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アフリカ・レポート

カテゴリー:アフリカ

著者:松本 仁一、 発行:岩波新書
 この本を読むと、アフリカの現状には絶望的な気分に陥ってしまいます。アフリカ解放運動の栄光が地に堕ちてしまったようで、残念でなりません。
 列強の植民地からの脱却を目指した指導者がとてつもなく腐敗し、堕落してしまったというのを知ると、ええっ、どうして・・・・・!?と、つい叫びたくなります。
 まずはジンバブエ。その人口1300万人の4分の1にもあたる300万人が隣国の南アフリカへ越境出国していった。しかも、不法出国者のほとんどが40歳以下の男性。働き盛りが大量出国するようでは国は壊れてしまう。
 ジンバブエのインフレ率は、政府発表でも年率7634%(2007年7月)。それが2008年には16万%という。まるでなんのことやら、わけの分からない数字ですよね、これって。
 かつて、アフリカには希望の星とも言われたルムンバ大統領がいた。1960年6月にベルギーから独立したコンゴ(旧ザイール)の大統領だ。ルムンバは獄中で暗殺される前に遺書を書いた。
 「子どもたちよ、私はもうお前たちに会えないかもしれない。しかし、お前たちに言っておきたい。コンゴの未来は美しい、と」
 しかし、それから半世紀がたった今、コンゴは美しくない。ルムンバ政府をクーデターで倒したモブツ将軍は、独裁者となった。1997年にモブツ政権が崩壊しても、今なお政情は不安定だ。銅、コバルト、そして希少金属に恵まれたアフリカ最大の鉱物資源国でありながら、その富は国家の会計に寄与することなく消えていく。
 1960年代から70年代にかけて、アフリカの国の多くは農業輸出国だった。しかし、腐敗した指導者たちは、農業に関心を払わなかった。その結果、アフリカは農業輸出国から輸入国に落ち込んでしまった。そのマイナスは年間700億ドルにものぼる。
 アフリカのほとんどの国で、指導者は自分の部族に属するもの、地縁、血縁者に国家利益を分配し、それによって自分の地位の安定を図っている。その結果、国づくりが放置される。指導者が私物化した巨額の公金は海外の銀行に蓄財され、国内の市場に出回らない。蓄財したお金が社会資本として回転しないため、経済の進展もない。指導者は「敵」を作り出すことで自分への不満をすりかえる。そして、それは国内の対立を激化させ、国家的統一とは逆の方向へ国民を駆り立てる。
 南アフリカの国民解放組織(ANC)も、政権の座に就くと、幹部たちはあっけなく腐敗しはじめた。その結果、治安が悪化する。マンデラ政権が誕生した1994年に、1ヶ月平均の殺人事件は1400件を超した。1日あたり47人が殺された。警官殺しも月に15件あった。そして、2005年度は、殺人が1万8千件を超し、強盗は20万件に近く、強姦事件は5万件を超す。
いま、アフリカでは、中国が新植民地主義の主役となろうとしている。中国政府がアメリカの石油を持ち出し、中国人商人が安価な中国製品を持ち込んで、その国の市場を占拠しようとしている。そこで、中国人は、ギャングに目を付けられている。アンゴラで中国批判はご法度だ。
 そんな大変なアフリカにおいて、何人かの日本人が国の再建に貢献している話も最後に紹介され、少しだけほっとします。いやあ、ともかく大変すぎる深刻な状況です。南アメリカで進んでいる革新の息吹とは違って、アフリカには残念なことがあまりにも多すぎますね。人間も大変ですけれど、シルバーバックのゴリラなども破滅の危機にあるようで、こちらも心配です。 
(2008年8月刊。700円+税)

色を奏でる

カテゴリー:社会

著者:志村 ふくみ、 発行:ちくま文庫
 10月のなかばに福島に行ったとき、県立美術館で志村ふくみ展があっていて出会った本です。展示されていた織物、そして糸の色合いの素晴らしさに感嘆して、この本を買い求めました。カラー写真で、たくさんの色が紹介されていますが、現物にはまったくかないません。でも、写真でおよそのイメージはつかめます。
緑と紫は決してパレットの上で混ぜるな。ドラクロアは、このように警告した。
 緑と紫は補色に近い色彩だ。この補色どうしの色を混ぜると、ねむい灰色調になってしまう。ところが、この2色を隣り合わせに並べると、美しい真珠母色の輝きが出る。これを視覚混合の作用という。
 また、赤と青の糸を交互に濃淡で入れていった着物を見て、ある人が美しい紫だと言った。しかし、そこには紫は一色も入ってない。これが補色の特徴であり、視覚混合の原理だ。いやあ、そうなんですか。ちっとも知りませんでした。
 ゲーテが、色彩は光の行為であり、愛苦である、と言った。光が現世界に入って、さまざまの状況に出会うときに示す多様な表情を、ゲーテは色彩としてとらえた。
 植物(木)を炊き出して色を得る。しかし、時期はいつでもいいというわけではない。植物にも周期があって、春を迎えるためにために桜が幹の中に、枝の先々まで花を咲かせる準備をしていた、その時期こそ、見事な色が出る。同じように、梅も刈安(かりやす)も、花の咲く前、穂の出る前の色に精気がある。
 植物が花を咲かせるために、樹幹にしっかり養分を蓄えて開花の時期を待っているとき、残酷なようだけど、そのつぼみの季節に炊き出して染めると、えもいわれぬ初々しい、その植物の精かと思えるような色が染まる。
 草木の染色から直接に緑色を染めることはできない。緑したたる植物群の中にあって、緑が染められないなんて、不思議なことだが事実だ。青と黄を掛け合わせて初めて緑が得られる。藍がめに刈安・くちなし・きはだなどの植物で染めた黄色の糸を浸けると、緑が生まれる。
 織物の色を作り出す仕事をしている著者が写真つきで、たくさんの色を解説してくれています。色は光の加減で生まれてきます。そもそも、色に実体があるのかないのか、私には良く分かりませんが、この本に出てくるさまざまな色調と、それを言い表す言葉の豊富さに、私は目を見開くばかりです。よく晴れた秋の日の昼下がりに美術館を訪れ、目と心を洗っていい気分でした。福島大学が移転した跡地が広々とした美術館になっています。
 10月末に別府に出かけました。駅前の横丁に有名なラーメン屋さんがありましたが、まったくの更地になっていました。地元の人の話によると、高層マンションを建てる計画があるそうです。別府駅前の商店街もシャッター通りにまではなっていませんでしたが、かなり寂れていました。
 夕食をとるためにステーキハウスに入りました。横丁の2階にある小さな店です。コース料理を頼むと、魚のほうは少し皮が焼きすぎて固くなっていましたが、豊後牛のほうは、久しぶりに肉を堪能することができました。ナイフを入れるとスーッと切れます。レアを注文したので、ほどよい赤さが目に快く、いかにも美味しそうで食欲をそそります。実際、口に入れると舌の上でとろけてしまう柔らかさです。そのうえ、さっきまで大自然のなかに放牧されていたと思わせる牛肉の香り高いうまみが口中にひろがり、幸せ感をもたらしてくれるのです。いつものようにテーブルワインを2杯飲みながら美味しくいただきました。そのあと、久しぶりのスギノイ・ホテルで温泉に入り、満ち足りて夜10時過ぎにシャンソンを聴きながら眠りに就きました。 
(1998年12月刊。1000円+税)

不平等国家、中国

カテゴリー:中国

著者:園田 茂人、 発行:中公新書
 中国の不平等現象には、市場経済を導入しているすべての地域で見られる普遍的な現象と、社会主義で顕著に見られる特殊な現象が複雑に絡んでいる。
 中国で腐敗が深刻化しているのは、中国が党の幹部や官僚を中心とした社会主義的国家運営をし、彼らに巨大な権力が与えられていることと無関係ではない。
 1992年の中国で下海(シアハイ)という言葉が流行した。党や政府の幹部や学者、技術者などがその職を辞め、経済界に身を投じることを意味している。1992年に「下海」した官僚は12万人に達する。
 1991年に10万社だった私営企業は2004年に365万社となった。1990年代半ばからは、それまでの国有企業が私営企業へと転換していった。
 社会主義の中核部分から市場経済の担い手が現れたことは、それだけ市場経済化が本格化したことを意味する。同時に、共産党員が市場経済の中核に位置するようになり、経済的資源の多くを手にする可能性が高くなったことも意味している。国有企業の民営化や「下海」を通じて、1990年代半ば以降、多くの共産党員が私営企業のオーナー経営者になっていった。
 それまで共産党への入党が認められていなかった私営企業家を先進的な生産力を支える階層とみなし、彼らを取り込むことで広範な人民の利益を代表しうるというメッセージを送った。これは私営企業は資本家であり、階級敵だといった公式的階級制と決別したことを意味している。
 党員比率の点で、中国共産党は、もはや農民労働者を基盤としていない。2000年初めに党中央組織が極秘のうちに党員対象で質問した結果、共産主義を信じるか、という問いに対して、7割以上が「信じない」と回答した。4分の1以上の党員が「もう一度入党の誘いを受けても入党しない」と回答した。
 中国の人々がチベット問題について冷淡なのは、民族や宗教が不平等の原因になっているという意識が薄いからだ。
 中国には、日本語で死語になりつつある「立身出世」の観念が依然として生きている。子どもの教育費かせぎのための農村からの大量の出稼ぎ者、子どもの学費捻出のために親は自分の食費を切り詰めている。
 一般家庭の支出における教育費の割合は3分の1に達している。現在の中国における過酷なまでの学歴獲得競争は、さまざまな理由で大学に進学することが出来なかった親たちの「リターンマッチ指向」の現れである。
 中国の人々は、学歴によって所得が決まることに異議を唱えるどころか、それを公正なものとして認めている。権力を利用した高収入の獲得には批判的だが、学歴など業績主義的要因の高収入には肯定的なのが中国人の一般的な傾向だ。
 中国の高学歴者は外資系企業(18%)で一番高く、国有事業体(16%)、国家機関(16%)で働く人がこれに続く。国家機関で働く者の57%、国有事業体で働く者の26%が党員資格を持っている。国家機関や国有事業体といった、共産党の幹部が集中する職場の平均年収は高い。
 私は、マスコミがときとして振りまく「中国・脅威論」にはまったく根拠がないと考えています。 
(2008年5月刊。740円+税)

健腸生活のススメ

カテゴリー:人間

著者:辨野 義巳、 発行:日経プレミアシリーズ
 私と同じ団塊世代の著者の本です。大腸は大切だと、ストレス性の便秘・下痢に悩まされたことのある私も思います。
 日本人のがんは、かつては胃がんが多かったが、最近は大腸がんが急増している。とくに女性では1位になっている。
 大腸がんは、腸内の悪玉菌が便から発がん物質をつくったり、二次胆汁酸によってがん化が促進されることが分かっている。
大腸は第二の脳と呼ばれるように、大変重要な臓器で、あらゆる病気の発信源である。女性はストレスが加わると便秘するが、男性は逆に下痢をする。
 肉を食べるときは、三倍の野菜を食べろ。
 人間の乾燥した便には、6000億から1兆個の細菌がいる。500〜1000種類。大腸内に棲息する腸内細菌の総重量は1〜1.5キロ。大便の3分の1は生きた腸内細菌である。便秘によって便が大腸に長時間たまると、腸内細菌が産出した物質が大腸に直接働きかけて、大腸がんや大腸ポリープ、大腸カタル症、急性大腸炎などを起こす原因となる。
 アルツハイマー病と認知症の患者は、共通してウンチがとても臭い。それは、悪玉菌のクロストリジウム・バーフィリンゲンス菌が多いから。高齢者のウンチが臭いのも同じ原因。
 便秘しないためには、ヨーグルトをたくさん飲むのがいいようです。さらに花粉症を予防するのにも効果があるとのこと。2年前から急に花粉症に悩まされるようになった私には耳よりの話です。この本を読んで、特保のヨーグルトを買って食べています。といっても、やはり何か月、いえ、何年も続けないといけないのですよね。
便所は、たんに便器のある場所ではなく、身体からのお便りを受けるところ、すなわち、お便り所なのだ。他人にみせるものでなくても、自分だけはしっかり手紙を読み取ろう。そして病気の発信源の状態を確認しよう。うむむ、な、なーるほど、ですね。毎朝、しっかり自分のウンチを確認することにしましょう。 
日曜日にチューリップの球根を200個ほど庭に植え付けました。雨がポツポツ降っていましたので、ひどく降り出す前に少しでも多く植えようと思い、シャベルをしっかり握って、焦っていると、右手の親指の付け根に豆ができ、やがてつぶれてしまいました。
結局、雨はひどくなりませんでしたので、続いて花の終った芙蓉の木を根元から切ってしまいました。毎年のことです。芙蓉とエンゼルストランペットは、根元から切ってしまうと、翌年また大きく枝が伸びて見事な花を咲かせてくれます。よく切れない剪定バサミを使いましたので、腕が痛くなってしまいました。
 いぜんとして、両膝に痛みがあります。少ししびれ感もあるので、もう一度病院に行かないといけないかなと思っています。としを取ると、いろいろ体に支障が来るものですね。
(2008年7月刊。850円+税)

イザベラ・バードの日本紀行

カテゴリー:日本史(明治)

著者:イザベラ・バード、 発行:講談社学術文庫
 イザベラ・バードが日本を訪れたのは1878年(明治11年)、47歳のときです。
 日本人は非常に良く手紙を書き、手紙として良い文章や達筆は大変に評価される。イザベラに同行した伊藤は週に一度とても長い手紙を母親に宛てて書く。そのほか、大勢の友人そして、ちょっとした知り合いにまで手紙を書く。いたるところで、若い男性や女性が余暇の多くを手紙を書いて過ごしている。また、装飾の入った紙や封筒をデザインするのは重要な商売で、その種類は無数にある。ペンとして用いられるラクダの毛の筆を巧みに扱えるのは、教育の肝要な成果とみなされている。日本人が物書きに熱心なのは、昔からなのです。ですから庶民レベルまで日記がよく書かれています。
 日本人は、イザベラ・バードがこれまで出会ったなかでもっとも無宗教の人々である。日本人の巡礼はピクニックで、宗教的な祝祭は単なるお祭りである。
 日本人は自然を愛好する気持ちが非常に強い。
 日本人の性格で評価すべき2点は、死者に対して敬意を抱いている点と、あらゆることに気を配って墓地を美しく魅力的なものにする点である。
 東京は冒険心と活気に富んだ、すばらしい都会である。物乞いはおらず、貧困で不潔な街区もなければ、貧困と不潔さが犯罪と結びついていることもない。また、不幸や窮乏でうみただれた芯のような場所は一切見当たらない。売春は合法化されているとはいえ、通常の市街で客を誘惑するのは禁じられており、ふしだらな遊興は特別な街区に限られている。
 花祭りは、首都・東京でもっとも魅力的な光景の一つである。律儀に刈り込まれた生垣のある郊外のよく手入れされた庭などは、日本人の性格の特徴の中でもっとも喜ばしいものの一つである。自然の美しさへの日本人の愛好は、特定の場所に咲く特定の花が最盛期にあるときに眺めに出かけて、さらに規律正しい満足感を覚える。桜のころに花見が盛んなのは、昔からなのです。
 富士山は、東京の絶景の一つである。中間層・下層民は戸外ですごすのが好きな傾向がある。
 汽車に乗ると、日本人乗客の親切心と礼儀正しさにつくづく感心する。日本人は、きちんとした清潔な服装をして旅行し、自分たちや近所の人々の評判に気を配る。
 日本の妻は、上流階級より下層階級のほうが幸せのようだ。日本の妻は良く働く。単調で骨の折れる仕事をする存在というより、むしろ夫のパートナーとしてよく働く。
 未婚の少女たちは世間から隔離されておらず、ある程度の範囲内で完全な自由を持っている。女の子たちは男の子と同じように愛情と世話を受け、社会で生きていくために男の子と同様きめ細かくしつけられる。
 明治はじめのころの日本って、こんなにも現代日本と違うのですね。驚きです。
 朝、雨戸を開けると、純白に輝く秋明菊の花が目に飛び込んできます。茎がすっくと伸び、神々しいまでに気高い白い花弁です。その隣に不如帰の薄紫色の花がひっそりと咲いています。秋も深まり、朝晩には寒さを感じるようになりました。室内を素足で歩くのに冷たさを感じて、スリッパを履いています。
(2008年6月刊。1250円+税)

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