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カテゴリー: 社会

金ピカ時代の日本人

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 須田 慎太郎 、 出版 バジリコ

 写真週刊誌「フォーカス」なるものがありました。毎週のようにスクープ写真を掲載して話題を集めていました。発行部数はなんと200万部までいったというのですから、すごいものです。

 その「フォーカス」の専属カメラマンが日本のバブル時代の狂騒状況を振り返っています。1981年から1991年までの10年間です。この時代がいかに異常だったかは、次の数字が如実に示しています。

 日本は、海外に保有している資産が世界一。貿易黒字もナンバーワンで、東京の地価も世界一。山手線内の土地価格でアメリカ全土の土地が買えるほど。

 地価は、新宿ゴールデン街で1坪1億円、銀座だと1坪1億3千万円。渋谷の駐車場の賃料は1台で月20万円。なので東京では「地上げ」の嵐が吹きまくった。この「地上げ」にまつわるトラブルでそれに関わった東京の弁護士にも目のくらむほどの弁護士報酬が入り、それで「転落」した人も少なくないようです。

 NTTの株が1株で160万円だったのが、2か月後には318万円。ゴッホの「ひまわり」を損保ジャパン(当時は安田火災)が58億円で競落した。このとき、絵画が資産を隠匿する手段になるものだと私は認識しました。残念ながら、私個人はもちろんのこと、依頼者にも、そんな人はいませんでしたが……。

 演歌歌手の千昌夫の離婚で支払った慰謝料は50億円とも200億円とも言われた。その後、千昌夫は借金1030億円をかかえて没落した。不動産投機の先攻のようです。

1989年1月7日、昭和天皇が87歳で死亡した。崩御と本書に書いてありますが、戦争犯罪人にならなかったのはアメリカの政治的思惑でしかありませんので、死去で十分です。

 2月にリクルート事件で江副浩正が逮捕された。そのため竹下内閣が総辞職し、宇野宗佑新首相は、愛人に月30万円を呈示して国民から大笑いされて、2ヶ月で退陣した。

 1990年1月、バブルがはじけた。株価が1年で1万5千円も暴落した。このころ、麻原彰晃のオウム真理教が真理党なるものを結成して、選挙に登場。オウム真理教が坂本弁護士一家を殺害していたことが発覚したのはまだあとのこと。

 1991年1月、アメリカ軍がイラクを攻撃して湾岸戦争が始まった。

「フォーカス」は1981年10月に創刊し、2001年8月に休刊と称して廃刊した。

 忘れてはいけないバブル時代を記録する貴重な本だと思いました。

(2019年7月刊。2200円)

爆心を見つめて

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 鎌田 七男・宮崎 園子 、 出版 朝日新聞出版

 アメリカは、広島・長崎に原爆を投下したあと、戦争終結と同時に調査団を派遣した。

 そして、「残留放射能はない」などという無責任なことを高言した。それは事実にもとづかない、政治的な思惑をもった願望にすぎないのに、今なお根強く生きている。このような間違った考えと闘った医師たちがいたのです。

 アメリカのABCC(原爆傷害調査委員会)は被爆者と被爆2世のあわせて3万人の血液と尿のサンプル計190万本を保存している。

 ABCCは、調査するだけで治療はしなかった。あくまでも軍事研究が目的だった。被爆者は「サンプル」と呼ばれた。生身の人間としてではなく、統計的に処理する数字でしかなかった。

 爆心地から700メートル内にいた被爆者のなかに、なんと生存者がいたのです。それも1975年の時点で69人もいました。それは、遮蔽(しゃへい)その他、何らかの条件によって生存することができたのでした。

被爆生存者30万人といわれる集団の中で69人の生存者はきわめて希少な存在だ。

 投下された原爆による放射線は、誘導放射線や残留放射線というのもある。かつては「入市被爆者」の存在が否定されていた。この「通説」は今では痛烈に批判されている。残留放射線や放射性降下物によって内部被爆した可能性もある。

 福島3.11では、低線量被爆問題が問われている。

 原爆そして原子力発電所は人間の力で制御することのできないもの。どちらも廃絶するしかないことを改めて思い知らされました。

(2025年7月刊。2090円)

戦争ではなく平和の準備を

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 川崎 哲・青井 美帆  、 出版 地平社

 今やトランプのひどさがあまりに目立ってしまい、プーチンはひそかにほくそ笑んでいるのではないのでしょうか。

 ホルムズ海峡閉鎖によって原油が日本に入らなくなり、このところナフサ途絶によるモノ不足が大変心配されています。

 それにしても、高市首相の無為無策には呆れるというより怒りを覚えます。それでも支持率が53%だなんて、なんて日本人は騙されやすいのかと嘆くばかりです。

でも、まだ希望を捨てたわけではありません。連日のように国会周辺に「高市やめろ」「改憲反対」などを叫んで人々が何万人と集まり、声を上げているからです。この集会について、NHKをはじめ一般マスコミがほとんど報道しないのはおかしなことです。希望というのは、これまでのように年輩者だけではなく、20代と30代で参加者の半分を占めていて、なかでも女性が7割もいるということです。これなら、お隣の韓国にならって高市退陣も夢ではありません。

 本書の杉原浩司氏による「死の商人国家」への墜落をどう喰い止めるかの要点を紹介します。

 岸田首相(当時)は、「戦闘機の第三国への輸出は国益」だと断言した。殺傷能力のある兵器の輸出を日本はずっと禁止してきました。しかし、人殺し兵器で軍事企業をもうかるのを「国益」だとしたのです。とんでもないことです。

 日本は、これまでアメリカの不法な武力行使を一度だって反対したことがありません。いつだってアメリカの言いなり。先日のトランプ・高市会談で高市首相はトランプに抱きつくという醜態を見せて心ある人のひんしゅくを買いました。ホワイトハウスでの歓迎パーティーのとき、両手をあげて踊っている姿は、これぞまさしく「奴隷」の踊りといわんばかりの醜さでした。

 高市首相はトランプに何を約束したのか、させられたのか、外交上の機密と称して国民に明らかにしていません。とんでもない首相です。

 イタリアのメローニ首相は、もとは高市と同じく右翼のようですが、イタリアはトランプの言いなりにはならないと、きっぱりした態度をとっています。高市には見習ってほしいものです。

 今や日本は、国内外の「死の商人」にとって魅力的な市場となっている。なにしろ、軍事費は5年間で43兆円(ローン込みだと60兆円)というのですから、アメリカだけでなく、世界各国が日本に売り込みをかけるのも当然です。

注目すべきはイスラエルです。幕張メッセでの武器見本市には、イスラエル軍事企業が16社も出展した。ドローンを防衛省はイスラエルから購入しようとしているとのこと。

 ロシアに攻めこまれているウクライナは、ドローンを大生産してロシア軍と対抗している。ドローンは偵察用から今や自爆型の攻撃兵器となっている。電波妨害を受けるようになると、光ファイバーによる有線ドローンを生み出し、今ではAIドローンが「活躍」している。ウクライナのドローン関連企業は450社もあり、ドローンの95%はウクライナ産だという。

 日本でも、三菱重工業やIHIなど、軍事産業でもうけを飛躍的に伸ばしている。そこに防衛省・自衛隊幹部が天下りして、軍産複合体が生まれ、「死の商人」たちばかりが肥え太っていくことになる。日本も落ちぶれたものです。なんとかして歯止めをかけたいものです。

(2025年5月刊。1980円)

八鹿高校事件と八鹿高校生徒自治会

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 濵 道生(編著) 、 出版 部落問題研究所

 八鹿(ようか)高校事件といっても、50年以上前のことですから今では知っている人はどれほどいるでしょうか……。

 八鹿高校事件が起きたのは1974(昭和49)年11月22日。私が弁護士になったのは、この年の4月です。横浜弁護士会(現・神奈川県弁護士会)に登録したばかりでしたが、同期の弁護士たちが峯田勝次弁護士など何人も八鹿の現地に決死の覚悟で出向いて、その凄惨な状況を語るのを聞きました。その意味で、私にとっても忘れることが出来ません。

 部落解放同盟(解同)浅田・丸尾派の数百名が八鹿高校の教職員70人を白昼襲撃し、体育館などで13時間に及ぶ激しい集団リンチを加えたのです。まったく、信じがたい凶暴な集団テロです。28人が即日入院し、主要ターゲットとなった片山教諭は意識不明の重体となって、4か月もの長期入院を余儀なくされました。

 問題は3つあります。一つは、解同浅田・丸尾派の常軌を逸した、数百人による集団リンチがなされたこと。それに付和雷同した人々が多数いたということ。

その二は、警察が目の前で暴行・傷害事件が起きているのに、何ら制止することがなく、手をこまねていたことです。これは、あとで、被害者は共産党だから放っておけ、解同と共産党が共倒れになったらもうけものだという政治判断を警察庁のトップがしていたことによることが判明しています。

 その三は、マスコミがほとんど事件を報道しなかったことです。解同タブーがマスコミを縛っていたのです。新聞もテレビも、あとになって世論の風向きが変わり、警察が主犯の丸尾たちを逮捕するようになってから、恐る恐る報道しはじめたのです。当時、この八鹿高校事件を連日報道していたのは共産党の機関紙(しんぶん赤旗)だけでした。

この本は、事件当時、八鹿高校に在籍していた高校生たちの手によって事件が再現されています。読み進めると、そのあまりにもむごい集団リンチが高校で、大勢の高校生の見ている前でも白昼堂々となされていたことに背筋の凍る思いがします。

 現地八鹿に駆け付けた安武ひろ子参議院議員(共産党)の体験談は実にすさまじいものです。負傷した教員が入院している病院に行くと、そこにも解同の青年行動隊員がたくさんいて、安武議員を捕まえようと迫ってきた。そこでそこにいた機動隊の列に飛び込む。ところが機動隊員は解同を排除することなく、安武議員を助けようともしない。そこで、安武議員は裸足で氷雨の道を再び走って逃げた。足は泥まみれで血がにじんでいた。誰かが自分のソックスを脱いではかせてくれ、赤いスニーカーを差し入れてくれて歩けるようになった。安武議員はスポーツマンの父のDNAを受け継いで足が速かったことに感謝した。このように語っています。恐るべき状況です。

八鹿警察署では署長と次長が交代で雲隠れして、解同の暴力を取り締まることは一切しなかった。警察が八鹿高校事件の渦中でまったく動かなかった事情は、「八鹿高校事件の全体像に迫る」(部落問題研究所)で詳しく解明されています(45.46頁)。この本については、前にこのコーナーで紹介しています。必読文献です。

 解同は、片山教諭など2.3人をやっつけたら八鹿高校はつぶせるとみていた。ところが、全員の教師が集団になって抵抗する。教師をやっつけたと思ったら、今度は生徒が集団で立ち上がった。解同の予想や理解をはるかにこえた出来事が起きた。そうなんです。教師集団から一人の脱落者も出なかったとのこと。すごいことです。

 なぜ、生徒たちが集団で解同の暴力に体を張って立ち向かったかというと、そこには八鹿高校の伝統的な、自由で伸びのびした教育があったからなんです。その点が実にすばらしい。このことが、本書では当事者だった高校生の体験記であますところなく明らかにされています。読んでいて、つい涙がこぼれてしまうほど感動的です。

 八鹿高校には生徒会ではなく生徒自治会がある。役員はきちんとした選挙で選ばれる。私も高校2年生のとき、生徒会長(総代と呼んでいました)に立候補し、休み時間にタスキをかけて応援弁士と一緒に全クラスを訴えてまわったことを思い出しました。幸い当選しましたし、当時の生徒会担当の教諭とは今も交流があります。

 八鹿高校の職員室は先生たちが大声で笑いあっているし、先生とダベっている女子生徒がいて、自治会の役員は先生と交渉したりしている。教師と生徒とは対等で自由な人間関係があった。若い教師が威張っていて、生徒が教師より威張っている。信じられません。

 八鹿高校の民主主義のバロメーターは、職員室のマンガの数。マンガを持ってきたら普通の学校なら没収されるけど、八鹿高校では教師たちがマンガクラスと称して、きそって読んでいる。

 大変貴重な記録です。500頁近い本なので、準備書面を書くあいまに1週間かけて読了しました。

(2026年1月刊。3850円)

火葬秘史

カテゴリー:社会

(霧山昴)

著者 伊藤 博敏 、 出版 小学館

 東京都内23区に火葬場は6つあるが、それは自治体(区)の運営ではなく、東京博善という民間会社による。そして、この会社は「ラオックス」を率いる中国人経営者・羅怡文氏グループの傘下企業。

 東京博善は売上高90億円、営業利益は40億円という高収益の超優良企業。ひところ、政商として名高い小佐野賢治が支配していたが、身内の死が相次いだことから縁起悪いとして売り出されて、羅氏グループが取得した。私は中国人が経営する企業だからといって、それを問題にするつもりはまったくありません。排外主義に立つのではなく、現実を直視すべきだと言いたいのです。

 東京博善は、薩摩藩の出入り商人である木村荘平が初代の警視総監の川路利良の招きで上京し、まずは「食肉利権」で財を築き、そのあと火葬場で蓄財したもの。

木村荘平は「妾」20人に、実子が30人。その子どもたちには有名人がズラリ……。作家の木村壮太、画家の木村荘八、直木賞作家の木村荘十、映画監督の木村荘二など……。

 古代の日本人の庶民は風葬。つまり、山や河原に遺体を放置するというもの。墓をもつという発想がなかった。今、チベットの60年前の探検記を読んでいますが、チベットでも火葬したあとの骨を拾うことはなく、そのまま河原などに放置していたそうです。墓はありませんでした。今はどうなっているのでしょうか……。

 鎌倉時代から火葬が一般化しはじめた。ところが、明治になってから、神道を国教化するなかで、火葬が禁止された(明治6年)。しかし、天皇家でも火葬してきたこともあり、火葬禁止令は2年後に解除された。

 かつて日本は土葬社会だった。1940年代までは土葬が主で、墓地までの「野辺送り」を経験した人が今でもいる。その後は火葬が増えてきて、今では100%に近い。

「骨をきれいに残す」という習俗は日本特有のものだが、それも最近のものでしかない。東北地方の葬儀業者の9割は戦後に創業している。

現在の火葬場は無煙無臭。主燃焼室の直上に再燃焼室を設置している。火葬場の象徴であった高い煙空がなくなり、外観の工夫で排気筒が見えなくなった。

 本来、仏教にケガレという観念はない。墓石を立てて戒名を刻む一般墓は150万円で、その時代は終わった。納骨堂なら77万円、樹木葬は67万円。お墓は引継ぎたくないし、引き継がせたくない。樹木葬でも合葬墓タイプなら4~15万円。海洋散骨も業者まかせなら、2~3万円ですむ。

 火葬の今昔について、深く知ることが出来ました。

(2026年1月刊。1980円)

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