(霧山昴)
著者 奈良教育大付属小を守る会 、 出版 喜楽研
かの有名な灘中・高校では、中・文科省のカリキュラムなんて まったく無視した教育がなされていても、誰も問題とせず、文科省も放置しています。ところが、全国的には文科省のカリキュラムとちょっとでも違ったことをすると、「不適切な教育課程」があるとして、目くじらをたて、指導が入って、厳しく統制しようとします。
現場の教員をもっと信用して、のびのび授業をまかせたほうが、よほど子どもたちの学力はのびていくと思います。今は、あまりに「管理」が過ぎていて、教員が疲れきっているのではないかと心配しています。
奈良教育大学附属小学校(以下、附小)は、教育課程の自主編成に挑戦してきて、全国から注目されていました。それが気にくわないと考える人たちがいて、事件が起きました。懲罰的な出向・配転が強行されました。対象となった3人の教員は奈良地裁に提訴し、附小を支援する取り組みも始まりました。そして、提訴して後、1年もしないうちに和解が成立し、当事者復帰が実現したのです。すばらしい成果です。
問題になったものの一つは、教科書を使わなかったことです。新しく県教委から着任した校長は、小学校教育も校長の経験もない人でした。附小の教育について、自民党の文部科学部会でも国会で問題にした議員がいたとのこと。それは、東京の養護学校で取り組まれていた性教育について、自民党の議員たちが問題にし、教育的見地・配慮を欠如させた攻撃をして、自主的な性教育が圧殺させられたことを思い出しました。国や国会議員が自らの勝手な価値観を教育現場に押し付けるのは明らかに間違っています。
学習指導要領は法令ではなく、大綱的な基準なのです。一言一句まで拘束力があるようなものではありません。
附小の子どもたちは、自分が意見を言い、自分の言葉に自信をもって話すことが出来ていました。教員の取り組みの成果です。
自民党の国会議員は附小は「左翼の巣窟」と言ってはげしく攻撃しました。灘中・高に対しては絶対に言えないコトバでしょう。
附小では、児童会が主催して週1回の全校集会が開かれる。子どもたちが自発的に自治の力をつける目的で、全校集会や行事がすすめられる。これは全校な仲間づくりの実践でもある。学級だよりや教科だよりが発行され、月々に豊かな授業参観とPTA懇談会で、教員と父母とが交流している。
夏休み算数教室では、文章題を苦手とする子どもたちのために、設問を工夫。
奈良駅に電車が6台とまっています。発車して西大寺に着きました。電車4台がガターン、つなぎました。何台になりましたか?
なるほど、これなら、子どもは頭に具体的なイメージをもって計算できますね。
算数の授業を「おいしい科目」にするという発想での取り組みもあります。いろんな切り口、アプローチがあるのです。
2ヶ月ごとの裁判では、毎回、定員70人の法廷を満席とし、抽選もしたそうです。見事な取り組みです。
灘中学の有名教師(橋本武氏)は中学1年から3年まで、中勘助の「銀の匙」だけを徹底的に読み込んでいくというものです。誰も問題にしませんでした。それどころか、クビになることもなく、教員生活を全うしたのです。
私も、高校のとき、歴史の先生による手描きの詳細なプリントでしっかり勉強しました。いかにも心こもったプリントでしたので、大切に読み込み、自信をつけることができました。
たたかえば光を手にすることができるという確信を与えてくれる本でした。貴重な記録になっています。
(2026年6月刊。1650円)


