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パンツははいておけ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 早乙女 かな子 、 出版 幻冬舎
タイトルを見て、パンツ・ルックつまり女性にとってのズボン姿のことかな、それでも、なんだか変なタイトルだな…、そう思っていると、本文を読んで、パンツとは昔で言う女性用パンティのことでした。ええっ、じゃあ、これってどういう意味なの…。
著者は超教育ママの下で小学生のときまでは超優良生徒でした。そして中高一貫の名門中学に入ったころから自我に目ざめ、モーレツ・ママと激しいバトルを展開するようになります。その前に酒乱の父による家庭内暴力があり、被害者である母親の部屋に逃げ込むと、そこで母娘のバトルが展開するのです。
まったく読むだけで息が詰まって窒息しそうになります。父と息子も難しい関係にありますが、母と娘のバトルの深刻さは想像以上のものがあるようです。
やがて著者は中卒フリーターとして働きはじめますが、簡単に生活できるはずもありません。人間関係そして人生に見切りをつけて6階から飛び降り自殺を試みます。すると、奇跡的にたいしたケガもなく助かるのです。同じ病院に、同じように自殺を企図して車椅子生活になった少女がいました。「あなたみたいになりたい」とつぶやいたら、その娘(こ)に思い切り顔を叩かれてしまいます。そのときは、その娘がなぜ怒ったのか分かりませんでした。
幼いながら母を喜ばせるのが自分の使命だと察知し、母の期待する「いい子」に育とうとした。母の絶対王制と父の暴力の狭間で育った三人の子ども(2人の兄と著者)は、とても仲が良かった。というか仲良くせざるをえなかった。
小学校で不登校となり、秋葉原にコスプレに出かけた。
中学2年生になると、父の暴力がひどくなった。父の母のケンカを止めず、兄と弟は静観に徹する。
中三の秋、首をくくって自殺企図。そのとき、兄からは「オレたちだって、こんな状況で、がんばっているんだ、甘えるな」と叱られ、弟からは、腹を思い切りけられた。そして小児病院精神科へ入れられる。
著者も母も、それぞれ、ままならない生きづらさを抱えて、かろうじて二本足で立っていた。そんな女同士、互いのフラストレーションを吐き出す口実を見つけるために、いつも互いがボロを出す瞬間を毎日、監視しあっていた。
完璧主義の母親は、物事に対して少しでも欠落している点を見出すと、ひどくヒステリックになる節があった。娘の「中卒」という欠落点にアレルギーのように過敏に反応して、人格レベルでダメ出しをする。
人間はケンカしているときほど、互いの物理的距離が近くなってしまう。相手の粗(あら)を探してやろうと息巻いて、相手の行動をいちいち見てしまい、また争ってイライラする悪循環に陥る。だから、ムカつくときほど、ぐっとこらえて離れたほうがいい。
なーるほど、そういうことなんですね…。
もう人生がどうでもよくなっていた。こんなに価値のない人間、ぐちゃぐちゃに原型をとどめることなく、犯しつくされて、粗末にされて、死にたい。でも、私とのセックスに対価としてお金を払ってくれる人がいたら、うれしい。そんなチリみたいにはかない希望ももっていた。そんな思いで、援助交際を成し遂げるべく、パンツを脱いで、宇宙空間どころか、ラブホテルのなか、得体のしれないオッサンの前で素っ裸になってベッドに身を放っていた。感情のスイッチをオフにして、目を閉じる。そこには一片の悔いもためらいもなかった。自暴自棄になっていた一方、自分に価値があるのか確かめるため、ベッドで裸になっていた。
あるとき、知人の男性が著者に言った。
「自分だけが不幸しているような、その悲劇のヒロインヅラが気に入らん」
たしかに、「凄惨な家庭に生まれた自分」というのに酔って、いざというときの言い訳にしていた。私はこんなに大変なんだから、みんな私に配慮して、助けてよ。こんな主張がいつも心の奥底にへばりついていたから、中学のときクラスからも孤立したし、兄弟からも見放された。
「メンヘラ」という言葉で形容されるそれは、自分の弱い部分をずるく利用して、周囲から大事に甘やかしてもらおうという、おのれの傲慢さのあかしだった。
「もうハタチこえた大人なら、人のせいにしないて、自分の人生を生きてみい」
結局、著者は大学受験のための勉強を再開し、現在は国立の奈良女子大学の学生として在学中とのこと。
著者の最後の呼びかけは、「あなたの大切な人のため、そしてあなた自身のために、人間どんな状況に置かれても、心は錦で、腰にパンツは、はいておけ」というものです。心に迫ります。
電車の中で一心不乱に読んでいたら、いつのまにか目的地の駅に到着していて、慌てて降りました。月並みな表現ですが、ハラハラドキドキのいい本です。あなたもどうぞ読んでみてください。
(2020年2月刊。1300円+税)

法の雨

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 下村 敦史 、 出版 徳間書店
司法、つまり裁判官と検察官、そして弁護士の三者が登場する推理小説です。ネタバレはしたくありませんが、弁護士一筋の私からすると、高検の検察官がマル暴対策の警察官と組んで暴力団事務所に乗り込むというストーリー展開は、いくらなんでも…、という違和感がありました。
それでも、法曹三者のかかえている問題が市民向けに語られているところは、なるほど、そうも言えますかね…、と思わざるをえませんでした。
まずは裁判官です。たいていの裁判官は検察官の主張に首の下までどっぷり浸っていて有罪判決を連発するばかり。ところが、たまに無罪判決を次々に書く裁判官がいます。この本では、「無罪病判事」として揶揄の対象になっています。1人で15件も無罪判決を書いたから、検察官は「病気」(偏見をもっている)だと決めつけているのです。
有名な木谷元判事は何件の無罪判決を書いたのでしたっけ…。
検察が起訴した事件の有罪率は99.7%。検察庁内では、3回も無罪判決を受けた検察官はクビになると、まことしやかにささやかれている。恐らくそんなことはないと思いますが、無罪判決が検察庁に打撃を与えることは間違いありません。
それにしても、「無罪病判事」は、疑わしきは罰せず、というキレイゴトを馬鹿正直に守ったことの結果だという表現があるのは弁護士の一人として悲しくなります。それは、何も検察側に「完璧で無欠な立証を要求」しているのではありません。有罪立証すべきは検察であり、それに合理的な疑いが存在したら無罪とすべきなのです。
検察官のバッジは秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)と呼ばれている。秋の冷たい霜や夏の激しい日差しのごとき厳しさが職務に求められているということを意味する。
検察官バッジがくすむにつれ、青臭い正義感は経験と引き換えに失ってしまった。
そして、弁護士。成年後見人に弁護士が職業後見人として選任されている。しかし、この成年後見人制度は、高齢者や障害者を苦しめる制度だ。それを知らず、大勢がすがって、被害にあっている。現状は、まともに機能していない。
これは、なんと手厳しい。しかし、この評価は、被後見人の財産を利用したいという立場の親族によるものだと思います。そんなにひどい制度だとは私は考えていません。
国も自治体も銀行も不動産屋も、こぞって成年後見人制度を推進している。しかし、それは現実を何ひとつ知らない人々が安易に申立して、被害にあっているのだ。
さすがに、それは言い過ぎだと、今も成年後見人を何件かつとめている身として、思います。
ストーリー展開には違和感をもちつつ、いったいこの先どうなるのか興味深々で、最後の頁まで一気に読了してしまいました。
(2020年4月刊。1600円+税)

萩尾望都・作画のひみつ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 萩尾 望都 、 出版 新潮社
萩尾望都が絵を描いている様子が写真で紹介されています。
そして、アイデアがかたちになる前のクロッキー帳も公開されています。
著者はクロッキーブックに思いつくままにプロットやセリフを書いていく。このクロッキーブックは、月に1冊は使う。
著者は福岡のデザイナー学院で2年間、ファッションデザインの勉強をしていたので、衣裳にも詳しい。
著者がマンガ家になるのを決意したのは、大阪での高校2年生(16歳)のとき。19歳でマーガレットに金賞で入賞し、20歳で上京した。23歳のとき、「ポーの一族」シリーズ第1作を発表。
すごい早熟なんですね。なにしろ2歳で絵を描きはじめ、4歳のときには四コママンガも描いていたというのですから…。
私は、SF長編「11人いる!」にショックを受けました。絵といい、ストーリーといい、まったく想像を絶しています。これは著者がまだ26歳のとき。
「残酷な神が支配する」にも圧倒されました。まったく考えも及ばない世界とストーリー展開だったからです。
この本には、たくさんの原画が紹介されています。もちろん、ストーリーのあるマンガですから、1枚の絵を描けば足りるというものではありません。ストーリー展開にそって人物が動いていきます。
そのとき肝心なのは、やはり、なんといっても目のようです。ほんのちょっとした目つきの違いがストーリー展開を支えるわけです。そこをうまく描きわけていくわけです。まさしく天才的としか言いようがありません。
手塚治虫を尊敬しているとのこと。やっぱり、ですね。
あまり社会的発言はしていないようですが、3.11についてはマンガにしているようです(すみません。読んでいません)。
「永久保存版」と銘うってあるだけのことがある、豪華カラー図版満載の本です。萩尾望都ファンでなくても、少しでも関心があれば、ぜひ手にとって眺めてみてください。
著者は私と同じ団塊世代。著者の母親は私の母と同じ福岡女専の同級生でしたので、著者の顔写真をみるたびに著者の母親そっくりだと思ってしまいます。
(2020年4月刊。2000円+税)

平将門の乱を読み解く

カテゴリー:日本史(平安)

(霧山昴)
著者 木村 茂光 、 出版 吉川弘文館
平将門(たいらのまさかど)の乱は平安時代に起きた、武士の最初の反乱と言われる、935年から940年にかけての内乱だ。
平将門は、上野国府で「新皇」(新しい天皇)を宣言して、坂東8ヶ国の国司を任命し、新たな「王城」建設まで宣言した。
日本史のなかで、新しい天皇(新皇)を名乗り、朝廷の人事権(除目。じもく)を奪って国司を任命し、新しい宮都の建設まで計画したのは、ほかには南北朝内乱時の後醍醐天皇くらいしかいない。将門の乱は、まさに日本史上まれにみる大事件だった。
平将門が新皇宣言するにあたっては、菅原道真の霊魂と八幡大菩薩がその根拠となっていた。これらのことから、平将門の乱は単に東国で起きた武士の反乱という側面をこえた国家的な問題をはらんだ反乱だったと言える。
この当時、領地・所領は、まだ財産的価値をもっていなかった。
平安時代というのは、そのような時代なのですね…。
平将門は東北地方を強く意識していた。すなわち、鎮守府将軍のもたらす富には、奥羽さらにエゾ地から持ち込まれた、胡禄(ころく)、鷲羽(わしのはね)、砂金、絹、綿、布があった。
平安末期、源頼朝の挙兵について支配者層は平将門の乱に匹敵する大事件であると認識していた。
平将門は、平安京に似せて「王域」を建設しようとした。
「左右大臣、納言、参議、文武百官、六弁八史」の任命、「内印、外印(天皇の印と太政官の印)」の寸法・文字などを確定した。このように宮都の建設・官僚の任命が矢継ぎ早に実施された。ただし、専門性の高い技術と能力を必要とする暦をつくる暦日博士は人材を確保できずに任命されなかった。
平将門の「新皇」即位は、「みじめな構想」などではなく、思想的・精神史的には京都の天皇・天皇制を相対化するような大きな「画期性」をはらんでいた。
平将門は、自分の国家領域を支配するための政策をしっかりもっていたと認められるべきだ。
平将門は、律令国家・王朝国家が支配の根幹としていた国府を襲い、さらに中国由来の天命思想を掲げ、新興の八幡神・道真の霊を根拠として「新皇」を名乗って王城を建設しようとした。
平将門の乱は、関東という、京・畿内から遠く離れた領域を舞台として起きた反乱だったが、この反乱から読みとれる諸特徴は、まさに全国的な政治的・社会的・思想的な変化を体現するものばかりだった。
京から遠く離れた坂東の田舎武士どもが、ちょっと盾ついたというレベルのものでなかったことを初めて知りました。
(2019年11月刊。1800円+税)

戦車将軍グデーリアン

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 大木 毅 、 出版 角川新書
ドイツ国防軍のグデーリアン上級大将は、1940年5月の頂点から、1941年の対ソ戦におけるモスクワ前面での敗北、そしてヒトラーから解任へと転がり落ちた。
ドイツ敗戦の後は、戦犯裁判の被告となることは免れたものの、栄誉も財産も失い、悲境のうちに死んでいった。
グデーリアンは、ドイツ装甲部隊を育て、指揮し、勝利をもたらした最大の功労者だという見解が定着していた。しかし、それは主としてグデーリアン本人の書いた回想録『電撃戦』によるもので、実は、不正確なものだった。
そして、グデーリアンは語っていないし、認めてもいないが、ナチス・ドイツ軍によるユダヤ人をふくむ住民の大量虐殺に加担もしくは目をつぶっていたという事実があった。
グデーリアンはヒトラーを信奉し、反共・反ユダヤ主義の信念で一貫していた。
グデーリアンとマンシュタインは陸軍大学校の同期生だったが、この二人は決して仲がいい関係ではなかった。
グデーリアンはベック陸軍参謀総長とは違憲があわず、むしろベックを装甲部隊にとっての障害をみなしていた。このベックは、戦争を避けるためクーデターを起こしてヒトラーを排除することまで考えついて、結局、ヒトラー暗殺に失敗して命を失った。
1940年5月10日に発動された「黄号」作戦で、グデーリアンはアルデンヌ突破を成功させた。ところがクライス装甲集団司令官は、グデーリアンを命令違反と単独行動として激しく叱責した。このクライスの背後にはヒトラーもいたので、さすがのグデーリアンも従わざるをえなかった。
そして、それは、ダンケルク停止命令となった。この停止命令は、ヒトラーが自己の権力を保全・強調するためのものだったというのが、今の私には一番もっともらしく思えます。いずれにしても、ドイツ国防軍のなかでも決して一枚岩ではなかったのですね…。
そして、そこに「軍事の天才」と自称するヒトラーの独断と思い込みによる作戦指導があって混迷をきわめたのでした。
ソ連攻略を目ざしたドイツ軍のバルバロッサ作戦については、その目的が明らかでなかったと著者は評価しています。ソ連軍は頑強に抵抗しましたし、ソ連の国土はぬかるみのためドイツ軍の戦車は立ち往生してしまったのです。
グデーリアンは、ヒトラー暗殺計画の一味から参加するよう誘われたのですが、結局、日和見を決め込んだのでした。日和見ということは、ヒトラー側へも通報していないということです。肝心な決行の日には自宅にいたようです。暗殺がうまくいくか失敗するか、いずれにしても自宅にいたらアリバイがあると考えたということです。
ドイツ軍の「電撃戦」なるものは、当の本人がそのように主張しているだけで、実は落氷の綱渡りだったという。真相なのですね…。
『独ソ戦』を補完するものとして、コロナのせいで客がまばらになった福岡・六本松のコーヒーショップで一心に読みふけりました。
(2020年4月刊。900円+税)
日曜日の夜、寝る前に楽しみの「ダーウィンが来た」を見ようとしていると、テレビのある和室から「キャーッ」という家人の悲鳴が聞こえてきました。何事か…。それはそれは見事なムカデがいました。地元ではゲジゲジと呼んでいます。15センチほどもある、テカテカとした光沢のムカデが泥壁にへばりついていました。慌ててハエ叩きで叩いてみましたが、へっぴり腰で叩いたせいで、手応えもなくポロリと床に落ちてしまいました。決してくたばったとは思えませんが、動作は鈍くなりました。電線コードが近くにあって叩きにくいので、掃除機の吸い取り口をムカデにあてました。すると、ムカデはするっとテレビ台の下に逃げ込んだようです。仕方なく、重たいテレビ台を2人がかりで上げてテレビ台の下を懐中電燈で照らしてみましたが、見つかりません。いやあ困りました。こんな部屋でムカデなんかと一緒には寝れない、そう言って家人はさっさと逃げ出してしまいました。
翌朝、掃除機のゴミ吸収袋を取り出そうとすると、ガサっと動くのです。逃げ切ったと思ったムカデは掃除機に吸い込まれていたのでした。いやあ、最近の掃除機の吸引力って、すごいパワーをもっているんですね…。
自然に近いところに住んでいると、家の中の床に太いナメクジがいたり、庭にモグラや土ガエルだけでなくヘビまでいたり、あまりうれしくない隣人とも近所づきあいをしなくてはいけません。歩いて5分の小川にホタルが乱舞するのを見れるというのは、こんな環境であることを意味します。
夏に草取りをしていてヒマワリを見上げると、ヘビがからまって昼寝しているのを見て、あれえ…と腰を抜かしてしまう出来事が起きたりもするわけです。

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