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カテゴリー: 中国

文革下の北京大学歴史学部

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 郝 斌 、 出版 風響社
1966年の春、中国で突如として文化大革命なるものが始まりました。私が東京で大学生になる1年前のことですから、まだ福岡の田舎の高校生でした。
初めのころは、文化面での批判と自己批判くらいに思っていたのですが、そのうち指導層のなかの激烈な主導権争いだということが分かりました。旧来の支配的幹部が次々に失脚していくだけでなく、激しい糾弾の対象となりましたが、あわせて知識人も主要な攻撃対象でした。
中国で北京大学と言えば、日本の東大以上の存在感がある大学だと思いますが、その歴史学部の助教授だった著者も糾弾されて、牛棚(牛小屋)に3年あまり監禁されたのでした。文化大革命の終結したあとは再び北京大学につとめ、副学長になっています。
1966年6月2日付の「人民日報」の一面トップは北京大学哲学部の聶元梓(じょうげんし)による大家報を紹介した。北京大学の陸軍・学長などを名指しで批判したのだ。
文化大革命の期間中に全国で摘発された人は100万人をこえ、「牛鬼蛇神」と呼ばれた。北京大学・清華大学の大学関係者のみ「黒幫」とよばれた。北京大学歴史学部に在籍する教職員100人のうち、批判され摘発されたのは3分の1をこえた。
学生たちは教師の頭髪を刈って「陰陽頭」にした。右半分は根っこから刈られ、左半分もバラバラの状態にされた。
学生たちの行動は、一個人によってなされたものではなく、その背後には幾千の学生たち、ひいては幾千万もの同世代の青少年が立っていた。
社会がここまで乱れた以上、国家の正常な状態はもはや期待のしようもなかった。社会に「疫病」がはやり、青少年層は全体として感染し、「狂熱的暴力集団性症候群」になった。
群集が理性を失い、感情的なイデオロギーにマインドコントロールされてしまったときには、どんなに荒唐無稽な行動でも起こすことがありうる。これは古今東西において例外はない。
清末の義和団も、その一例。義和団に入った群衆たちは、口で呪文を唱え終わると、自分の体に、「刀では切れないし、鉄砲の弾も通らない」不思議な力がついたと本心から信じ、目前にある西洋の鉄砲にも恐れず立ち向かっていった。
「牛棚」(牛小屋)のなかでは、甘言を弄したり、人の危急につけ込むようなことがさまざまな局面で起きていたが、その反面、善なる人間性の美しい部分も、こうした環境のなかでも粘り強く生きていた。
1968年春、北京大学の校内で武力闘争が起きた。
東大闘争が始まった(全学化した)のは1968年6月からですが、ゲバルト闘争は10月ころからひどくなりました。それでも、北京大学の武力闘争に比べると、まるで子どものチャンバラゴッコのレベルでした。
北京大学では巧妙な教授たちの自死が相次いでいますが、日本ではそんなことはまったく起きていません。
毛沢東による奪権闘争とその軍事的衝突の激しさは、日本人の私たちからは想像を絶するものがあります。中国の状況が複雑かつ混迷をきわめたのには、次のような違いもありました。
当時、北京大学には上層部幹部の子女が多く通っていて、その両親の大半は文革中に打倒された。しかし、青春まっ盛りの世間知らずの若者たちは、父母が打倒されても、それは自分とはまったく無関係であり、父母に問題があっても、それは父母のことであるから、自分は変わらず革命の道を進む。なので、やるべきことはやり、言うべきことは言うとしていた。地主・官農・資本家の子女を糾弾することがあっても、それは革命幹部の子どもである自分たちにはあてはまらないと信じていた。しかし、それが見事にひっくり返されてしまった…。
著者が名誉回復したのは1978年のことですから12年間も苦しめられていたわけです。
毛沢東の権力欲のおかげで中国の人々は大変な苦難を押しつけられたことになります。
読みすすめるのが辛い回想記でした。
(2020年3月刊。3000円+税)

中国人が上司になる日

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 青樹 明子 、 出版  日経プレミアシリーズ
日本と中国とでは、仕事や会社に対する考え方が大きく違っているのですね。みんな違って、みんないいという精神は大切ですが、違いがあるということをきちんと認識しておかないと、とんでもない誤解が生じますね・・・。
常に上に行くことを考えている中国人にとって、転職するのはあたり前のこと。少しでもいい条件の仕事があれば、ためらうことなくそちらに移る。
日本人の常識で、中国人との人間関係を判断すべきではない。中国人からすると、日本の企業文化は、常に上から目線、社畜であることを要求しているだけ。中国人は何も間違った行動はしていない。日本人と比べて率直なだけだ。自分の気持ちにしたがって正直に行動して何が悪いのか・・・。
中国人が収入以上にお金持ちである理由の一つには、アルバイト問題がある。中国人は、アルバイト(副業)しやすいように会社は配慮すべきだと考えている。アルバイトが本業を侵食することがあっても、それは問題とならない。
中国では、親の職業を聞けば、すべて分かる、その人個人よりも、その人の背景が大半だというのは、中国社会の基本。
宮二代、富二代そして窮二代というコトバがある。
中国では、コネの有無ですべてが決まる。
中国人にとって仕事より家族が優先するのはあたりまえのこと。
中国では、何をするにも、まず「お友達」を探す。お友達がいないと、自分の順番は常にあとまわしになり、ひどいときには無視される。そして、このお友達には、それぞれ段階がある。
中国では、お友達のためなら、自分の身を犠牲にするのが美徳である。お友達のキーワードは、同郷、校友、幼なじみだ。
中国では靴よりケータイを見て、人を判断する。中国では、ケータイはステイタス・シンボルなのである。
爆買いの主役は、中国人の中間層である。すでに4億人に達している。
土豪とは、品徳のない成金を意味する。
大学生にとって、人生を左右する二つの重要な試験がある。大学院入試と公務員試験。公務員試験の志願者は毎年150万人をこえていて、最も競争の激しい試験になっている。
いやいや、ホント、こんなにも違うものなんですね・・・。読んでびっくりの本でした。
(2019年11月刊。850円+税)

1億3千万人のための「論語」教室

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 高橋 源一郎 、 出版  河出新書
「論語」って、なんとなく知っていますよね。「巧言令色、すくなし仁」、「三十而立、四十不惑」・・・。でも、今まできちんと読んだことは一度もありません。そもそも、きちんと読もうと思ったこともないのです。
私の敬愛する源ちゃん先生(年齢は私のほうが3歳だけ年長です)が20年もかけて「論語」を訳したというのです。それじゃあ、読んでみなくっちゃいけませんよね。
「論語」は一筋縄ではいかない本。というのも、孔子先生は、全部を言わないので、読み手のほうで、あれこれ考え推測して理解する必要があるから・・・。また、それがいいのですよね。まさしく読者参加なのです。
この本で源ちゃん先生は、超訳でも創作でもなく、ほんの少しだけ現代風にアレンジし、ほんの少しだけ通訳みたいに解説しているけれど、実は厳密に翻訳したのだと強調しています。私は、最後まで読んで、そのとおりだと納得してしまいました。
孔子による2500年も前の「論語」500編(正確には499編)が現代的に翻訳されている、恐るべき新書なのです。
「論語」の最期(499編)に登場するのは「ことば」。ことばを理解しなければ、ほんとうに人間を理解することはできない。ことばを理解すること、それこそが人間の究極の目標なのだ。
聖徳太子の十七条の憲法に「和をもって貴しとなす」とありますが、その元は、「論語」にありました。「論語」には「和を貴しとなす」とある。
なんでもやってみること、考えるのは、そのあとでいい。まちがっていてもいいから、とにかく行動に出てみる、それしかない。もちろん、私に異論はありません。
政治とは、国民を飢えさせないこと、国民を守るために軍備をきちんと「整える」ことをいう。そして、国民に信用してもらうこと。軍備より食糧よりも、「民衆の信頼」がもっとも大切なこと。
民衆からの信頼がなにより大切で、それがなくなったら、それは、もう「政治」ではない。
今の安倍政権がひどいウソを公然とまき散らしています。これって「政治」ではありませんよね。
情熱のない人間は、少しも進歩しない。受け身ではどうしようもない。なにか一つ教わったら、あとは自分で勝手にその一つの近くを掘ってみる。それくらいの積極性がないと、教える側の教員にとって教え甲斐がない。
「論語」って、こんなことまで言っていたのか・・・。驚きました。
博識・多才の学者による、きわめて明快な解説のついた「論語」です。一読の価値が十分でありすぎるほどです。「論語」の新しさを知るためにも、ぜひ、ご一読ください。
(2019年10月刊。1200円+税)

2030中国・自動車強国への戦略

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 湯 進 、 出版  日本経済新聞出版社
今や世界の自動車は電気自動車、そして自動運転の時代に向かってしのぎを削っていることがよく分かる本です。
電気自動車の開発では電池がカギです。
「電池を制する者が電動化を制する」(トヨタの副社長)
トヨタは1兆5000億円を投資する方針だという。
車載電池は、2010年ころまではEVの航続距離は200キロほどだったが、現在は500キロをこえている。
電池のコストダウンを妨げている要因の一つが希少金属の価値高騰。コバルトは採掘量と使用量が他の金属に比べて少量で、埋蔵量はコンゴ民主共和国にその半分が集中している。2020年代半ばにコバルト不足が心配する可能性がある。
2030年の世界の電池市場規模は2017年の5,6倍、10兆円をこえ、中国のシェアは45%に達するという予測がある。
中国が自動運転車の開発を急いでいるのは劣悪な交通事情にも起因している。中国では、交通事故による死亡者が年に25万人をこえ、交通渋滞による経済損失が年間4兆円にのぼる。
自動運転を実現するには、クルマの位置特定、環境識別、行動制御が不可欠。とくに位置特定には、大量の路面データを収集・処理できる高精度地図が必要。高精度地図について、中国政府は安全保障上の懸念を理由として外資系企業の参入を厳しく規制している。
現在、BAT傘下の百度地図(バイドゥ)、高徳地図(アリババ)、四維国新(デンセント)がこの市場を寡占(かせん)している。
2018年に、新車販売台数が30万台以上の中国自動車グループは14社あるが、今後は主要5大グループ体制になっていき、そのなかからメガEVメーカーが生まれる可能性は高い。
2018年、日本車は東南アジア・インドで寡占状態にある。インドネシアで92%、タイで86%、フィリピンで81%、インドで60%。ここに中国勢が進出しようとしている。
日本車の中国における乗用車の市場シェアは2018年に18.8%、2019年には21.5%。2018年には500万台となった。2023年には、日系自動車ビッグ3の中国での生産能力は現在の2倍にあたる660万台を見込んでいて、欧米勢を上回ることになる。
中国大陸の大気汚染の要因の一つがガソリン車の排気ガスですから、電気自動車にかわることは日本国民にとってもいいことです。地球環境について、16歳のグレタさんが必死で訴えていることを私たちは真剣に受けとめるべきです。小泉環境大臣のようなふざけた対応は許しがたいと思います。
(2019年10月刊。1800円+税)

暁鐘、革命家・李大釗の物語

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(霧山昴)
著者 大川 純彦 、 出版  藤田印刷エクセレントブックス
第二次大戦前、革命前の中国で活動していた李大釗(りたいしょう)の物語です。
1927年4月6日、ソ連大使館に逃げ込んでいた李大釗と李を従う青年19人そして家族やソ連大使館ら60人余りが中国兵に踏み込まれて、逮捕・連行された。当時の北京政府総司令・張作霖の厳命によるもの。もちろん、外国公館への武装立ち入りを禁止する国防法を無視したものだ。ところが、欧米列強は、これを黙認した。ロシア革命が拡大、波及することを恐れていたから。
李大釗らは軍事法廷に引きずり出され、20人全員に死刑が宣告され、その日のうちに絞首刑に処された。李大釗は38歳だった。これは、軍閥政府による共産党大弾圧事件の犠牲者だった。
李は北京大学の図書館長をしていたとき、生活に困っていた毛沢東に図書館の仕事を世話した。周恩来は、北京で李から直接指導を受けていた。
魯迅は北京大学の講師として、李の同僚だった。
孫文が、「国共合作」をすすめるうえで、協議を重ね、信頼していた共産党の指導者は李だった。
李大釗は日本に留学し、早稲田大学政経学科に入学した。李大釗が日本にいたのは1913年から1916年までの3年間ほど。大学のゼミで指導を受けたのは、キリスト教社会主義者として名高い安部磯雄教授だった。安部教授によって李は社会主義への目が開かれた。安部教授は東京の下町である氷川下町でのセツルメント活動をしていて、ロビンソン牧師も一緒だった。
李は中国共産党の命名者でもあった。そして、国民党に入党し、「国共合作」をすすめた。李大釗は孫文と「国共合作」を協議して。その具体化をすすめた。
李大釗の死後、すぐには葬儀すら出来なかった。ようやく葬儀が出来たのは刑死のあと6年もたってからだった。
中華人民共和国が成立するのは1949年ですから、李大釗が亡くなって20年後のことでした。まだまだ厳しい苦難の日々が続いたのです。
李大釗の長女の回想録をもとにした自伝小説風になっていますので、とても読みやすい本です。
(2019年4月刊。1200円+税)

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