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高速取引

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 水田 孝信 、 出版 星海社新書

 1秒間に5000回もの注文を可能とするコンピュータによる自動取引を高速取引という。

 東京証券取引所(東証)の全注文のうち、なんと8割前後が高速取引。高速取引業者は速さを競っている。もっとも速い業者だけが利益を総取りできる。そのため高速取引業者は、取引所のシステムを扱うコンピュータになるべく近いところに、発注するコンピューターを置きたがる。

 うわっ、なんか笑い話みたいです。超高速なので、遠い近いなんて関係ないかと思ったら、近い方が有利だというのです。信じられません。

 シカゴの取引所からニューヨークの取引所までの地下に直線の専用線を引くために地権を置いあさったり、専用の電波塔を建てて返信したりする。アメリカと日本を高速取引専用の海底ケーブルで結ぶという計画まであった(実現していないようです)。

 人間対AIではなく、人間がAI同士を戦わせている。

 東証のシステムの注文応答時間は200マイクロ秒。これは1万分の2秒ということ。人間がまばたきする間に500回もの取引が行われている。

 高速取引は人間には見えない。高速取引にとって、1日で1億回の取引ができ、人間でいうと830年に相当する長さ。

 高速取引は市場が荒れていると儲けにくくなる。損をするくらいなら、取引しないほうがマシだと考える。高速取引が一番儲けやすいのは、毎日同じことが繰り返されているとき。

 高速取引の全盛期は2000年代の後半。2010年代後半から過当競争になっている。

 高速取引は装置に多額の資金を要する、装置産業。2024年10月現在、日本で金融庁に登録している専業の高速取引業者は53社。そのうちダルマ・キャピタル以外は、すべて海外の業者。

 今では高速取引業者は、それほど儲からない業界になっている。

 フェイクニュースの本当の恐怖は、事実を伝えるニュースが嘘だと認知されてしまうこと。

 生成AIは、相場操縦を行う強力な道具だ。

 高速取引は、実は見せ玉に異常なまでに弱い。取引するつもりのない、高速取引を騙すためだけの大量の指値注文を繰り返し出し、ナブ(詐欺師)は利益を得ていた。生成AIを使えば、他人に成りすまして本人確認を突破される危険がある。

 生成AIとか、本当に怖いものが登場していますよね。AIを使って高速取引によって設けるなど、昔はまったく考えられませんでした。世の中は、恐ろしい勢いで変化しています。

(2025年9月刊。1250円+税)

伊藤熊太郎、海を渡った天才博物画家

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 福地 毅彦 、 出版 山と渓谷社

 これはすごい迫真の金魚たちのオンパレードです。

 魚を水から出すと、体色は短時間のうちに褪せていく。採集して水から出すと驚くほど色が変わってしまう。魚の骨格や筋肉まで把握して、立体感豊かに三次元的に描写している。雲母だけでなく金泥も使って、重量感も立体感も出している。

 「着色美麗、あたかも生けるが如き写生図」(明治36年)

 「画図は色形とともに、いずれも真に迫り、あたかも溌剌(はつらつ)として紙上に踊るがごとく感あり」(同年)

 「繊細なる筆致と絢爛(けんらん)なる色彩は真に迫り、写実の妙を極め」(昭和4年)

 まことにもって同感です。

 魚の生体がまだ本来の色や斑紋(はんもん)を残しているうちに、絵筆を用いて、すばやく、しかも正確精密に、その姿を写し取った。博物画は、ひたすら眼球に物を写しとるアート。

 絵には影が一切描かれていない。いっさいの陰影がないのに、立体的に見える。魚体の丸み、鰭(ひれ)の優美さ、鱗(うろこ)や肉瘤(こぶ)の立体的な表現など、種の特定という実学的な価値のみならず、感傷に値する博物画となっている。

 著者は神田神保町の古書店で1987(昭和62)年12月、素晴らしい金魚の絵31枚を大枚11万円はたいて購入したのでした。いやあ、これはすごいことです。でも、今「お宝鑑定団」にみてもらったら、なんと100万円近くするものなんだそうです。まさしく「お宝」です。

そして、この絵を描いたと思われる伊藤熊太郎なる画工の素性を追跡していくのです。その過程も、この本を読ませるものになっています。

 しかし、ともかく、カラー図判で紹介されている金魚の絵には思わず息を吞んでしまいます。日本は昔から金魚を愛好する人々の多い国です。江戸時代にも、中国からいろいろ輸入して楽しんでいたようです。

 金魚にもたくさんの種類があります。和錦(わきん)とか、らんちゅう、そしてデメキンというのは私も知っています。

 愛好家はいろいろ金魚をかけあわせ(交配させ)て新しい品種をつくり出しています。ワキンとランチュウの交配からキンランシ、ワキンとフナとデメキンの交配からシュブンキンというように…。

 いやあ、それにしてもたいした精密画です。天才博物画家というのに嘘はありません。

(2025年10月刊。2970円)

福音派

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)

著者 加藤喜之 、 出版 中公新書

 終末論に引き裂かれるアメリカ社会。こんなサブタイトルがついています。メインテーマに入る前に、高名な「宗教者」にもインチキな人間が多いという衝撃的な事実をまず紹介したいと思います。

全国福音派教会の代表をつとめたテッド・ハガードはメガチャーチの牧師として福音派の立場からしばしば同性愛を批判していて、ドキュメンタリー映画にも登場して同性愛について否定的な態度を示していた。ところが、ハガード自身が3年ものあいだ男娼と関係をもっていたこと、ドラッグを使用した性行為をしていたことが暴露された。

 FBI長官として長年にわたって「闇の帝王」のように君臨してきたフーバー長官も、表ではゲイを徹底して批判していましたが、実はずっと部下の男性と性的関係にあったことが明らかにされています。カトリック教会でも高位の司祭・司教たちによるセックス・スキャンダルは昔から無数に起きています。

 表の顔と裏の顔がまったく違うというのは、ある意味で、よくあることですが、宗教家がそうだと、「おまえもか…」と慨嘆したくなります。

 さて、本論です。

 アメリカ人の4分の1近くを占める福音派のうち、その6割は、世界は終わりつつあると信じている。そして、終末に向かう世界においては善と悪の戦いとして、現代の政治的・社会的な対立があると考えている。

アメリカは、そもそもからして対立の国だ。今なお、人種差別はすさまじい。中絶を認めようとしない。

 福音派は、イスラエルを祝福する者は神によって祝福され、イスラエルを呪う者は神によって呪われると考える。『創世記』にある約束に従った考えだ。

アメリカ人の半分近くは、今も進化論を否定し、万物は偉大なる創造主によってつくられたと考えている。

 「ゴッド・ギャップ」とは、定期的に協会に通う人は共和党を支持し、あまり通わない、あるいはまったく通わない人は民主党を支持するという一般的な傾向のこと。

 オバマ大統領は、オバマ・ケアとして、妥協しながらも国民の健康保険加入を促進しました。ところが、このオバマ・ケアについて、福音派は共産主義思想だと攻撃しました。連邦政府による個人の選択の領域への不当な干渉だというのです。

日本は崩壊寸前ですが、今なお国民皆保険で国民は守られていますし、ヨーロッパはもっと進んでいて、病院の窓口で医療費を支払う必要がありません。すると、ヨーロッパは、イギリスもフランスも、福音派のいう「共産主義の国」になってしまいます。そんなことを言われたら、ヨーロッパの人々は「違う、違う」と大憤慨することでしょう。

 黒人の成年が白昼、何もしていないのに警察官から不当に逮捕・拘束されて死亡するという事件が相次ぎ、「黒人のいのちは大事だ」というBLMの運動が大きく盛り上がりました。そのとき福音派は「すべてのいのちは大事だ」という対抗スローガンを掲げたのです。人種差別という構造的な不正義が目の前にあるにもかかわらず、福音派の大部分はそれを認めようとしないし、BLMの運動は決して支持しない。

 今、アメリカでも協会離れが進んでいて、多くの人が「非宗教者」になっている。ただし、非宗教はただちに無神論というわけではない。

福音派のイメージは悪くなっている。モルモン教徒(25%)、無神論者(24%)、ムスリム(22%)よりも高い27%が、福音派を「好ましくない」としている。アメリカ社会における福音派の影響力は、数の減少以上に、構造的な事件で持続している。トランプ支持者と重なるところがあるということですね。

アメリカ社会の暗黒面だと思いながら読みすすめました。

(2025年11月刊。1320円)

出稼ぎの時代から

カテゴリー:日本史(戦後)

(霧山昴)

著者 本木勝利編集委員会 、 出版 社会評論社

 私が九州から上京したのは1967年(昭和42年)4月のこと。そのころ、東京を含む関東周辺には出稼ぎ労働者がたくさんいました。どこもかしこも建築ブームだったので、しかも機械化が今のように進んでいませんから、多くの現場は人海戦術でした。「ヨイトマケの唄」にあるような光景はなくなっていましたが、それに似た状況はありました。

出稼ぎは冬に雪深い東北地方から東京に出てきていましたが、九州からも行っていました。そして、若者は集団就職です。中学卒業したばかりの、青年というよりまだ子どもという感じの若者が「金の卵」ともてはやされながら列車を借り切って東京へ向かったのです。

私は大学に入ると同時に、先輩に誘われてセツルメント活動をするようになりましたが、その舞台となった若者サークルに青森や岩手から集団就職でやってきた、東芝などの大手電器・化学工場で働く青年労働者がいました。

そして、川崎で弁護士として働くなかで、福島からの出稼ぎ労働者がビル建築現場の足場解体作業中に転落して脊髄を損傷して車イス生活を余儀なくされた斉藤さんの労災裁判を担当しました。

足場解体作業といっても、下から2段目で、高さ2メートルからの転落事故でした。一人作業だったので、会社の責任が追及できるのか、斉藤さんは大いに心配していましたが、弁護士2年目で怖いもの知らずでしたから、裁判を提起し追行しました。幸い、なんとか勝利的和解をすることが出来ました。すでに故郷に戻っていた斉藤さんから招待されて福島の大きな村の山奥にある斉藤さん宅に行って一泊してきました。なるほど、こんなところに住んでいると、川崎まで出稼ぎに行くのは無理ないなと思いました。

この本には、夫が出稼ぎに行って故郷に残された妻の嘆きをつづった詩「村の女は眠れない」が紹介されています。夜、布団の中で足を絡(から)ませ、腰を抱いてくれる夫がいない村の女は眠れないという一節は大変印象的でした。

子どもたちも訴えました。「とうちゃんがいない。雪ばかりの冬は泣きたい」、「雪がなかったら、とうちゃんは働けるのに」

詩集「村の女は眠れない」(草野北佐男)の最後の詩は「たたみのうえで死にたまえ」「きみに人間のほこりがあれば、たたみのうえで発想したまえ。たたみのうえを砦としたまえ。たたみのうえが死場所の人間の首尾をつらぬきたまえ。たたみのうえで死にたまえ」

出稼ぎ者の2割は労働災害にあった。しかし、行政はその実態を把握していない。

労災事故が起きるのは午前中ではなく、昼休み明けでもなく、あと少しで今日の仕事が終わるという時刻に集中した。

私が担当した斉藤さんの転落事故もそうでした。やれやれ、今日もあと少しで終わると思ったとき、集中力が鈍り、疲れもあって事故を起こすのです。

同情が毛穴ほども通用しない飯場では、自分に関係のない怪我人は、見て見ないふりをした。自分の身の上に降りかかる火の粉は自分で振り払うので他人の火の粉まで振り払う必要はない。これが飯場の不文律だった。

出稼ぎ死亡事故も多発していたが、ほとんど統計(数字)がない。会社から見舞金も出なかったり、きわめて少額のものでしかなかった。最高300万円というのもあるが、たいていは1万円から5万円というのが多い。

資料として『出稼ぎ』スライドが紹介されています。私が上京する直前のころの写真が主です。宿舎となる飯場はザコ寝状態。朝5時30分に「朝食だ」と起こされ、トラックの荷台に乗せられて今日の現場まで行く。夕方5時30分に仕事が終わる。1日の労働時間は9時30分。合計1350円から、食代270円、座布団代280円などを差し引くと、1日1060円となる。

飯場に待ち遠しい故郷の家族からの手紙が届く。夜、布団のなかで、繰り返し、何度も手紙を読む。

 紹介されているスライドの写真はよく撮れています。私にとってもなつかしい光景です。

 そして、今や、かつての飯場跡には高層ビル・タワーマンションがそびえたっているのです。まったく時代の外観は変わりました。でも、中に住む人々の心象は変わっていないはず。

 出稼ぎ労働者の実態が要領よくまとめられているのに驚嘆させられました。貴重な資料になっています。

(2025年9月刊。2200円)

生き物たちの情報戦略

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 針山孝彦 、 出版 科学同人

 南極で受けたサバイバル・トレーニングが紹介されています。

 なんと実際にクレバスに落っこちる。もちろん、何もなしに落ちるのではありません。40メートルのロープをつけて、氷の割れ目のクレバスに落ちる。すると、ずーんと体が引っ張られて落下が止まる。頭上を見上げると、ほんの少しだけ青空が見える。40メートルもの氷の中にいると、周囲は青い世界。宙づりになってクレバスの下の奥を覗くと、真っ黒の世界。光が届いていない。音もなく、光も少ない世界。

 このクレバスから、ロープをたどらず、氷の壁に挑んで自力での脱出を試みる。右手にピッケル、左手にアイスアックスをもち、足にはクランボンの金属が靴先に飛び出していて、氷に張りつける道具を準備して挑戦する。ところが、いくら両手を握り回し、足をバタバタさせても、柔らかい氷の結晶がついた壁は脆く、どうしようもない。大汗をかいたまま、力尽き、自力での脱出をあきらめ、引っ張り上げてもらう。このとき、著者を含めて、実習生会員が脱出に失敗した。

いやあ、たとえ訓練であっても、私には、こんな訓練は受けたくありません。そんな勇気なんかもっていません。トホホ…、です。

南極で小さなタコを見つけ捕まえたので、著者が電子レンジでチンして醤油をちょっとかけて食べようとしたら、基地の人がそれを見て驚き、「毒が入ってるかもしれない」「おお気持ち悪い」「病気になっても医者はいないんだぞ」と、口々に制止しようとするのです。それでも食べたら、美味しかったそうです。ところが、翌朝、「お腹をこわしてないか?」「本当は気持ち悪いんだろ?」と、声をかけられたとのこと。ヨーロッパの人々はタコは食べないんですね。オクトパスって悪魔の食べ物のようです。

カンブリア紀の運動機能上昇を支えたのは、感覚器官の出現だ。1世代に1つの突然変異が起きたとすると、数十万回の世代交代によって、平らな皮膚のような構造からレンズをもったカメラ眼まで形態変化することが、コンピュータ・シミュレーションによって示される。生物の設計原理が共通なのは、設計指針として遺伝子を用いている進化の結果なので、当たり前のこと。

ハエは、色と餌(エサ)を結びつけて学習することができる。ハエは380ナノメートルから650ナノメートルの範囲で色を認識していて、その色弁別は、このスペクトル領域を3つのカテゴリーに分けていて、紫外部域・緑部域・緑よりも長波長域である。ハエの色の弁別は、人間がナノメートルの範囲で色弁別しているのとは違っている。このような記憶行動を達成しているハエの複眼と脳はマッチ棒の頭程度のもの。つまり、ほんの数百マイクロメートルの固まりが、人間の目にもとまらぬ空中追跡で上表を処理し、しかも記憶能力までそなえている。

遊び心を忘れては何も良い仕事は出来ない。遊び心こそが創造力を生み出す源泉だ。

大変面白い、ヒトを含む生き物たちの情報戦略の本(文庫)です。

(2025年8月刊。1320円)

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