(霧山昴)
著者 三宅修 ・ 三宅岳 、 出版 山と溪谷社
親子二代、山岳写真を撮っているというのです。珍しいですよね。また、それで食べていけるものですね…。まあ、好きなことをして生きていけるというのは、すばらしいことだと思います。食べるためにと思って、ガマンして戦争にしか役立たないものをつくる会社で働くよりは、どんなにかよいことでしょうね。三菱重工とかコマツとか、IHIとか、戦争が起きたらいい、どこかで戦争が起きるのを待っている、そんな会社で働いている人の気持ちを、私はときどき想像してしまいます。きっと、世の中を見ないようにしているのでしょうね。少なくとも、身の回りだけを見て、先を見ないようにしているのでは…。
子どもが満2歳になったら、山に一緒に行ったとのこと。えっ、ちょ、ちょっとそれはいくらなんでも早すぎるのでは…と思って、いると、案の定、つまずいて、顔を石にぶつけて鮮血がほとばしった。こんなときに限って、カゼ薬胃腸薬は持参していても、外科用のガーゼ包帯そして薬は持っていかなかったとのこと。大失敗ですね。
私も、近くの山にたまに登りますが、孫2人のうち、年長組の兄は一緒に連れて登りましたが、年少組の弟は連れていきませんでした。差別された弟の悔し涙は今も思い出します。でも、無理なものは無理なのです。翌年は連れて無事に登りました。
この本によると、子どもは快晴の強い紫外線に子どもは腸を傷めるのだそうです。やっぱり、大人とは違うものなのですね。
子どもは、小さい器には、わずかなスタミナしかない。新しい未知の世界に触れて子どもは興奮し、夢中になる。いつも親の目の届く範囲内に置いておく必要がある。
身体を冷やさないためには、汗で濡れた肌着を替え、そして上着を着せたうえで、一休みする。そして、水分をとり、チョコレートやチーズ、あんパンなどでエネルギーを補給する。
この本に、親父というのは、ときどき帰ってくる人だと思っていた、と書かれています。それほど、父は泊まりがけで長く山に登っていたというわけです。
山での失敗、とくに岩場でのアクシデントは命に関わる。日本でも山で遭難する人は後を絶ちませんよね…。
子どもは元気にまかせて大股になり、走るようにジャンプしたりして登っていく。しかし、それではすぐに疲れてしまう。歩幅を狭くし、ゆっくりゆっくり、リズムを刻んで登るコツを教えてやる。親のあとをついてこさせるのがいい。
浮き石を「転石」と呼ぶ。気をつける。
かつて若者の天下だった山は、今やジジババの山に変わってしまった。
私の登る小山もそうです。かつては子ども会の集団登山に何度も遭遇しましたが、今は滅多に見かけません。ジジババも少なくなりました。
登山するなら、肌着だけは登山用が必須。登山用の衣類にかぎっては、明らかに天然素材よりも人工繊維のほうが優れている。靴も山専用ではなくてはだめだ。
近くの小山というのは388メートルの高さでしかありません。わが家から歩いて、頂上まで1時間半ほどかかります。見晴らしのいいところで、下界を見下しながらお弁当のおにぎりを食べるのは、本当に気分のいいものです。私の場合は登山というより、ちょっとしたハイキングなのです。
(2026年4月刊。1430円)


