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カテゴリー: 社会

憲法9条と25条、その力と可能性

カテゴリー:社会

著者 渡辺 治、 出版 かもがわ出版
 この本を読みながら、何度も、なるほど、そうなのか、そういうことだったのかと思いいたり、また何かしら元気が湧いてきました。久々に空気の入る思いがしました。空気が入るとか、空気を入れるというのは、私の学生のころに流行していた言葉です。少しばかり元気のない状態にカツを入れて、闘争心を取り戻す、取り戻させることを指す言葉です。
 先日、著者の講演を聞き、そのあとにこの本を読んだのですが、とてもよく分かる本でした。さすがだと感心、感嘆してしまいました。
 民主党は、かつて論憲から創憲といって、改憲を明記していた。ところが、今回の選挙では争点とすることを避けた。ただ、これは自民党も同じだった。いずれも、今、選挙のときに改憲を打ち出すのは国民受けしないという判断からだった。
 鳩山首相は、民主党切っての改憲派であり、祖父鳩山一郎以来の悲願でもあったが、いま改憲を言いだせない状況に置かれている。
ところで、憲法9条や25条は形骸化しているのではないか、役に立っているのか、機能しているのかという疑問を持つ人は多い。9条は日本の自衛隊の海外派兵のときに隠れ蓑として使われているだけではないのか……。
 しかし、よく考えてほしい。もし、9条や25条が醜い現実を覆い隠すイチジクの葉の役割しか果たしていないのなら、なぜ、政府・自民党は必死に改正を目ざしてきたのか。やはり、憲法9条が戦争や貧困を拡大するような政治にとって大きな壁になっているから、また25条が醜い現実を変え、人間らしい暮らしを実現するための武器になっているからだ。
 現実に起きている権利侵害や不平等を座視しているような市民にとっては、憲法がどうであろうと関係がない。しかし、ひとたび現状に不満をもち、それを直そうと立ち上がろうとしたときには、大きな違いが出てくる。立ち上がった人間にとって9条や25条のあるかないかは、雲泥の差がある。そして、そこで確保された人権は、立ちあがった市民だけでなく、立ち上がらなかった広範な人々にも及ぶのである。
 なーるほど、ですね。よく分かる指摘です。
 憲法9条は、もともと東アジアの平和保障のためにつくられたものである。マッカーサーは、非武装条項を単なる理想ではなく、平和保障のための実効的な枠組みとして考えていた。
 先日、アメリカのオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞しました。プラハ演説で核廃絶を呼びかけただけで、まだ何の実績もないのにおかしいと批判する人もいますが、私はそうは思いません。1994年、佐藤栄作首相が日本人として初めてノーベル平和賞を受賞しました。非核三原則を堅持する決意を再三言明したことが評価されたからです。核兵器を造らず、持たず、持ち込ませずという非核三原則が実態にあわないものであることは、ノーベル委員会も認識していたと私は思います。それでも、この非核三原則は大切なことなんだ、それを再三、日本の国会で明言したことは、内実がどうであれ評価すべきことなんだというメッセージが発せられたわけです。私は、大賛成です。これが佐藤首相はからめとられて、建て前どおりの行動を余儀なくされたのです。核密約の内実が今明らかにされていますが、現実に合わせて理想を変えたり、捨ててはいけないのです。
 もう一つ。日本の防衛予算は世界の中でも突出して大きいものです。ところが、GNPのなかに占める割合は下がり続けています。そして、海外侵攻用の兵器は持てませんし、軍需産業には大きな制約が課せられています。しかし、このことが日本企業の競争力を強化し、東南アジア諸国の警戒心をゆるめていったという大きな効果もあげたのです。
 この本を読んで本当に勉強になりました。一人でも多くの人にこの本が読まれることを心から願っています。
 
(2009年10月刊。1700円+税)

思い出を切りぬくとき

カテゴリー:社会

著者 萩尾 望都、 出版 河出文庫
 萩尾望都の漫画家生活はもう40年になるそうです。すごいですね。私の一つ年下のようですが、私の母と著者のお母様は女学校の友だちとして親しかったので、私もお母様とは顔を合わせることが何回もありました。最近、著者の顔写真を新聞で拝見して、私の記憶にあるお母様にあまりに似ているので、びっくりしてしまいました。もちろん、これは我が家のアルバムにあるお母様の顔写真も脳裏に焼き付いているからでしょう。
 この本に書かれているエッセーは、実はかなり古いものです。一番古いものは1976年とありますから、昭和でいうと51年です。まだ私が横浜弁護士会に登録していたころです。
 私が駆け出しの弁護士になったばかりのころ、既に著者は人気の漫画家でした。それも当然ですよね。『ポーの一族』なんて、すごいですよね。しびれてしまいますね。あとになりますが、『残酷な神が支配する』という漫画は、どうやってこんなストーリーを思いついたのか、不思議でなりませんでした。
 著者は、漫画家志望の子に対して、本をたくさん読むように、劇をたくさん観るようにすすめています。その点は、私もまったく同感です。想像力を働かせるには、自分の体験だけでは足りないと思うからです。
 そして著者は、何かのストーリーを描いているときにうける「ほんの15分のインタビュー」や「ほんの5分で描けるカット」の依頼をなぜ断るのかについて語っていますが、これまた、弁護士である私にも同感至極です。
 頭を切り替えるのは簡単ではない。漫画のストーリーを考えているのを止めて、カットのほうに気を入れなければいけない。この気持ちの切り替えだけで半日かかったりしてしまう。ストーリーを考案しているときには精神を集中する必要がある。その集中力をいったんとかないといけない。
 渡部昇一の『知的生活の方法』にも、仕事している最中に電話でそれを中断されると、仕事のボルテージが極度に下がってしまうと書かれている。まさしく、そのとおりなのだ。
 そうなんです。だから私は事務所にいても電話で話すのは必要最小限にとどめています。相手によっては私は出ずに、事務局でそのまま対応してもらいます。私はそばにいて、「こう返事しなさい」と耳元でささやくだけです。それでいいのです。私は頭を切り替えるムダを省いて、本来の、やりかけの書面作りに専念できるからです。
 著者は福岡県大牟田出身ですが、いまは千葉在住のようです。今後、ますますのご活躍を同年輩の一人として心から祈念しています。
 全国クレサラ集会のとき二宮厚美教授の基調講演のなかで印象に残る指摘がありました。
 それは日本は経済危機が深刻だといってもアメリカや中国とは決定的に異なっている。つまり日本の国債は日本国民自身が自分の貯蓄の中で買い支え得ているとうこと。
 IMFなど外国資金によって支えられているわけではないので自国内で解決できる。だから福祉を充実させて内需を拡大することで解決の展望があるのだということでした。なるほどですね。
(2009年11月刊。570円+税)

鉄の骨

カテゴリー:社会

著者 池井戸 潤、 出版 講談社
 ゼネコンと政治家は談合罪で何度となく逮捕されています。ゼネコンによる談合絶滅宣言は聞き飽きた感があります。それでもなお、談合はなくなりません。
 談合しなかったら業者がたたきあって次々に倒産していき、社会不安を抱いてしまうから、談合は必要悪だというのが業界サイドの考え方です。しかし、本当にそれで良いのか、中堅ゼネコンで談合を扱う業界課に配属された主人公の悩み多い生活を通して、この問題をともに考えさせられていきます。
 この本の著者が、前に書いた『空飛ぶタイヤ』を読みましたが、そのときも自動車事故の原因を分かりやすく一歩一歩掘り下げて行く手法に驚嘆しました。今回も談合必要悪説に立って話は展開していき、あっという結末を迎えるのです。よくよく考え抜かれた本だと感心しました。談合と政治家の役割に少しでも関心のある人には一読を強くお勧めします。
 この日本に建設業の関係者は、就業者12人に1人、540万人ほどいる。その多くが中小零細で、体力のない土建業に従事して細々と食っている。なんとか食えるのは、談合があるからだ。もし談合がなくなり、自由競争になってたたき合いが始まれば、体力勝負の消耗戦で、中小零細なんかあっという間に倒産する。大手も危ない。大量の失業者が出て、経済は大混乱に陥るだろう。
 自由競争になれば最低落札価格に近い札を手に入れる業者は必ず現れる。なりふり構わず、採算度外視で取りにくる会社がある。多少の赤字でも仕事がないよりマシだという会社は今やゴマンとある。そういう腐りかけの会社によるダンピングが続くと、いずれ健全な会社までおかしくなる。そうなれば、建設業全体がおかしくなり、ひいては日本経済の大混乱は必至だ。
どこのゼネコンでも、談合は業務課が担当する。脱談合なんて世間向けのプロパガンダで、真っ赤なウソにすぎない。
 建設業界は必要悪だなんて言って、今も、ちまちまと談合を続けている。そして、役人も談合を利用している。談合がなくなって困るのは、実は役人のほうだ。予算を執行しなければならない役人にとって、もっとも困るのはお金を支払ったのに工事が完成しないこと。倒産したり、前渡し金をもらって逃げ出したり。そんなときには、予算不足のなかでどこかの業者に頭を下げて赤字で仕事をしてもらうことになる。
 政治家が談合を取り仕切り、そこから甘い汁を吸う仕掛けを地検特捜部が追いかけて行く様子も活写されています。談合罪は昔かられっきとした犯罪です。いつもやられているのに、たまにしか捕まらない不思議な犯罪です。談合について実感を持って知ることのできるよい本です。
 全国クレサラ集会に韓国の弁護士と司法書士(法務士)が参加していました。韓国でもサラ金被害は深刻です。そして、そのサラ金は日本から武富士などが進出しているのです。
 韓国では、破産すると公務員資格が取り消され、会社では当然退職という就業規則が多いので、失業してしまうとのことでした。医師の資格まで取り消されるそうです。
 日本では公務員が破産しても、それだけで退職することはありませんし、弁護士はともかく医師の資格の取り消しもありません。また、会社の退職理由にも基本的になりません。
 
(2009年11月刊。1800円+税)

若者と貧困

カテゴリー:社会

著者 湯浅 誠・富樫 匡孝ほか、 出版 明石書店
 年末年始の日比谷公園での「年越し派遣村」は、今の日本に貧困が誰の目にも見える形で存在することを強く印象づけました。
 ところが、このとき、派遣切りにあった若者だけでなく、前からいるホームレスまで対象としたことについて文句を言った人がいたのだそうです。なんと了見の狭い人でしょうか。ホームレスは自己責任の問題であって、単に努力の足りない連中が好きでやっているのだという、冷めた見方をする人が意外に多いような気がします。
 後期高齢者医療制度も同じです。
ターゲットになった75歳以上の人たちは、早めに死ねというのかと反発し、政府の意図を敏感に感じ取る。しかし、対象以外の人々は、他人事(ひとごと)としか思わず、かえって、対象者層が反発するのを見て、被害妄想・わがまま・身勝手とうつる。誰でも、結局は後期高齢者になるわけですが、そこまで思いが至らないのですよね。
 高いリスクを背負った若者を大量に生産し続けると、いずれはそうした感覚を持つ30代、40代を増やしつづけることになる。結局、それは社会統合、国民統合の基盤を掘り崩すことにほかならない。いや、実は、すでにかなり掘り崩してしまっている。いやはや、実にそうですね、としか言いようがありません。
 一人息子が親からの自立を図るときに母親に言ったコトバを紹介します。
「ぼくとあなたは、今後は他人だ。たとえぼくが野たれ死んでも、関知しなくて良い。たとえあなたが死んでも、ぼくに知らせてくれる必要はない。いままで、ありがとう」
 むむむ、これって、実に悲しい、寒々としたコトバですよね。
 親にできうる最大のことは、求められない限りはできるだけ、手も口も出さずに、肯定的に見守ることではないか。
 干渉を受け、守られる状態から、見守られながら自分で挑戦をし、段階的に自分のやり方、信念、アイデンティティを見つけていく。それが大人になるということではないか。
 いまは「もやい」にお世話になっている若者が、ホームレスになるまでの過程を紹介しています。それを読むと、家庭がよりどころとならず、学校からも社会からも受け入れてもらえないとき、ホームレスへの道しかないということが実感として伝わってきます。
 日本の社会ってそれほど冷たいものなんですね……。
 派遣切りにあったとき、不正受給を防止するという大義名分から、失業保険をすぐに受給できないことが問題とされています。なるほど、そうですよね。失業したときに備えて掛け金を支払っていても、いざ本当に失業してもすぐにはもらえない失業保険制度って、仕組みそのものが間違っている気がしてなりません。ヨーロッパでは、失業保険を1年も2年ももらえ、その間にきちんとした職業訓練をじっくり受けられるといいます。日本も、本当に若者を大切にするのなら、そのように改めるべきです。
 ゼロゼロ物件、貧困ビジネスのしくみをやっと理解しました。ここでは、通常の賃貸借契約ではないのですね。施設付き鍵利用契約というのだそうです。貸借権はないから、居住権や営業権は発生しないと契約書に明記されているとのこと。鍵を貸しているということは、ホテルみたいなもので、家賃を一日でも遅れると、部屋はロックアウトされる。鍵が変えられているから入れない。入るためには、再契約料3万円を別に支払わなければいけない。
 うへーっ、すごいことですね。
 その後、1年間の定期借家契約に切り替えられたとのこと。「頭の良い人」はいるものです。でも、貧困者を食い物にするビジネスって、暴力団と同じですよね。
 東京で、首都圏青年ユニオンががんばっています。ユニオンって何かというと、要するに労働組合のことです。でも、ネーミングから変えないと若者が近寄らないわけです。そして、会議や集会のときにはまずみんな食事することからはじめるというのです。
 一人暮らしをしている組合員も少なくなく、みんなで料理をし、食事をすることが喜びになる。若者に居場所を提供することからユニオンは始めるわけです。
 若者とは、不安や戸惑いに翻弄されながらも、これから始まる人生をいかようにも形造ることができる希望にみちた存在である。
 これが、これまで長い間の若者のイメージだった。しかし、今は違う。仕事が切られるとともに住む場所を奪われて、路上に放り出される存在が今の若者の現実である。
 うひょー、そ、そうなんですね……。
 しっかり、現実の若者と向き合って考えて行くしかありません。
 「派遣村」の村長だった湯浅誠さんが、このたび内閣府参与として政府のなかに入って活動されています。大いに期待しています。皮肉ではありません。本心です。
 庭仕事に精を出しています。庭がすっきりするのが楽しみです。球根から芽がぐんぐん伸びています。いつものことながら、水仙が一番伸びが早いですね。
(2009年2月刊。1600円+税)

自民崩壊の300日

カテゴリー:社会

著者 読売新聞政治部、 出版 新潮社
 私は戦後ながく続いた自民党政治が消え去ったことを心から喜んでいます。金権腐敗、汚職まみれの大型公共土木工事優先で福祉切り捨て、そして憲法改正とアメリカ追随。こんな自民党政治のイメージに、うんざりしていました。どうして日本人はもっと怒らないのだろうかと不思議でなりませんでした。
 その自民党政治に終止符を打った今回の総選挙は、民主党政権への期待というより、国民の積年の怒りがついに形になってあらわれたものと考えています。
 この本は、自民党政権が崩壊していった300日間をたどっています。別に目新しいことが書かれているわけではありませんが、ともかく、同じ日本人であることにこちらが恥ずかしくなるような人物が日本国の首相でありつづけたこと、そんな政治はやっぱり長続きしないことが改めてよく分かる本です。
 麻生政権の後半は、麻生太郎首相の「盟友」を自称する面々が、次々と麻生のもとを離れていく展開となった。ある者は自滅し、そしてある者は麻生に失望して……。
 麻生が権力の座に近づきはじめたころから、急速に麻生の「側近」然とする取り巻きが増え始めた。もともと自民党内でも弱小派しか率いることのできなかった麻生が、急に人望を集めたわけではない。幸運なめぐり合わせで麻生が首相のイスに座ることができたのは、党内で敵の多かった麻生を見捨てず、支えてきた古くからの友人の存在があったから。しかし、麻生は彼らの助言よりも、にわかに麻生にすり寄って甘言をささやく「盟友」の言葉を信じ、政局判断を誤り、決断の機会を逃していった。麻生は、宰相としての日々を「どす黒い孤独に耐える日々」だと言ったが、麻生を利用することばかり考える「側近」が麻生政権を蝕み、麻生をいよいよ孤立させていった。
 そうなんですよね。私は今回の自民党政権打倒の最大の功労者は、麻生首相その人だと考えています。なぜなら、麻生政権誕生と同時に解散・総選挙が行われていたら、今回のような民主党圧勝という選挙結果になったはずはないからです。麻生首相が、もう少しテコ入れしたら、もう少し支持を回復できると解散を先送りしていってくれたことが、結果として重大な判断の誤りにつながったと思うのです。
 自民党の役割について、加藤紘一元幹事長は、冷戦時代の東アジアで共産勢力の拡張を防ぐ西側の橋頭堡としての役割があったが、冷戦終結とともにその使命は終わったと分析している。
 KY首相。空気が読めない。漢字が読めない。解散も読めない。経済も読めない。国民感情も読めない。
 本当に最低最悪の首相でしたが、政権交代の促進役として偉大な功績があります。なにより、日本国民に投票によって政治が変わることを実感させてくれたことの意義は、特筆すべきだと思います。
 
(2009年10月刊。1400円+税)

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