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朝鮮漂流

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)

著者 町田康 、 出版 新潮社

江戸時代、文政2年に薩摩藩士ら25人を乗せた船が暴風雨に襲われ、朝鮮国にたどり着いた顛末(てんまつ)です。

末尾に、漢文体で書かれた『朝鮮漂流日記』(安田義方、神戸大学付属図書館デジタルアーカイブ 住田文庫)を歴史的事実として創作されたものと注記されています。, すなわち実話にもとづいているのです。

著者の安田義方(よしかた) (30歳)は薩摩藩士であり、沖永良部(おきのえらぶ)島に代官附役として赴任していた。 任務を終えて沖永良部島を出発し、奄美大島まで北上、そこで順風を待ち、トカラ列島の島をへて薩摩に戻るつもりだった。

 出発したのは6月14日。ところがまもなく激しい風雨に見舞われたのです。 烈風は船の人々の頬を殴るように吹き、烈風に殴り倒された人がようやく起きあがると、今度は押し寄せる波濤が人を押し倒す。船にあった真水が残り少なくなった。大釜で海水を沸かして真水をつくる。といっても、真水が大量につくれるわけではない。

ようやく島が見えてきた。しかし山の形からして、日本ではない。では、どこなのか…。恐らく、朝鮮国。

それを知った人々は恐慌をきたしはじめた。恐怖心からくる精神的苦痛に顔を歪め、寒くもないのに身体をガタガタと震わせる。

朝鮮の船がやってきて、来航の目的を問う。 朝鮮の役人は薩摩国の存在自体を知らないので、問答がまったくかみあわない。

お互いのコトバは分からないけれども、幸い漢字という共通語がある。そこで筆談する。これで、なんとか意思疎通はできたのでした。

8月にようやく日本に戻る旅に出航する。そして、文政3年1月に、対馬に至った。

アーカイブという形で昔に書かれた書物が入手できるなんて、本当に幸せです。 そして、今や手間が省けてダイレクトに書かれたものに迫ることができる世の中です。便利な世の中になりましたね…。

(2026年1月刊。3250円)

炎と水

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 山岡淳一郎 、 出版 集英社

もう、あれから6年半もたってしまいました。中村哲医師が襲撃されて、5人の護衛官とともに殺害されたのは2019年12月4日のことです。 犯人グループは中村医師に狙いをつけて待ち伏せしていました。生き残ったのは運転手1人だけです。中村医師は73歳でした。  

日本に遺体が空輸されたとき、ガニ大統領(当時)も中村医師の棺をかついだ一人でした。 本当に惜しい人を亡くしたものです。かえすがえすも残念です。

この本によると、砂漠を緑地に変えたことを快く思わない勢力がいたり、それを金もうけのタネにしようと画策する人もいたようです。 アフガニスタンとパキスタンの間の水利権争いが背景にあるという推測が紹介されています。

朝日新聞が実行犯を特定したとして本にもなっていますが、それによると実行犯の首謀者は既に死亡しているとのことです。

中村医師の自宅はわが家から車で5分ほどのところにあります。大牟田駅のホームで熊本方面へ行く列車を待つ中村医師を見かけたこともあります。遺体解剖は大牟田警察署が担当したそうです。

中村医師は患者、とりわけ子どもたちが泥水を飲んでいる光景を見て、まず井戸を掘りはじめました。たくさんの井戸を掘りあげます。ところが、それでは追いつきません。救うには、水がとうとうと豊富に流れるクナール川があります。そこから水をひっぱって来たら砂漠を緑地に変えられる。とんでもないことを発想したのです。井戸掘りを担当していた日本人ワーカーは猛反対して、日本に帰ってしまいます。

中村医師が日本で訴えると、なんと7億円の浄財が集まりました。うち1億円は現地の食料支援に充てますが、6億円が残っています。この6億円を元手に用水路建設に取りかかるのです。

日本人のスタッフの務めは、地元のスタッフをゆっくり巻き込んで、彼らが仕事をやらざるをえないようにもっていくこと。

「アスタ、アスタ」とは、現地パシュト語で、ゆっくりゆっくりという意味だそうです。

日本人スタッフの一人が中村医師に尋ねた。難民キャンプの苦難の大きさに比べたら、診療所での医療なんて微々たるもの。なんでこんな 仕事をしているのか、腹が立ちながらの問いかけに対する答えは、一言。「わしは馬鹿やけんね」。いやあ、まいりましたね。なるほど、馬鹿ですよね。砂漠を緑地に変える。そのために大河から用水路を引っぱってくるなんて、まともな人なら考えもしないでしょうし、手をつけることもないでしょう。

井戸掘りでは、1年で、ダラエヌールに33本、ソルフロッドに258本の井戸が完成。でも、井戸って、維持・管理をきちんとしないと、すぐにかれてしまうもののようです。

2001年の9.11同時多発テロのあと、アメリカはアフガニスタンのタリバンを攻撃する。10月13日、衆議院で中村医師 は、「自衛隊派遣は有害無益」と断言しました。自民党の代議士が取り消せとせまりましたが、応じませんでした。日本に対する信頼感が軍事的なプレゼンスによって一挙に崩れ去ることを心配したのです。

「アフガン いのちの基金」への日本人のカンパは4億円近くも集まりました。日本人の善意は捨てたものではなかったのです。最終的には7億5000万円が集まり、うち1億5000万円が緊急食料支援に使われました。そして、残る6億円が用水路に使われたのです。

ダラエヌールとは、光の谷という意味。蛇籠と柳枝工で用水路をつくれば、地元の農民が維持補修できる。中村医師には先見の明 があります。

アメリカ軍の車両は、どこに仕掛けられているか分からない遠隔操作式の爆弾を爆発させないため、妨害電波をたくさん出しながら走行する。なので、アメリカ軍の車列が通り過ぎるまでの15分間はケータイも使えない。初めて知りました。路肩に埋められている簡易爆弾対策ですね。

中村医師が重機に乗って操作している動画を見たことがあります。中村医師は率先してやっているということなんですが、非力のため自身のやれることはこれくらいだという意味もあったそうです。

現地での中村医師の唯一のぜいたくは入浴。バスタブの湯に浸かるのです。やっぱり日本人はシャワーだけではがマンできませんね。

中村医師は、三つのUしか嫌いだと言っていた。USA(アメリカ)とUK(イギリス)、そしてUN(国連)です。国連の緒方貞子氏ともタリバンに関して意見が異っていました。

著者は2023年4月、緑地になった状況を現地に行って見ています。一面、濃い緑の森と畑が広がっていて、ここがかつて「死の谷」と 呼ばれた砂漠だとは思えなかったといいます。ガンベリ砂漠に達したマルワリード用水路は総延長25キロメートル。1日の送水量は40万トン。3120ヘクタールの土地をうるおす。

総工費14億円は、すべてペシャワール会が負担しました。日本政府は何も負担していません。

PMS方式とは、「斜め堰(せき)」「二重堰板(高さを変えて流量を調節する堰板を水面に、二列にもうけて激流の水圧を抑える)」「沈砂池とたまった土砂の排出」「細い沈砂池までは傾斜が急な主幹用水路」という4つの施設を高い水準でつくり、維持していくこと。

ガンベリの農地では、高く伸びた小麦の穂がゆれ、キャベツやニンニクが栽培され、レモンが実る。用水路にそって柳やユーカリの並木がつらなり、鳥が歌う。子供たちが用水路に飛び込み、遊ぶ。砂漠から自然の息吹に満ちた別世界に変わっている。人口が3千人から15万人に増えた。

18世紀の日本のかんがい 技術とアフガニスタン独自の伝統的な方法を組み合わせることで、非常に効果的なかんがいシステムが確立した。

中村医師による用水路事業が成功した最大の要因は、参加した農民自身に、この 水路施設は自分たちの財産だと信じて維持管理するオーナーシップを根づかせたことにある。アフガンの地域社会を深く理解し、尊重し、地域の人々を巻き込んで水利施設を建設した。農民は技能を高め、しかも収入が増える。この好循環がオーナーシップを はぐくんだ。その結果、用水路で引いた水を農民が自ら管理し、用水路を維持する伝統的な仕組みが機能している。これが、国際的な援助による事業と決定的な違い。

この本では、現地で働いている人たちのその後、現在をインタビューしていて、当時の困難な状況をふり返った話もとても興味深いものがあります。強くおすすめする一冊です。涙なくしては読み通すことができませんでした。本当に惜しい人を亡くしました。

(2026年5月刊。2860円)

盗まれた誇り

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)

著者A.R.ホックシールド 、 出版 岩波書店

石炭産業の空洞化が生んだ、男性たちの誇りの空洞化…。喪失を埋めたのは、アルコール、薬物そして政治だった。これが、この本のオビの文句です。

なぜ、どうして、あんな野蛮な王(キング)として振る舞う男をアメリカ人の半数が支持するのでしょうか…。私にはとても理解できません。でも、日本のタカイチだって同じです。なんで、あんな低劣な人間を日本人の半数以上が支持しているというのか、私にはまるで理解困難です。

タカイチって、夫婦別姓に反対し、女性天皇を許さず、高齢者と病気の人と生活保護を受けている人を切り捨て、軍需産業とアメリカのためには惜しみなく税金を使いまくっているじゃないですか、私は絶対に許せません。

今日では、多くの白人貧困層(プアー・ホワイト)が共和党のトランプに惹きつけられている。

炭鉱のあったアパラチアでは、人々は連邦政府に不信感を抱いている。そして、「強いリーダー」を求めている。

2008年から2017年までのあいだに、民主党支持者の多い下院選挙区では世帯年収の中央値が5万4千ドルから6万1千ドルに増加した。共和党支持者の多い選挙区では、逆に5万5千ドルから5万3千ドルへ減少した。

地方部の貧しい白人層は、もっとも学歴が低く、都市部の貧しい黒人層よりも悲劇的である。アメリカでは、支持政党に関係なく、貧しい人も富める人も同じく、個人の経済的運命は、本人に責任があると考えている。富める人も貧しい人も、成功するか失敗するかは、個人次第だと考えている。しかし、現実には親の所属する社会階層(階級)に大きく左右されている。

炭鉱がなくなり、仕事がなくなると、かつて労働者と民主党を結びつけていた労働組合がおおむね姿を消してしまった。

父親としての存在感が幽霊のように希薄だと、そんな家庭環境に育った男の子は、自分を「失敗者」だと感じながら成長する。

白人は被害者であり、リベラルは加害者と認識している。

アメリカでは、大変多くの白人が刑務所で一時期を過ごした経験をもっている。ケンタッキーの受刑者の比率は、10万人あたり993人(1%に近い)。全米では10万人あたり664人。イギリスでは129人、カナダでは104人。受刑者の大半は、いつか釈放されるアメリカ市民だ。

国全体でみると、貧困状態にある人の割合は黒人の26%に対し、白人は9%にすぎない。黒人世帯の資産は、白人世帯の12%であり、富の格差は1968年から少しも変わっていない。

日経新聞に、アメリカの若者に共産主義に共鳴する人が増え、少し世代が上だと、社会主義を支持する人が増えているという大きな解説記事がのっていました。

45歳から54歳までの、働き盛りの白人死者数が予想以上に増加している。おもな死因は薬物の過剰摂取、自殺、アルコール性肝障害。これによって60万人もの人が亡くなった。とくに大きな打撃を受けたのが大学卒の資格を持たない白人の男性労働者だった。彼らは、ひとりまたひとりと、孤独のなかで恥にさいなまれて死んでいった。1999年から20年間に、全国で100万人が薬物の過剰摂取で死亡した。

トランプこそ神の使者とみなす考え方が共和党を支持する地元の男性聖職者たちに共有されている。

トランプを「われわれの後に立つ」と考えている。トランプをよいガキ大将とみる、恥を撃退する最強戦士のイメージでトランプをとらえる。

トランプ支持がアメリカの暗部に深く根をおろしている残念な現実を知ることができる本です。

(2026年3月刊。3960円)

現代戦争論

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 小泉 悠 、 出版 ちくま新書

ロシアのウクライナ侵攻戦争が始まって2年が経過しています。これを見て、日本にも継続戦能力が必要だと考えている人が少なくありません。著者もその一人です。

でも、待ってください。継続戦能力 というのは、日本がウクライナのように何年も戦争が続けられるようにしようということでしょう。だったら、ミサイルや弾薬をたくさん持つという前に考えることがあるでしょう。食べ物とエネルギーの確保です。

食料自給率は38%です。日本は輸入に頼っている国 です。しかも、「敵」と想定している中国は大きな比重を占めています。

そしてエネルギーもです。再生エネルギーを軽視しているのが自民党政府の日本ですよ。原油が入ってこなくなったら、たちまちすべてがストップします。 高市首相の言うような、どこかで「目詰まり」なんてものではありません。

そのうえ、日本海に面してたくさんの原発(原子力発電所)が林立しています。その一つでもミサイル攻撃されたら、日本はたちまち破滅です。「継続戦」どころではありません。

この本を読んで、ロシア国民の「継戦意欲」が低下しない理由を私は初めて認識しました。ウクライナ侵攻戦争に従軍して莫大な戦死傷者が出ているのに、モスクワ出身者は意外に少ないというのです。戦死傷者の多くはシベリアなど辺境出身者なのです。

ロシアの戦争は、あから様な侵略そのもの。著者の主張は明快です。この点、まことに異議ありません。プーチンに大義はまったくありません。

ロシア軍は、戦死者を「貨物200」と呼ぶ。アフガニスタン以来の隠語。ロシアはこれまでに17万人の死者、 70万人の死傷者を出しているとみられている。28万人の戦死者という見方もある。

これに対し、ウクライナ軍の戦死者は7万人とされる。いや、もっと多くて、8万人から14万に及ぶという見方もある。ロシア兵の戦死者のうち志願兵は28%、受刑者は14%とみられている。

そして、モスクワ出身者は、10万人あたり4.4人の戦死者であるのに比べて、地方では36.1人となっている。この戦争は地方の人の命でまかなわれている。

ロシアの兵力は90万人に対して、ウクライナは70万人。しかし、ウクライナ軍の士気は高い。

ロシアもウクライナも、ドローンをそれぞれ大量に投入している。この戦争でのドローンは、一方が他を圧倒する手段とはなっていない。お互いに、敵のやっていることをみんな見ている。

ウクライナ軍は、ロシア領内奥深く攻撃できる(中長距離弾道)ミサイルを今もなお保有していない。

ロシアの兵力は、それぞれ待遇と引きかえに志願した契約兵か、民間軍事会社のコントラクター(契約戦闘員)が占めている。

ロシアがウクライナ侵攻に動員したときの15万人の兵力は、徴兵を動員しないで出来る上限だった。 ロシア軍は、すでに兵力不足となった。

ロシア人の妻をもつ著者はロシア政府から無期限の入国禁止措置を受けているそうです。ロシア政府に都合の悪いことを書いているからです。

高市首相の今やっていることもスパイ防止法など、同じことです。

今年2月に発刊されて、すでに四刷、4万部突破とのこと。ロシアの戦争の内情を知りたい人に読まれているのでしょうね。私も読んで大変勉強になりました。

(2065年4月刊。980円+税)

裁判官が見た人間の本性

カテゴリー:司法

(霧山昴)

著者 瀬木比呂志 、 出版 ちくま新書

私より6歳だけ年下の元裁判官の書いた本です。同じ著者の本は、以前も読んでいます。かなり共感できるところが多いのですが、一部には同意できないところがあります。まあ、これも当然ですよね。まったく考えが一致してしまうほうが珍しいことでしょう。

東大法学部に入ったのは、両親の「強制」によるものというのには驚きました。私は決してそんなことはありませんが、世の中には、そういうケースが珍しくないと今の私は思っています。子どもの足をひっぱるばかりの親がいるかと思う反面、子どもに親の思いを押しつけ、ぐいぐい引っぱっていく親も大勢いるのが現実です。

東大に入っても駒場寮という地方出身の学生ばかりが集まるところで生活していましたので、私はとても気分的に楽でした。しかし、それがなかったら、地方の「無名」の高校を出た出身の学生は、シティボーイだらけのクラスで浮いてしまって、孤独感をひしひしと感じたことでしょう。さらに寮のほか、セツルメントサークルに入って、多くの他大学の学生と日常的にまじわっていましたので、授業でシティボーイたちとまじわっても臆する必要もありませんでした。本当に幸せな出会いがありました。

著者は、1年間の勉強で司法試験に大学4年生で合格しています。ということは大学3年生のときから勉強を始めたわけです。私は大学2年生のときに東大闘争が始まって授業がなくなり(ラッキーと思いました)、法律の勉強なんて全然せず、ひたすらセツルメント活動と東大闘争に全力投球しました。授業が再開して本郷へ進学すると、みんな一斉に勉強を始めました。おかげで、私と一緒に東大生(在学生)が90人も司法試験に合格しました。これは、たぶん空前絶後の記録だと思います。私は司法試験に合格したら、労働者と市民のために働く弁護士になるという確固たる目標がありました。大企業のための弁護士になるなんて考えたこともありません。裁判官は自分に向かないことはよく分かっていました。

裁判所の内側にいて著者がつかんだことは…。

日本の裁判所は権力補充機構という性格が強すぎ、権力チェック機構としての性格が弱すぎる。この点、私はまったく同感です。

うつになり、死を間近に体験した著者は死についても語ります。

人間は、本来的には、自分だけのために生きているわけではない。人間は、種としての、類としての存在である。ほかの人間たちとの関係なくして、個人はありえない。

人間は、まぎれもなく宇宙の一部であり、宇宙のうちの「相当に高度な意識をもった特殊な部分」ということができ、それが、宇宙のような「意識を欠く部分、生命活動を欠く部分」に移行すると、死である。

死は、あとに続く生命に道を譲ることであり、それは自然である。

なるほど、そうなんですよね……。勉強になります。

(2026年2月刊。1012円)

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