(霧山昴)
著者 ソフィー・エルムハースト 、 出版 ダイヤモンド社
イギリス人夫婦が太平洋でセーリングをしていて、乗っていたヨットがクジラに破壊され、小舟で118日も漂流していて、ついにたすかったという実話です。
2人は何度も船に向かって手を振り合図したのですが、あまりにちっぽけだったので、見過ごされたようです。2人を発見・救出したのは韓国のマグロ漁船でした。1973年6月30日のことです。何か黒っぽい点のような、奇妙なものが波に揺られて見えたり見えなくなったりする。2隻のボートがロープで結ばれている。そのうえに2つ、動いている。およそ人間には見えない。どうも男と女らしい。
男は痩せこけた顔が粗いヒゲに覆われている。女のほうは長いぼさぼさの髪で、足は枯れ枝のように細く、今にも折れそう。どちらも老いて痩せ衰えていて、皮膚の下の骨まで見えそう。男も女も目が落ち窪んでいる。
船長は2人が伝染病にかかっているのではないかと恐れた。
料理長が湯気の立つ熱いミルクの入ったカップを2人に持っていった。
悪臭がひどいので、船員6人で、ホースで男の体を洗い流した。女のほうは甲板長が人のつかないところで同じようにした。
パスポートを見ると、男は41歳、女は32歳。しかし、どちらも20歳は年をとっているようにしか見えない。
目の前に死にかかっている人間が2人いる。見殺しにはできない。2人は慢性的な栄養不足の状態にある。食事の与え方に気をつけないといけない。いきなりたくさん食べたら病気になってしまう。ナチスの強制収容所が解放されたとき、食事を腹いっぱい食べた人はたいていまもなく死んだという。
それにしてもなんと美味しいミルクだろう。これまでに味わった中で最高だった。熱々で、濃厚で甘い……。生まれたての赤ちゃんと同じで、最初に必要なのはミルクだと2人の身体は知っていた。
では、漂流中に2人は何を食べていたのか……。ボートにウミガメが上ったりしてくる。2人して手足をつかんでウミガメをボートに引き上げ、パドルを頭めがけて力いっぱい振り下ろし、動脈を切断する。甲羅の縁にそってナイフで切り目を入れて甲羅をはがす。すると、脂の乗った白い肉がたっぷりある。悪くない味。思ったほど臭いはきつくなく、むしろ肉気があってうれしい。生で食べるほかない。
ボートにあった安全ピンで針をつくり、カメの小さな肉片をつけて釣り糸をおろすと、銀色の魚が釣れた。頭を切り落とし、背骨から肉を外す。目をえぐりだしてみると液体がたまっているので水代わりに飲む。切り身を食べようとしたが、生魚に対する嫌悪感が強すぎて、喉を通らない。
トイレは、お互いの面前で、ボートに置いた空のビスケット缶で用を足す。
小さいカメをつかまえ、ペットとして飼うことにする。
食べるのは魚とウミガメだけ。生のタンパク質と雨水だけの食事で十分なはずはない。
生きていることだけで精一杯で、性的欲求を覚えることもない。マウリンは、難破して以来、生理が来ない。
いかに確率が低くても、生存の可能性を信じること自体が生きのびるカギとなるような状況だった。
なぜヨットが難破したのか……。クジラだった。クジラがヨットにぶつかったのだとわかった。どんどん水が船内に入ってくる。
ヨットには2人の考えから無線機を積んでいない。だから救助信号を発することもできなかった。
小さなボート2隻にヨットの荷物を積みかえて、漂流が始まった。
いやあ迫真の漂流記です。運もよかったのですね。よほどの精神力です。それに強運だったのでしょう。神に祈って助かったというのではありません。広い広い太平洋で2人だけで4ヶ月間近くも過ごしただなんて、信じられません。時間つぶしにいろいろ考え工夫したという話も紹介されています。たいしたものです。冒険物が好きな人には、ご一読を強くおすすめします。
(2026年8月刊。1980円+税)


