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カテゴリー: 社会

校則なくした中学校、たったひとつの校長ルール

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 西郷 孝彦、出版 小学館
著者は東京の区立中学校で10年間、校長をつとめていました。この中学校には、なんと、制服がなく、定期テストがなく、生徒をがんじがらめにしばる校則がないというのです。驚きました。公立中学校でも、校長次第では、こんな大胆なことができるのですね。読んで勇気が湧いてくる本でもありました。あきらめずに、少しずつでも良い方向に変えていくことができるんですよね。
世田谷区立桜丘中学校には校則がない。定期テストはなく、宿題もない。チャイムは鳴らない。服装も自由、髪形も自由。おまけに授業中の昼寝も、廊下での勉強も自由。
校長室前の廊下にはハンモックがあり、そこで生徒は自由に昼寝できる…。なんという学校でしょう。こんなんで、学校の秩序が保たれるのでしょうか…。
定期テストの代わりにあるのは、10点満点の小テスト、積み重ねテスト。
3年生は静かな授業風景。でも1年生は騒々しい。これがフツー。
教員は、決して頭ごなしに叱りつけることはない。
そして、校長は、毎日1回、全校のクラスを回る。
登校時間は自由。だから遅刻で注意されることはない。ええっ、そ、そんな学校があるの…。
授業中の校長室は、クラスに入れない子たちのたまり場。
いやはや、なんという学校、そして校長先生でしょうか…。
学校は教員が学ぶ場でもある。うむむ、そ、そうなんでしょうね。
がんじがらめで子どもをしばる校則によって、子どもは無気力になってしまう。いやあ、本当にそうですよね。刑務所なら、そのほうが管理しやすくて助かるのでしょうが、学校は刑務所ではなく、これからの日本を支える子どもたちを育てるところですから、のびのび発達していくのを手助けしなくてはいけません。
この中学校には3ヶ条の「心得」があります。その一は、礼儀を大切にする。その二は、出会いを大切にする。その三は、自分を大切にする。いやあ、いいですね。私は、とくに最後の自分を大切にするがいいと思いました。
でも、そのためには、他人(ひと)との出会いによって、自分とは何者なのかを知ることが欠かせないのですよね。そして、そのためには、友人として接してもらえる工夫(礼儀)も大切なんです。
なんで勉強しなくてはいけないのか…。将来、文科系に進むのに、なぜ微分・積分と勉強しなくてはいけないのか、私も少しばかり悩んだことがありました。
教員にとって、生徒から出てくる、この質問は、つまち授業が面白くないということを意味する。授業が面白かったら、要するに、理解できていたら面白いので、「なぜ」という質問は生まれない。これは本当だと思います。
世の中は不思議に満ちています。その不思議さを解明していくためには、その解法を知る必要があるのです。私が、たくさんの本を読みたいと思っているのは、少しでも、この人間社会の仕組みを知りたいからです。
この中学校では、廊下で麻雀大会もしたそうです。いやあ、この発想にはぶっ飛んでしまいますね。私も一度だけ大学の寮の廊下での麻雀には誘われて加わったことがあります。でも、一度でコリゴリしました。私にはまったく向いていないことが分かりましたので、それ以来、やっていません。同じように囲碁・将棋もやりません。見るスポーツだって、すべて関心の外です。ひたすらこの社会がどうなっているのかを知りたい。これに専念しています。
この中学校では、月1回、夜の勉強教室もやっています。夕方6時になると、みんなでお食事会です。参加費100円、先着50人まで。「子ども食堂」を公立中学校でやっているのです。すばらしいです。
発想を変えたら、こんなこともできるのですね…。もっと、自由に、のびのびやりたいことをやりましょうね。元気が出てきました。
(2020年6月刊。税込1540円)

写真集・棚田の愉しみ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 玉井 質 、 出版 うめだ印刷
大阪の干早赤阪村の棚田を撮った素晴らしい写真集です。
干早赤阪村は大阪府で唯一の村。大阪からは、地下鉄の天王寺に行き、近鉄で富田林に行き、そこからバスに乗って干早中学校前で降りる。バスは1時間に2本しかない。
この干早赤阪村の「下赤坂の棚田」は、日本の棚田百選にも入っている。
干早赤阪という地名は楠木正成がたてこもった干早赤阪城として有名です。なので、私も機会があったら一度は行ってみたいところでもあります。
「下赤坂の棚田」の写真は、どれも見事です。まさしく生命観が躍動し、生き物すべてが光り輝いています。
棚田は12世帯が共同して、1000坪を運営しているそうですが、ここにも高齢化の波が押し寄せています。なにしろ始めて、もう17年目になるそうですから…。
それでも、保育園の園児たちが親と一緒になって田植えしている様子を撮った写真もありますので、期待はもてそうです。
九条の会がここにもあり、棚田でそろって平和憲法を守れのポスターをかかげた写真は壮観です。子どもたちに平和を確実に伝えていきましょう。
なにしろ傾斜のある棚田ですから、農作業用の機械を運びあげるのは困難です。田植えも稲刈りも人海戦術。いやあ、これは大変ですよね…。
それでも収穫したお米で餅つきをして、みんなで食べたら、さぞかし美味しいでしょう。収穫祭で乾杯しているときの笑顔がたまりません。苦労がきちんと報われたときの喜びの笑顔です。
80頁ほどの写真集ですが、こんな棚田をぜひぜひ保存してほしいものだとつくづく思ったことでした。
(2021年7月刊。税込2000円)

コロナ黙示録

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 海堂 尊 、 出版 宝島社
菅首相が「コロナ対策に専念する」という口実で自民党総裁選に出ないことを表明しました(9月3日)。なぜコロナ対策に専念するのに首相を続けられないのか、という当然の質問を受けつけず、すぐに立ち去っていったのは無責任ですし、政治家として哀れというしかありません。国民の前で自分の信念を語れないような人物は政治家になる資格なんてない、このことを決定的に明らかにした瞬間だったと思います。それなのに、「菅さんはよくやった」だなんて言ってかばおうとする人がいるのが信じられません。どれだけ騙されても、騙した人にしがみつくのでしょうか…。ダメな人にはダメだと、きっぱり言ってやる必要があるのです。ぜひ、みなさん、10月か11月にある選挙の投票日には足を運びましょうね。棄権するってことは、あんな「無責任男」を許してしまうことなんですよ。いくらなんでも、それはないでしょ…。
この本は、日本の政府がコロナ対策でいかに「後手後手」(ごてごて)にまわってきたのかを記録したような本です。医師を主人公としているだけあって、医学面での情景描写は迫真のもので、思わず息を呑んでしまいます。
菅首相のチョー側近である和泉補佐官の不倫はあまりにも有名ですが、「まったく問題ではありません」ということで、スルーされて、和泉補佐官は最後まで菅首相を支えました。それが、いえ、それも大きな間違いのひとつでした。
横浜のクルーズ船で本当ならトライアルとエラーをすべきだった。それができなかったのは、色ぼけと欲ぼけの失楽園官僚カップル(和泉補佐官と相手の女性官僚)による判断ミスだ。そんな人材を重用したアベ首相と官邸にいる厚労省官僚による人災だ。
私もコロナ禍を大きく深刻化させたのはスガ首相の無能・無策による人災だと考えています。だって、PCR検査をせず、ワクチン確保も遅れ、入院拒否の自宅療養と称して自宅待機を命じ、自粛を強要しながら補償もしないなんて、ひどすぎます。
アベ首相が「アベノマスク」に投じた500億円が医療現場にまわされたら、どれほど、現場は助かったことでしょうか。
国民に自粛を要請しながら、休業補償はしない。観光業界に1兆7千億円もの「GoToトラベル」をすすめながら、雇用調整助成金は、その半分の8千億円でしかない。そして、支出は遅れに遅れている。
こんな無能・無策なスガ首相なのに、国民は凡愚なスガ首相の罷免を求めることもなく、ただただスガ首相が退陣するのを、ひたすら辛抱強く待っているだけ。なんて面妖
(めんよう)な日本人だろうか…。
この本は読んで腹の立つ本です。そんなにバカにするなよと、ついつい叫びたくなります。それでも、投票所に足を運ばなかったとしたら、「スガさんって、一生懸命にがんばったのに可哀想よね…」という間違った思いこみから抜け出せないのです。でもでも、本当は違うんですよ…。自分たちの生命と健康を守るためには声を上げ、投票所に足を運ぶ必要がある。このことを確信させてくれます。一読に値する本です。
(2020年10月刊。税込1760円)

レッド・ネック

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 相場 英雄 、 出版 角川春樹事務所
「パンケーキを毒見する」という映画をみました。菅首相が主人公のような映画です。大変面白く最後まで緊張しながらみましたが、残念なことに観客はまばらでした。次の青春モノの映画には若い女性が列をつくっていましたが…。
菅首相の国会答弁は、歴代首相のなかでも言葉の貧困という点で図抜けています。同世代として恥ずかしい限りです。国民に語りかけようとする気持ちをまったく持っていないのです。そんな人が国会議員になり、首相になれる日本という国の底の浅さにおののいてしまいます。菅首相がついに辞任することになりましたが、その記者会見のときも一切の質問を受けつけず、逃げていってしまいました。哀れとしか言いようがありません。
映画のなかで、菅首相が質問に対してまともに答えようとしないのは、政治不信をかきたてるためではないかという解説がありました。政治に不信感をもつ人は投票所に足を運ばない。それが自分の政権を支えている。下手に政治に関心をもってもらいたくないというのです。
さて、そこでこの本です。この本は、選挙戦で、いかにあるべきかという本質論が主要テーマになっています。自民党・菅政権にとって投票率が低ければ低いほど政権の安定度が増すという関係にあることを十二分に自覚して行動しているというわけです。
これから、この本のコトバを私なりに翻訳して紹介します。
自民・公明党に票を投じる有権者は、どんな言葉をかけられようとも支持を変えることはない。立憲民主党や共産党に投票する人も絶対に投票先を変えない。そんな連中を動かそうと思って選挙運動をするのは、時間と労力のムダだ。
なので、選挙プランナーは、無党派層、いつも選挙に棄権している人々にターゲットをしぼり、徹底的に選挙に行くように仕向ければいい。
なーるほど、ですね。ということが理解できても、では、どうやってその層にアプローチするのか、できるのか、が問題となります。
この本では、有名歌手のファンクラブのSNS交信を乗っ取ってしまうという方法が紹介されています。なるほど、若者が好んでいるSNSに喰い込み、候補者を売り込んで、投票所に足を運ばせることができたら、成果は大いに期待できることでしょうね。
アメリカのトランプ大統領の選挙戦も同じような手法が使われたようです。
本当に怖い世の中になりました。スマホでいろいろ検索していると、その人の行動履歴だけでなく、好み、趣味、思想傾向まですっかりさらされてしまうのです。考えるだけで身震いする状況に私たち日本人だけでなく、世界中の人々が置かれているのです。
ちなみに、レッドネックとは、アメリカの中西部や南部にいる低賃金にあえぐ白人労働者のこと。日本が明治維新を迎える前に起きたアメリカの南北戦争のころ、南部は北部のアメリカ人をヤンキーと呼び、北部は南部の人々を炎天下の作業で首筋を赤く日焼けさせていることからレッドネックという侮蔑的な言い方が定着した。
それがなぜ、日本の選挙に関わるかというと、トランプ大統領の選挙運動のなかで、活用(悪用)された手法が日本にも持ち込まれているということです。
ガラケー一本で、スマホを持たない(持ちたくない)私には無縁ですが、スマホで、フェイスブックを利用すると、個人情報が「ダダ漏れ」することになるというのが、この本の前提になっています。本当に恐ろしい世の中です。
この個人情報をフェイスブックがデータブローカーに売却し、ブローカーは細かく分類してネット広告専門店に転売する。なので、個々のエンド・ユーザーにはその人向けの広告がアップされる。
いやはや、なんという怖い世の中でしょうか…。
(2021年5月刊。税込1870円)

須恵村

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 ジョン・F・エンブリー 、 出版 農文協
戦前、日本の農村に若きアメリカ人の人類学者夫婦が1年間すみつき、その実態調査をまとめたという画期的な本です。
訳者の田中一彦元記者(西日本新聞)は、退職してから3年間、この須恵村(現あさぎり町)に単身移住して取材・調査しています。私は、著者の妻エラによる『須恵村の女たち』に大変なショックを受けました。ぜひ、この本とあわせて読んでみてください。
須恵村は、米や麦、そして蚕による生糸を生産している。野菜は大根とサツマイモ、そして大豆。サツマイモとキュウリは男根崇拝の象徴。そして豆は女性器と同じ意味を有する。
宴会のときは、魚、ときに鶏がつく。タンパク質の多くは大豆でできた味噌汁、しょう油、豆腐からとる。馬や牛は飼われているが、荷物の運搬に使われるだけ。牛乳は汚いと考えられ、医師の処方で飲まれるのみ。豚肉も食べられない。豚の飼育は都会に売るためのもの。
村には大地主はいない。須恵村の男性は、ほとんど村の生まれだが、妻のすべては須恵村の生まれではない。
戸主の言葉は法。主人は最初に風呂に入り、一番に食事をし、焼酎を飲み、いろりでは特別の席にすわる。妻には必要に応じて家計費が渡される。
債権者が来ると、男は妻と離婚して、財産を彼女の名義にして、自分は無一文になる。あとで、男は離縁した妻と再婚する。
娘を芸者や売春婦に売るのは、父親の特権。娘は同意を拒否する立場にない。
養子縁組も、結婚と同じように、最初の1年ほどは、お試し期間を設ける。
村には、結婚していない成人は、ほとんどいない。寡婦は再婚するが、亡夫の弟と再婚することが多い。寡夫は、先妻の妹と結婚することがある。非嫡出子をもつ女性は寡夫と結婚することが多い。寡婦は特別な社会的地位にある。再婚しない限り、きちんとした社会的地位は不安定。性的に自由である。
農作業では、夫も妻も同じように働くので、農家では商店よりも女の地位が高い。
女が参加する宴会も多く、酒が入ると、やがて踊りは性的な性格を帯びてくる。ふだんおとなしい女性も踊りに加わり、即興の歌詞にあわせて、尻を前にぐいと突き出しながら踊る。男は、杖を男根の代わりに使い、それをほめそやす歌をうたう。この余興は、集まった来客に爆笑の渦を起こす。踊りでは、人々、とくに女たちは、物真似や風刺の驚くべき感性を発揮する。
田植えは厳しい共同作業。10人から15人の若い男女が一列に並んで作業する。単調な作業は、絶え間ない冗談、それも卑猥な話によって和らげられる。
須恵村では、頼母子講が盛ん。
須恵村で娘を芸者に売った男が8人いるが、社会的地位が高くない男たち。農業の社会的・経済的基盤の上に家族をつくろうとする人は、貧しくても決して娘を売ることはしない。
売られた娘は決して村には戻ってこないし、結婚することもほとんどない。
一般的に、子どもたちはひどく甘やかされている。
夜ばいの習慣があるが、娘たちには受け入れることも拒絶することもできる。
「三日加勢」という、三日間のお試し結婚がある。娘だけ3日間、男性の家に泊まる。もし結婚に至らなくても、どちらも世間的には顔をつぶされたことにはならない。
須恵村には医者はおらず、子どもの死亡は多い。
須恵村の生活にボスはいない。自治的で、民主的。
戦前(昭和10年から11年、1935年から1936年)の熊本の農村の生々しい状況が手にとるように分かる本です。写真もたくさんあり、興味深いこと、このうえありません。ぜひ、ご一読ください。全国の図書館に必置の本だと思います。
(2021年5月刊。税込4950円)

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