(霧山昴)
著者 櫻井 武 、 出版 幻冬舎新書
意識という現象は、なんとも得体の知れないもの。意識を考えるということは、同時に、「自己とは何か」を考えること。
自己という感覚は、意識のもっとも近くにありながら、その実態はつかみにくい。
眠るというのは、すうっと、意識がなくなることです。夜中に一度目が覚めると、なかなか寝つかれないときには、まだ意識があります。ごろんごろんと寝返りしているときも意識があるように思います。ところが、ふと意識がなくなってしまいます。
胃カメラを撮ってもらうとき、鎮静剤の注射をされると、数秒のうちに意識がなくなります。でも、胃カメラが終わるころには、半分意識は戻っているようです。夢遊病者のように行動しています。
睡眠は、死と似ている。意識がない。しかし、死と違って、目覚めがあり、再び社会との接続が回復する。
意識は、広大な脳活動の中で、わずかな範囲を照らすスポットライトのようなもの。
ヒトの身体は、意識を介さずにも動いている。意識は、決して常に行動の主導権を握っているわけではない。
感情は、感覚情報、過去の経験(記憶)、身体の情報といった多層的な情報が統合された結果。意識は、それをあとから追認する。
意識は脳内で完結するものではない。それは身体の状態……心拍数、腸内環境、免疫応答、ホルモン分泌……と密接に連動する 動的なシステムだ。
大脳皮質のもつ神経細胞のネットワークが意識の内容を構築するために不可欠だ。
眠りこそ、生命本来のあり方であり、進化にともなって覚醒を獲得し、その結果として清明な意識をもつことができるようになった。
睡眠とは、思考の収納を整理する、夜ごとのリノベーションである。覚醒することによって脳にかけられた「無理な情報の負担」を、睡眠中に解消している。
覚醒とは、生存競争の激化にともなって獲得された「危機対応モード」である。
睡眠は、単なる休息ではなく、記憶の再構成、神経回路の最適化、老廃物の排出といった再生プロセスの中核を担っている。
ヒトは眠ることなしに、正常な自己意識を保つことはできない。
記憶とは、出来事を脳のどこかに保存しておくこと。その保存は、瞬時になされるわけではない。それはコンピューターとは違う。
睡眠は、「経験」を「記憶」へと変える、いわば、静かなる編纂作業の時間だ。
睡眠とは、ヒトの記憶を時系列につなぎ直す作業の時間だ。眠っているあいだに、過去を整理し、未来に備え、自分という物語を再構築している。
夢があっけなく忘れられるのは、正しい人生史を保存するため。 明確に記憶されないからこそ、ヒトは夢を「現実と切り離された体験」として受け入れられる。
意識は、脳の高次的な働きによって生まれた後天的な機能である。
無意識は、単なる裏方ではない。それは膨大な情報を瞬時に ふるいにかけ、必要なときに意識に送り出す巨大なフィルターであり、同時にヒトの行動や判断の大半を裏で操っている。
意識に届く情報は、全体のほんの一部であり、大多数はヒトの自覚の外で処理されている。 この仕組みがあるからこそ、ヒトは外界の変化に迅速に対応できる。
あまり怖い夢は見なくなりましたが、なんだか焦っているという夢はよく見ます。そのときは弁護士としてではなく、なぜか、たいてい大学生のころのことです。大変勉強になる新書でした。
(2026年1月刊。980円+税)


