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おだまり、ローズ

カテゴリー:ヨーロッパ

著者  ロジーナ・ハリソン 、 出版  白水社
 イギリスの上流階級の生態がよく分かる本です。
 じつは、私の家にも若い女性がお手伝いとして同居していたことがあります。私が小学生のころです。小売酒店で、子どもが5人もいて(私は末っ子です)。ちっとも広くない家に住み込みの女性がいたなんて、今ではとても信じられません。要するに裕福ではない家にも、ほんの少しでも余裕があれば(実際には、そんな余裕というかスペースはなかったと思うのですが・・・)、かつては行儀見習いと口減らしを兼ねて住み込みで働く人がいたのです。
 同じように、ノリ作業のシーズンには長崎県の生月島から大量の出稼ぎ人が有明沿岸には住み込みで働いていました。もっとも、これは、後で聞いただけで、そんな光景を見たわけではありません。要するに、少し前、つまり50年も前の日本では、住み込みの奉公人というのは、ちっとも珍しいことではなかったのです。今では、そんな光景は、どこにも見あたりません(と、思いますが、どこか、まだありますか・・・?)。
 この本のオビには、「型破りな貴婦人と型破りなメイドの35年間」と書かれています。
 貴婦人は、イギリス初の女性国会議員です。もちろん、スーパーリッチ層で、お金の苦労などしたこともありません。それに仕えたプライドの高いメイドの語る体験記ですから、面白くないはずがありません。
 ふむふむ、そうなのかと、ついつい深くうなずきながら、往復の電車の2時間の車中で364ページの本を満足感に浸って読了しました。
 イギリスには厳然たる階級社会が今もあるようです(フランスにも・・・)。著者が仕えた家では、娘たちとも、あくまで主人とメイドの関係だった。友人ではなく、単なる知人でもなかった。
 上流階級では、子どもたちは、母親から目に見える形の愛情が与えられることはなかった。しかし、本当は、愛は目に見える形で子どもに与えられなくてはならないものだ。
 主人の家族とメイドとの間には、はっきりした境界線がある。自分の地位や期待されている役割、許される言動と許されない言動を正確に判別する必要があった。
 メイドは、真珠かビーズのネックレスは許容範囲内で、腕時計もかまわない。しかし、それ以外の装飾具をつけるのは、顰蹙を買う。化粧もしないほうがいいとされ、口紅をつけても、とがめられた。だから、外出中に、主人(奥様や娘も)とメイドとが主従を取り違えられることはなかった。
 レディー・アスターは、淑女ではなかった。ころりと気を変えて、メイドにも頭を切り換えることを要求する。メイドとして、1日18時間、年中無休で集中力を切らさずにいることを求められた。奥様は、イギリス初の国会議員として活動した。
 一度つかった服を洗濯せずに身につけることは決してしない。
 ボタンホールの花も、香りの高い花が、毎日、新しく届けられた。クチナシ、チューベローズ、マダガスカル・ジャスミン、スズラン、そしてラン。香りの高い花ばかり。
メイドとして物を言うと、返ってくるのは、「おだまり、ローズ」のひとことだけ・・・。
 奥様は感情が顔に出る。化粧はほとんどしない。香水はシャネルの五番のみ・・・。
メイドとしての著者にとって、睡眠は貴重なものだった。夜9時から朝6時までは、何があっても自分の時間として確保し、10時過ぎまでで起きることは、めったになかった。仕事をきちんとこなそうと思えば、心身ともに健康でなくてはならず、そのためには毎晩しっかり睡眠をとる必要があった。
イギリスの貴婦人は、丹那様は、はっちゅう替えるけれど、執事は絶対に替えない。
 奥様が旦那様と子どもを連れて旅行するときには、雌牛を1頭と牧夫を同行させた。子どもたちに飲ませる牛乳の質にこだわったからだ・・・。
これには、腰を抜かすほど驚いてしまいました。スーパーリッチって、そこまでするのですね・・・。
 よくぞ、ここまでことこまかく書いてくれたかと思うほど、詳細な上流階級の生態です。「私は見た」という家政婦の話以上に面白い本だと思いました。
(2014年10月刊。2400円+税)

光とは何か

カテゴリー:宇宙

著者  江馬 一弘 、 出版  宝島社新書
 真空の空間では、目の前を通り過ぎる光線が見えることはない。目の前の宇宙空間は真っ暗にしか見えず、そこを光が通過していることには気がつかない。
 なぜなら、宇宙空間は、ほぼ真空であり、光を散乱されるものがほとんどないから。
光は、ほかの物質と出会うことで、初めて何かが始まる。
 光の正体は、空間を伝わる電気的な波である。
 光の三原則とは、光の直進、反射、屈折に関する法則のこと。光は、障害物にぶつからない限り、まっすぐに進む。
 光が2億9979万2458分の1秒間に進む距離が1メートルである。
 分子や原子などのミクロのレベルで考えると、鏡に反射したあとの光は、鏡に反射する前の光とは、厳密には「別のもの」。鏡にあたった光は、「そのまま」鏡を通過する。それとは別に別に、鏡に光が当たることで、鏡の中の分子や原子が振動して、光を放つ。その光が「反射光」として、人間の目に見えている。
 光が屈折するのは、光の速度が変化するため。光は透明な物体の中を進むとき、その速度は物体の種類によって変化する。それが光の屈折を生む。
 ダイヤモンドの中での光速は、真空中の4割ほどにまで減速する。
 宝石となる物質のほとんどは、屈折率が高い。
 光の色ごとに屈折の度合いが違うのは、プリズム中での光の速度が、色ごとにわずかだけど異なるため。
 赤色の光は原則の程度がやや小さいので、屈折する角度も小さい。
 紫色の光の速度の程度がやや大きいので、屈折する角度が大きい。昼間の空が青く見えるのは、空気中の分子が赤色の光よりも青色の光の方が強く散乱することが原因。
 海が青く見えるのは、散乱の効果よりも、水が青色の光を吸収する効果の影響が大きいから。ニュートンは、「光線に色はない」と言った。
 色とは、この世界に実在するものではなく、光の波長の違いを胸が「色」というイメージで認識しているだけ。つまり、色を実際に「見ている」のは脳であり、色という感覚をつくり出しているのは心である。
物質のなかで電子が振動すると、光(を含めた電磁波)が生まれる。
 電子が振動すると、振動する電場が生まれて、それが波のように空間を伝わっていく。それが光(を含めた電磁波)である。
 じつは、光は波ではない。光の正体は粒である。
 結局、光は波としての性質と、粒としての性質をあわせ持つ、不思議な存在なのである。
 フシギ、不思議、変テコリンな存在である光について、少しばかり頭を悩ませてみました。面白いですよね、こんな話って・・・。
(2014年7月刊。900円+税)

勝率ゼロへの挑戦

カテゴリー:司法

著者  八田 隆 、 出版  光文社
 208年12月に国税局の「マルサ」が家宅捜索し、2013年3月に東京地裁で無罪判決が出た。そのとき、佐藤弘規裁判長は、次のように言った。
「今回のことで時間が過ぎ、大切なものをなくしてきたと思います。それを取り戻すのは難しいと思いますが、家族やいろんな人が残ってくれましたね。そういった人のために前を向いて、残りの人生を、一回しかない人生を、しっかり歩んでほしいと思います。私も・・・、私も初心を忘れずに歩んでいきます」
 すごい言葉ですね。よほど心を揺さぶられたのでしょうね。私も、これを読んで胸が熱くなりました。
 この無罪判決に検察側は控訴したが、東京高裁もまた無罪とした。そして、角田正紀裁判長は、次のように説諭した。
 「刑事手続が決着したら、前の仕事には戻れないようだが、あなたは能力に恵まれているし、再スタートを切ってほしい。裁判所も迅速な審理に努力したが、難しい事件でもあり、証拠は1万ページにのぼり、双方の主張を十分聞いたために、一審で1年3ヵ月、控訴審で9ヵ月かかってしまった。もっと早くと、被告人の立場からは思うだろう。これは、裁判所の課題です」
 これまた、素晴らしい言葉です。裁判所のなかにも熱き血汐を感じさせる人がいるのですね。ほっとします。日頃の私は、あまりにも血の通っていないとしか思えない裁判官とばかり接しているものですから・・・。
 「難事件」ということですが、事件はいたって単純です。給与の一部が会社から株式報酬で支払われ、そのとき源泉徴収されていなかったのです。それが故意による脱税だとして摘発され、起訴されました。
 実のところ、そのような扱いをされたのは著者一人ではなく、100人もいたのです。外資系の証券会社ですから、報酬額は一般企業とは違って巨額なのですが、その金額に国税局は目がくらんだのか、無理な「徴発」をし、検察庁が国税局の顔をつぶさないように起訴してしまったということのようです。とんでもない無理な起訴だと思いました。裁判官が代わって謝罪したくなるのも十分理解できます。
 この事件の取調過程には、いくつかの特異な点があります。
 在宅取調に終始しているのですが、検事調書がすべて問答形式になっているのです。検察官の一方的な作文ではありません。すごいことです。著者がたたかいとった成果でした。ただし、調書を訂正してもらいにくいというハンディを負うことにもなりました。
 そして、著者は、自分の取調状況を逐一ネットで公開していったのです。録音・録画の先取りのようなものです。
 検察官の求刑は、懲役2年、罰金4000万円というものでした。一審の無罪判決の言い渡しのとき、佐藤裁判長は次のように言いました。
 「主文、被告人は無罪。もう一度、言います。被告人は無罪」
 言い渡した裁判長も気分が高揚していたのでしょうね。一度では言い足りない思いがあったのです。そして、無罪判決を勝ちとるためには大変な苦労がいることを明らかにした本でもあります。
(2014年5月刊。1400円+税)

鬼はもとより

カテゴリー:日本史(江戸)

著者  青山 文平 、 出版  徳間書店
 江戸時代の小さな藩の財政立て直しの話です。よく出来ています。アベノミクスの失敗は明らかですが、それは弱者切り捨てまっしぐらだからです。かつての「年越し派遣村」がビッグ・ニュースになったときのような優しさが今の日本にないのは不思議なほどです。
 アベノミクスは、原発・武器・カジノというのが目玉でもあります。とんでもないものばかりです。これで、子どもたちに道徳教育しようというのですから、狂っています。
藩札は、宝永4年(1707年)にいったん禁止された。その後、新井白石の改鋳があり、貨幣の量が激減し、世の中が金不足となって、享保15年(1730年)に再び許可された。
 正貨と藩札を交換する札場の項では、その数や配置のみならず、用員の取るべき態度まで示され、受付の御勤めに限っては、商家に委託するとされた。
 藩札の板行には、小判や秤量(ひょうりょう)銀などの正貨の裏付けが不可欠だ。
 一両の小判を備え金(そなえかね)にして、三両の藩札を刷る。1万2千両を備え金にして、3万両の藩札を刷る。それだけの正貨があれば、いつ、藩札を正貨へ変えてくれと言われても応じることができる。換金さえ約束されたら、紙の金でも立派に貨幣として通用する。
藩札板行を成功させるカギは、札元の選定や備え金の確保といった技ではない。藩札板行を進める者の覚悟だ。命を賭す腹がすわっていなければならない。
 藩札は専用の厚紙でつくり、偽札を防ぐために透かしを入れる。紙の厚い、薄い差を使って絵を描く。偽造防止の手立ては、透かしだけではない。複雑な文様のなかには、市井のものには字とは見分けられない梵字や神代文字がさまざまに組み込まれている。このありかを知らないと、同じ文様のようでもずい分と違ってくる。一枚一枚では分からなくても、多くを集めると、誰の目にも明らかなほどの違いが生じてくる。
 藩札の十割刷りを強行した藩は一揆を招いて、結局、幕府から改易処分を受けて、藩そのものが滅亡した。別の小藩では、強力な藩札によって、他国に負けない強力な特産物を育て、藩が一手に買い上げて領外に売る。その代金は正貨で受けとる。これで藩は丸もうけとなる。
 では、何を特産物とするか・・・。浦賀に、魚油と〆粕、大豆を送ってもうけるという。
 この商法を藩内に定着させるために取られた手法に驚かされます。小説とは言え、ぐいぐいと惹きつけられるのでした。私は、出張先の鹿児島の中央駅に着いて2時間あまり、駅ビルの喫茶店で読みふけったことでした。
(2014年5月刊。760円+税)

祖父はアーモン・ゲート

カテゴリー:ヨーロッパ

著者  ジェニファー・テーゲ 、 出版  原書房
 知的な黒人女性の顔が表紙になっています。憂いを秘めたまなざしが印象的です。
 本のタイトルだけではピンとくる人は少ないでしょう。でも、かのナチ強制収容所の所長の孫というサブタイトルをみると、まさかと思います。ナチの所長の孫が黒人のはずはない・・・、と思うのは誤った先入観なのです。
 あの有名な映画『シンドラーのリスト』に登場する残虐なナチ収容所長こそ、著者の祖父アーモン・ゲートなのです。
 アーモン・ゲートは、映画『シンドラーのリスト』のなかで収容所内の罪なきユダヤ人を面白半分に射殺していた冷血なナチス親衛隊指揮官でした。そして、映画で描かれていたとおりの事実があったのです。
シンドラーとアーモン・ゲートの二人は同い年で、酒、パーティー、女性に目がなかった。二人ともユダヤ人迫害によって富を得ていた。ゲートは、ユダヤ人を殺害してすべてを取り上げたことによって、シンドラーはユダヤ人が所有していた工場を受け継ぎ、ユダヤ人を低賃金の労働者として働かせることによって富を得た。
 ドイツ特務機関のスパイとしてポーランドで活動していたシンドラーは、金もうけのためにクラクフへ来た男だった。後に、稼いだ財産の大部分をユダヤ人救出にあてているが、最初は戦争成り金だった。
 アーモン・ゲートとオスカー・シンドラーは、どちらも権力をもっていた。一方は、それを救うために使った。シンドラーは、その従業員1100人を最後まで守ったのでした。
 アーモン・ゲートがライフルを手にもって、短パンをはいてバルコニーに立っている写真があります。このようにして、罪ないユダヤ人を勝手気ままに殺したのでしょう。まさしく、おぞましい殺人鬼です。
 アーモン・ゲートは、17才で右翼思想に傾倒し、ヒトラー・ユーゲンに入会した。1931年にナチ党員となり、やがてナチ親衛隊員となった。幼少時に両親から世話してもらえず、ほったらかしにされたと語っていた。
 気に入らない者がいれば、髪のあたりをわしづかみにして、その場で撃ち殺した。この残酷な人殺しの化け物は、美的な柔らかさを帯びた面持ちで、しかも温和な目つきをもち、巨体で逞しく堂々とした風貌に見えた。
 これは、アーモン・ゲートに仕えていたユダヤ人書記の証言です。
 また、アーモン・ゲートには、ユダヤ人のメイドもいたのです。
 この二人は、結局、殺されずに生きのびていますが、いつ殺されるか分からないという状況がずっと続いていました。恐るべき状況です。
 アーモン・ゲートはドイツの敗戦後に発見・逮捕され、裁判にかけられました。1946年にクラクフで絞首刑に処せられ、遺骨はヴィスワ川に流された。
 長身だったアーモン・ゲートは絞首刑がうまくいかず、二度目になってやっと刑死した。
愛人のルート・イレーネ・ジェニファーはアーモン・ゲートのやったことは何も知らなかったと言いはり、1983年に睡眠薬を飲んで自殺した。
 著者の母は、ナイジェリア人との間に著者を生んだ。生後4週間でカトリック系の養護施設に預けられ、3歳で里親のところに行き、7歳で養子縁組した。実母の写真は出てきません。著者は38歳のとき図書館で、たまたまアーモン・ゲートが祖父であることを知ったのでした。母について書かれた本を偶然に手にしたのです。
 ナチ高官の子や孫たちの人生はさまざまのようです。
 ヒムラーの娘は、ネオナチとして活動している。しかし、たいていは、父親への賛美と、実父への憎しみの間を、いったり来たり、揺れ動いている。すべての子どもに共通していることは、過去から逃れられないということ。ナチの子孫で、不妊手術を受けたとか、自分の意思で子どもをつくらないことにしたという男女も少なくない。自殺者もいる。
 大変重たい内容の本でした。ナチスの影響は、今なお、こういう形でも残っているのですね・・・。
(2014年8月刊。2500円+税)
 一昨日(17日)朝おきて外を見ると、白くなっていました。霜でも降ったのかと思うと、ホラホラ雪が降っているのが見えました。うっすらと積もっているのでした。この冬、初めての雪です。私の娘は「ゆき」と言いますが、前日に戻ってきましたので、「ゆき」を連れて来たね笑ったことでした。
 衆議院の総選挙で投票率52%というのは低すぎます。もっと投票所に足を運んでほしいものです。
 自民党が「大勝」したとマスコミは言っていますが、実際には、得票数も得票率も減らしています(議席も)。小選挙区のマジックで、自民党が議席を維持しただけなのです。民意を反映しない小選挙区はやめてほしいです。
 選挙が終わったら、原発再稼働を次々に認め、武器輸出に国が補助金を出すなんて、恐ろしい話が着々と進行しています。大変な世の中です。

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