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日本文学の翻訳者たち

(霧山昴) 

著者 金原瑞人 、 出版 平凡社

日本文学を翻訳している人たちに取材した成果を集めた本。

日本文学が各国でどのように受けとめられ、読まれているのか知りたくて読んでみました。 

日本語は、もともとは句読点をつけることがなかった。明治以降に少しずつ入るようになって、今では句読点をきっちり打つようになった。昭和に入っても、古い人の手紙文には句読点はほとんどない。ですから、流れるような草書体とあわせて、とても読み辛いんです。

韓国はハングルを使うようになってからは、ほとんど横書き。中国も簡体字の横書きだ。台湾では新聞や雑誌の9割以上は縦書き。今では 漢字の文化圏で縦書き文化が残っているのは、日本と台湾だけ。

日本でも裁判所の書面はA4サイズで横書きになっていますよね。

台湾では敬語をあまり使わない。アメリカ社会と似ていて、呼び捨てもいいし、日常会話では敬語をあまり使わない。英語に似ている。

日本語に特有な「あいまいさ」や遠回しな表現に頭を悩ます。語尾で判断を保留したり、 断定を避けたりな表現が多い。韓国語は、あまりあいまいな表現を好まない。

韓国語は比較的に短文を好むが、日本文学には一文が非常に長い文章が多い。

私のよく知っている弁護士も身辺雑記のようなエッセイを書いてきたので、編集者として読みやすくしようと改行をしたりしたところ、本人から抗議されて、元どおりにしたことがあります。一文がとても長かったことを覚えています。

日本文学は、声高に何かを訴えかけてくることはまずない。ところが読み終えたとき、それが心地良さだったり、ノドに刺さったトゲのような違和感だったり、その感触は静かに心の底に沈澱していく。 日常のふとした瞬間に、理由もなくふいによみがえってくる。そんな時間の中で長く持続していく余韻こそが、日本文学の魅力ではないかと思う。

「恋水」とは、「なみだ」と読む。うひゃあ、そうなんですか……。

日本語の独特な点は、意味が文脈によって決まること。ヨーロッパの言語は、意味の微妙なところも含めて、おおよそ文法によって理解できる。ところが、日本語では文法は意味をはっきり理解するのにあまり役立たない。

私は長くモノカキを名乗っていますが、英語やフランス語と同じように、必ず主語(私は、とか、彼女は……)を書いていましたが、主語を書かないで読み手に推察させるのが日本語の文章なんだと教えられて大変驚きました。なので、 今では主語は極力書かないようにしています。

先日、新聞のコラムで、誰かが日本語には「ちゃんと」「きちんと」「しっかり」と似たコトバがあって、それを巧みに使い分ける必要があるけれど、意味に難しいことだと書いているのを読みました。日本語を勉強している初心者にとって、「ちゃんと」は使いにくいんだそうです。なるほど、これも難しいものの一つだと思ったことでした。

(2026年4月刊。2640円)

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