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機械式時計大全

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 山田 五郎 、 出版 講談社選書メチエ
私は高級時計には関心がまったくありません。たかが腕時計に何百万円もかけるなんて、正気の沙汰ではありません。途中で停まったら困りますので、私は2万円ほどのクオーツ式の時計を2つもっています。3年くらいしたら新しく買い換えます。
連続窃盗事件を3年ほど前に担当したとき、ウブロという高級時計があるのを初めて知りました。被害者はIT関連の小さな会社の社長で、そこそこの高級マンションに住んでいて、高級時計をいくつも所持していて、それが盗まれたのです。そのまま質屋に持っていって自分の名前で質入れしたのですから、犯人が捕まったのも当然の事件でした。
腕時計に限っては、一度は絶滅しかけた機械式が高級品の代名詞となって、クオーツ式から売り場を取り戻し、何百万円もする機械式の時刻を数万円のクオーツ式であわせて喜ぶ時計好きが少なくない。90年代に入って、機械式時計の人気が復活した。
クオーツ式とは、水晶発振子の振動で調速する。電気で動く時計のこと。また、標準時電波やGPS信号を自動受信する正確無比な電波時計やGPSウォッチが数万円で売られている。
すべての機械式時計は、歯車の回転の停止と解放を一定周期で繰り返す「脱進機」と呼ばれる機構で、機械式はチクタク音のする時計とも言える。
機械式時計が、夏は遅れがちで、冬は進みがちになる理由の一つは、気温が上がるとヒゲゼンマイが伸びて柔らかくなる(弾性が下がる)ので、大輪の回転速度が落ち、気温が下がると逆の現象が起きるから。
21世紀に入って、ヒゲゼンマイが金属ではなく、シリコン製も登場した。シリコン製は、温度差だけでなく、磁気の影響も受けにくく、摩擦が少なく、しかも軽くて変形しにくい。
腕時計のほぼすべてが板バネを渦巻き状に巻いたゼンマイを動力としている。ゼンマイのトルク(駆動力)は長さに反比例し、厚さの3乗と幅に比例する。
表示時刻が夜20時から早朝4時までの間は、日送りしない方が無難。時刻や日付の逆回しは原則として禁止。機械式時計はムダに面倒くさいからこそ楽しい。
最後に、著者は投資目的で高級な機械式腕時計を定価以上で買わないようにと注意しています。下手にもうけ心で買うとケガをするというのです。きっとそうだろうと私も思います。腕時計は腕にはめて使うものなのです。大変勉強になる本でした。
(2021年9月刊。税込2805円)

藤原定家『明月記』の世界

カテゴリー:日本史(平安)

(霧山昴)
著者 村井 康彦 、 出版 岩波新書
藤原定家は平安時代末期から鎌倉前期の公家(くげ。貴族)であり、『新古今和歌集』や『小倉百人一首』の選者として高名な歌人。
藤原定家は、19歳から74歳までの55年間の日記を書き、そのほとんどが残っている。それが『明月記』。貴族である定家が詳しい日記を書き残したのは、他の公家日記と同じく、子孫のための故実の書とするためだった。宮廷儀礼に従う公家にとって、公家の日記は必須不可欠の指南の書だった。ただし、『明月記』は「私」を極端に書きあらわした『極秘日記』でもあった。
定家は公家の一員として官位昇進(官途)には大いなる関心があったが、関白兼実(かねざね)が政変のため失脚すると、「絶望」の心境になった。
『明月記』にやたらと出てくる言葉に「名謁(みょうえつ)」がある。内裏で行われた夜の点呼のこと。定家は、毎晩のように、この名謁を受けていた。いったい、なぜ…。
自分が勤勉であることを示して、その娘である因子(いんし)と息子の為家を宮廷社会へ売り込むためだった。そして、定家は後鳥羽院に為家を売り込むことに見事に成功した。親バカの極みだった。
定家は自己中心的で、プライドが高く、人と接するのが苦手な性格だった。
除目(じもく。人事の発表)のたびに、その顔ぶれを見て、問題がなければ「善政」といって誉(ほ)め、さもなければ厳しい言葉で非難した。そして、定家の期待が裏切られたときには、「ああ悲しいかな」と記した。
定家は、家族のほか、家司(けいし)ら使用人を20人から30人は抱えていた。定家の収入は、4ヶ所の庄園が主だった。近江国(滋賀県)、伊勢国(三重県)、播磨国(兵庫県)。
定家は永年の望みであった正二位の位も、参議の地位も手に入れたが、さらに任官の希望を表明していた。そして、ついに「権中納言」に任じられた。
定家の歌才を認め、その能力を最高度に伸ばす役割を果たしたのは後鳥羽院だった。後鳥羽院は定家の歌才をもっとも高く評価していて、それは隠岐に流されても変わらなかった。
『明月記』と定家について、その雰囲気をかぎとることができました。
(2020年10月刊。税込968円)

プライバシーという権利

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 宮下 紘 、 出版 岩波新書
インターネットが社会の隅々にまで浸透している現代社会におけるプライバシーを守る権利を考えている本です。とても勉強になりました。
FB(フェイスブック)で「いいね」を押した履歴を集めると、その人がどんな人か予測できるといいます。白人か黒人かは95%、性別は93%、ゲイであるか否かは88%の確率で予測できる。独身か既婚者か、喫煙の有無、飲酒の有無、宗教(キリスト教かイスラム教か)も予測できる。また、民主党支持か共和党支持かについても、85%の確率で予測できる。
私もFBは利用しています(見るだけです)が、これではうかつに「いいね」を押せませんね。
ナチスはユダヤ人迫害のとき、IBMからパンチカード読み取り機を購入し、個人情報を収集して分析した。それによって、ユダヤ人の中から誰を最初に資産没収、逮捕・拘禁、そして最終的に駆逐の標的にするかを決めた。
プライバシーの権利の核心にある利益は、憲法13条の個人の尊重の原理に照らした人格的利益と考える。データによる決定からの解放により、情報サイクルの中で人間を中心にすえて、本人自らがネットワーク化された自分を造形する利益、別の言い方では、自らの情報に関する決定の利益こそが現代的プライバシー権の中核をなしている。
日本の最高裁は、これまで一度も自己情報コントロール権を肯認していない。
ベネッセから個人情報が大量に漏洩した件について、ヤフーBBから500円の金券が配布されていたほかに、裁判所は5500円の賠償を命じた。
氏名、住所、電話番号、メールアドレスなどの単純な漏洩の被害者に対する慰謝料の相場は、1人あたり1000円から1万円となっている。1人あたりではたいした金額ではないとしても、企業にとって、被害者が多いと大きな金銭的負担を余儀なくされる。
破産者マップについて、インターネット上で公表するのは違法だけれど、DVDにして販売する行為は適法とされている。この両者の違いは、一体どこにあるのか…。
では、車に搭載しているドライブレコーダーによる常時撮影は、情報自己決定権の侵害にあたるという判決はどう考えてよいか。
自動顔認証カメラが空港に設置されようとしています。その正確性は99%。ところが、2019年には外国からの旅行者は4434万人いたので、44万人あまりの人々が、誤認されることになる。これって、とても怖い話ですよね。
自分のことを自分以上に第三者が知っているなんて、まさしく不気味そのものです。いやですよね…。現代社会に生きるうえで考えるべき視点の一つだと思いました。
(2021年2月刊。税込880円)

庭仕事の真髄

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 スー・スチュアート・スミス 、 出版 築地書館
私は日曜日の午後は庭に出て庭仕事にいそしみます。冬は花の手入れというより、花を咲かせる準備です。夏は炎天下で雑草とりするのが大変ですし、蚊にやられますが、冬は蚊がいませんし、雑草もそれほどではありません。クワをふるって掘り起こすと汗をかくほど、身体が温まって、ちょうどいいのです。今、庭のあちこちにチューリップの球根を植えていますから、3月になるのが楽しみです。300本以上は咲いてくれるはずです。
チューリップの前にスノードロップが白い可愛らしい花を咲かせます。この本には、スノードロップは私たちの庭での新しい生命の最初の兆候だとあります。
庭にすんでいるネズミは他の球根を食べてもスノードロップの球根は食べないので、どんどん増えていくとも…。わが家の庭にネズミを見かけたことはありませんが、モグラはよく見かけます。モグラは球根を食べませんが、せっかく植えつけた球根を地上にはね上げてしまうことがあります。自分のトンネルを邪魔しているというのでしょう。
植物は人間よりもはるかに折りあいが良く、威圧的ではない。植物と働くことを通じて、私たちは生命を育(はぐく)みたいという衝動を再び持てるようになる。
子育てと同じで、庭も完全に人間のコントロール下におくことは不可能だ。庭自体が生き物で、人間がそれを完全に支配し、管理することは不可能。そうなんですよね、折りあいをつけるしかありません。
庭には人間を平等にする効果がある。土に触れて働くことは、人と人とのあいだに真のつながりを育てる。そこには気どった態度も偏見も存しない。なので、刑務所のなかでのガーデニングはとても効果がある。
トラウマは、過去が常時、現在に侵入してくるから、心が経験を時間的に処理するのを邪魔する。植物の世話に没入し、現在の瞬間に集中すると、これを変えることができる。
庭で土を掘り起こすことで、土壌中の他のバクテリアが直接働きかけてセロトニンを調整している可能性がある。ええっ、そんなことって、聞いたことがありません。本当でしょうか…。
ガーデニングは、テクノロジーをほとんど必要としない。
地味な普通の家庭菜園は、私たちだけのためにあるのではない。私たちが何かを始めると、多様な生物が存在するようになり、それによってさらに鳥や虫のための環境が生まれ、私たちの周囲は豊かになっていく。
わが家では生ゴミは結局のところ庭に植えこんでいきます。すると、庭はふかふかの黒い土となり、ミミズがたくさん生まれます。なので、モグラが繁盛するわけです。そして、ヘビが代々庭のどこかに棲みついています。
庭仕事は繰り返しの多いタイプの活動。そこにリズム感に気づくことができる。すると、心と身体と環境が一緒になって調和をもって機能するようになる。そして、心身を大きく回復させる力が発揮される。副交感神経の機能を強化し、脳の健康を増進させる。エンドルフィン、セロトニン、ドーパミンといった、抗うつ性の神経伝達物質のレベルが上昇し、同時にBDNFのレベルも上がる。これらが統合されると、楽しい気分の、リラックスした状態での集中ができるようになる。
今の瞬間を生きる力を引き出すことが、今日のストレス治療において強調されているが、同時に将来の方針をもつ力も深める必要がある。庭には、計画したり、楽しみにしたりすることが常にある。一つの季節が終わると、次の季節がとって代わる。このような何かを期待する前向きの感情は、生命の連続性といった、心を安定させる効果のある感覚を引き起こす。
美しい花は、真の、そして思わず出る微笑(ほほえ)み、デュミエンヌ・スマイルと呼ばれる微笑のきっかけになる。これは礼儀上の微笑と違って、顔全体を明るく照らし、心からの喜びを表すもの。緑の植物や花の存在は、信頼感や安心感を強めてくれる。
ガーデニングを読書とともに、主な喜びの一つとしている私にとって、とても意を強くしてくれる本でした。
(2021年11月刊。税込3520円)

母の背中

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 真木 和泉 、 出版 自費出版
宮崎出身の著者による短編小説を1冊にまとめた本。宮崎の大淀川近くに住んで小学校に通っていたころの思い出を描いているものが多い。
私と同じ団塊世代の著者は、7人姉弟の末っ子として、親からほったらかされ、ほとんど野生児のように育った。何のしつけも受けていないというけれど、祖母をふくめて10人家族なので、上の姉兄たちから、それなりにしつけを受けていたはずです。
貧しい家庭ではあったが、姉兄たちは、それぞれ個性的で、母親をふくめて人間的な、泥臭いぶつかりあいの絶えない日々だったようです。
そして、著者は小学校について、「なんとすてきな場所だったことだろう」と手放しで絶賛しています。
何も知らない野生児の自分に文字を教えてくれた。あの感動は今も忘れることができない。街を歩くと、今まで単なる模様に過ぎなかった看板の文字が読めるようになっていた。字についても面白いことは何もなかったが、学校はキラキラと輝いていた。そこで、どんどん利口になっていった。いつのまにか、お使いに行って釣銭の計算もできるようになった。
小学校で、人間として解放されていった。1クラス55人もいた小学校での日々によって、自分の人生に刻印されたのを一つひとつ自覚していったように思う。
小学校で、著者は今でいうイジメにもあったようです。たしかに身体が大きいほうが強かったと思いますが、1クラスに50人もいると、かえって陰湿なイジメになかったようにも思うのですが、どうなんでしょうか。私自身はイジメにあったことはなく、イジメる側にまわったことも、本人としては、ないと思っています。中学校には、いわゆる「不良」がたくさんいるというので、小学6年生のころ、中学校へ進学したらどうなるのかなと、漠然とした不安を抱いていました。
実際には、小学校は4クラス、中学校は13クラスもあって、生徒がうじゃうじゃいましたので、「不良」グループの標的になることもなく、仲良しグループとともに平穏な3年間を過ごすことができました。
大学時代の友人のすすめで、本にまとまったとのこと。やはり、こうやって一冊の本にまとまると読みやすいし、いいですよね。著者の今後ますますの健筆を期待します。
(2021年9月刊。)

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