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縄文美術館

(霧山昴) 

著者 小川忠博(写真) 、 出版 平凡社

日本列島に住んでいた古代の人々が、こんなにも芸術力が高かったのかと、驚くばかりです。縄文時代の土器・土偶750点が紹介されています。まさに決定版そのものです。

地球全体がまだ氷河期にあった1万年前、朝鮮半島から九州に上陸した人々は、やがて日本列島各地に拡散していった。

土器を縄文人がつくり始めるとき、参考にする先例はなかった。真の創造があり、創作がなされた。なるほど、それまでのモデルというものはなかったのですね。これは大きいですよね。写実性と独創性が融合しているのは、そのせいなのですね……。

黒曜石によってカミソリのような鋭い刃をもつものが出来る。神津島出身の黒曜石が海を渡って、本土で発見されている。

旧石器人は、金属を使うことなく、硬い石に径数ミリという穴を開けた。これって、すごいことですよね……。土偶が何かを手にしているのは、乳児と土器だけ。お腹に手を当てた妊婦の土偶は、中近東やアメリカ大陸でも見かける。

この当時の平均寿命は40歳くらい。縄文人の足跡が粘土に残っている。23.5センチの大きさ。

縄文人の食材は、森のドングリ、野山の動物、それに魚だ。ドングリなどの木の実を大量に貯え、保存、食用、食糧を確保し、依存していた。

縄文人は弓矢もつくり出し、矢の先には黒曜石のやじりをつけている。弓はイヌガヤで作っている。

狩りをするときの大きな助っ人は犬だ。犬も土偶になっている。サルやシカも獲っている。イノシシは大きな獲物。たくさんの土製品が残っている。

縄文時代の木製品は、低湿地の粘土のなかに保存され、発掘された。縄文人は、果実を醸し、酒をつくっていた。アスファルトが、土器や土偶の接合、補修に使われている。

縄文人は釣りもしていましたし、鹿の角で裁縫い針もつくっています。耳飾りはピアス式です。耳に骨針(8センチもある)で穴を開けていました。大きな耳飾りは、土製ですが、透かし彫りなので、とても軽いそうです。櫛もあります。縄文人はネックレスもしていました。土偶にもあります。

ヒスイなど硬い石に丸い穴を開けるのは大変だったと思います。細い竹や鳥の骨にヤスリの役割をする硬い砂をつけながら回転させて揉み切りして、穴を貫通させました。とても辛抱強い作業だったと思います。

土器の始まりは、丸底や平底。それが次には底の尖った土器となりました。逆ではありません。地元の粘土を使い、砂目、雲母そして繊維を加えます。ロクロは使っていません。

火焔(かえん)土器と命名された土器は、まさに見事な芸術品です。外側には文様をつけ、内側は、貝殻や丸石で磨いて、水漏れの少ない土器を焼き上げました。

縄文人のランプもあります。私は初めて見ました。縄文土器とは、なぜか平皿(プレート)はありません。すべて深皿です。しかも直径20〜50センチもあります。

縄文時代中期の土器には、過剰なまでの文様がきめついています。そして、とても細かいのです。ベンガラを使った赤漆の土器もあります。いい手な赤色です。

縄文土器にはイノシシとともにヘビが多く登場します。それほど身近だったということなのでしょう。オオサンショウウオやマムシもいます。

縄文時代の土偶は全国で2万点以上も出土しているそうです。これまた、すごいことです。ゴーグルをつけたような土偶は、ひところ宇宙人説として騒がれました。

「縄文のビーナス」と呼ばれる土偶は、いつ見ても、ほれぼれします。高さ27センチもあるそうです。一度は実物を拝みたいものです。

全国の図書館に一冊は常備して、多くの人に手に取って見てほしい美術品ばかりが紹介されている本です。

(2025年12月刊。3800円+税)

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