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カテゴリー: 司法

司法試験トップ合格者の勉強法と体験記

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 大島 眞一 、 出版  新日本法規
司法試験について、かつての試験よりも現行試験のほうが良いと評価されていますが、これって一般的に定着した評価なのでしょうか・・・、誰か教えてください。
旧司法試験は、問題文や時間が短く、出題された問題によって合格者が大きく変わってくると言われていた。実力不足の者でも、狙っていた問題が出ると、詰め込んだ知識で高得点をたたき出し、合格することがあった。逆に、実力をもっていても合格できなかった者が多数いた。
これに対して、現行司法試験のほうは合格すべき者が合格している。自分の頭で考えることを体現する試験になっていて、旧司法試験に比べると相当な(ふさわしい)試験である。
私は40年以上も前の自分の受験体験記を最近『小説・司法試験』(花伝社)として発刊したばかりです。その本では、受験勉強のすすめ方だけでなく、短答式、論文式そして口述試験のそれぞれについても、前日そして当日の過ごし方の実際を紹介していて、おかげさまで大変参考になったという感想をもらっています(自画自賛です)。
司法試験トップの人は、予備校に通わずに講義と基本書を中心とした勉強をしていたそうです。私のときには、そもそも司法試験予備校なんてまだありませんので、講義と自主ゼミと基本書でいくしかありませんでした。
基本書を読むと、一つの立場から一貫して法律を勉強することができるというメリットがある。今は、「採点実感」なるものが公表されているようですね。知りませんでした。確かに傾向と対策を知り、自分の答案を振り返るのは役に立つことでしょう。ただ、私は、論文式試験問題については過去問をみて答案を書いた覚えがありません。自主ゼミこそ参加していましたが、そんな答案を書いても、誰にもみてもらえなかったからです。たとえば真法会の答案練習会(答練)に参加したこともありません。
ナンバーワンの人は、原理・原則や条文から考えていることを答案で示すようにしたと言いますが、私も、実践できたかはともかくとして、気持ちとしては同じことを考えていました。
この本には、私と同じように論文式試験の過去問を解くことへの疑問も呈示されていて、私は強く同感でした。要するに、論文式の過去問を解いて相互検討すると、一問につき6時間も7時間もかけることになるが、消化した時間に見あったものが得られる保障はない、ということです。まったく同感です。
私は、その代わりに手紙をたくさん書いたりして、自分の考えたことや気持ちを文章でうまく言いあらわす練習を心がけました。
論点について、基礎・基本についての正確な知識でもって、分かりやすい日本語を書いたらいいという指摘があり、私もまったく同感です。
首尾一貫しない日本語、何を言いたいのか分からない日本語では困ります。もちろん、法律用語の基礎をふまえた文章でなければいけませんが・・・。
答案を書く前に、時間をとって答案構成をしっかり考える。答案は4枚から6枚程度にし、7枚も8枚も書く必要はない。逆に途中答案にならないよう、時間配分を考えて書きすすめる。
私の『小説・司法試験』でも、論文式試験での答案構成そして答案の書き方の実際を再現しています。何事も口で言うほど簡単ではありませんが、論文式試験の臨み方、その心得は考えておいてほしいと思います。
受験生に実務的に役立つ本として、私の本とあわせて一読をおすすめします。
(2018年7月刊。1800円+税)

不知火の海にいのちを紡いで

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 矢吹 紀人 、 出版  大月書点
いま、ノーモア・ミナマタ国家賠償請求訴訟が進行中です。
ええっ、水俣病って裁判で決着がついたんじゃなかったの・・・。そんなギモンに本書は答えてくれます。
水俣病が公式に確認されたのは1956年(昭和31年)5月1日のこと。1995年(平成7年)には、政府が解決策を示して、1万人が補償を受けた。しかし、行政認定基準が狭く、多くの被害者が隠れたまま取り残されていた。
2010年(平成22年)、鳩山由紀夫首相のとき、水俣病裁判史上はじめて国も加わった和解が成立して、5年来に及ぶ裁判はすべて終了した。
ところが、国は2012年7月末、被害者団体の強い反対を押し切って特措法申請の受付を締め切った。対象地域外の申請者に検診すら受けさせないことも起きた。
そこで、2013年(平成25年)6月、ノーモア・ミナマタ第2次国賠訴訟が起こされた。現在の原告は1311人となっている。
先日亡くなられた大石利夫さん(不知火患者会の会長)は、味覚がマヒしていて、味が分からない。どんなに美味しい刺身を食べても、ただ生の魚を食べているという感じ。味が分からないので何を食べたいとか、どんな料理を食べたいとか、そんな気が起きない。だから、毎日、料理をつくってくれる妻に対して、「美味しかったよ。ごちそうさま」と言葉をかけることができない。
大石さんは、痛みも熱さも感じない。学校で子どもたちの前で、名札の安全ピンをとってピンの針を自分の左腕に突き刺してみせた。
孫と一緒に風呂に入ると、孫が激しく泣き出した。熱湯だったからだ。大石さんは平気だった。シャワーの温度を50度にして膝から下にかけても、足首から先が真っ赤になっているのに、熱いとは感じなかった。
全国のノーモア・ミナマタ第2次国賠訴訟は、「対象地域外」に居住している原告が一定の割合を占めている。汚染された魚をたくさん食べて、メチル水銀に暴露したのだ。それを立証するため、一斉検診が取り組まれた。
水俣病第一次訴訟は、急性劇症患者を中心とする行政認定患者がチッソの法的責任を明らかにする目的でたたかれた。
水俣病第二次訴訟は、未認定患者を中心としてチッソを被告とする損害賠償請求したもの。
水俣病第三次訴訟は、未認定患者がチッソ・国・熊本県を被告として損害賠償を求めたもの。国の水俣病患者大量切り捨て政策を転換させるのが最大の目的だった。
そして、ノーモア・ミナマタ第一次国賠訴訟は、未認定・未救済の患者がまだ多く放置されているので、その恒久的救済を求めたもの。これは特別措置法の制定につながった。
水俣病の被害とは、水俣病に罹患したことによる神経症状、それによる日常生活の支障、精神的苦痛の総体と言える。見た目にすぐ分かる被害ではない。
チッソ水俣工場は、戦前の昭和7年(1932年)からアセトアルデヒドの合成をはじめた。触媒として使用されてきた大量の水銀が40年間にわたって水俣病湾内に放出されていた。水俣湾に堆積した水銀量は70~150トンだ。
水俣病をめぐる裁判で何が問題だったのか、明らかにしていく過程がよく分かります。今なお、たくさんの水俣病被害者が救済されず放置されている現実に怒りを覚えました。なんとか裁判で国・県とチッソの責任をただしてほしいものです。。
(2018年5月刊。1600円+税)

法学の誕生

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 内田 貴 、 出版  筑摩書房
近代日本にとって、法とは何だったのか、明治の日本で活躍した穂積(ほづみ)陳重(のぶしげ)と八束(やつか)兄弟の足跡とその学説を比較・検討した412頁もの大著です。
たくさんの著書が参考文献として紹介されていますので、それだけでも本格的学術書だというのは明らかで、私がどれほど理解できたのかは、いささか(かなり)心もとないものがあります。でも、せっかく最後まで読み通しましたので、心にとまった部分だけ紹介してみます。
まず、伊予松山出身の秋山好古(よしふる)、真之(さねゆき)兄弟は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』で、日露戦争に至る日本人として、あまりにも有名です。
それに対して、伊予宇和島出身の穂積兄弟のほうは、世間的には知られていないだけでなく、学問的にも忘却の彼方にある。兄の陳重は、東京帝大教授から最後は枢密院議長にまでのぼりつめていて、明治民法の起草者の一人として知る人ぞ知る存在。弟の八束は、東京帝大の初代憲法担当教授だけで、天皇絶対の国家主義イデオローグとして、今日では全否定された存在。
本書は、そんな穂積兄弟に焦点をあてていますので、今どき、どうして・・・という疑問が湧いてきます。
ヨーロッパから法学が日本へ入ってきたとき、訳語をどうするか、大問題になった。自然法は「天然の本分」、国際法は「万国公法」そして「民人の本分」。「本分」とは、「権利」と訳される前の言葉。社会生活は「相生養の道」と訳されている。何と読むのでしょうか・・・?
戦後、最高裁判事になった穂積重遠(しげとう)は、戦前・戦中、東大の学生セツルメント活動を擁護した一人でもあります。
明治24年(1891年)に発生した大津事件のとき、陳重は大審院の児島惟謙院長に対して意見書を提出し、不敬罪を適用するのは不可だという児島院長の見解を支持した。ただ、これは正式な手続で求められて提出したのではないようです・・・。
陳重はヨーロッパに5年ほど留学したあと、明治14年(1881年)6月に帰国した。そして、すぐに東京大学の法学部教授兼法学部長に選ばれた。
陳重は、旧主君に対する忠誠と、父親・長兄に対する敬愛、そして自分の先祖に対する尊祟の念のきわめて強い人だった。また、宇和島の恩師に対する敬慕も格別だった。親兄弟、そして祖先に対する敬愛の念の延長として理解される家族国家観は、まさしく陳重の実感だったであろう。
八束は、陳重の5歳だけ年下の弟。八束とその弟子の上杉慎吉は、学界で孤立していった。八束は祖先教という言葉を用いて、天皇への崇敬の念を正当化しようとする。
日本という国家は、父母を同じくする家が重層的に重なり、それをさかのぼっていくと、万世一系の天皇家につながる。つまり、天皇の始祖は日本民族の始祖であり、日本という国は、その始祖の威霊のもとに国民の家が寄り集まって一つの血族的な団結を形づくっている。これこそ、わが国の民族的建国の基礎だという。
これは、実は、八束が学んだドイツナショナリズムにならった民族概念が宗教的装いで援用されている。万世一系の天皇のもとで歴史的に形成されてきた日本の国体という政治体制のもとでは、日本という国の家長である天皇は、通常の家における戸主と同じ地位にある。そして、通常の家で子が戸主である親に敬愛の念をもつように、日本では国民が天皇を敬愛し、他方、通常の家で戸主が家で戸主が家族を保護するように、日本という国では、天皇が国の家長として国民を保護する義務を負っていった。
家族をめぐる日本の伝統なるものは、一定の長い期間にわたって不変ではなく、そもそも一色でないうえに、たえざる変化の渦中にあった。
たとえば、庶民のあいだでは、財産の分割相続が広く実施されていた。つまり、明治民法における「家督相続」なるものは、実は明治民法とともに始まっている。このように、日本的家族観なるものは、明治期以降につくりあげられた「創られた伝統」の一つでしかない。
こんな難しい本でも、すでに第3刷まで発行しているとのこと。うらやましい限りです。
明治期の日本民法の生成過程を少しは理解できた気がしました。
(2018年7月刊。2900円+税)

雪ぐ人

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 佐々木 健一 、 出版  NHK出版
「雪ぐ」とは、冤罪をそそぐ(晴らす)という意味です。なかなか読めませんよね。
NHK特集番組「ブレイブ-勇敢なる者」(えん罪弁護士)が本になりました。東京の今村核弁護士が主人公です。なにしろ既に無罪判決を14件も獲得しているというのですから、すごいです。そして、それに至る努力がまさしく超人的で、ちょっと真似できそうもありません。
この本を読むと、それにしても裁判官はひどいとつくづく思います。頭から被告人は有罪と決めつけていて、弁護人が合理的疑いを提起したくらいでは、その「確信」はびくともしないのです。
そして、若いころには青法協会員だったり謙虚だった裁判官が、いつのまにか権力にすり寄ってしまっているという実例が示され、悲しくなってしまいます。
この本では、NHKテレビで放映されなかった父親との葛藤、東大でのセツルメント活動などにも触れられていて、等身大の今村弁護士がその悩みとともに紹介されています。そうか、そうなのか、決してスーパーマンのような、悩みのない弁護士ではないんだと知ることができて、少しばかり安心もします。
えん罪弁護士は、たとえ人権派弁護士であっても軽々しくは手が出せない領域だ。
本気で有罪率99.9%と対峙し続けると、その先には破滅しかない。
では、なぜ今村弁護士はえん罪弁護士を続けるのか。
それは、生きている理由、そのものだから・・・。
ちなみに私は、弁護士生活45年で無罪判決をとったのは2件だけです。1件は公選法違反事件でした。演説会の案内ビラを商店街で声をかけながら配布したのが戸別訪問禁止にあたるというのです。一審の福岡地裁柳川支部(平湯真人裁判官)は、そんなことを処罰する公選法のほうが憲法違反なのだから罪とならないとしました。画期的な違憲無罪判決です。当然の常識的判断だと今でも私は考えていますが、残念なことに福岡高裁で逆転有罪となり、最高裁も上告棄却でした。もう一件は恐喝罪でした。「被害者」の証言があまりにも変転して(少なくとも3回の公判で「被害者」を延々と尋問した記憶です)、裁判所は「被害者」の証言は信用できないとして無罪判決を出しました。検事は控訴せずに(とても控訴できなかったと思います)確定しました。
いやはや、無罪判決を裁判官にまかせるというのは本当に大変なことなのです。それを14件もとったというのは、信じられない偉業です。
犯行していない無実の人が「犯行を自白する」。なぜ、そんな一見すると馬鹿げた、信じられないことが起きるのか・・・。
社会との交通を遮断された密室で孤独なまま長い時間、尋問を受ける。そのなかで、自白しないで貫き通すのは非常に難しい。とにかく、その場の圧力から逃げたい。なんでもいいから、ここから自由になりたいという心理が強くなる。取調にあたった警察官のほうは、やっていない人を無理矢理に自白させているという自覚はない。「やっている」と思っている。根拠はないけれど、犯人だと思い込んでいる。警察は、全部、容疑者に言わせようとする。そうやって、正解を全部、暗記させたいわけ。
「放火」事件では、消防研究所で火災実験までします。当然、費用がかかります。200万円ほどかかったようです。普通なら二の足を踏むところを、日本国民救援会の力も借りて、カンパを募るのです。すごい力です。
そして、今村弁護士は鑑定人獲得に力を発揮します。迫力というか、人徳というか、並みの力ではありません。
ところで、えん罪事件で無罪を勝ちとった元「被告人」が幸せになれたのか・・・。
テレビ番組で紹介された「放火」事件も「痴漢」事件も、元「被告人」には取材できなかったとのことです。「放火」事件では、夫の無実を晴らすためにがんばった妻だったけれど、結局、離婚したといいます。
この番組ではありませんが、関西で起きたコンビニ強盗事件で無罪を勝ち取った若者(ミュージシャン)は顔を出して警察の捜査でひどさを訴えていましたが、そのほうが例外的なのですよね・・・。
この本は、自由法曹団の元団長だった故・上田誠吉弁護士に少しだけ触れています。私が弁護士になったころの団長で、まさしく「ミスター自由法曹団」でした。上田弁護士は今村弁護士に対して、「被告人にとっては、疑わしきは被告人の利益に、という言葉はない」と言った。弁護側が積極的に無罪を立証していく。これしかないというのが自由法曹団の弁護士だ。
ホント、私もそう思います。これは、もちろん法の建て前とは違います。でも、これが司法の現実なんです。したがって、弁護人は被告人と一緒になって死物狂いで積極的に無罪を立証していくしかありません。
私には今村弁護士とは大学時代にセツルメント活動に打ち込んだという一点で共通項があります。
テレビで特集番組をみた人も、みてない人も、この本をぜひ手にとって刑事司法の現実の厳しさをじっくり体感してほしいと思います。
(2018年6月刊。1500円+税)

新たな弁護士自治の研究

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 弁護士自治研究会 、 出版  商事法務
日本の弁護士は弁護士会に強制加入させられます。弁護士会の会員でなければ弁護士としての仕事は出来ないシステムなのです。
弁護士自治にとって、強制加入は不可欠とまではいえないかもしれないが、必要な要素である。また、他の資格保持者や一般人が同一の法律業務をすることができるのであれば、規制と負担を引き受けてまで自治に参加しないことが常であると思われる。したがって、「業務独占」も自治を支える制度である。
この本では、「日弁連30年」(1981年)に「残念ながら、弁護士自治は弁護士の手で自らたたかいとったものとは言えない」としているのは、「その歴史認識において大きな誤りがある」としています。この点は、私も同感です。「日弁連30年」は、三ヶ月章教授の「弁護士」論文に引きずられてしまったのです。三ヶ月章は、弁護士出身の議員たちがGHQに日参してお願いして(とりいって)成立したにすぎないと非難したのでした。しかし、そのような事実はありませんでした。
弁護士会は、内閣提出法案とするのはあきらめ、議員立法の方式で行くことに方向転換した。裁判所と司法官僚は弁護士自治に消極的だったが、弁護士会は衆議院法制局とともに、各方面を獲得してまわり、ついに、1949年5月、弁護士法改正が成立した。参議院で修正案が可決されたものの、再度、衆議院で原案を可決して法改正は実現した。このように、新しい弁護士法は、大変な難度の末に生まれた。GHQのお恵みで成立したのではなかった。
裁判官は弁護士出身に限るという法曹一元については、戦前から弁護士に対して優越感、差別的意識を抱き続けてきた判事・検事たちは、ホンネとして法曹一元論に賛成ではなかった。
この点は、恐らく今も変わりはなく、同じだと思います。
「客観的に拝見して、最近までの日弁連や各弁護士会の活動については、いささかいかがなものかと、思わせられることが多く、所属会員の総意というものが反映されていないのではないか、一部の偏った考え方が主として反映されるような体質が最近あるのではないかということを率直に言って感じざるをえない」
この言葉は、今の日弁連や弁護士会に対する批判ではありません。なんと今から40年も前の国会での伊藤栄樹刑事局長(のちの検事総長)の答弁です。いやはや、昔も今も、日弁連批判というのは、まったく同じことを言うんですね。
アメリカは強制加入の弁護士会なんてないものとばかり思っていましたが、なんと、強制加入型の弁護士会のほうが任意型弁護士会よりも多いとのことです(2017年7月現在)。アメリカでも3分の2の州は強制加入型弁護士会となっている。
フランスの弁護士は、弁護士会を大切に思っていて、帰属意識は高い。弁護士会なくして弁護士という職業はありえない。弁護士会は、自らの職業アイデンティティである。フランスでは「弁護士の独立」がまず中心的に論じられ、それを担保するものとして「弁護士会の自律」がある。
フランス革命のときに活躍したダントン、ロベスピエール、カミーユ・デムーランは、いずれも弁護士。フランス革命の時代には、弁護士会は解散され、弁護士は弁護権限の独占を失った。ナポレオンは1810年に弁護士を統制するため弁護士会を復興した。ルイ16世にもマリーアントワネットにも弁護士がついた。ただし、ルイ16世の3人の弁護士のうちの1人は、国王に肩を入れすぎたとして反革命の罪で断頭台の露として消えた。
フランスでは弁護士会は強制加入であり、6万5000人の弁護士のうち4割がパリ弁護士会の会員。弁護士の独立が強調されるため、企業内弁護士は認められていない。
弁護士会はファミリーで、会長はお父さんというイメージ。
弁護士が扱う事件の送金は、すべて弁護士会の管理するカルパを通す。これによって個々の弁護士の不正を防止しているし、パリ弁護士会だけでも年間3000万ユーロもの運用益をもたらしている。
ところで、日本で事件のお金を銀行から送金するときに、判決や和解調書の提供を求められることがあると書かれています(176頁)が、わたしはそんな体験はありません。果たして東京だけのことなのでしょうか・・。ぜひ、各地の実情を教えてください。
弁護士自治がこれからも十分に機能し、守られることを改めて強く望みます。
わずか200頁あまりの本ですので、いくら内容が良くても5500円というのは高すぎます。それだけが残念でした。
(2018年5月刊。5500円+税)

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