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カテゴリー: 社会

穢れ舌

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 原 宏一 、 出版  角川書店
面白いです。前に『星をつける女』(KADOKAWA)を読みましたが、同じシリーズのような本です。
料理研究家やレストランのインチキ、さらには産地偽装のカラクリまでを暴いていく過程は、手に汗を握るハラハラドキドキ感もあり、なるほど、この分野ではこんなことが起きているのかという知的好奇心もたっぷり満たしてくれます。
料理研究会と銘うっている女性は、実は黒幕に踊らされているだけの存在でしかありません。へとへとになるまで働かされます。そして産地農家と提携というのもインチキ。その場しのぎの契約でしかありません。
どうやって、そのインチキを暴くのか・・・。
日本酒の特定銘柄がネットでプレミアムつきで転々売買されている。しかし、その日本酒は実は桶買いでしかない。そんなに高値の日本酒がつくれるわけがない。また、どうやって秘密を守り通せるか・・・。
ネットで一般客をだますのは、いとも簡単のようです。サクラをたくさんつくって、さも人気商品であるかのように装ったらいいのです。
寿司店。銀座の高級寿司に私も一度は行ってみたいです。アベ首相やオバマ大統領の行った店でなくてもいいのですが・・・。
いいネタをどうやって安く仕入れるか、店の主人は苦労しています。そこで、大胆なインチキをする店のも出てくるというわけです。
『神田鶴八鮨ばなし』などを参考にしたというだけあって、料理場面はノドから手が出るほど、美味しそうです。
(2018年3月刊。1500円+税)

スバル360開発物語

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 桂木 洋二 、 出版  グランプリ出版
スバル360とは、軽自動車の車名です。1958年(昭和33年)3月に売り出され、12年間もモデルチェンジされませんでした。42万5000円で売られましたが、これは1500CCの小型乗用車の半値以下でした。もっとも、ふつうのサラリーマンの年収を大幅に上回っています。それでも、売れました。軽自動車の免許で乗れ、安くて故障が少なく、加速力などの性能が良かったのです。
小さいクルマなのに室内が驚くほど広く、加速が良いうえ軽快に走りました。丸くてずんぐりとした形で、愛嬌がありました。富士重工業がつくり、伊藤忠商事が販売しました。
私が40年前にUターンして独立開業したときの初めての車はスバルの中古車でした。あろうことか走行中に交差点のド真ん中でエンストを起こし、3歳の長男が泣き出してしまいました。親切な若者がうしろから押してくれて、危地を脱することが出来ました。中古車って、そんなこともあるのか・・・と悟り、それから車音痴で安全第一の私は中古車に乗るのはやめました。
スバルは「すばる」のこと。清少納言の『枕草子』に「星はすばる」とありますが、プレヤデス星団を指しています。ちなみに、このコーナーの著者名(ペンネーム)も昴(すばる)です。
スバル360の開発計画がスタートしてから、わずか1年4ヶ月で試作車第1号が完成した。驚くべき速さだった。
クルマのデザインは、会社にとって最高機密に属する。
スバル360が走っていたのは、私が小学生から中学・高校生までのことです。よく見かけました。ダイハツのミゼットは高用車でしたが、スバル360は家族そろってのお出かけに最適だったようです。
なつかしいクルマに久しぶりに出会うことができる本でした。
(2015年5月刊。1600円+税)

広告が憲法を殺す日

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 本間 龍 ・ 南部 義典 、 出版  集英社新書
あの過労自殺に追い込んだ電通がテレビ業界を牛耳ったままというのは、なんとも歯がゆい限りです。7000人の社員をかかえる電通は日本のナンバーワン企業で、2位の博報堂をまったく寄せつけないようです。そして、この電通がアベ自民党を支えているのです。お金があれば、世の中をうまく操作していけることの見本が電通です。しかし、そのお金の出所は私たちの血と汗の結晶たる税金なのです。それを電通が思うままにあやつっているなんて、くやしい限りじゃありませんか・・・。
憲法改正が国家で発議されると国民投票にかけられます。民意を反映できるから国民投票ってスバラシイ!と感嘆したいところですが、この国民投票をもっと有効活用したのが、例のヒットラー・ナチスなのです。これでは、少々まじめに考えざるをえませんよね。投票所に行かないなんて、自分で、自分の首を絞めているようなものです。問題は、この国民投票に至るまでの過程です。アベ自民党は争点を徹底して隠し、国民のなかでまともな安保政策論議をさせませんでした。
国民投票制度については、巨大マスコミによるテレビ等の報道まで制限されたとしても、投票日の15日前までのCMは自由。投票日から14日間に禁止されているのは「国民投票運動のため」に行うCMだけで、「私は賛成します」といった自分の意思を主張するだけの、勧誘の要素をふくまないものは対象にならないのです。つまり、自由にできる。お金があれば、好きなだけCM放送できる。
では、一切禁止したらいいか、そうはいきません。言論・表現の自由が規制されますし、警察がのさばって社会が委縮してしまいます。
賛成と反対を平等・公平に放映させたらいいじゃないか。これも口で言うのは簡単ですが、誰がどうやって公平に運用できるでしょうか。全面賛成、一部賛成・反対、全部反対、いろいろバリエーションがあるのです。では、まったく規制しないでいいのか・・・、悩ましいところです。しかし、テレビ放送を電通が牛耳っている現実を知らないで、規制のあり方を語ることは許されません。
(2018年4月22日刊。720円+税)

松本清張「隠蔽と暴露」の作家

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 高橋 敏夫 、 出版  集英社新書
松本清張が死んだのは1992年8月なので、もう25年以上がたっている。しかし、その書いたものは今もそのまま通用している。何回となくテレビドラマ化されている文庫本がたくさん出ている。
松本清張は無類のカメラ好きで、旅行には何台化のカメラを携帯していた。そして、英会話ができて、海外では通訳なしで取材していた。さらに、考古学にも深い関心を寄せていて、日本古代史の知識は学者と対等に議論できるレベルだった。
清張の学歴は尋常高等小学校の卒業というだけ。ところが、そのあくなき勉強のおかげで、並の知識人は足元に近づけないほどのレベルに達したのです。やはり、勉強する人こそ強いと言えます。
そして、松本清張はプロレタリア文学仲間と交流していたことから、戦前、警察に検挙・勾留され、拷問も受けています。山村多喜二の虐殺のころです。そして、兵隊にとられ、衛生兵として朝鮮に送られました。
このように苦しい生活を過ごしたわけですが、父親は陽気で政治や歴史にやたら詳しく、母親は優しく、心配性だけど、へそくりして着物をつくってくれた。そのため、貧しいなかにも人間としての豊かな感性を失うことはなかったのですね。
ただ、上の学校に行けなかった清張は、「オレ、オマエ」でつきあえる友だちはいませんでした。それを大いに残念がっていたようです。私は、その点は大いに共感します。高校や大学で学ぶことの利点は、同じレベルの友人と出会い、世の中や社会のことを、心おきなく語りあえることです。それは、私にとっては、大学時代のセツルメントサークルのなかで得ることができました。これが私の原点であり、今も心の支えになっています。
松本清張の『黒地の絵』(1958年)は、朝鮮戦争まっさいちゅうの北九州で起きたアメリカ兵の集団脱走事件を素材にしています。全編、不気味な太鼓の音が鳴り響いています。黒人兵から妻を暴行された男が復讐するという暗い話です。一度よんだら忘れることができません。
そして、松本清張の得意分野のひとつが政財界を結んだ大々的な汚職事件です。小役人が追いつめられて自殺するというのは、モリトモ事件でも不幸なことに起きてしまいました。でも、下っ端はオドオド、ビクビクしているのに一番悪いやつが高笑いして、ぐっすり眠っているなんて、絶対におかしいです。清張は、そこに鋭く切り込んでいきます。
北九州にある松本清張記念館にまた行ってみたくなりました。まだ行ったことのない人は、ぜひとも行ってみてください。
(2018年1月刊。760円+税)

みかづき

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 森 絵都 、 出版  集英社
これは面白い本でした。本屋大賞2位、中央公論文芸賞受賞というのも素直に同感できます。教育とは何か、家族って、どういう存在なのか、よくよく考えられた人物描写とストーリーです。私は朝から電車のなかで読みはじめると、たちまち車内放送が耳に入らなくなり、裁判の合い間にも手放さず、帰りの車中でついに読了してしまいました。読了したとき、あまりの満足感に、深い溜め息のようなものを、思わずついてしまったほどです。
先日、娘二人を女子プロレスの選手として育てあげ、国際試合でチャンピオンになったというインド映画『ダンガル』を天神で観ましたが、そのときと同じ充実感、満ち足りた思いがあり、やっぱり人生って、こんな感動にたまには浸りたいよねと思ったものでした。
この本のメインストリームは学校教育ではなく、塾あるいは予備校です。あとでは津田沼戦争と呼ばれた予備校同士の熾烈な競争も下敷きにしています。が、出発点は、あくまで補習塾です。四谷大塚とか浜学園のような英才塾ではありません。
どんな子であれ、親がすべきことは一つ。人生は生きる価値があるっていうことを、自分の人生をもって教えるだけ。
塾の教師の役目は、その気になれば、いくらでも伸びていく子どもたちの火付け役になること。つまり、マッチ。頭をこすって、最後は自分が燃え尽きて灰になったとしても、縁あって出会った子どもたちのなかに意義ある炎を残すことが出来たら、それはすばらしく価値のある人生なのではないか・・・。
常に何かが欠けている三日月(クレセント)。教育も、それと同じ、そのようなものであるのかもしれない。欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研鑚を積むのかもしれない。
勉強が苦手な子は、基本、集中力がない。はじめのうちは10分間も勉強したら、5分間は雑談して休ませ、さらに10分間の勉強をさせる。それに慣れたら、15分、20分間と集中の時間をのばしていく。
子どもを教えるとき、教える側が口を挟みすぎないこと。つきっきりで勉強をみていて、つい口を出してしまうと、子どもは、その場では分かったような気になっても、それでは基礎学力が身につかない。
国語も数学も英語も、子どもたちの挫折のもとをたどると文章力不足に行きつく傾向が目立つ。ゲームやメールは打てても、長い文章は書けないし、読めない。そんな子には、文章を組み立てる訓練に時間をさいてやるといい。そうなんです。英語を身につけるためにも、国語の文章力が基本なのです。
親と似た性格を嫌がる子ども、おとなしそうでいて、実は忍従しているふりをしているだけ、明るく快活だと思っていると、それは仮面をかぶっているだけの子ども・・・。
いろんな子どもがいて、親と対決し、議論し、乗りこえていこうといいます。そして、親と同じ道を歩んだり、親と正反対のまま進んでいったり・・・。
人生とは、かくも複雑・怪奇なものなのだ・・・。そんな思いに浸ることのできた半日でした。
(2017年4月刊。1850円+税)

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