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カテゴリー: 社会

子どもと保育が消えてゆく

カテゴリー:社会

著者  川口 創  、 出版   かもがわ出版   
 名古屋で活躍している、子育て真最中の弁護士が日本の保育はこれでいいのかと、実体験をもとに鋭く問題提起しているブックレットです。
 わずか60頁ほどの薄いブックレットですが、日本の明日を背負う子どもたちを取り巻く、お寒い保育行政の現実を知ると、背筋がゾクゾクしてしまいます。
 コンクリートより人を、と叫んで誕生した民主政権でしたが、権力を握ったら、自公政権と同じく、コンクリート優先、福祉切り捨て政治を強行しています。悲しい現実です。
 いま政府がすすめている「幼保一体化」の看板の下で実施されるのは、保育所の解体のみ。「こども園」には、待機児童がもっとも深刻な3歳未満児の受け入れ義務を課さない。 それでは、3歳未満児は、どうなるのでしょうか・・・・?
 私の子どもたちがまだ幼いころは、全国各地で「ポストの数ほど保育所を」という合言葉のもとに保育所づくりの運動が広がっていました。
 1970年代には、年に800ヶ所を増設し、9万人の入所児増を実現した。保育所は2万3千ヶ所、在籍児200万人だった。ちころが、その後は自助努力が強調されるなかで保育所は減少していき、2000年には、2万2千ヶ所にまで減らされた。そして、2000年から2008年までの8年間に、全国で1772ヶ所の公立保育園が消えた(13.9%減)。
 厚労省によると、2011年4月の待機児童数は全国で2万5千人を超えている。
 日本の保育を、アメリカと同じように市場化し、「ビジネス・チャンス」にしようという狙いがある。
 女性が経済的に自立できるようにするためにも、公立保育所の拡充こそ必要です。安易に民間委託し、「ビジネス・チャンス」なんかとすべきではありません。
子どもたちにとっても、集団保育はとても有意義です。3歳児までは親の手もとでずっと面倒をみるべきだというのは、現実の日本社会の実情にもあわない主張です。私の3人の子どもたちはみな保育園に出し、そこでのびのび育ちました。社会人になった今でも、保育園当時の仲間とは親しく交流しています。親としても、たいへん喜ばしいことです。子どもにとって親の愛情とともに、友人と親しく交わることができるというのはなにより大切な財産です。
 「幼保一体化」でビジネス・チャンスをつくり出すだなんて、いったい政府は何を考えているのでしょうか。子育てを金もうけの機会にするというのはとんでもない間違いです。
 子育て、がんばってくださいね。大変でしょうが、楽しく充実した日々なのです。としをとって、あとで振り返ってみると、それを実感します。
(2011年10月刊。2800円+税)

ホットスポット

カテゴリー:社会

著者   NHK・ETV特集取材班 、 出版   講談社
 3.11のあと、福島第一原発事故からどれだけの放射能が日本全国いや世界中に流出していったのか、想像を絶します。この本で紹介されているテレビ番組は日頃テレビを見ない私もビデオにとって、しっかり見ていました。
 放射能汚染というのは、決して単純な同心円状にはならず、とんでもないところに高濃度汚染のホットスポットが生まれるということを、その番組を見て実感しました。
 この本は、番組製作の舞台裏も紹介していて、とても興味深いものがあります。NHK
の上層部から取材そして放映を中止するような圧力がかかったそうです。
ホットスポットとは、局部的に高濃度の放射能に汚染された場所をあらわす言葉。
 同じ双葉町の中で、わずか1キロほど移動しただけで、空間線量率が毎時300マイクロシーベルトから40マイクロシーベルトに変わった。汚染は同じ同心円状に広がったのではなく、斑(まだら)状になって分布していた。
 取材班は、高線量が予測される地帯は50歳以上で担当するというのが暗黙の了解となっていた。取材が終わって宿に着いたら、真っ先に風呂に入る。そして、合羽やゴム長をていねいに水で洗い、大浴場で頭や手足を入念に洗う。内部被曝が恐ろしい。衣服や靴、皮膚に放射性物質が付着し、そのまま屋内にもちこむと、知らず知らずに拡散し、体内に取り込んでしまう恐れがある。
放射能の雲は原発から50キロの、100万人が住む福島県の中通りを襲い、雨や雪とともに大量の放射性物質を地上に沈着させた。そして、そこには今も人々が普通に生活している。
 3月15日。東京で毎時0.809マイクロシーベルトの放射線量が観測されて大騒ぎになった。福島市内は、このとき242マイクロシーベルトまではねあがり、16日まで20前後の高い数字が続いた。事故前の500倍になる。しかし、30万人の住む福島市民への避難指示は出なかった。
本当にこれでいいのでしょうか。学童だけでも疎開させる必要があるのではないでしょうか。人体実験だけはしてほしくありません。
子どもの被曝リスクは大人の3倍高く考える必要があるからです。
 放射能は、沿岸の海底に堆積し、ホットスポットのような放射能のたまりが出現している。そして、それが沿岸流という海流に乗って南下している。
 福島県だけでなく、岩手、宮城、新潟、茨城もふくんで東日本一円に放射能は拡散し、雨や雪によって土壌を汚染し、そこで育つ農産物に入り込み、さらには川を伝って各地の海を汚染し、それが魚介類に入りこんで消費者の食卓を脅かす「魔のサイクル」が現れてきた。
 いやはや、原発の底知れぬ恐ろしさを実感させる映像でしたし、その背景を知ることができました。民主党政権が今なお全国各地の原発を再稼働させようと執念を燃やしていることに心底から怒りがこみあげてきます。どこまで人非人なのでしょうか。目先のお金のためなら人類の生存なんてどうでもいいという無責任さです。私は絶対にそんなことを許すことができません。
(2012年3月刊。1600円+税)

兎の眼

カテゴリー:社会

著者   灰谷 健次郎 、 出版   理論社
 大阪で橋下流の教育改革がすすんでいます。最低・最悪の「改革」です。ところが、マスコミは、橋下「改革」をもてはやすばかりで、その重大な問題点をまったく明らかにしようとしません、情けない限りです。
いまの教育の現状に満足している日本人は、わたしを含めてほとんどいないと思います。しかし、橋下はさらに悪い方向へ引っぱっていこうとしているのです。とんでもない方向なのに、それに気がつかない人、目をつぶってはやしたてるマスコミの多いのにあきれます。
教育の手が込んだ、面倒なものだというのは当然のことです。だって、人間を扱うのですから。たとえば、人間は誰だって反抗期を経なければいけません。口先だけは反抗していても、本当は甘えたい。そんな矛盾した心理を見抜いてうまく対処するのが大人であり、教師です。
そして、貧乏という問題があります。お金がないと、何かと困ることは多いわけです。お金がないと家庭での親子の会話も乏しくなることが多いのです。そうすると、子どものボキャブラリーは貧しくなり、学業成績にもマイナスに影響します。
この本は1974年に刊行されたものです。今から38年も前の本ですが、いま読んでも古さをまるで感じません。
橋下がしているように教師をいじめたら、結局は子どもたちをいじめるのと同じです。「ダメ教師」を排除するということは、「ダメ生徒」を排除すると同じです。トップのエリートだけを育てればいいというのでは公教育ではありません。
 教育の現場は面倒くさいもの、それにつきあうのは大変だけなもの。それをじっと我慢して見守るのが大切なことなんです。
いい本でした。読んで心が洗われる気がしました。
(1978年3月刊。1200円+税)

レベル7

カテゴリー:社会

著者    東京新聞原発事故取材班 、 出版   幻冬舎
 すべての危機は警告され、握りつぶされていた。これはオビの文章です。
 まさしくそのとおりなのです。福島原発事故については、私たち国民に隠された真実があまりにも多すぎます。政府が偽りの「収束宣言」をしたことから、原発事故がなんとか「解決」に向かっているかのような幻想に浸っている日本人が多いのが残念でなりません。
 メルトダウンの事態は今でもよく解明されていませんし、放射能物質は空にも海にも、今もって大量に放出されているのが残念ながら現実だと思います。ところが、海の汚染にしても「風評被害」を拡大させないためという口実でほとんど明らかにされていません。とんでもないことです。福島第一原発による汚染程度を正確に知るには、日本のマスコミ報道よりも海外とくにヨーロッパの方が正確で速いとまで言われているのは悲しいことです。
 原発にとって水は、血液のようなものである。その水が地震によって止まってしまったのだから、事態は本当に深刻だった。原子炉に入れた水は、核燃料の熱でどんどん蒸発する。水を入れ続けなければ、やがて核燃料が水面から完全に露出し、空焚きの状態になる。核燃料を覆っているジルコニウム合金の被覆菅が熱で溶けると、水蒸気と反応して水素が発生する。それが原子炉から、さらに格納器の外に漏れ、酸素と反応すると爆発する。おお怖いです。
福島第一原発には6個の原子炉と10個の使用済み核燃料プールがある。20キロ圏内の第二原発までふくめると10個の原発と11個のプール。これを全部立ち入り禁止区域にして一般の人みたいに東電の社員が逃げ出したら、どんどんメルトダウンしていく。撤退なんかありえない。撤退していたら、東京には人っ子一人いなくなってしまう。これは菅首相(当時)の言葉です。
 このままでは、東日本全体がおかしくなる。決死隊をつくろう。日本の国が成り立たなくなる。命をかけてください。逃げても逃げ切れない。
これも菅首相の言葉です。首都圏から3千万人を脱出させる必要があるという想定が立てられたのです。3千万人の緊急脱出なんて不可能ですよね。いったい、どこへどうやって3千万人もの人々が移動できるというのでしょうか。
福島第一原発の吉田所長(当時)は、実は、東電本部にいて津波の影響を低く見積もることにしたつまり、インチキ見積した張本人の一人です。そして、現場で指揮せざるを得なくなったのでした。歴史の皮肉といえるかもしれません。でも、笑っている場合なんかではありません。やはり、東電という組織自体に大きな責任があると思います。原発が安全だなんて幻想をふりまき、現実には十分な安全対策を講じなかったわけですから。
 最後に、政府が昨年暮れに発表した廃炉に向けての工程表を改めて紹介します。
 2013年のうちに、4号機の使用ずみ核燃料プールから核燃料の取り出しを始める。10年以内に1~4号機すべてで使用ずみ核燃料の取り出しを終える。放射能に汚染されたたまり水の処理を終えたあと、溶融した核燃料の取り出しを始める。最終的に原子炉を解体するのは、順調に行っても30~40年後のこと。ええっ、そんなにかかるものなんですか・・・・。団塊世代の大半がそのころは消滅してしまっていますよね。
 事故から核燃料の取り出しまで6年半かかったスリーマイル島原発では処理費用が
750億円かかった。今回は、その比ではなく、廃炉に1兆1500億円は少なくともかかると見込まれる。さらに、そのさきには大量の放射性廃棄物の処分が待っている。現状は、地層処分の技術は確立しておらず、候補地は白紙のまま。
 本当に深刻です。こんなとてつもない危険な原発は、すぐにやめてしまわなければなりません。今すぐに廃炉にむかっても、何十年とかかるというのですからね・・・・。
(2012年3月刊。1600円+税)
 日曜日に福岡で映画「アーティスト」をみました。偶然にも、後ろの席に宮川弁護士がおられました。今どき珍しい白黒のサイレント映画です。ところが、実に表情豊かで、こまやかなので、字幕とあわせてスムースに感情移入できました。さすがはアカデミー賞をいくつもとった作品だけあります。サイレント映画から音の出るトーキー映画へ移行するときの悲哀がテーマとなっています。いつの世にも時代の変化についていけない人、ついてきたくない人はいるものです。もちろん、変化を追いかけるばかりでも困りましょうが・・・。
 最後のペアのタップダンスだけでも十分に見ごたえがあります。さすがは役者です。半年の練習でやりきったそうです。見事でした。

60年代のリアル

カテゴリー:社会

著者  佐藤 信 、出版 ミネルヴァ書房
 このコーナーで取り上げている本は、わたしが読んで面白かったもので、あなたにも読んでほしいな、ぜひおすすめしたいなというものばかりなのです。でも、この本はちょっと違います。歴史認識としての間違いが定着するのを恐れて、あえて取り上げました。つまり、読んでほしいというのではなく、こうやって誤った歴史認識が定着していくかと思うと悲しいという意味で紹介します。まあ、私がそう言うと、かえって読みたくなる人が出てくるかもしれません。それはそれで、お好きなようにしてくださいとしか言いようがありません。
 この本は『朝日ジャーナル』バックナンバーを読んで東大闘争を語るというものです。ところが、私の学生のとき、『朝日ジャーナル』は、いつも一方的に全共闘の肩を持ち、いかにも偏見に満ちていると感じていました。少なくとも『朝日ジャーナル』だけ読んで東大闘争を分かったつもりで語ってほしくないと心底から思います。
 当時(1968年から1969年ころのことです)、「ジャーナル全共闘」という言葉がありました。大学に出てこなくて下宿や自宅にひきこもっていて、『朝日ジャーナル』を読んで東大闘争の本質をつかんでいる気になった全共闘シンパ層を指した言葉です。彼らは、たまに大学に出てくると、それこそ「革命的」言辞を吐き、「東大解体」そして試験粉砕を叫んでいました。そのくせ、授業粉砕に失敗して再開された授業には乗り遅れないように出席したのです。「東大解体」を叫んでいた東大生が、授業再開後に東大を中退したという話を私は聞いたことがありません。それどころか、全共闘の元活動家で東大教授になった人が何人もいます。
 この本で「『朝ジャ』は、そもそも新左翼に同調的なわけでもなんでもない」と書かれていますが、これは明らかな誤りだと思います。「同調的」どころか、「新左翼」(全共闘)をあおりたてていたと私は理解しています。
 1968年11月12日、東大の総合図書館前にあかつき部隊の黄色いヘルメットをかぶった500人が石段に並ぶ。そこに全共闘が殴りかかっていく。だが、いくら勇ましくとも、最前列の者しか相手を殴ることはできない、やがて殴る手が止まると、あかつき部隊の笛。あかつき部隊というのは、東大民青支援のためにつくられた「外人部隊」、つまり他大生の部隊のことだ。
 これは、まるでマンガです。当時の写真も何も見ないで、見てきたような嘘の典型です。そのとき、その場に居たものとして、本当に残念です。もちろん、この本の著者がこんな場面を想像したのではなく、きちんとした出典があります。宮崎学の『突破者』と島泰三の『安田講堂』です。「あかつき部隊」なるものが存在したことは私も否定しません。しかし、島泰三は、その場にいなくて、写真だけを見て、その場にいた私たち駒場の学生を「あかつき部隊」と、『突破者』をうのみにして見なしているのです。
 当日は「500人が石段に並ぶ」なんていう規模なんていうものではありません。数千人の学生が、院生、教職員ともに現場にいました。石段ではなく、池の周辺の平地です。全共闘も数千人規模、民青・クラ連その他もいて、数千人の壮絶なぶつかりあいがあったのです。素手で殴りあったのでもありません。長い長い木のゲバ棒そして鉄パイプ、さらには薬品まで投げかった凄惨な修羅場だったのです。そんな、あかつき部隊のリーダーの笛一つでどうこうできる状況でもありませんでした。その一端は小熊英二の『1968』は紹介されています。このような現場状況を示した写真も、島泰三の本だけではなく、何枚もあります。
 こんな大嘘が堂々と定着して、それが歴史的事実になるとしたら、その場にいた学生の一人として、本当に耐えられない思いです。ぜひとも『清冽の炎』(花伝社)を読んでください。
(2012年3月刊。1800円+税)

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