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近所がうるさい

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著者:橋本典久、出版社:ベスト新書
 福岡の岩本洋一弁護士から面白い本だよ、と言ってすすめられた本です。本当に面白い本です。というより、はっきり言って大変勉強になりました。ありがとうございます。これからも、みなさん、いろいろ面白い本があったら、ぜひ教えてください。騒音トラブルに悩む人、その相談を受けた弁護士にとって必読の書だと思いました。
 有名なピアノ殺人事件が紹介され、詳しく分析されます。1974年夏、神奈川県平塚市の県営団地で起きた殺人事件です。母親と8歳、4歳の2人の娘の3人が刺し殺されました。犯人は上の階に住む男でした。死刑が確定した今もまだ執行されていないそうです。事前に包丁を購入し、周到に殺害の機会を狙っていた確信犯なのに・・・。
 精神鑑定を受け、パラノイアと診断されている。階下の亭主が自分を狙っており、ピアノ騒音もいやがらせの一つだと妄想をふくらませていた。相手の攻撃に備えて護身用のナイフを持ち歩き、部屋には手製の槍を備えていた。犯人は控訴を取り下げ、一審の死刑判決が確定している。
 団地というのは大変に閉鎖的な空間である。この事件の本質は、自殺願望をもったパラノイア患者による特異な犯罪とみるべきではないか。著者はこのようにみています。
 騒音というものが他人との直接的で密接なつながりを構成し、またそれを強く当事者に印象づけるものであるということは、他の環境要素にみられない騒音の大きな特徴である。
 ピアノの振動は床に伝わり、その床や、さらに伝わった壁などから大きな音が発生する。車のエンジンの低音は、窓を通して部屋の中に伝わってきた場合に、車種にもよるが、ブーミングによってかなり大きく響くことがある。ブーミングとは、低音の特定の周波数の音が、部屋の共鳴によってとくに大きく響く現象である。
 いま、いい住宅の3条件とは、隣人、隣人、隣人だ。性質(たち)の良くない隣人がいれば生活の質が保てないだけでなく、悪ければ生活自体が破壊されてしまい、邸宅どころの話ではない。
 動物は外敵が現れれば、それに備えるために相手の情報を細心の注意を払って収集しなければならない。敵の音を聞き逃さないことは動物の生存のための不可欠の本能である。
 動物のもっている聴覚特有の本能的な働きが、現代社会に生きる人間の場合にも、トラブルに巻きこまれたときに現れてくるのではないか。
 愛情ある夫婦関係では、夫のいびきや妻のいびきがしていても、お互い平気で眠っている。敵対していないため、とくに情報収集して相手に備える必要がない。ところが信頼関係が薄れてきて相手を疎ましいと思うようになると、とたんに相手のいびきが気になりはじめ、相手の音を聞きこんでしまうため眠れなくなる。もし、あなたの連れあいが、あなたのいびきがうるさくて眠れないと言いだしたら、確実に、相手はあなたを敵だと思いはじめていると考えてよい。
 うむむ、そうだったのか、やばいぞ・・・。実は、わが家にも危機が迫っているようです。助けて・・・。
 重量床衝撃音については、床の仕上げをいくら軟らかくしても、ほとんど効果はない。床自体をガッチリさせなければ音は小さくならない。つまり、重量床衝撃音は床構造に依存する。建物がたってからでは何の対策もとれない。この既存不適格ともいえる集合住宅は、日本全国に無数に存在している。もともと、集合住宅というのは元気な子どもが自由に騒ぐことも許されないような歪(いびつ)な住空間である。それは戸建住宅よりはるかに濃密な関係をいろいろの面で強要される。
 上階音の測定を専門機関に依頼すると、20万円ほどかかる。
 なかなか裁判にならないのは、これまでの裁判によって認められた慰謝料が1人30万円程度と低いこと、相手が依然として隣りに住んでいることによる。
 最近終わりましたが、私も隣家から飼犬の鳴き声がうるさいと訴えられた裁判をしばらく担当していました。原告と被告は、今も隣り同士に住んでいますので、裁判の終わり方も難しいものだとつくづく思ったことがありました。
 きのうの日曜日、炎暑のなか久しぶりに近くの山にのぼりました。わが家から頂上(388メートル)まで、ちょうど一時間です。午前11時に出て、お昼を頂上でとろうというのです。はじめの30分はだらだら坂で、森林浴を楽しみます。あと30分は健脚コースになります。夏草が伸びて珍しくヤブこぎまでしました。半ばバテ気味になりながら、なんとか頂上にたどり着きました。360度見晴らしのいい場所があり、そこで上半身裸になって汗をふき、持参のミネラルウォーターを飲んで人心地を取り戻します。以前はビールでしたが、最近はビールを飲みたいと思わなくなりました。水がとても美味しいのです。梅干しをたっぷり入れた海苔巻きおにぎりを口にほおばります。爽やかな風が吹いてきて、虫の声を聞きながらのおにぎりは最高です。トマトも一個丸かじりしました。しばし至福のときを味わい、ゆっくり山をおります。揚羽蝶がたくさん飛んでいました。黒い蝶、黄色い模様の入った蝶など、大型の蝶が悠然と飛んでいきます。道端の木に小鳥の集団が鳴きかわしていました。立ちどまって見てみるとメジロでした。熱中症にかからないようにと注意されての3時間でした。家に帰って昼寝していると雷がゴロゴロ鳴り出しました。夏本番はまだ続きます。

殿様の通信簿

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著者:磯田道史、出版社:朝日新聞社
 「土芥寇讎記」(どかいこうしゅうき)という江戸時代の秘密報告書があるんだそうです。元禄時代に幕府隠密が全国をまわって、各地の藩主・家老について評価したものです。とても面白い内容です。
 「どかいこうしゅう」というのは、殿様が家来をゴミのように扱えば、家来は殿様を親の仇のようにみる、という意味だそうです。初めて聞く言葉です。
 江戸時代には250の藩があって、だいたい13代あたりで明治維新となったので、およそ大名(殿様)は3000人ほどいたとみられる。
 徳川幕府は、足利・織田の子孫は優遇する。豊臣の子孫は殺す、という方針をとった。吉良家は足利の子孫だったので、高家としては破格の優遇をうけた。
 三大将軍・家光は、岡山の池田光政が謀叛するかもしれないと心配した。そこで、岡山と姫路のあいだに赤穂城が築かれた。そこで、浅野家は武断派の雰囲気が漂っていた。
 ところが殿様の内匠頭が奥の閨房で女と戯れ、ちっとも表の政務に出てこない。仕方なく、大石が筆頭家老として藩政を取り仕切った。それで藩士は大石の言うことをきく習慣ができていた。ふーん、そうだったんですか・・・。
 岡山の池田光政の子どもの綱政については、生まれつき馬鹿、愚か者で、分別がないと書かれていました。ところが、著者は綱政の書を見て、そんなことはないだろうと判定しています。
 綱政には、なんと70人(男子21人、女子31人。このほかにも18人ほど・・・)の子いたというのです。徳川家斉の55人をはるかに上まわります。いったい、その子たちはどうしたのでしょう・・・。
 綱政の遺言の一つは次のようなものです。政事においては、極重悪人といっても、十に一つも許すべき道理があれば、きちんと穿鑿(せんさく)して、重罪を軽くするのを真の政事と心得よ。仁愛慈悲第一の事、だったのです。これでは「生まれつき馬鹿」という評価は確かにあたらないでしょう。
 前田利家の言葉が紹介されています。
 子どもを悪くしてしまうのは、親のせいである。絶対に、子のことを親が悪く言ってはいけない。なかでも、他人のまえで自分の子を悪しざまに言うのが一番いけない。子どもに悪いところがあったら、こうしたほうがよいと、子ども本人に丁寧に教えてやればよいだけだ。
 うーん、なかなかいい言葉ですね。わたしなんか、胸に手をあてて、かなりズキズキとした痛みを感じます。
 殿様稼業も決して楽ではないということを思い知らされる本です。

御社の営業がダメな理由

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著者:藤本篤志、出版社:新潮新書
 新聞で大きな広告をうっていましたので、つい気になって読んでみました。センセーショナルな題名ですが、書いてあることは至極もっともな、いわばオーソドックスな営業展開をすすめている本だと受けとめました。
 営業セミナーや営業研修に、いくら時間と資金を費やしても、さしたる効果は得られない。営業センスとは、第一印象がよいこと(明るさ、信頼できると感じさせる話し方など)、ポジティブで負けず嫌いな性格、記憶力、質問に簡潔にこたえる能力、洞察力、的確なヒアリング能力、人の悪口を言わない性格。このなかでもっとも重要なのは、洞察力とヒアリング能力。
 営業マンにとってもっとも大切なことは、ひたすら勤勉に営業先をまわって、可能な限り確率の母数を広げること。門前払いをくわされたときには、すぐ次のセールス先に移動することができ、無駄な時間をつかわなくてすんだと喜ぶべき。まあ、ものは考えよう、ということです。
 営業日報を書くなんてムダなことだからやめよう。著者は、こう提案しています。
 日々、営業日報に記載するという作業が、営業マン一人一人の貴重な営業時間を奪いとっている。標準社員の無意識的な怠慢時間、つまり結果的怠慢時間の温床となっている。営業日報を記載する作業は、営業マンを働いているつもりにさせるだけ。現実問題として、営業日報に書かれたウソは絶対に見抜くことができない。
 強い営業組織をつくるためには、営業マネージャーに課したノルマをきれいさっぱりと外さねばならない。どんな営業マネージャーであっても、自分のノルマが達成できるまでは、決して部下の行動を管理できない。営業マネージャーは、一人の部下から一日30分のヒアリングをすること。そして同行営業をする。
 営業マネージャーの部下は、多くて7人までが限界。それでも、一日に4時間ほどのヒアリングをして、クロージング案件に顔を出し、さらに社内の会議や調整に追われる激務の日々となる。
 うーん、そうなんですか・・・。そう言われたら、きっとそうなんでしょうね。そう思います。
 営業の方程式とは、結果的怠慢時間を減らす努力に会社全体で取りくむことにより、営業量を増やし、そして会社の発足以来積み上げてきた、今まで経験してきた営業を行ううえで必要な知識を集約し、社員の頭の中に積み上げていくこと。なーるほど、ですね。標準的社員のやる気を引き出す、そのためにムダな時間を削るということのようです。
 何事につけ、真理は単純ななかにあるようです。

うちのネコが訴えられました

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著者:山田タロウ、出版社:角川書店
 アメーバブログ第1位とオビに書かれています。「実録ネコ裁判」を一冊の本にしたものです。裁判に一度も関わったことのない人にとっては、その顛末がきっと面白いのだと思います。
 実は、私も目下、お隣りに住む暴力団員から、おたくのネコがうちの高級外車を傷つけたとして損害賠償を求められた裁判を扱っています。といっても、裁判を起こしたのは私の方です。コワーイお兄さんと直接交渉するのは遠慮したいので、裁判所を中に入れることにしたのです。
 「うちのネコ」がその車の上に何回も乗って爪でキズつけたというのが先方の主張です。でも、何の証拠があるわけでもありません。車の上に「うちのネコ」が乗っている写真もなければ、「うちのネコ」がその高級外車を傷つけたという証拠もないのです。いや、おまえのところの白いネコが車にキズつけているのをオレは確かに見たんだという「証言」があるだけなんです。それで100万円の請求です。
 この本では高級外車BMWの上に被告の飼いネコがたびたび乗って、その爪で傷をつけたとして、修理代金110万円が請求されています。そして、ネコが車の上で寝ている写真などが証拠として提出されています。裁判の2回目で2人の証人が調べられ、原告と被告の本人たちも証言します。なんと、定刻の5時を過ぎて、6時ころまで証人調べがおこなわれました。ええ、ときどきあるんです。裁判所では5時前に終わるのがあたりまえではありますが、まれに夜8時とか9時すぎまであることも絶無ではありません(ただし、私は経験したことはありません)。
 原告が当然のことながら立証に失敗して、原告の請求は棄却となりました。あっ、これは本人訴訟です。弁護士のところに相談に行ったのですが、合計したら弁護士費用が20万円以上かかるだろうと言われて、自分でやることにしたのでした。
 そうなんです。裁判は自分でもできるんです。でも、それには相当勉強もしてから行くようにしてくださいね。裁判を甘く見ていたらいけません。
 といっても、弁護士をつけない本人のほうが勝つことがないわけではありません。そんなときには大金をいただいている弁護士としては、本当に申し訳なく思ってしまいます。トホホ・・・の心境です。
 朝、わが家から出た蛇が隣家へ遊びに出かけているのを見つけました。1メートルくらいの長さの元気な蛇です。暑いなか、ご苦労さん、と声をかけてやりました。真紅の朝顔、爽やかなブルーの朝顔が咲いていて、雨戸をあけるときが楽しみです。夏本番は今しばらく続きそうですね。いただきもののウナギを食べて精をつけながら、この夏を乗り切るつもりです。

赤ちゃんは世界をどう見ているのか

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著者:山口真美、出版社:平凡 赤ちゃんはもっとも身近にいる、未知の生命体だ。
 なーるほど、そうなんですよね。これは3歳未満の体験を誰も何ひとつ語ることができないということからくるものにもよります。
 姿形は私たちと同じ人間ではあっても、何を見て何を考えているか、まったく分からない。私たちの近くにいるにもかかわらず、赤ちゃんは別世界の住人なのだ。
 赤ちゃん学は、この30年ほどですすんだということです。ちょうど私の弁護士生活と重なっています。少しは私の認識も進歩したでしょうか・・・。実はまったく心もとないものがあります。クライアントには決してそんなことは言えませんが、実は法律の知識がかなり怪しくなってきているのです。今では絶えず弁護士になりたての若手に確認しておかないと不安です。ホントのことです。いえ、なにも若年性のアルツハイマーにかかったと「告白」しているのではありません。ちょっとでも縁が遠くなると、その分野についての知識が急速に忘却していくということなんです。これは、まったくの自然現象です。少なくとも本人はそう考えています。
 先天性の白内障を手術して治したとき、どうなるか。よくても色が分かる程度で、形や景色を読みとるには、ほど遠い。つまり、網膜に光が到達しただけでは世界は見えない。風景も文字も、実は、あらゆるものが、見るのはとても難しいこと。眼があるというだけで、見えることにはならない。
 胎児のときから音を聞き、生まれた直後でも眼が見える。生まれたばかりの新生児の視力は0.001程度。生後半年でも0.2程度の視力しかない。眼の水晶体(レンズ)の焦点は大人にあわせてできているので、赤ちゃんの小さな眼球にはあわない。レンズの焦点は眼球が成長したときにあうよう、網膜のうしろで結ばれるようになっている。
 見る経験は、受け身の状態ではムダだということが分かっている。自ら積極的に環境に関わりながら見ることが必要なのだ。動きを見ることは、形を見ることとはまったく異なるものだ。脳の異なる部位が働いている。
 赤ちゃんには、目新しいモノに注目し、見慣れたモノには注目しないという特性がある。赤ちゃんにとって、人間の顔は、目や鼻、口といった部分ではなく、それらが並ぶ配置こそが大切なのだ。たとえば、赤ちゃんは、生まれてから2日間、母親の顔を見た時間が11時間から12時間を超えると、お母さん顔を好むようになる。これも、生まれたばかりの赤ちゃんをじっくり観察して分かったものなんです。学者ってすごい忍耐力と想像力を必要とするんですね。
 ところが、ニホンザルは、育てられた種の顔を好む。たった3時間の見る経験で、お母さん顔への好みが成立する。ヒトの6倍の速さだ。すごーい。
 生後3ヶ月の赤ちゃんは、サルの顔もヒトの顔も同じように分けへだてなく個体を区別する能力がある。しかし、生後7ヶ月になると、大人と同じように、サルの顔では個体の区別はできなくなり、ヒトの顔だけを区別するようになる。これは母国語の習得に似ている。生まれてすぐの赤ちゃんは、あらゆる言葉の母音を聞き分ける能力をもつ。ところが、生後10ヶ月になると、自分の母国語を聞き分ける能力だけを残し、他の言語の母音は聞きとりにくくなる。
 学習とは、何でも受けいれた段階から、自分の環境にあるものへと特化することをさすのだ。なーるほど、そうだったんですか・・・。社新書

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