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岩波書店取材日記

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 中野 慶 、 出版 かもがわ出版
 リアルすぎる、ユーモア小説だと本のオビにありますが、読んでいて、これはフィクションなのかノンフィクションなのか、よく分からない気分になっていきました。とてもユーモア小説だとは思えません。岩波書店内部のことなので、まったく知らない身からすると、「リアルすぎる」というのは、恐らくそうなんだろうな、という気はしています。とくに、岩波書店の労働組合の実際は、内情を知らない、外部にいた人しか書けないものだと思います。そして、日本で一番有名な岩波書店の編集部の内幕話は、それこそ全部がノンフィクションではないかと思わせます。
本書は小さなコンサルタント会社になんとか入社できた女性が岩波書店を取材するというストーリー展開です。今やコンサルタント会社が大学生の人気ナンバーワンだというのですが、私は、実社会経験の乏しいコンサルタントから、現実の実践ではなく本によって得られた「理論」にもとづく指導なんて、危くて仕方がありません。そして、コンサルタント・フィー(費用)は、成功か失敗かにかかわらず、馬鹿げたほど高額なのです(私は、いずれ今よりは低額化するとみています)。
 岩波書店は、1980年代に、派遣社員ゼロ、アルバイトも少数で、ほぼ正社員のみ。出産・育児のための条件が整備されていて、両性とも定年まで勤務するのが当然という労働条件だった。労働組合が健在だった。今は、どうなんでしょうか…。
 吉野源三郎は岩波書店の労働組合の初代委員長として活躍した。
 編集者になるためには、多くのテーマにアンテナを張り巡らして勉強を続けること、勉強熱心であり、謙虚であると同時に生意気であることも必要。本になる原稿を書く著者に敬意がもてない人は編集者にはなれない。ときには、鋭い疑問も求められる。
 岩波書店は、ベストセラー志向ではなく、少部数でも文化財として後世に残る本の出版を会社の使命とした。
 岩波書店は、戦後まもなくから女性差別を否定し、世間的な学歴差別を全否定してきた。
 社内にいたらダメ。外で多くの人に会うこと。
労働組合内部の「思想的対立」の話になると、ちょっと専門的すぎて、内情をまったく知らない外部の人間には分かりにくい問答が続きました。
 著者は岩波書店に27年間つとめています。編集部にも長くいて、労働組合の執行委員の経歴もあるそうです。定年前に退職し、現在は著述に専念しています。
 若者、とりわけ大学生が昔ほど本を読まなくなったというのは事実だと私も考えていますが、それでも電子ブックではなく、紙の本を読む人もまだまだ多くいるわけです。
なので、編集者としての大変さ、苦しみ、そして喜びを生き生きと若者を対象として語り伝えるような本を書いてほしいと思いました。ほんの少し前に、新潮社の作家と闘った編集者の本を読んで感銘を受けたところでしたので、その関連からのお願いです。
(2021年12月刊。2200円)

NHK「かんぽ不正」報道への介入を許さない

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 NHK文書開示等請求訴訟原告団 、 出版 あけび書房
 この冊子のタイトルは「介入・隠蔽を許さない」です。また、原告団と弁護団の共同編集に成ります。この裁判が求めていたのは、NHK経営委員会の議事録の公表、そして議事録を隠蔽した森下俊三・経営委員長(当時)の責任追及です。
 なんと、東京高裁の和解において、この二つとも勝ちとることが出来たのです。画期的な勝訴的和解です。
 議事録は作成していないと被告側は当初主張していました。しかし、議事録は作成すべきものです。和解では「録音粗(あら)起こし」を議事録としてNHKのホームページに掲載して公表することになりました。議事録は「ない」のではなく、あったわけです。「ない」なんて裁判所までNHK側は騙そうとしたのです。
 もう一つの責任追及については、森下経営委員長(当時)は原告1人につき各1万円の合計98万円を支払うことになりました。わずか100万円ほどではありますが、いい加減なことは許されないという貴重な前例をつくったと評価できます。
 この冊子によると、歴代のNHK経営委員長は、安倍晋三首相(当時)を応援する財界人の集まり「四季の会」のメンバーか、それに連なる人々が6期にわたって占めているそうです。彼らは、NHKが財界の意に反するような番組を放映しないように目を光らせているわけです。そう言えば、選挙報道もNHKの報道は、明らかに政権与党寄りですよね。ひどいものです。
 私は「ダーウィンが来た」は録画して欠かさず観るようにしていますし、朝ドラを含めてなかなか意欲的な番組づくりがNHKの現場ではされていると考えています。でも、全体としては政権の提灯持ちの傾向は明らかだと言わざるをえません。
 NHKの経営委員長の候補者として前川喜平氏は自ら名乗りをあげましたが、まったく無視されてしまいました。現に経営委員になっているメンバーの顔ぶれは、残念ながらNHKのあるべき姿なんか考えたこともないような人ばかりです。
 経営委員になった石原進(JR九州出身)そして古賀信行委員長(野村証券出身)の2人は、どちらも福岡に関わりがありますが、まさしく財界代表でしかありません。
この問題は、かんぽ生命保険の不正販売をNHKが報道したことから、郵政3社が反発してNHKに申し入れをしたことに端を発しています。つまり、財界側として「不正」を隠蔽しようとしてNHKの経営委員長がNHK会長に「厳重注意」したというのです。経営サイドが番組編成に介入したという、とんでもないことなのです。ただし、こんなことはNHK内部では日常茶飯事になっていることなのかもしれません。
 でも、そんな介入・隠蔽を許しておくわけにはいきません。それで心ある市民が訴訟を提起して、実質勝訴したという流れです。わずか116頁の冊子ですが、NHKを国民の側に引き寄せようという不断の努力の一つとして紹介します。
奈良の佐藤真理(まさみち)弁護士より贈呈を受けました。ありがとうございます。引き続きのご健闘を心より祈念します。
(2025年3月刊。1320円)

それって大丈夫?スキマバイトQ&A

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 非正規労働者の権利実現全国会議 、 出版 旬報社
 スキマバイトって、要するに一日単位の日雇い派遣じゃないの。しかし、日雇い派遣は原則禁止とされ、改正された派遣法は例外的に対象者と対象業務を限定して認めているだけなのに…。
 この冊子を読んで初めて知ったのですが、スキマバイトのアプリに登録している人はなんと3400万人もいるといいます。7年前の2018年には330万人でしたが、10倍に急増しているのです。驚きました。
 履歴書を書いたり、採用面接を受けるために出かける必要がない。給与は即日振込でもらえる。いやあ、なんだっか、いいことずくめですよね、これって…。
 でもでも、この本を読むと、スキマバイトの怖さが分かります。出退勤(通勤)時に事故にあったとき、労災保険の適用がないことがあります。そして、企業が安易にドタキャンしてくることもあります。また、行った先で、契約以外の仕事をさせられ、嫌な顔を見せると、低評価されるなど仕返しされる危険があります。下手すると、「出禁」となって、その企業関連では仕事がもらえなくなってしまいます。
 職場では、名前ではなく、「タイミーおじさん」などと呼ばれ、人格が無視されるのです。
 スキマバイトの契約が成立するのは、アプリ上の労働契約に応募したときです。ところが、「QRコードを読みとった時点」だと主張する企業がいます。これは間違いなのです。そして、前日や3日前のキャンセルだったら、10割、少なくとも6割の賃金を請求できます。
 でも、現実には、スキマバイトで働く人に労働者としての基本的権利を主張しようとする人は少ない。なぜなら、ともかく仕事をしていて賃金を得るのが先決だと、切羽詰まった生活をしている人が多いから。スキマバイトでトラブルを経験した人が半数近くもいるのに、ひどい状況がなかなか改善されないのは、そのためなのです。
 でもでも、著者たちが厚労省に出かけヒアリングのなかでスキマバイトの問題点を具体的に指摘すると、少しは改善されたところもありました。
 この本は、よくある21問に対する懇切丁寧な回答が紹介されていますので、問題点とあわせて解決法も知ることができます。とても実践的な、100頁ほどの冊子ですから、大いに活躍されることを願います。
堺市(大阪府)の村田浩治弁護士より贈呈を受けました。ありがとうございます。引き続きのご健闘を大いに期待します。
(2025年7月刊。1320円)

雫の街、家裁調査官・庵原かのん

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 乃南 アサ 、 出版 新潮社
 先日、司法修習生と話していたら、弁護士になっても人間関係のドロドロした家事事件は扱いたくないと言い出して驚きました。だって、弁護士が扱うものは、家事だけでなく、民事も刑事もドロドロした人間関係の真只中に置かれて、より良き解決を目ざすものばかりだからです。私は企業法務を扱ったことはありませんが、そこでも多かれ少なかれ人間関係の泥沼と無縁のはずはありません。恐らく、その司法修習生の頭にあったのは「理論で勝負するビジネス・ローヤー」の姿だったことでしょう。でも、そんなのは幻想に過ぎません。
 それはともかく今の若い人の多くは高給取りで安定したビジネス・ローヤー志向であることは間違いありません。初任給が1200万円の弁護士を一つの法律事務所だけで50人も80人も採用しているという現実があります。日本の超大企業にとって、法的サービスへの多少の出費は何ともないほど、超高収益を上げているのです。さらに、テレビやSNSを活用した大手法律事務所(カタカナ名です)が「躍進」しています。
 今では官僚の供給資源としての法学部よりも高収入の保障されるコンサルタントへの早道である経済学部のほうが人気だと聞くと、なんだか寂しい限りです。
 本書の主人公は家裁調査官。最近は、調査官の志望者も減っていると聞きます。まさしくドロドロした人間関係そのもののなかに首を、あるいは全身を突っこむ大変な職業だと知って、若い人から敬遠されているようです。私は、人間とはいかなる存在なのかを知ることの出来る面白くてやり甲斐のある仕事だと思うのですが…。
親権を父と母のどちらがとるか、親と子の面会交流はしたほうがいいのか、そのときの方法そして回数はどうするか、調査官が面接して裁判官に報告します。裁判官は、およそ調査官報告の内容どおりに判断します。
子どもの父親は誰か…。私が弁護士になったころは、顔写真を見て、どちらに似ているか、というのも重要な判断要素になっていました。DNA鑑定なんかなかった時代です。今ではほぼ100%の確率で判定されますし、費用も10万円以内になっています。それでも、昔も、顔を見ただけで、こりゃあ、親子だというケースがありました。なにしろ、顔がそっくりなのです。
 私にも孫がいますが、孫の顔はどんどん変わっていくのを実感させられました。親の顔だけでなく、祖父母の顔までそっくりになることがあるのです。面白いものです。誰だって、自分の顔に似た子どもは可愛いものですからね…。
 子どもの親権者をめぐる争いで、一番嫌な、困ったケースは、父と母が自分は引き取らない、引き取れないといって、相手に押しつけようとするものです。何回も体験しました。結局、両親がいるのに、施設に入れられます。もちろん、面会にも行きません。そんな施設を卒業した人の話を何人からも聞きました。やはり世間並みに親が欲しかったというのです。それはそうですよね、やっぱり…。
 でも、毎日いがみあう両親の下で育つと、子どもは大変です。なんでもっと早く離婚しなかったのかと思ってしまいます。たいてい、経済力に自信のない女性(母親)が無理に我慢してしまうのです。そして、我慢しているのは子どものためだといいます。子どもは、それではたまりませんよね…。
考えさせられる人間ドラマのオンパレードでした。
(2023年6月刊。1850円+税)

韓国・国家情報院

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 佐藤 大介 、 出版 幻冬舎新書
 韓国にとって、国家情報機関の歴史は、「暗黒の歴史」でもある。国情院の前身は、KCIAと安企部だ。いずれも大統領直属の情報機関であり、秘密警察でもある。
この本のなかに韓国の国情院が裁判官志願者に対して面接し、国家に対する忠誠心、誠実性及び信頼性について思想調査していることが問題になったことが紹介されています。日本では、司法試験の合格者に対して公安調査庁が身辺調査をしていました。私が司法試験に合格したとき、下宿先のおばさんから調査に来た人がいて、「いい人だと言ってやったわよ」と言われたことを思い出しました。市役所に勤めていた人から、市役所で訊いてまわっていたと後で教えられた、と聞きました。
 今でもやっているのか、いつまでやったのか、私は知りませんが、その調査結果は秘密のルートで最高裁に届けられ、また司法研修所の教官の一部に届けられていました。これは私も体験した、間違いのない事実です。
 KCIAは「ミリムチーム」を活用していた。これは、高級ホテルのバーや料亭などを拠点として、そこに働く女性の経営者や従業員を監視員として活用して政治家などの「生」の情報を収集していた。
 今でいうと、国民民主の玉木とか、参政党ナンバー2の議員の不倫などを探知して、「ゆすりたがり」のネタとして活用していたということでしょうね。でも、今や「不倫」くらいでは国民の「支持」は減殺されなくなってしまいました。これって、本当に喜んでいい現象なのか、私としては悩ましいところです。
 ところが、高度の情報収集能力をもつはずの安全部も国情院も、全日成の死も金正日の死も、いずれも北朝鮮政府の公式発表まで気づいていなかった。いやいや、内部情報で気づいていたのだけれど、気がついていなかったふりをしただけ、なのかもしれませんね。
 KCIAを創設した朴正熙は結局、KCIAの部長から私的飲み会の場で至近距離で射殺されてしまいましたよね。
 KCIAの歴代部長のほとんどが軍出身者。つまり、軍が支配していた。
 KCIAの部長は、ほかの大臣よりも地位が高く、実質的な権限は首相よりも強かった。これって、まさに異常ですね。
朴正熙がKCIA部長から射殺されたのは1979(昭和54)年10月26日のこと。このKCIA部長は、翌1980年5月に絞首刑が執行された。
 KCIAが安企部に名称を変更したのは全斗煥大統領のとき。映画「ソウルの春」で、そのあたりの状況が再現されています。ちょうど、光州事件が起きたころのことで、全斗煥は民主化へ進むのを必死で巻き返そうとしたのです。そのおかげで、たくさんの罪なき市民が死傷してしまいました。軍人に政治をまかせたら大変なことになるという典型的な出来事です。
日本でも、自衛隊出身の国会議員や県知事が前から大きな顔をしてモノを言っていますが、私は本当に心配です。もちろん、自衛隊出身だからダメだというのではありません。俺たちだけが国を守っているかのような言い方が許せないのです。
盧武鉉(ノムヒョン)大統領は叩き上げの弁護士として、私も大いに期待していたのですが、残念なことに汚職事件の渦中に自死してしまいました。この盧武鉉大統領は、国情院の院長に民弁(民主社会のための弁護士会)の初代会長を起用したのでした。
 これまた、すごいことです。日本でいうと、自由法曹団の岩田研二郎団長を公安調査庁の長官に任命したということに匹敵します。
 国情院の予算は1000億円(1兆ウォン)。それに対して、日本は1500億円と推計されている。ところが、この1000億円の使途は、すべて秘匿されている。日本も同じです。
 韓国のKCIA、安企部そして国情院のことを少しばかり知って再確認しました。
(2025年5月刊。96円+税)

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