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カテゴリー: 社会

新・日本の階級社会

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 橋本 健二 、 出版  講談社現代新書
現代日本の貧富の格差は拡大する一方ですが、著者は、もはや「格差」ではなく「階級」になっていると主張しています。
900万人もの人々が新しい下層階級(アンダークラス)に属しているといいます。
ひとり親世帯(その9割が母子世帯)の貧困率は50.8%。貧困率の上昇は、非正規労働者が増えたことによる部分が大きい。アンダークラスの男性は結婚して家族を構成するのがとても困難になっている。アンダークラスには、最終学校を中退した人が多い。資本家階級には、世襲的な性格がある。
資本家階級の人の身長がもっとも高く、アンダークラスはもっとも身長は低い。体重は、資本家階級がもっとも重く、アンダークラスがもっとも軽い。その差は7.1キロ。これって、アメリカでは、逆なんじゃないでしょうか。超肥満は貧困を意味し、スーパーリッチな人々はとてもスリムだと聞いています。お金をかけてダイエットし、スポーツジムで鍛えているのです。
排外主義の傾向が強いのは男性であって、女性ではない。自己責任論は、資本家階級と旧中間階級に肯定する人が多い。パートで働く主婦層は自己責任論を強く否定している。
アンダークラスの人々は、格差に対する不満と格差縮小の要求が平和への要求と結びつかず、むしろ排外主義に結びつきやすい。
自己責任論は、本来なら責任をとるべき政府を免責し、実際には責任のない人々に押しつけてしまう。「努力した人が報われる社会」というスローガンは、単に格差を正当化するためのイデオロギーになっている。
アンダークラスの人々が絶望感から排外主義に走り、また投票所に出向かないことによって、特権階級は金まみれの生活を謳歌しているというのが日本の現実ではないでしょうか。やはり、国民みんなが投票所に出向いて、日頃の生活実態にもとづいて、自分の要求を素直に反映して投票したら、この日本の恐らくもっとまともなものに変わると思います。投票率が5割ちょっと、というのではアベの専横独裁を許すことになり、私たちの生活はいつまでたっても良くなりません。
(2018年1月刊。900円+税)

健康格差

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 NHKスペシャル取材班 、 出版  講談社現代新書
貧困家庭の子どもたちに肥満が増えている。
アメリカでは大人も子どもも、肥満しているということは貧困のあらわれです。食生活が十分でないことを意味しているからです。スリムな身体を維持するためにスポーツジムに通うようなことは、金銭的な余裕のない低所得層には不可能に等しいのです。
非正規雇用の人は正社員より糖尿病(網膜症)を悪化させる割合が1.5倍も高い。30代から40代の現役世代に糖尿病患者が増えている。歯周病の悪化がそれをもたらしている。
非正規雇用の人々は、炭水化物を多くとる食事に偏りがち。米、小麦、じゃがいもの3点セット。安くて、こってり味で、すぐに腹一杯になるものを好む。激安の牛丼は、その最たるもの。牛丼やラーメンを好む。逆に、野菜、魚、肉は高いので買えず、食べない。
50代の男性の5人に1人弱がひとり暮らし。30年前の3倍強に増えた。女性では、80歳以上の女性の4人に1人がひとり暮らし。30年前の9%が今では26%になっている。
肥満防止対策としては、先に野菜を食べ、10分おいて炭水化物をとること。ベジ・ファーストと呼ぶ。
カップラーメンには、1食あたり5グラムの食塩がふくまれている(大盛りサイズだと9グラム以上)。一食だけで、塩分のとりすぎになる。
健康対策で見落とされがちで、意外に有効なのは「歯磨き」。そうなんですよね。ですから私も、朝に3分間、夕に5分間、タニタの時計を目の前にして励行しています。
両親が生活に追われていて余裕のない世帯に低体重児が多い。
健康格差は、自己責任論では解決できない。日本では、健康格差は、雇用の問題が大きい。健康格差を放置すると医療費が増大し、国家支出が増えてしまう。その前に対策・予防すると、みんなが助かる。
自己責任論のマジックから一刻も早く脱却したいものです。
(2017年11月刊。780円+税)

黙殺

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  畠山 理仁 、 出版   集英社
選挙権を得てから私は棄権したことがありません。投票所で入れたい人がいないときは、わざわざ「余事記載」をして無効票を投じます。私にとって、投票するのは権利であって、義務でもあります。最高裁の裁判官の国民審査にしても、ムダなことだと分かっていても、ご丁寧に全員に×印をつけています。
みんなが投票なんてムダなことだと思っていたら、この社会には民主主義はないし、専制君主による独裁を甘んじて受けいれるしかなくなります。権利に甘えてはいけません。
ところで、誰が候補者になっているのか、その人は何を訴えようとしているのか、きちんと考えずに投票している人が少なくないのも現実です(少なくとも、私はそう考えています)。
初めから当選しそうもない候補者をマスコミは「泡末候補」と呼び、その政策をまともに紹介することはありません。著者は、その「泡末候補」にながく密着取材してきた。フリーの記者です。「泡末候補」と呼んではいけない、あえて呼ぶなら「無頼系独立候補」と呼ぶことを提案しています。
いまの選挙制度はおかしいことだらけです。その最大は死票続出の「小選挙区制」です。「政治改革」の美名のもとに、あれよあれよというまに実現してしまいました。「アベ一強」という、おかしな政治がまがり通っているのも、この小選挙区制の結果です。
もう一つは戸別訪問の禁止です。欧米の選挙運動では、テレビのCMとあわせて戸別訪問を活発に展開していますが、当然のことです。ところが、日本では戸別訪問は買収供応の温存になるとか、まるで客観的根拠のない不合理な理由で全面禁止のままです。これは現職有利にもつながります。
この本では、さらに供託金制度も問題視しています。フランス、ドイツ、イタリア、アメリカには供託金制度そのものがありません。供託金制度のあるイギリスでも7万5千円、カナダとオーストラリアは9万円。韓国は高くて150万円。ところが日本では、衆・参議員は300万円、政令指定都市については240万円。
かつてはフランスにも供託金制度があった。ただし、4千円から2万円ほど。それでもフランスでは高すぎる、必要ないという声があがり、1995年に供託金制度は廃止された。日本で供託金制度が出来たのは1925年のこと。普通選挙の施行とあわせて、供託金制度がスタートした。
「無頼系独立候補」の素顔を知ることができる本でした。
(2017年11月刊。1600円+税)

職場を変える秘密のレシピ47

カテゴリー:社会

著者 アレクサンドラ・ブラックベリーほか  、 出版  日本労働弁護団  
今や労働組合の存在感があまりに薄くて、連合と聞いても、有力な団体というイメージがありません。かつて、総評というと、医師会以上の力をもって社会を動かしていたと思うのですが、医師会も自民党の支持母体というだけで社会的に力がある団体とは思えません。
この本は、アメリカで労働運動に運動を取り戻すということで1979年に発足した「レイバー・ノーツ」が発行したものです。日本労働弁護団は、この本(英語版)をテキストとして2017年2月から月1回の読書会を開いてきたとのこと。なるほど、アメリカノ労働運動の実践をまとめた本ですが、日本でも大いに参考になるものだと読んで思いました。
「誰も会議に来てくれない」と嘆く前に、Eメールや掲示板での知らせでは不十分なので、個人的に会って一対一で勧誘する。そして、会議に来てくれたら、気持ちよく有意義な会議にする。事前にちゃんと準備しておき、参加してくれたことに敬意を示す。議題設定は参加したいと思うようなものにする。
組織化するためには、聴くのが8割、話すのが2割(多くとも3割にとどめる)とする。話すときに携帯電話はしまい、相手の目を見て話す。時間をかけて話を全部聴く。誘導せず共感する。
「私がリーダーです」と言ったり、リーダーに自ら名乗り出る人は、たいてい本当のリーダーではない。情報通になりたがったりするだけであったり、最後までやり通せないことが多い。仲間からあまり好かれていなかったりもする。本当のリーダーは、みんなが自分で行動するようにすることができる人。
仲間を増やすには、まず一つは勝利をあげる必要がある。それによって、懐疑的な人たちをその気にさせる。奥の手はいきなり出さず、小さく産んで育てていく。最初に大失敗してしまうと、キャンペーンは行き場を失い、打ち切るしかなくなる。
キャンペーンの勝利は、それまで築いてきたコミュニケーションのネットワークを通じた一対一の対話によって得られる。SNSもビラも新聞もいいけれど、一対一の面と向かった対話を何より優先させること。
アメリカのレイバー・ノーツの全国大会には2300人もの参加があり、日本からも多くの人が参加しているとのこと。なるほど、この本に書かれているような経験交流が全国規模でなされるのであれば、大きな意義があると思います。
憲法に定められた労働基本権がまったくないがしろにされているような日本の現状です。ストライキが死語になっている社会なんて絶対おかしいと私は思います。なんでも自己責任ですませてしまい、弱者をたたいて喜ぶ風情、流れは一刻も早く変えたいものです。とても実践的な、いい本です。大いに活用されることを心から願います。
(2018年1月刊。1389円+税)

母の家がごみ屋敷

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 工藤 哲 、 出版  毎日新聞出版
いま全国各地で問題になっているゴミ屋敷について、その現状と対策が具体的に紹介されていて大変勉強になりました。
ゴミ屋敷を生み出している当の本人やその家族には既に問題解決能力を喪っている人が多いようです。ですから、行政的に解体・撤去すれば終わりということではなく、そのケアも大切だということです。なるほど、そうだろうなと思いました。
セルフネグレクトは、自己放任。自分自身による世話の放棄・放任だ。この状態が続けば、室内(家屋内)にゴミや物がたまって不衛生になり、何かのはずみで引火して火災を起こして本人ないし周囲に迷惑をかける。また、本人の健康も悪化していく。
本人が認知症にかかっていたりして、自覚がなく、ときに開き直るので、行政もうかつに手出しができないことも多い。
たまっているゴミが歩道を占拠しているときには、道路交通法違反として逮捕した例もある。また廃棄物処理法違反で摘発した例は少なくない。自治体が行政代執行で撤去することもある。放置されたゴミの撤去費用として200~300万円かかることがある。
地方自治体では、このための条例を政令したり、専門部署を設けて対応しているところも少なくない。埼玉県所沢市では、「ゴミ出し支援制度」をもうけていて、利用者が10年間で500世帯超と、3倍に増えた。
この本を読んで驚いたのは、実は、20代、30代の若い人でもゴミ屋敷のようになってしまう人が増えているということです。何らかのきっかけで、無気力、ひきこもり状態になってしまった結果なのです。
モノはあふれているけれど、住む人はますます孤立しているというのが、現代の日本社会だということです。直視すべき日本社会の現実のひとつだと思いました。
(2018年2月刊。1400円+税)

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