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アフリカッ!

カテゴリー:アフリカ

著者  松村 美香 、 出版  中央公論新社
 日本の総合商社の若手社員がアフリカ市場を開拓しようとするときに直面する苦難の日々が描かれています。
 たしかに、アフリカ大陸は広いし、膨大な人々が住んでいますから、潜在的なニーズは大きいのでしょう。それでも、ともかく貧困層が多くて、安価であることが何よりの条件という国が多いのも現実です。そこに、中国製品ががっちり食い込んでいて、高品質をモットーとする日本製の進出を許しません。
 そして、治安の問題があります。さらには、病気も心配です・・・。それでも、主人公の日本の青年は、意気高くアフリカに乗り込むのでした。毎日毎日、パソコンに向かいインターネットを眺めるのに飽き足らなくなったのです。
 この本では、アフリカといっても、東部のエチオピア、ケニア、そしてザンビアしか登場しません。エチオピアといえば、マラソンの走者アベベを思い出します。世界最貧国のようです。
 ケニアは豊かな大自然のサファリ国立公園ですよね。でも、先日、福岡から修学旅行に行って、ショッピング・モールでのテロ騒動に危うく巻き込まれそうになったという話を聞きました。
そして、ザンビア。ここは治安がいいそうですが、あまり耳慣れない国です。
エチオピアは世界200ヶ国あるなかで、常に貧困ワースト・テンに入っている。戦争も内戦もないのに最貧困。
フルフルは、エチオピアの典型的な朝食メニュー。インジェラと呼ばれるパンを味付けしたもの。インジェラは、粒子が1ミリしかない土着の雑穀「テフ」を発行させ、縛り固めて直径30センチほどに丸く広げ、鉄板で焼いたもの。表面に泡だったぶつぶつがあり、色は灰色。腐りかけのような、すえた臭いがして、味は酸っぱい。使い古したぼろ雑巾のように見えるのだが、エチオピア人はこの主食をこよなく愛し、頑として食生活を変えようとしない。
日本人にとっての味噌汁と納豆のようなものでしょうか・・・。
 海外へ出れば、誰だってカルチャーショックを受ける。それから逃れてはいけない。カルチャーショックを受けている自分を楽しめ。感受性が豊かな自分を肯定しろ。それが、人間の成長となり、いつかきっと新しいアイデアにつながっていく。
 私も、初めて海外旅行、アメリカだったかフランスだったか忘れてしまいましたが、びっくり仰天の体験でした。これは必要なものだと痛感して、以来、毎年1回は海外に出かけるようになりました。
 ケニアもエチオピアと同じで、テレビや冷蔵庫は韓国製か中国製に占有されている。元宗主国であるイギリスの電化製品を探すのさえ難しい。
 ケニアで人気の日本商品は「つけ毛」(ウィッグ)くらい。
 ケニア人は、合理性よりも楽しさ優先。新しいもの、珍しいものが好き。ケータイも、商売での活用よりも、家族との対話に使いたい。
中国が売っているのは、ケータイだけでなく、情報システム。
 東アフリカでは、主な工場のマネージャーはインド人。インド人は絶対的少数派で、現地に溶け込み、2世、3世の世代になっている。でも、混血はすすんでいない。
 ケニアの不動産業者にはインド人が多い。最近では、インド本国からアフリカに渡ってくるビジネスマンも多い。そう言えば、マハトマ・ガンジーも、アフリカにいましたね・・・。
 ザンビアに限らず、アフリカの官庁街の建物は、いま、ほとんど中国の業者が建設している。ところが、建設して1年もたてば、もうボロボロ。ドアは壊れる。鍵はかからない。窓は閉まらない。エレベーターも怪しいし、配線も危ない。
 それでも、日本の商社はアフリカ進出を目ざすのです・・・。
(2013年12月刊。1700円+税)
 南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が亡くなったときのオバマ大統領の追悼の言葉は味わい深いものがあります。
 「マンデラのおしえを自分の人生にどう活かすか、各人が自問しなければならない。いまも世界には貧困や不正義が溢れている。だが人間の和解に共鳴すると言いながら、貧困撲滅や格差是正のわずかな改革にも反対する人々がいかに多いことか。マンデラの自由への闘争に連帯すると言いながら、批判を許さない指導者がいかに多いことか。それらを横目で見ながら声をあげず、無関心もしくはシニカルな態度に甘んじている人々がいかに多いことか。世界が直面する課題の克服はいずれも容易なものではない。だが、マンデラは『何ごとも達成するまでは不可能に思えるものだ』と語りかけている。私自身もマンデラの闘争に感銘を受け、元大統領への道を進むこととなった。私は、マンデラにはとても及ぶ人間ではない。しかし、それでもマンデラは、私に『よりよい人間になりたい』という気持ちを奮い起こさせてくれる。自分自身のなかにマンデラの大きさを見出そう。そして困難に直面したとき、マンデラが獄中生活を耐え抜いたことばを思いだそう。『いかに開かれた門が狭く、試練が辛くとも問題ではない、自分こそが運命の主人、自分こそが魂の行く手に舵をとる船長であるのだから』と」

伊藤彦造、降臨!神業絵師

カテゴリー:社会

著者  松本品子・三谷薫 、 出版  河出書房新社
 剣戟(けんげき)場面の挿絵は実にリアルで、迫真的です。これが新聞の挿絵だったら読まれること間違いないでしょう。私も、伊藤彦造の名前こそ覚えがありませんでしたが、この絵はなんとなく見覚えがありました。
 ともかく迫力があり、真に迫っています。それもそのはずです。一刀流の開祖である剣豪・伊藤一刀斉の末裔として生まれ、幼いころから父親より剣の手ほどきを受け、小学4年生からは真剣で修行していたのです。
 ですから、そこには壮絶な死を予感させるような緊迫した剣戟シーンがつくり出されています。そして、濃密なペン画ですから、緊迫感が画面いっぱいにあふれています。
 66歳で絶筆し、2004年に100歳で亡くなるまで、絵を描かなかったというのもすごいことです。絵の迫力が違います。すごい日本人がいたものです。ぜひ、絵をみてみてください。
(2013年12月刊。1800円+税)

八法亭みややっこの憲法噺

カテゴリー:司法

著者  飯田 美弥子 、 出版  花伝社
 弁護士にも、本当にいろんな人がいるんですね・・・。なんと、憲法を講談ではなく、落語で語ろうっていうんです。もちろん、キリリとした和服姿で、高座に座って語るのですよ、憲法を・・・。
 私のよく知っている裁判官も、大学で落語研究会(オチケンと読みます)にはいって、その前は、私と同じくセツルメントサークルにいましたが・・・、今もときどき高座に出て一席語っているそうです。こちらは憲法ではなく、世相を斬る新作落語のようです。
 著者の語る憲法ばなしは、CDで見せていただきました。2時間あまり憲法を語って飽きさせないところは、さすがです。水戸一高の落研出身といいますから、年期が入っていますね。
紬(つむぎ)の着物に紅型(びんかた)の染め帯姿。著者は茶道もたしなむので、自分で着物が着られる。そして、書道四段の腕前で、自ら墨書しためくり「安倍のリスク、八法亭みややっこ」のそばに扇子をもってすわる。
 八法亭とは、六法全書というより、著者の所属する八王子合同法律事務所を縮約したネーミングです。
 著者の落語を聴いて、私がもっとも感銘を受けたのは、著者は、憲法9条より13条を一番大切にしているということを、自らの体験をふまえて赤裸々に語っているところです。
 女の子だから、女たるもの・・・、と言われることを高校、大学と大いに反発し続け、さらに結婚してからは夫にも忍従なんてしなかったというあたりです。まさしく自立した女性のたくましさに、大いに心が惹かれました。
 わずか76頁のブックレットですが、ぎっしり著者の思いが込められています。ぜひ、あなたも手にとってお読みください。
(2014年5月刊。800円+税)

亡国の安保政策

カテゴリー:社会

著者  柳澤 協二   、 出版  岩波書店
 安倍首相の狂ったような暴走ぶりは、まったく度しがたいものがあります。この本のオビに、日本にとって最大の「脅威」は安倍政権だ、とありますが、本当にそのとおりです。
 韓国・中国と対立・反目しあい、アメリカからは大いに失望されている安倍首相の支持率が6割近いだなんていったい、日本人は何を考えているのでしょうか・・・・。
 昨年12月に成立した「特定秘密保護法」については、その必要性に疑問を唱えてきた。その秘密の範囲があいまいで、政府が恣意的に「秘密」を指定する可能性がある。そして、いったん指定された「秘密」が永久に公開されないおそれがある。また、一般国民を対象として犯罪者として恣意的に取り締まる危険性があるから。
国家の安全は、国民の知る権利(これは、国民主権を意味する)に優先すると自民党の有力議員が発言したが、とても信じられない。
安倍首相は、次のように言った。
 「今の憲法解釈のもとでは、日本の自衛隊は、アメリカが攻撃されたときに血を流すことはない。そういう事態の可能性は、きわめて小さいが、それでは完全なイコールパートナーとは言えない」
「血を流す」というのは、自衛隊員の生命が失われること。自ら生命の危険に身をさらすことのない立場の人間が、日本人である自衛隊員の命にかかわることを軽々に口にすることに怒りを覚える。
 今日の尖閣諸島をめぐる日中対立の原因は、中国の強硬路線への転換に主因があり、日本外交の失敗がこれを顕在化させた。尖閣問題は、戦に日本が弱腰だから発生したわけでも、日本が強腰なら解決するわけでもない。それは、双方のナショナリズムの発露なのであった。
 安倍政権は、小泉政権のポピュリズムの流れを引き継いだ。メディアという「劇場」で、分かりやすい「敵」を設定し、その敵をやっつける「ヒーロー」を演じて、大衆を陶酔させる。そこで求められているのは論理ではなく、感情に訴えることである。
 安倍首相は、アメリカとの軍事的双務性をすすんで追求し、アメリカのと対等な関係を築くことによって、大国としての日本を「取り戻す」という「報酬」を求める型のパワーポリティクスへ転換しようとする。ところが、このパワーポリティクスこそ、タカ派と言われた中曽根首相をはじめとして、歴代の自民党政権が露骨に追求することを避けてきた手段であった。この手段をとれば、憲法に真正面からぶつかる必然性がある。その点、安倍政権は、歴代の自民党政権とは明確に異なる指向性をもつ。日本にはその実力がなく、あったとしてもアメリカが同調することはなく、日本の国益にも反する歴史認識と尖閣問題は、安倍政権についてのアメリカの一貫した懸念事項であった。
 2013年10月に来日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官は、アメリカの閣僚として初めて千鳥ヶ淵戦没者墓苑に参拝した。この千鳥ヶ淵参拝には、歴史認識に関して日本がアジアの情勢における緊張要因とならないようにアメリカがアメリカが釘を刺すという意味があった。にもかかわらず、それが無視された。安倍首相の靖国神社参拝は、アメリカとの矛盾を顕在化させ、政権維持のよりどころである与党・公明党の反発を招いた。安倍首相が本来の「安倍カラー」を出さなければ強固な支持層の失望を招き、出せばアメリカと連立パートナーとの矛盾が表面化せざるをえないところに、安倍政権のかかえる構造的な脆弱性がある。
 砂川事件の焦点は、在日米軍基地の拡張であり、日米安保条約による米軍への基地提供が問題とされていた。
 集団的自衛権は、現実の世界では、大国が小国に軍事介入することを正当化するための論理として使われてきた。
 集団的自衛権を行使する国というのは、「普通の国」ではない。それは「大国」以外にありえない。いま考えるべき一番重要なことは、日本が真にやる必要があるのは、他国の軍隊を守ることなのか、住民や文化を守ることなのか、ということ。つまり、海外に展開する米軍に対する攻撃のため、日本が出動するということがあっていいのか・・・・。それは、無用の戦争に日本が巻き込まれてしまうことを意味している。
 日本政府は、戦後一度もアメリカの武力行使に反対したことがない。
 「総理大臣の総合判断」ということに歯止めの役割を期待することはできない。
 尖閣諸島に「武装した集団」の上陸があったときには、日本に対する侵略として、防衛出動で自衛隊が出動して排除することができる。これは個別的自衛権であって、集団的自衛権ではない。
 安倍首相のいう「積極的平和主義」というのは、憲法解釈変更への国民の抵抗を減らすためのトリックにすぎない。
 日本が、歴史認識や尖閣諸島をめぐって強硬な姿勢を貫けば、アメリカだけでなく、日本自身の国益を損なうことになる。今日の北東アジアでは、日本ばかりでなく、韓国も中国も、政権の正統性を守るため、国民感情をあおり、戦争を避ける方向とは逆の方向で行動している。危機の本質はそこにある。国民の感情を必要以上に掻き立てないことが求められている。
 著者への講演を開いたことがありますが、いたって冷静、かつ防衛現場の実情をしっかり踏まえた内容でしたので、とても納得できました。
 いま、大いにおすすめの本です。
(2014年4月刊。1400円+税)

日露戦争史(3)

カテゴリー:日本史(明治)

著者  半藤 一利 、 出版  平凡社
 知らないこと、でも、知るべきことがこんなに多いのかと、本書を読みながら思い至りました。「自虐史観」とか、あれこれ言うまえに、歴史の真実を私たちは知るべきです。
 乃木将軍の第三軍が無謀な突撃をくり返したあげく、ようやく旅順要塞司令官のステッセル中将は降伏した。それまでに乃木の第三軍が消費した砲弾は32万発、小銃弾は4800万発。とんでもない消費量だ。
 日本軍は、降伏してきたロシア軍の将兵に対して、戦争が終わるまで日本と敵対行為をしないと宣誓したら、ロシア本国へ直ちに帰還させるとした。
 これって、すごいですよね。第二次大戦の日本では考えられないほどの人情的措置を日本軍はとったのですね。
 この宣誓をしたロシア将兵は、ステッセル以下の将校が441人、下士官兵が229人だった。乃木大将とステッセル中将との降伏式のあとの記念写真は、ステッセル将軍以下の幕僚たちも帯剣し、一同が友人として並んで記念撮影した。
 乃木将軍というのは、こんな気配りまでしたのかと、驚きました。
旅順要塞を陥落させた日本軍に対して、はじめ冷たかった国際世論が次第に日本帝国のほうへ好転しはじめた。
 ところが、陸軍省の参謀本部にいる秀才たちは、手ばなしでは要塞陥落を喜ぶことができなかった。というのも、あまりにも多くの戦死者を出していたから・・・。
 東京の参謀本部は、作戦指導に欠陥のあった第三司令部の全員を内地に帰還させ、総解体したかった。そして、新しい軍司令部を誕生させ、奉天会戦に問いあわせたかった。
 ロシア国内では、「血の日曜日」事件が勃発してしまった。10万人をこえる人々が、皇帝に向かって要請行動にたちあがった。そして、近衛歩兵連隊の兵士たちが小銃を発砲した。
 やがて、全ロシア帝国が革命の「るつぼ」に投げ込まれた。
 バルチック艦隊が極東へ向かっている途上で、旅順艦隊が消滅してしまったことを知らされ、また、旅順要塞の防衛隊も絶望的だと告げられた。
 これではバルチック艦隊のロジェストウェンスキー司令官は落胆するしかありませんよね・・・。
 ロシア帝国の中枢は、革命の荒波に直面して、バルチック艦隊どころではなかった。こうしてバルチック艦隊は、はるかに遠いアフリカ大陸の外海で、すでに自滅しつつあった。
 陸上での奉天会戦は日ロ両軍あわせて56万人の決戦だった。
 野砲はロシア軍が2倍もの優勢を誇るが、銃砲火力は日本軍が3倍。そして、日本軍は機関銃を国内で増産し、256挺も前線に配備していた。対するロシア軍は56挺。その差5倍。奉天会戦は、圧倒的な銃砲火力と機関銃火力が投入され、この強力な火力の掩護のもとに戦われた一大会戦だった。
 ロシア軍のほうは、クロパトキン総司令官以下、かならずしも意気盛んというわけではなかった。
 1905年(明治38年)の日本の男性人口は2342万人。そのうち兵役にたえる人口は800万人。その4分の1の200万人が兵隊として既に召集されている。労働人口を考えたら、ギリギリ限度の大量の兵力動員だった。しかも、重要なことは、下級将校と曹長、軍曹という下士官クラスの死傷者が4万人となっていること。中隊長、大隊長クラスの将校の死傷者は、残存戦力に甚大な影響を及ぼしている。速成の指揮官は、役に立たないどころか、かえって有害な存在になる。凄惨苛烈、臨機応変にして強靱な判断を指揮官には求められる。それが出来ないと・・・。
 バルチック艦隊の兵員総数の3分の1は予備水兵だった。新兵器も十分に活用することができなかった。バルチック艦隊のほうは、水増しされ、旧式の戦隊等が加わっていた。最高速力が11ノット。これでは、日本側の15.5ノットに比べて、決定的に不利。
バルチック艦隊が、果たして対馬海峡に来るのかどうか、東郷司令官以下、動揺した時期があった。
 「天気晴朗なれども波高し」という電文には、第一弾の奇襲攻撃は不可能かもしれないことを伝えたという意味が込められていた。
 東郷司令官は、ロシアのバルチック艦隊と接近しての射ちあいに賭けた。中小口径砲では日本側が断然有利だから。戦艦の不足を速力と中小口径砲でおぎない、常に戦場で主導権を握る。
 ロジェストウェンスキーは、司令塔に日本側の砲弾が命中し、重傷を負って、意識不明となった。総指揮官が早くも戦闘から離脱してしまった・・・。戦場での運・不運なのです。
 それに対して、戦艦・三笠は30発もの命中弾を受けたが、戦闘力はいぜんとして健在だった。
 人的損害として、ロシア側は戦死者5千人、捕虜6千人。これに対して日本側は戦死者116人、戦傷者580人。
 日本の民草が、有頂天になり、「勝った、勝った」で、天にも昇る気分になったことはやむをえない。しかし、日本陸軍の国内動員能力は完全に涸渇していた。
 だから、ポーツマス条約で賠償を得られないことを知って民草は暴動を起こした。
 日本の国力を知らされず、踊られさてきた「民草」の不満が爆発したわけです。
 日露戦争の全体状況を、よくよく認識することができました。やっぱり、事実を直視すべきです。
(2014年1月刊。1600円+税)

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