(霧山昴)
著者 中川 竜児 、 出版 朝日新書
学校で反ナチの教育をちゃんとしていると聞いているドイツでもこのところヒトラー・ナチスを公然と賛美する極右勢力が伸張しているようです。しかも、若い人々を惹きつけているというのが恐ろしいことです。
日本で外国人排斥を声高に叫ぶ参政党が議席を増やしているのと共通する現象なのでしょう。
現代日本では、外国人を排斥したら社会がまわらなくなります。排外主義を唱える人は、まったく身の回りの現実を見ていません。見ようともしないので、現実が見えていないのでしょうね。悲しい現実です。
この本はドイツ敗戦に至るまでのナチスの蛮行、残虐な犯罪に加担した人々を時効をなくしてまで追及する人々を紹介しています。
日本では残虐な拷問を繰り返した特高警察の幹部が日本敗戦後もしぶとく生きのびていたという事実があります。熊本県知事は特高警察の元幹部が何代もつとめていました。「保守王国」だったというのは、実は元特高の知事をかかえていた恥ずかしい県だと自覚すべきではないかと私は考えています。
戦後ドイツでナチ犯罪者として有罪になったのは6500人(6690人という推定もある)。ところが、実は10万人の犯罪者がいた、いや25万人という推定もある。600万人もの罪なきユダヤ人を捕まえて片っ端から絶滅収容所に入れ、その大半を殺害したのですから、25万人のナチ犯罪者がいても不思議ではありません。
アウシュヴィッツ収容所の門の上には「働けば自由になる」と書かれている。しかし、実際には、目に見えない文字で、「この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ」と書かれている。門の内側には、普通の人間の想像を絶する地獄が待ち受けていた。そこには人間としての尊厳を奪われた犠牲者がいた。強制収容所の日常と本質は、淡々と、効率よく収容者を殺していった点にあった。フランスのクラウス・バルビーはリヨンのゲシュタポの責任者で、対独レジスタンスに拷問を加え、「リヨンの虐殺者」の異名で知られていた。ユダヤ人の強制移送にも関わっている。そして、ドイツ敗戦後は、アメリカ陸軍の情報機関がバルビーを保護下に置き、貴重な情報提供者として使っていた。南米のボリビアに逃亡していたが、左派政権になって脱税犯として、フランスに身柄が引き渡された。1987年に裁判が始まり、「人道に対する罪」で終身刑となって、1991年に77歳のとき病死した。
ドイツでは反ナチ映画が今なお次々とつくられています。戦争で何があったのか、起きたのか、事実を知って今に生かす必要があると思います。タカイチは、戦前、私は生きていなかったから、反省する必要がないとうそぶいていますが、そんなことでは戦争をくり返してしまいます。
(2025年12月刊。990円)


