生している。これらの微生物は、そこに存在することによって、ヒトの生理や免疫を支えている。

ヒト常在細菌は1000種をこえ、100兆個に達する。人体には、数百兆個のウィルスが、主としてヒトに常在する細菌に寄生して存在している。ヒトの細胞数は37兆個なので、ヒトの大半は、常在する微生物によって構成されているということ。

抗生物質とサルファ剤は異なる。

抗生物質とは、そもそも自身の増殖によって邪魔になる他の微生物の増殖を防げるために、カビや細菌といった微生物が産生する物質のこと。サルファ剤は、染料など、人工物に合成された物質で、抗菌活性があるとしても、それは微生物由来ではない。

今日に至るまで、ペニシリンを産生するすべての株は、1943年に発見されたカビの子孫。

1970年より前は、肥満した人はあまり見かけなかった。それが1980年には肥満と過剰体重者を加えると8億人になり、現在では20億人超となっている。過去40年間に、毎日80万人を上回るスピードで増えている。

2010年時点、世界中に2億人の糖尿病患者がいる。

抗菌薬耐生菌によって、現在世界全体で毎年70万人が死亡している。人類が抗生物質を手にしてから、わずか70年が経過したにすぎない。ところが、今や、抗生物質を発見したより前の時代に逆戻りしている。2050年の、薬剤耐生菌による死亡者は1000万人という未来予測は、可能性がある。火の使用や農耕の開始に匹敵するほど大きな三度目の変化が、70年前から始まった抗生物質の使用ということになる。

微生物は、生態系において、これまで考えられていた以上に重要な役割を演じている。

なーるほど、そうなんですね…。

(2025年9月刊。3630円)

ネズミはなぜ回し車で走るのか

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 中島 定彦 、 出版 岩波科学ライブラリー 

 回し車に乗っているネズミが必死に足を動かし回っている様子は、私ももちろん見たことがあります。これって、苦役なのか、楽しいから走っているのか、私もふと疑問を感じたことはあります。しかし、私は、そこで終わりです。それ以上、どっちなのか追究しようとも思いませんでした。そこが学者は違います。

 問題は、それをどうやって究明するか…、です。もちろん、ネズミにインタビューするわけにはいきません。2つのアプローチがあります。回し車で走っているネズミの生体の変化を調べるのです。エンドルフィンが出ていたら、楽しいから走っていることが判明するでしょう。もう一つは、選択回路をつくって、どちらを選ぶのか、様子を見るというやり方です。その肢択肢をつくるのには工夫がいります。なにしろ科学的証明というのは、実験に再現性がなければいけません。

 学者の観察によると、回し車で1日43キロも走る、つまり一晩にフルマラソンをしているとのこと。ただし、走っては休み、休んでは走っている。ずっと走っているのではない。そして、個体差がある。性別、週齢によっても違う。

 野生のラットは薄明薄暮型の生活様式なので、実験室でも同じように、夜間の初めと終わりに、たくさん走る個体が多い。

 回し車に入ってまわすのは、ネズミばかりではない。カエルもカタツムリも回す。なんと、ナメクジまで回し車に入って回す。

 ラットは50キロヘルツの呼び声を上げている。これは喜びの声だ。ただし、超音波なので、人間の耳には聞こえない。

 回し車に入ったのに回せないと、ラットは不機嫌になり、攻撃的になる。

回し車で回すネズミは、ランナーズハイの状態を味わっている。実は、回し車で走るのはネズミにとって苦しいこと。それは、人間がマラソンに出場して走って苦しくなるのと同じ。ところが、人間は苦しさを忘れたかのように、再び走る。なぜ、なのか…。ゴールしたあとに味わう達成感が味わえるから…。

 私も、たまに山登り(388メートルしかない、近くの小山に登ります)をするとき、行きは苦しいのです。でも、山の頂で、梅干しの入ったおにぎりをほおばるときの爽快感はなんともいえません。それがあるので、途中の辛さも我慢できます。

 ネズミも初めて回し車を見たときは、これは何だろう、面白そう、探ってみよう、そんな好奇心や探求心から回し車に入って走り始めるのではないか…。そして、走り始めは楽しく、走っている途中で苦しくなってくる。そして、回し車に快感を求めて再び走り出すのではないか…。なーるほど、ですね。

 科学的な証明をどうやったら可能にするのか、と問いかけ、それに対する一つの解を示している本でもあります。勉強になりました。

(2025年12月刊。1540円)

映画が娯楽の王様だった

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 戸田 学 、 出版 青土社

 淀川長治の神戸、山田洋次の東京、というサブタイトルがついています。かつて東芝日曜洋画劇場というのがあり、淀川長治が番組の冒頭に今日の映画のみどころを簡潔に紹介し、終わったあと、次回を予告し「サイナラ、サイナラ」と言うのが定番になっていて、それが有名でした。

 私の父は映画が大好きで、父と一緒に私も何回も映画を観に行っていました。最後に観たのはドイツの戦車との戦闘場面のあるアメリカの戦争映画だったと思います。なので、昭和2年に父が福岡から上京して東京で苦学生として生活していたときに浅草の映画街にも行ったことがあるはずだと思い、『まだ見たきものあり』(花伝社)には浅草の映画街の様子を調べて紹介しました。

 浅草の映画街は両側にズラリと映画館が立ち並び、よく満員御礼になる状況だったのです。もちろん、当初はサイレント(無声)映画で、有名な徳川夢声のような活動弁士(活弁。カツベン)が活躍していました。チャップリンの映画も多くはサイレントで字幕付きです。

 淀川長治の映画評は、難しい文章は使わない。身体で感じた感覚をあくまで大切にし、こだわった美意識に満ちている。淀川長治は、チャップリンが1936年3月に来日したとき単独会見した。チャップリンが「2.26事件」に巻き込まれそうになったエピソードは有名(知る人ぞ知る)です。

 マリリン・モンローはセックスシンボルの象徴としてあまりにも有名ですが、実は演技派の名優だった。そうなんですよね。演技の勉強のため夜の講座も受講しているのです。

 黒沢明監督の映画「七人の侍」は日本映画屈指の傑作だと思うのですが、昭和29(1954)年のキネマ旬報ベストテンでは、なんと第3位でした。では、第1位は何かというと……、木下恵介監督の映画「二十四の瞳」でした。たしかに、この「二十四の瞳」もいい映画です。「七人の侍」と比べるほうが無茶というものです(どちらも1位であって当然だと私は思います)。

山田洋次監督の映画にクレイジーキャッツのメンバーが何回となく出場しているのを改めて認識しました。

そして、映画「男はつらいよ」です。48本ある物語は、どれもワンパターンのマンネリズム。でも観客は楽しむことができるし、次回の新しいストーリーがだいたい分かっていても、新作を楽しみにする。また、同じ作品を何度みても毎回ゲラゲラと笑ってしまう。これは落語のエッセンスの情的な部分が根底にあるから。

とらや一家の人々に対し、あたかも自分の親戚や家族であるかのように錯覚し、また会いたいと映画館に足を運んでしまう。まことにそのとおりなのです。

私は正月になると、子どもたちを連れて一家そろって観て楽しんでました。さすがに年2回あったときには夏(お盆)のほうは見逃すことがあり、全部は観ていませんが、ほとんど観ています。葛飾柴又にも何回か行っていますし、矢切の渡しも見ています。

 お互い、愛するが故に喧嘩するというシーンをどう作るか山田洋次監督は苦労したとのこと。私は、今も月に1本は映画を観たいと思っているのですが、ままなりません。見逃して残念に思っている映画が最近いくつもあります。映画は映画館で観るに限るのです。

(2025年12月刊。3520円)

ロシア連邦保安庁(FSB)

カテゴリー:ロシア

(霧山昴)

著者 ケヴィン・P・リール 、 出版 作品社

 FSBは、党よりもプーチン大統領に対する政治的忠誠が求められている。ソ連時代と違って、脱イデオロギーは、汚職・腐敗との結びつきが強まることも意味している。

FSBは、ロシア正教会と関係を有している。これは、ソ連時代との大きな相違点。

ソ連時代のKGBには、分析を行うという文化がなく、分析は尊重される職種ではなかった。

 FSBは高度に政治化された組織である。プーチンは、共産主義イデオロギーの代わりに、ロシアの歴史や文化、力に対する愛国的自尊心に重きを置いた。FSBはイデオロギー的束縛から解放され、大統領や体制の権力、FSB要員自身の利益のために活動している。イデオロギーによる抑制が欠落していることが、FSBがしばしば汚職スキャンダルに書き込まれる一因となっている。

 スパイ活動の脅威を誇張することは、ロシアのような警察国家には必須である。だから、高市などがスパイ防止法を制定しようとしているのですね。権力は、いつだって市民を思うままに統制したいという狙いをもっています。

 ソ連時代には、裏切り者と見なされた人々は、経済犯として起訴されることがよくあった。

FSBは、当局が問題としている宗教団体(たとえば、エホバの証人やサイエントロジー)には、エージェントを潜入させ、活動内容を調査している。まあ、これは日本でもやっていますよね。オウム真理教の信者に警察官が少なくなかったのも、その一例なのでしょうか……。

 プーチンがFSB長官だったのは、わずか1年あまりでしかない。

1999年の爆弾テロが起きたとき、プーチンはロシア語の下品な言葉づかいで非難した。たとえば、「野外便所で抹殺してやる」です。これが、足が地に着いた、歯に衣着せない人物だという評判を呼び、頼もしい人物だと受けとめられた……。高市首相を、「強い女」だともてはやすのに共通している気がします。

FSB中央の最高幹部は全員がロシア民族の姓を名乗っている。また、女性の局長級幹部もいない。

プーチンは「プーチン宮殿」と呼ばれる豪邸に住んでいる。なるほど、2021年1月にビデオで公開された映像は、まさしく宮殿でしたね。

 ソ連時代と比較すると、FSB幹部の技能や教育レベルは低下している。FSBは、ロシア社会における精鋭中の精鋭と自称しているが、その実体は、機能不全と汚職がとどまるところを知らない。たとえば、FSBは、ウクライナ侵攻について、早期に勝利すると見誤った。

もし、プーチンがスターリンのように急死したら、王座をめぐる争いが起きるだろう。しかし、その可能性のある二人は、ともに71歳をこえている。

 FSBは、ソ連時代のKGBのベリヤがそうであったようにロシアのエリート支配層に多くの敵をつくってきた。したがって、プーチン死後、争いが起きるのは必至のようです。

プーチンのロシア、ロシア社会の暗黒面の一端を知ることができました。

(2025年11月刊。2970円)

日曜日にジャガイモを植えつけました。ダンシャク、メイクィーン、キタアカリの3種です。畝(うね)を3つつくっておき、孫たちと一緒に穴を掘って埋めこみます。小学1年生の孫は、シャベルで掘ろうとしても、力が足りず、掘れません。雨がずっと降っていないので、固かったのです。すると、孫はバケツに水を入れて畝にかけ、なんとか掘ることが出来ました。いつのまにか賢くなっているのに驚きました。今年は、ジョウビタキの姿を全然見えません。残念です。近くの電柱のてっぺんにカササギが巣をつくりあげました。いつもながら見事なものです。うちの庭にもよく2羽で巡回してきます。春はもうすぐです。花粉症はまだ、それほどでもありません。

いい経営者は「いい経営」ができるのか

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 高家 正行 、 出版 海士の風

 私は学生からすぐ弁護士になりましたし、企業を経営したことなんかもちろんありませんし、会社員になったこともありません。ところが、依頼者には中小零細といえども企業の経営者が少なくありませんし、また労務管理を含めて倒産・閉鎖について相談に乗ったりすることも多いのです。なので、いわゆるビジネス書もたまに読むようにしています。

 著者はホームセンター大手のカインズの社長です。カインズはワークマンを傘下に置き、ハンズもその一つです。慶応大学を卒業して三井銀行に入り、「プロ経営者」を目ざして40歳になって脱銀行でミスミに入社。45歳でミスミグループの社長になって、プロ経営者の仲間入りを果たした。

 経営者とは、多くの社員がまだ危機を実感していない平時に、社員にコンフォートゾーンから抜け出てもらい、変革を成し遂げていくもの。変化は持続させなければならない。変革とは、一時的な「変化」ではなく、それが持続すること。変化を持続させる理想の経営を実現するには、最終的には、経営者の存在感が小さくなっていくことこそ望ましい。

 経営者の意思決定は、ときに合理性を超えた道理性にもとづく。

変革においては、何でもやるのではなく、やるべきことに絞る、着眼大局・着手小局でブレずに続ける。リスクをとって勝負する。最後の、リスクをとって勝負する、というのは勇気と決断がいりますよね……。

 経営者は人間観察業。これは弁護士にも共通します。依頼者・相談者の人間性を見抜き、それに適合する解決法を一緒に探っていくのです。と、一口で言うのは簡単ですが、実際はいつも至難の技(わざ)です。

 工場閉鎖は社員の責任ではなく、経営者の責任。これをやると、会長と経営者に対する不信感は拭(ぬぐ)えない。

 カインズのメンバー(従業員)は、パート・アルバイトを含めて2万人を超える。いやあ、大変な大企業なんですね…..。

「いい経営者」に必要な3つの素養。

 その一つは、論理的・戦略的にものごとを分析し、課題を整理し、意思決定に導く力。

 その二は、自らの意思と覚悟をもって決断し、組織を引っぱり結果を出すまでやり続けるリーダーシップを備えた企業家精神。

 その三は、合理性を超える道理性を備え、信頼と共感によって人を動かし、組織や社会を変えていくことの出来る力。

 「いい経営」をするには、人が育つ環境を整えること。そのためには、人が育つ時間的猶予のある状況をつくる必要がある。必要なのは「自律的」なリーダー。人は育てるものではなく、育つものだから、著者は、衆議独裁を体現するようにしていると言います。

衆議が成立するためには、組織の多様性が不可欠。会議ごとに議長を決め、発言しない人は会議に参加しない、会議に参加する以上は発言してほしい。発言するのには勇気がいる。しかし、発言しないかぎり、賛同も反論も得られない。

 私は、あらゆる出席した会議で1回は発言するよう心がけています。少なくとも質問はします。そして、司会・議長になったら、参加者を指名してまで「全員発言」を求めます。発言していくことで、その組織との関わりが深まりますし、他の人の反応からみて、賛同・反動が足りないように思ったら、考え直すのです。

 大変勉強になるビジネス書でした。

(2025年12月刊。2420円)

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